デバフ専門の支援術師は勇者パーティを追放されたので、呪いのアイテム専門店を開きます

夏見ナイ

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第七話 呪いの市場デビュー

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翌朝、ノアはまだ薄暗いうちに目を覚ました。隣のベッドでは、ルナが静かな寝息を立てている。昨日までの絶望が嘘のように、今は胸の内に微かな期待が灯っていた。自分の力が、本当に誰かの役に立つのかもしれない。

太陽が昇り、街が活気づき始めた頃、二人は宿を出て市場へ向かった。境界都市バザールの朝市は、昨日見た昼間の様子とはまた違う熱気に満ちている。新鮮な野菜や魚を売る声、鍛冶屋が鉄を打つ音、冒険者たちの威勢のいい笑い声。あらゆる生命のエネルギーが渦巻く場所だった。

「さて、どうする? まずは武器でも作ってみるか?」

人の波に気圧され気味のノアが尋ねると、ルナは即座に首を振った。

「馬鹿を言え。いきなり高性能な武器など作ってみろ。面倒な連中が寄ってくるだけだ。ギルドや騎士団に目をつけられたらおしまいだぞ」
「じゃあ、何を作るんだ?」
「日用品だ」

ルナはきっぱりと言った。

「誰もが毎日使うもの。それでいて、少し性能が良いだけで生活が格段に楽になるもの。鍋、鍬、包丁……そういったものから始めるのが定石だ」

その的確な判断に、ノアは舌を巻いた。自分一人では、きっともっと短絡的なことしか考えられなかっただろう。

「まずは素材だ。一番安いものを探すぞ。お前の力が本物なら、素材の質は関係ないはずだからな」

ルナはそう言うと、ノアの手を引いて市場の奥へと進んでいく。彼女が向かったのは、ガラクタ同然の品を並べる露店だった。そこには、歪んだ鉄鍋や刃こぼれしたナイフ、使い古された農具などが山と積まれている。

「親父、ここの鍋とナイフ、全部でいくらだ?」

ルナが店主に声をかけると、眠そうな顔をした男が値段を告げた。それを聞いたルナは、信じられないというように眉を吊り上げる。

「高い! ただの鉄屑ではないか。半分にまけろ」
「無茶言うな嬢ちゃん! これでも安くしてんだぞ!」
「では聞くが、この鍋でまともに煮炊きができるのか? このナイフで肉が切れると? 道具としての価値がないものに、なぜ正規の値段を払わねばならんのだ」

ルナは淀みなくまくしたてる。その堂々とした態度は、まさしく貴族の交渉術だった。気圧された店主は、最終的に彼女の言い値に近い値段で商品を売ることを承諾した。ノアはただ、そのやり取りを感心しながら見守るしかなかった。

宿に戻った二人は、早速錬成作業に取り掛かった。仕入れてきたのは、薄汚れた鉄鍋が三つと、錆びたナイフが五本。

「さあ、やれ。昨日と同じように、だが今度はお前の意志で、性能を高めることを意識してみろ」

ルナに促され、ノアは鉄鍋の一つに手をかざす。これまでは、ただ呪いをかけることしか考えていなかった。だが、今は違う。「丈夫になれ」「熱が伝わりやすくなれ」。そう心の中で念じながら、【呪物錬成】を発動した。

黒い靄が鉄鍋に吸い込まれていく。禍々しい文様が表面に浮かび上がるのは昨日と同じだったが、ノアには分かる。何かが違う。魔力が、より深く、より緻密に素材へと浸透していく感覚があった。

錬成が終わった鍋は、見た目こそ呪いの道具そのものだったが、ずしりと重みを増し、明らかに密度が高まっていた。

「……できた」
「上出来だ」

ルナは満足げに頷くと、残りの鍋とナイフも同じように錬成させた。出来上がったのは、素人目には到底売り物とは思えない、不気味な調理器具の山だった。

「本当に、こんなものが売れるんだろうか……」

ノアは不安そうに呟いた。自分の力を信じると決めたものの、いざ完成品を目の前にすると、やはり自信が揺らぐ。

「お前は黙って見ていればいい。売るのは私の役目だ」

ルナは自信に満ちた表情で言い放つと、完成した「呪いの道具」を布に包み、再び市場へと向かった。

二人が場所を借りたのは、市場の隅にある人通りの少ない一角だった。地面に布を広げ、錬成した鍋とナイフを並べる。案の定、道行く人々はその不気味な品々を遠巻きに眺めるだけで、誰も近寄ろうとはしなかった。

「ほら、やっぱり誰も興味を示さない……」

ノアが弱音を吐くと、ルナは「これからだ」と静かに告げた。彼女は立ち上がると、市場中に響き渡るような、凛とした声を張り上げた。

「さあさあ、お立ち会い! 見てって損はないよ! ここに並ぶはただの道具にあらず! あなたの生活を一変させる、奇跡の逸品だ!」

突然の大声に、何事かと人々が足を止める。興味半分、警戒半分といった視線が二人に突き刺さった。

「奇跡の逸品だと? 冗談だろう。見た目はただの呪われたガラクタじゃないか」

野次馬の一人が嘲るように言った。しかし、ルナは全く動じない。

「見た目で判断するのは早計というもの。論より証拠。この鍋の本当の価値を、今ここでお見せしよう!」

ルナはそう宣言すると、呪いのナイフを手に取り、近くの石畳を力任せに叩きつけた。

甲高い金属音が響き、火花が散る。人々が息を呑むのが分かった。ルナがナイフを持ち上げると、その刃は刃こぼれ一つしていない。だが、叩きつけられた石畳には、くっきりと深い傷が刻まれていた。

「な……!?」

どよめきが広がる。ノアは、固唾を飲んでルナの次の行動を見守った。彼女の小さな背中が、今は何よりも大きく、頼もしく見えた。この呪われた道具たちが、本当に誰かの手に渡るかもしれない。そんな予感が、彼の胸を熱くしていた。
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