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第八話 はじめての価値
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市場のざわめきが一瞬にして静まり、人々の視線がルナの持つ呪いのナイフと、傷のついた石畳に集中する。ありえない光景を目の当たりにした彼らの顔には、驚愕と不信が入り混じっていた。
「驚くのはまだ早い」
ルナは人々の反応を楽しむかのように、にやりと笑った。
「この『呪い』のナイフは、ただ頑丈なだけではない。どんな硬いものでも紙のように切り裂く。狩った魔物の硬い鱗も、太い骨も、これ一本あれば容易く捌けるだろう」
彼女はそう言うと、近くの露店で売られていた「鉄オーク」と呼ばれる、木材のように硬い乾燥キノコを指さした。店主の許可を得ると、ルナはそのキノコをまな板代わりに置いた石の上に置き、呪いのナイフを軽く振り下ろす。
サクッ。
まるで熟れた果実を切るかのように、軽やかな音と共に鉄オークは真っ二つになった。その断面は、鏡のように滑らかだ。
「おお……」
「なんて切れ味だ……」
野次馬の中から、感嘆の声が漏れる。今までこのナイフをただのガラクタだと思っていた者たちの目が、明らかに変わっていた。
次にルナは、禍々しい文様の浮かんだ鉄鍋を手に取った。
「そしてこちらが『呪い』の鍋だ! 見た目は不気味だが、その性能は本物。この鍋は決して焦げ付かず、水垢もつかない。そして何より、熱の伝わり方が尋常ではない。ほんのわずかな薪でも、あっという間にお湯が沸く。まさに、日々の調理に悩む全ての者の救世主だ!」
ルナの口上は、自信に満ち溢れている。だが、ナイフと違って鍋の性能は、その場で証明するのが難しい。人々は再び疑いの目を向け始めた。
「口でなら何とでも言えるな」
「本当に焦げ付かないなんて、信じられるか」
そんな声が聞こえ始める。だが、ルナは全く動じなかった。
「もちろん、信じられぬ者の気持ちも分かる。だからこそ、特別な条件を付けよう。この鍋を使い、もし私の言葉が嘘だと分かれば、代金はいつでも全額返金する。この約束に、我が名誉を懸けよう」
名誉を懸ける。その言葉には、彼女の持つ貴族としての矜持が込められていた。その覚悟が伝わったのか、群衆の空気が変わる。
その時だった。人垣をかき分けるようにして、一人の恰幅のいい女性が前に出てきた。市場の近くで食堂を営んでいる女将のドナだ。
「本当かい、嬢ちゃん」
ドナは腕を組み、ルナを値踏みするように見つめた。
「うちの店じゃ、毎日鍋をいくつも焦がしてダメにしてるんだ。もし本当に焦げ付かない鍋があるってんなら、どんな大金を出しても惜しくはないがね」
「ならば、ぜひお試しを。この鍋が、あなたの店の調理時間を半分にしてみせましょう」
ルナは堂々と胸を張った。ドナはしばらくルナと鍋を交互に見ていたが、やがて腹を括ったように頷いた。
「……よし、信じてみようじゃないか。その怪しい鍋、一つもらおうか」
その言葉に、ノアは息を呑んだ。売れた。自分の作ったものが、初めて売れた。
ルナが慣れた手つきで代金を受け取る。その銀貨の重みが、ノアには自分の価値そのものであるかのように感じられた。
ドナが鍋を受け取ると、ノアの方を見てにやりと笑った。
「あんたも、隅に置けない力を持ってるんだねえ、兄ちゃん。この鍋、大事に使わせてもらうよ」
ノアは戸惑いながらも、小さく頭を下げることしかできなかった。胸の奥から、じんわりと温かいものが込み上げてくる。
最初の客が出たことで、堰を切ったように他の人々も集まってきた。
「そのナイフ、一本くれ! これならロックリザードの鱗も剥がせるかもしれん!」
「俺にも一本! 武器としては使えねえのか?」
「鍋を一つ。返金保証、本当だろうな!」
屈強な冒険者、真剣な眼差しの職人、半信半半疑の主婦。彼らが次々と、ノアが錬成した呪いの道具を買い求めていく。ノアはただ、その光景を夢でも見ているかのような気分で眺めていた。
あれほど不吉で、役立たずだと思っていた自分の力が、今、確かに誰かの役に立とうとしている。
わずか一時間ほどで、用意した品物は全て売り切れた。後には、空になった布と、ずしりと重くなった革袋だけが残された。
宿に戻った二人は、テーブルの上に稼いだ銀貨を広げた。その額は、ノアがパーティにいた頃の一ヶ月分の給金よりも多かった。
「どうだ、ノア。言っただろう。お前の力は金になる、と」
ルナは得意げに笑う。その笑顔が、ノアには眩しく見えた。
「……ありがとう、ルナ。君がいなかったら、俺はきっと、自分の力に絶望したままだった」
心からの感謝を告げると、ルナは少し照れたように視線をそらした。
「礼を言うのはまだ早い。これは、始まりに過ぎん」
その頃、市場のあちこちで、小さな奇跡が起きていた。食堂の女将ドナは、決して焦げ付かない鍋の性能に腰を抜かし、冒険者はどんな魔物の素材も容易く解体できるナイフに歓喜の声を上げた。
境界都市バザールの片隅で生まれた「呪いの道具」の噂は、まだ小さい。だがそれは、確かな熱を帯びて、人々の間で静かに広がり始めていた。
「驚くのはまだ早い」
ルナは人々の反応を楽しむかのように、にやりと笑った。
「この『呪い』のナイフは、ただ頑丈なだけではない。どんな硬いものでも紙のように切り裂く。狩った魔物の硬い鱗も、太い骨も、これ一本あれば容易く捌けるだろう」
彼女はそう言うと、近くの露店で売られていた「鉄オーク」と呼ばれる、木材のように硬い乾燥キノコを指さした。店主の許可を得ると、ルナはそのキノコをまな板代わりに置いた石の上に置き、呪いのナイフを軽く振り下ろす。
サクッ。
まるで熟れた果実を切るかのように、軽やかな音と共に鉄オークは真っ二つになった。その断面は、鏡のように滑らかだ。
「おお……」
「なんて切れ味だ……」
野次馬の中から、感嘆の声が漏れる。今までこのナイフをただのガラクタだと思っていた者たちの目が、明らかに変わっていた。
次にルナは、禍々しい文様の浮かんだ鉄鍋を手に取った。
「そしてこちらが『呪い』の鍋だ! 見た目は不気味だが、その性能は本物。この鍋は決して焦げ付かず、水垢もつかない。そして何より、熱の伝わり方が尋常ではない。ほんのわずかな薪でも、あっという間にお湯が沸く。まさに、日々の調理に悩む全ての者の救世主だ!」
ルナの口上は、自信に満ち溢れている。だが、ナイフと違って鍋の性能は、その場で証明するのが難しい。人々は再び疑いの目を向け始めた。
「口でなら何とでも言えるな」
「本当に焦げ付かないなんて、信じられるか」
そんな声が聞こえ始める。だが、ルナは全く動じなかった。
「もちろん、信じられぬ者の気持ちも分かる。だからこそ、特別な条件を付けよう。この鍋を使い、もし私の言葉が嘘だと分かれば、代金はいつでも全額返金する。この約束に、我が名誉を懸けよう」
名誉を懸ける。その言葉には、彼女の持つ貴族としての矜持が込められていた。その覚悟が伝わったのか、群衆の空気が変わる。
その時だった。人垣をかき分けるようにして、一人の恰幅のいい女性が前に出てきた。市場の近くで食堂を営んでいる女将のドナだ。
「本当かい、嬢ちゃん」
ドナは腕を組み、ルナを値踏みするように見つめた。
「うちの店じゃ、毎日鍋をいくつも焦がしてダメにしてるんだ。もし本当に焦げ付かない鍋があるってんなら、どんな大金を出しても惜しくはないがね」
「ならば、ぜひお試しを。この鍋が、あなたの店の調理時間を半分にしてみせましょう」
ルナは堂々と胸を張った。ドナはしばらくルナと鍋を交互に見ていたが、やがて腹を括ったように頷いた。
「……よし、信じてみようじゃないか。その怪しい鍋、一つもらおうか」
その言葉に、ノアは息を呑んだ。売れた。自分の作ったものが、初めて売れた。
ルナが慣れた手つきで代金を受け取る。その銀貨の重みが、ノアには自分の価値そのものであるかのように感じられた。
ドナが鍋を受け取ると、ノアの方を見てにやりと笑った。
「あんたも、隅に置けない力を持ってるんだねえ、兄ちゃん。この鍋、大事に使わせてもらうよ」
ノアは戸惑いながらも、小さく頭を下げることしかできなかった。胸の奥から、じんわりと温かいものが込み上げてくる。
最初の客が出たことで、堰を切ったように他の人々も集まってきた。
「そのナイフ、一本くれ! これならロックリザードの鱗も剥がせるかもしれん!」
「俺にも一本! 武器としては使えねえのか?」
「鍋を一つ。返金保証、本当だろうな!」
屈強な冒険者、真剣な眼差しの職人、半信半半疑の主婦。彼らが次々と、ノアが錬成した呪いの道具を買い求めていく。ノアはただ、その光景を夢でも見ているかのような気分で眺めていた。
あれほど不吉で、役立たずだと思っていた自分の力が、今、確かに誰かの役に立とうとしている。
わずか一時間ほどで、用意した品物は全て売り切れた。後には、空になった布と、ずしりと重くなった革袋だけが残された。
宿に戻った二人は、テーブルの上に稼いだ銀貨を広げた。その額は、ノアがパーティにいた頃の一ヶ月分の給金よりも多かった。
「どうだ、ノア。言っただろう。お前の力は金になる、と」
ルナは得意げに笑う。その笑顔が、ノアには眩しく見えた。
「……ありがとう、ルナ。君がいなかったら、俺はきっと、自分の力に絶望したままだった」
心からの感謝を告げると、ルナは少し照れたように視線をそらした。
「礼を言うのはまだ早い。これは、始まりに過ぎん」
その頃、市場のあちこちで、小さな奇跡が起きていた。食堂の女将ドナは、決して焦げ付かない鍋の性能に腰を抜かし、冒険者はどんな魔物の素材も容易く解体できるナイフに歓喜の声を上げた。
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