デバフ専門の支援術師は勇者パーティを追放されたので、呪いのアイテム専門店を開きます

夏見ナイ

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第十二話 覚醒の女剣士

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完成した腕輪が放つ黒いオーラは、部屋の空気を支配していた。それはノアが今まで錬成してきたどんな道具とも違う、圧倒的な魔力の密度。まるで、それ自体が一つの生命体であるかのようだった。

「これが……俺の作ったもの……」

ノア自身も、自らの生み出したものに畏怖を感じていた。ルナは警戒を解かず、クロエは固唾を飲んで腕輪を見つめている。

「さあ、着けてみてくれ」

ノアは腕輪を手に取り、クロエに差し出した。失敗するかもしれないという恐怖よりも、彼女を救いたいという気持ちが勝っていた。

クロエは覚悟を決めた表情で頷くと、ゆっくりと腕輪を自らの利き腕にはめた。

その瞬間だった。

「うっ……くぅっ!」

クロエの体から、黒い魔力と、大剣から溢れ出す赤い魔力が渦を巻いて激しく噴き出した。二つの奔流が彼女の腕でぶつかり合い、凄まじい抵抗を生み出す。クロエは苦悶の表情を浮かべ、膝から崩れ落ちそうになった。

「ノア、これは……!?」

ルナが叫ぶ。失敗だ。誰もの脳裏に、その二文字がよぎった。

「落ち着いて、クロエ! その力を拒絶するな! それはもう、君の一部だ!」

ノアが必死に叫ぶ。その声に、クロエははっと我に返った。彼女は歯を食いしばり、荒れ狂う力に意識を集中させる。腕輪に刻まれた黒い紋様が、まるで脈打つように明滅を始めた。

すると、不思議なことが起こった。大剣から流れ込む制御不能の赤い魔力が、腕輪に吸い込まれていく。そして、腕輪の中で純化され、洗練された力として、穏やかにクロエの体へと還流していくのが分かった。

「あ……」

クロエの口から、驚きの声が漏れる。先ほどまでの激しい苦痛が嘘のように消え、代わりに経験したことのない高揚感が全身を駆け巡っていた。力が、満ちてくる。自分の手足のように、意のままに操れる力が。

彼女はゆっくりと立ち上がると、今まであれほど重く、呪わしいと感じていた大剣「ベルセルク」に手を伸ばした。

すっ、と何の抵抗もなく持ち上がる。まるで、羽のように軽い。

「信じられない……。こんなに軽いなんて……」

クロエは呆然と呟いた。彼女は大剣を構え、軽く素振りをする。風を切る音が、今までとは全く違う。力の暴発はない。全ての力が、剣先の一点に完璧に集約されているのが分かった。

「ノア、店の裏庭を借りるぞ!」

ルナが叫び、三人は店の裏へと駆け出した。そこには、打ち捨てられた岩や廃材が転がっている。

「クロエ、あの岩を狙ってみろ!」

ルナが指さした先には、馬車ほどもある巨大な岩塊があった。クロエはこくりと頷くと、大剣を静かに構える。

彼女の集中が高まるにつれ、腕輪の紋様が淡い光を放ち始めた。大剣の赤い紋様も、それに呼応するように脈打つ。呪いの力が、腕輪を通して完全に彼女の支配下に置かれていた。

「はっ!」

短い気合と共に、クロエは大剣を振り抜いた。それは、以前のような力任せの乱暴な一撃ではない。洗練され、無駄のない、美しい剣閃だった。

目に見える斬撃は飛ばない。だが、一瞬の静寂の後、少し離れた場所にあった巨大な岩塊が、音もなく真っ二つに割れた。その断面は、まるで鏡のように滑らかだった。

「…………」

ノアもルナも、言葉を失ってその光景を見つめていた。これが、本当にさっきまで力の暴走に悩んでいた少女の力だというのか。

「すごい……。すごい……!」

クロエ自身が、一番その威力に驚いていた。彼女は自分の両手を見つめ、それからノアの方を振り返る。その瞳は、感動と感謝で潤んでいた。

「これが……私の、本当の力……」

ルナは驚きから立ち直ると、専門家のような目でクロエと腕輪を分析し始めた。

「なるほどな。腕輪が過剰な魔力の流入を防ぐダムの役割を果たしている。それだけじゃない。腕輪はクロエの生命力を代償に、呪いの魔力をさらに増幅させ、制御可能なエネルギーに変換している……。ノア、お前が作ったのはただの制御装置じゃない。着用者の限界を強制的に突破させる、『限界突破装置(リミットブレイカー)』だ」

限界突破装置。その言葉に、ノアは自分の力の可能性の、ほんの入り口を垣間見た気がした。

クロエは、おもむろにノアの前まで歩み寄ると、その場に静かに膝をついた。そして、大剣を床に置き、騎士が王に忠誠を誓うように、深く頭を垂れた。

「ノア様」

彼女の呼び方が、変わっていた。

「この御恩は、一生忘れません。私に新たな力を、そして希望を与えてくださった。私のこの剣、この力、この命、全てはあなたのものです。どうか、これからの私を、あなたの剣としてお使いください」

その真摯な言葉と、絶対的な信頼を込めた眼差しに、ノアはただ戸惑うばかりだった。

「え、えっと……顔を上げてくれ、クロエさん」
「いいえ、クロエ、とお呼びください。ノア様」

こうして、ノアは意図せずして、強力すぎる力を持つ女剣士の絶対的な忠誠を手に入れた。

境界都市バザールの片隅で生まれた小さな工房。そこは、後に大陸全土の歴史を揺るがす「呪いのアイテム専門店」となる。その最初の従業員が誕生した瞬間だった。
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