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第三話 辺境の街と銀髪の少女
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王都を離れてから、すでに十日が過ぎた。ノアは街道をひたすら歩き続けていた。昼は歩き、夜は野宿する。時折、通りかかった行商人や旅人の馬車に乗せてもらうこともあったが、基本的には徒歩での旅だった。
勇者パーティにいた頃は、移動も食事も常に最高級のものが用意されていた。それに比べて今は惨めなものだ。硬いパンを水で流し込み、硬い地面の上で眠る。だが不思議と、苦痛は感じなかった。むしろ、誰の目も気にしなくていいこの状況に、わずかな安らぎさえ覚えていた。
パーティでの自分は、常に「役立たず」のレッテルを貼られていた。アレスの機嫌を損ねないよう、いつも息を潜めていなければならなかった。その重圧から解放されただけでも、体は軽くなった気がする。
もちろん、将来への不安がないわけではない。所持金はオリヴィアからもらったポーションを売って得たわずかな金だけだ。これが尽きれば、本当に生きていけなくなる。
(俺に、何ができるんだろう……)
自問するたびに、胸が苦しくなる。彼のスキルは【呪物錬成】。何かを生み出す生産系のスキルではあるが、その名の通り、生み出すのは「呪いの品」だ。そんな不吉なものを欲しがる人間がいるとは思えない。戦闘でのデバフも、結局は役立たずだと証明されてしまった。
結局、自分はどこへ行ってもお荷物でしかないのかもしれない。そんな考えが頭をよぎり、足取りが重くなる。
それでも、歩みを止めるわけにはいかなかった。ノアは地図を頼りに、ひたすら西を目指した。王国の西の果て、魔の森と隣接する辺境の地。「境界都市バザール」と呼ばれる街が、彼の当面の目的地だった。そこなら、追放された自分のことなど誰も知らないだろう。
そして旅立ちから二週間後。ノアの眼前に、ようやく巨大な城壁が見えてきた。長い旅路で汚れたローブを纏った旅人や、屈強な冒険者、様々な種族の商人たちが行き交う活気のある城門。ここが境界都市バザールだ。
街の中は、想像以上の喧騒に満ちていた。王都の洗練された雰囲気とは違う、どこか荒削りでたくましい熱気が渦巻いている。様々な言語が飛び交い、露店には珍しい魔物の素材や、見たこともない鉱石が並んでいた。ここは、あらゆるものが流れ着き、そして交わる場所なのだ。
(まずは宿を探さないと……)
安宿が立ち並ぶという地区へ向かって歩いていると、ふと、路地裏から怒声が聞こえてきた。
「おい、嬢ちゃん。いい加減諦めて俺たちの言うことを聞いたらどうだ?」
「金がないなら、体で払ってもらうって手もあるんだぜ? へへへ」
下卑た笑い声。ノアは思わず足を止めた。面倒事に関わるべきではない。そう頭では分かっていても、お人好しな性分がそれを許さなかった。彼は音を立てないように、そっと路地裏を覗き込む。
そこには、見るからに柄の悪い二人組の男が、一人の少女を取り囲んでいた。少女は壁際に追い詰められている。年はノアより少し下だろうか。長く美しい銀色の髪が、薄汚れた路地裏では不釣り合いなほど輝いて見えた。顔立ちは驚くほど整っているが、その表情は恐怖ではなく、気丈な怒りに満ちていた。
「離しなさい、下郎! 私に触れること、万死に値すると知りなさい!」
少女は凛とした声で言い放つ。その言葉遣いや立ち振る舞いから、育ちの良さが窺えた。だが、男たちにはそれが滑稽に見えたらしい。
「万死に値する、ねえ。威勢のいいこった。だが、今のてめえに何ができる?」
「お貴族様だったのかもしれねえが、ここは辺境だ。身分なんて関係ねえんだよ!」
男の一人が、少女の細い腕を掴もうと手を伸ばす。少女は必死に抵抗するが、体格差は明らかだった。
ノアは見ていられなかった。気づいた時には、体が勝手に動いていた。
「……そこまでにしてもらおうか」
自分でも驚くほど、落ち着いた声が出た。男たちが一斉にこちらを振り返る。その目は、獲物を邪魔された獣のように険しい。
「あんだ、てめえ。ヒーロー気取りか?」
「痩せっぽちの魔術師が、俺たちに喧嘩売ってんのか? 死にてえらしいな」
男たちは嘲るように笑い、ゆっくりとノアに歩み寄ってくる。ノアはゴクリと喉を鳴らした。正直、めちゃくちゃ怖い。戦闘経験はあるが、それはあくまで後方支援としてのもの。屈強な男二人を相手に、まともに戦って勝てるはずがない。
だが、ここで引くわけにはいかなかった。彼の背後には、助けを待つ少女がいる。
「彼女を、見逃してやってくれないか」
「はっ、断るね。こいつは俺たちが見つけた獲物だ。邪魔するなら、お前から先に沈めてやる」
男の一人が拳を振り上げる。ノアは咄嗟に目を閉じた。衝撃を覚悟した、その時。
「……動くな」
背後から、冷たく澄んだ声が響いた。少女の声だった。しかし、先ほどまでの気丈さとは違う、何か得体の知れない威圧感が込められている。
ノアが恐る恐る目を開けると、信じられない光景が広がっていた。
少女の足元から、黒い影のようなものが伸びている。それはまるで生き物のように蠢き、男たちの足に絡みついていた。男たちは金縛りにあったように身動きが取れず、顔を真っ青にして震えている。
「な、なんだこりゃあ! 体が、動かねえ!」
「ひっ……! ま、まさか、呪いか……!?」
少女は冷然とした瞳で男たちを見下ろすと、静かに告げた。
「私の家は、代々『影』を操る呪術の家系。二度と私の前に現れるな。さもなくば、その影ごと魂を喰らってくれる」
その言葉が引き金になったように、男たちは「ひいっ!」と短い悲鳴を上げると、影の拘束が解けた瞬間に一目散に逃げ出していった。
あっという間に静まり返った路地裏で、ノアは呆然と立ち尽くす。助けに入ったつもりが、どうやらその必要はなかったらしい。
「……助けようとしてくれたことには、感謝する」
少女が、こちらを向いて言った。その瞳にはもう先ほどの凄みはなく、ただ深い疲労と警戒の色が浮かんでいる。
「いや、俺は何も……。君こそ、すごい力を持っているんだな」
ノアが素直な感想を口にすると、少女は皮肉っぽく唇の端を上げた。
「すごい力? 笑わせるな。これは忌むべき呪われた力だ。この力のせいで、私は全てを失った」
そう吐き捨てる彼女の横顔は、ひどく寂しげに見えた。銀色の髪が、西日に照らされてきらめく。その姿に、ノアはなぜか自分の境遇を重ねていた。
呪われた力。その言葉が、彼の胸に重くのしかかった。
勇者パーティにいた頃は、移動も食事も常に最高級のものが用意されていた。それに比べて今は惨めなものだ。硬いパンを水で流し込み、硬い地面の上で眠る。だが不思議と、苦痛は感じなかった。むしろ、誰の目も気にしなくていいこの状況に、わずかな安らぎさえ覚えていた。
パーティでの自分は、常に「役立たず」のレッテルを貼られていた。アレスの機嫌を損ねないよう、いつも息を潜めていなければならなかった。その重圧から解放されただけでも、体は軽くなった気がする。
もちろん、将来への不安がないわけではない。所持金はオリヴィアからもらったポーションを売って得たわずかな金だけだ。これが尽きれば、本当に生きていけなくなる。
(俺に、何ができるんだろう……)
自問するたびに、胸が苦しくなる。彼のスキルは【呪物錬成】。何かを生み出す生産系のスキルではあるが、その名の通り、生み出すのは「呪いの品」だ。そんな不吉なものを欲しがる人間がいるとは思えない。戦闘でのデバフも、結局は役立たずだと証明されてしまった。
結局、自分はどこへ行ってもお荷物でしかないのかもしれない。そんな考えが頭をよぎり、足取りが重くなる。
それでも、歩みを止めるわけにはいかなかった。ノアは地図を頼りに、ひたすら西を目指した。王国の西の果て、魔の森と隣接する辺境の地。「境界都市バザール」と呼ばれる街が、彼の当面の目的地だった。そこなら、追放された自分のことなど誰も知らないだろう。
そして旅立ちから二週間後。ノアの眼前に、ようやく巨大な城壁が見えてきた。長い旅路で汚れたローブを纏った旅人や、屈強な冒険者、様々な種族の商人たちが行き交う活気のある城門。ここが境界都市バザールだ。
街の中は、想像以上の喧騒に満ちていた。王都の洗練された雰囲気とは違う、どこか荒削りでたくましい熱気が渦巻いている。様々な言語が飛び交い、露店には珍しい魔物の素材や、見たこともない鉱石が並んでいた。ここは、あらゆるものが流れ着き、そして交わる場所なのだ。
(まずは宿を探さないと……)
安宿が立ち並ぶという地区へ向かって歩いていると、ふと、路地裏から怒声が聞こえてきた。
「おい、嬢ちゃん。いい加減諦めて俺たちの言うことを聞いたらどうだ?」
「金がないなら、体で払ってもらうって手もあるんだぜ? へへへ」
下卑た笑い声。ノアは思わず足を止めた。面倒事に関わるべきではない。そう頭では分かっていても、お人好しな性分がそれを許さなかった。彼は音を立てないように、そっと路地裏を覗き込む。
そこには、見るからに柄の悪い二人組の男が、一人の少女を取り囲んでいた。少女は壁際に追い詰められている。年はノアより少し下だろうか。長く美しい銀色の髪が、薄汚れた路地裏では不釣り合いなほど輝いて見えた。顔立ちは驚くほど整っているが、その表情は恐怖ではなく、気丈な怒りに満ちていた。
「離しなさい、下郎! 私に触れること、万死に値すると知りなさい!」
少女は凛とした声で言い放つ。その言葉遣いや立ち振る舞いから、育ちの良さが窺えた。だが、男たちにはそれが滑稽に見えたらしい。
「万死に値する、ねえ。威勢のいいこった。だが、今のてめえに何ができる?」
「お貴族様だったのかもしれねえが、ここは辺境だ。身分なんて関係ねえんだよ!」
男の一人が、少女の細い腕を掴もうと手を伸ばす。少女は必死に抵抗するが、体格差は明らかだった。
ノアは見ていられなかった。気づいた時には、体が勝手に動いていた。
「……そこまでにしてもらおうか」
自分でも驚くほど、落ち着いた声が出た。男たちが一斉にこちらを振り返る。その目は、獲物を邪魔された獣のように険しい。
「あんだ、てめえ。ヒーロー気取りか?」
「痩せっぽちの魔術師が、俺たちに喧嘩売ってんのか? 死にてえらしいな」
男たちは嘲るように笑い、ゆっくりとノアに歩み寄ってくる。ノアはゴクリと喉を鳴らした。正直、めちゃくちゃ怖い。戦闘経験はあるが、それはあくまで後方支援としてのもの。屈強な男二人を相手に、まともに戦って勝てるはずがない。
だが、ここで引くわけにはいかなかった。彼の背後には、助けを待つ少女がいる。
「彼女を、見逃してやってくれないか」
「はっ、断るね。こいつは俺たちが見つけた獲物だ。邪魔するなら、お前から先に沈めてやる」
男の一人が拳を振り上げる。ノアは咄嗟に目を閉じた。衝撃を覚悟した、その時。
「……動くな」
背後から、冷たく澄んだ声が響いた。少女の声だった。しかし、先ほどまでの気丈さとは違う、何か得体の知れない威圧感が込められている。
ノアが恐る恐る目を開けると、信じられない光景が広がっていた。
少女の足元から、黒い影のようなものが伸びている。それはまるで生き物のように蠢き、男たちの足に絡みついていた。男たちは金縛りにあったように身動きが取れず、顔を真っ青にして震えている。
「な、なんだこりゃあ! 体が、動かねえ!」
「ひっ……! ま、まさか、呪いか……!?」
少女は冷然とした瞳で男たちを見下ろすと、静かに告げた。
「私の家は、代々『影』を操る呪術の家系。二度と私の前に現れるな。さもなくば、その影ごと魂を喰らってくれる」
その言葉が引き金になったように、男たちは「ひいっ!」と短い悲鳴を上げると、影の拘束が解けた瞬間に一目散に逃げ出していった。
あっという間に静まり返った路地裏で、ノアは呆然と立ち尽くす。助けに入ったつもりが、どうやらその必要はなかったらしい。
「……助けようとしてくれたことには、感謝する」
少女が、こちらを向いて言った。その瞳にはもう先ほどの凄みはなく、ただ深い疲労と警戒の色が浮かんでいる。
「いや、俺は何も……。君こそ、すごい力を持っているんだな」
ノアが素直な感想を口にすると、少女は皮肉っぽく唇の端を上げた。
「すごい力? 笑わせるな。これは忌むべき呪われた力だ。この力のせいで、私は全てを失った」
そう吐き捨てる彼女の横顔は、ひどく寂しげに見えた。銀色の髪が、西日に照らされてきらめく。その姿に、ノアはなぜか自分の境遇を重ねていた。
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