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第十七話 暴走する魔力と星屑の指輪
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魔術師ギルドの地下にある広大な訓練場。高い天井には魔力光が灯り、壁には過去の訓練でついたであろう無数の傷跡が刻まれている。アルマンが特別に用意してくれたこの場所で、ノアはエリオと向き合っていた。
「どんな魔法でもいい。君が一番得意なものを、あそこの的に向かって撃ってみてくれ」
ノアが指さした先には、黒曜石で作られた頑丈な的が設置されている。エリオは気乗りしない様子で、しかし諦めたように頷いた。彼はノアたちの前に立ち、的を見据える。
「……『火球(ファイアボール)』」
ぼそりと呟くように詠唱する。彼の掌に、バスケットボールほどの大きさの炎の球体が出現した。それは普通の火球に見えた。だが、エリオがそれを放った瞬間、異変が起こる。
火球はまっすぐ飛ばず、激しく揺れながら螺旋を描く。そして見る間に膨れ上がり、制御不能の炎の塊となって的を大きく逸れた。
「危ない!」
クロエが叫ぶ。
炎の塊は訓練場の分厚い石壁に激突し、爆発した。轟音が響き渡り、衝撃で足元が揺れる。壁には直径数メートルにわたって黒く焼け焦げたクレーターが穿たれ、石材が溶けてどろどろになっていた。
「……ほらな。いつもこうなるんだ」
エリオは力なく呟き、自分の掌を見つめた。その手が生み出す破壊の力に、彼自身が怯えている。
「これでは……。仲間と共に戦うことなどできん」
アルマンが悲痛な声を上げる。ルナとクロエも、その凄まじすぎる威力に言葉を失っていた。
しかし、ノアだけは違った。彼は爆発の跡とエリオを交互に見比べ、静かに分析していた。
(力が一方向に向かわない。放出された魔力が、内側で互いに反発し合って渦を巻き、限界点で破裂している。クロエの呪いとは、全く違うタイプの暴走だ)
クロエの呪いは、力の「量」が制御できないものだった。対してエリオの問題は、力の「質」と「方向性」が定まらないことにある。
ノアはエリオに近づくと、静かに告げた。
「君の魔力は、出口で道に迷っているだけだ。それを、正しい方向へ導いてやる道具があればいい」
「導く……?」
「ああ。クロエに作った腕輪は、溢れる力を受け止める『ダム』のようなものだ。君に必要なのは、力の流れを整え、一点に集束させる『レンズ』のような役割を持つ道具だ」
その的確な分析に、エリオとアルマンは目を見開いた。今まで誰も指摘できなかった問題の本質を、この青年は一目で見抜いたのだ。
「魔法を使う時、一番意識するのはどこだ?」
「……指先だ。特に、人差し指」
エリオは無意識に自分の右手の人差し指を動かした。
「分かった。なら、君には指輪を作ろう。それなら詠唱の邪魔にもならないはずだ」
ノアの提案に、エリオはこくりと頷いた。彼の昏い瞳に、ほんのわずかな光が宿る。
その後、アルマンは三人をギルドの最深部にある宝物庫へと案内した。そこには、何百年もの間にギルドが集めた伝説級の武具や、希少な魔法素材が厳重に保管されていた。
「ここにあるものなら、何でも使うがいい」
アルマンの言葉に、ノアは礼を言うと、目を閉じて宝物庫の中をゆっくりと歩き始めた。彼は個々の素材が放つ微弱な魔力の流れを、肌で感じ取っていた。
やがて、ノアは一つの鉱石の前で足を止めた。それは、夜空をそのまま切り取ったかのような、深い藍色の金属塊だった。その内部には、まるで本物の星屑のように無数の銀色の粒子がきらめいている。
「これを使わせてください」
ノアがそれを指さすと、アルマンは驚愕の表情を浮かべた。
「そ、それは『星屑のオリハルコン』……。魔力を吸収し、安定させる性質を持つ幻の金属じゃ。しかし、あまりに硬すぎて、どんな名工でも加工することができず、何百年もここに眠っておる代物だぞ」
「これなら、彼の魔力に耐えられる。そして、きっと彼の力を導いてくれる」
ノアは確信を持って言った。その自信に満ちた態度に、アルマンはゴクリと喉を鳴らし、使用を許可した。
場所は、ギルドの地下にある錬金工房に移った。ノアは金床の上に星屑のオリハルコンを置き、クロエの時と同じように、エリオの血を一滴垂らしてもらう。主と道具を繋ぐ、契約の儀式だ。
ノアはハンマーを手に取ると、深く息を吸った。
「【呪物錬成】」
彼の全神経が、一点に集中する。
カン!
最初の一撃。普通のハンマーなら、弾かれて傷一つ付かないはずの伝説の金属。だが、ノアの呪力を帯びた一撃は、オリハルコンの表面を粘土のように凹ませた。
カン、カン、とリズミカルな音が工房に響き渡る。ノアの額から流れる汗が、熱せられた金属に落ちてジュッと音を立てて蒸発した。
エリオは、自分のために全霊を傾けるノアの姿を、ただ黙って見つめていた。今まで自分に関わった者たちは、皆その才能に期待し、そして失望していった。だが、ノアは違う。彼は才能ではなく、エリオ自身の苦しみに向き合ってくれている。
頑なに凍り付いていたエリオの心が、工房の熱気と共に、少しずつ溶かされていくのが分かった。
ノアの打つ槌音は、次第に熱を帯びていく。星屑のオリハルコンは、徐々にその姿を優美な指輪へと変えていった。その表面には、夜空を駆ける流星のような、黒く美しい呪いの紋様が浮かび上がろうとしていた。
「どんな魔法でもいい。君が一番得意なものを、あそこの的に向かって撃ってみてくれ」
ノアが指さした先には、黒曜石で作られた頑丈な的が設置されている。エリオは気乗りしない様子で、しかし諦めたように頷いた。彼はノアたちの前に立ち、的を見据える。
「……『火球(ファイアボール)』」
ぼそりと呟くように詠唱する。彼の掌に、バスケットボールほどの大きさの炎の球体が出現した。それは普通の火球に見えた。だが、エリオがそれを放った瞬間、異変が起こる。
火球はまっすぐ飛ばず、激しく揺れながら螺旋を描く。そして見る間に膨れ上がり、制御不能の炎の塊となって的を大きく逸れた。
「危ない!」
クロエが叫ぶ。
炎の塊は訓練場の分厚い石壁に激突し、爆発した。轟音が響き渡り、衝撃で足元が揺れる。壁には直径数メートルにわたって黒く焼け焦げたクレーターが穿たれ、石材が溶けてどろどろになっていた。
「……ほらな。いつもこうなるんだ」
エリオは力なく呟き、自分の掌を見つめた。その手が生み出す破壊の力に、彼自身が怯えている。
「これでは……。仲間と共に戦うことなどできん」
アルマンが悲痛な声を上げる。ルナとクロエも、その凄まじすぎる威力に言葉を失っていた。
しかし、ノアだけは違った。彼は爆発の跡とエリオを交互に見比べ、静かに分析していた。
(力が一方向に向かわない。放出された魔力が、内側で互いに反発し合って渦を巻き、限界点で破裂している。クロエの呪いとは、全く違うタイプの暴走だ)
クロエの呪いは、力の「量」が制御できないものだった。対してエリオの問題は、力の「質」と「方向性」が定まらないことにある。
ノアはエリオに近づくと、静かに告げた。
「君の魔力は、出口で道に迷っているだけだ。それを、正しい方向へ導いてやる道具があればいい」
「導く……?」
「ああ。クロエに作った腕輪は、溢れる力を受け止める『ダム』のようなものだ。君に必要なのは、力の流れを整え、一点に集束させる『レンズ』のような役割を持つ道具だ」
その的確な分析に、エリオとアルマンは目を見開いた。今まで誰も指摘できなかった問題の本質を、この青年は一目で見抜いたのだ。
「魔法を使う時、一番意識するのはどこだ?」
「……指先だ。特に、人差し指」
エリオは無意識に自分の右手の人差し指を動かした。
「分かった。なら、君には指輪を作ろう。それなら詠唱の邪魔にもならないはずだ」
ノアの提案に、エリオはこくりと頷いた。彼の昏い瞳に、ほんのわずかな光が宿る。
その後、アルマンは三人をギルドの最深部にある宝物庫へと案内した。そこには、何百年もの間にギルドが集めた伝説級の武具や、希少な魔法素材が厳重に保管されていた。
「ここにあるものなら、何でも使うがいい」
アルマンの言葉に、ノアは礼を言うと、目を閉じて宝物庫の中をゆっくりと歩き始めた。彼は個々の素材が放つ微弱な魔力の流れを、肌で感じ取っていた。
やがて、ノアは一つの鉱石の前で足を止めた。それは、夜空をそのまま切り取ったかのような、深い藍色の金属塊だった。その内部には、まるで本物の星屑のように無数の銀色の粒子がきらめいている。
「これを使わせてください」
ノアがそれを指さすと、アルマンは驚愕の表情を浮かべた。
「そ、それは『星屑のオリハルコン』……。魔力を吸収し、安定させる性質を持つ幻の金属じゃ。しかし、あまりに硬すぎて、どんな名工でも加工することができず、何百年もここに眠っておる代物だぞ」
「これなら、彼の魔力に耐えられる。そして、きっと彼の力を導いてくれる」
ノアは確信を持って言った。その自信に満ちた態度に、アルマンはゴクリと喉を鳴らし、使用を許可した。
場所は、ギルドの地下にある錬金工房に移った。ノアは金床の上に星屑のオリハルコンを置き、クロエの時と同じように、エリオの血を一滴垂らしてもらう。主と道具を繋ぐ、契約の儀式だ。
ノアはハンマーを手に取ると、深く息を吸った。
「【呪物錬成】」
彼の全神経が、一点に集中する。
カン!
最初の一撃。普通のハンマーなら、弾かれて傷一つ付かないはずの伝説の金属。だが、ノアの呪力を帯びた一撃は、オリハルコンの表面を粘土のように凹ませた。
カン、カン、とリズミカルな音が工房に響き渡る。ノアの額から流れる汗が、熱せられた金属に落ちてジュッと音を立てて蒸発した。
エリオは、自分のために全霊を傾けるノアの姿を、ただ黙って見つめていた。今まで自分に関わった者たちは、皆その才能に期待し、そして失望していった。だが、ノアは違う。彼は才能ではなく、エリオ自身の苦しみに向き合ってくれている。
頑なに凍り付いていたエリオの心が、工房の熱気と共に、少しずつ溶かされていくのが分かった。
ノアの打つ槌音は、次第に熱を帯びていく。星屑のオリハルコンは、徐々にその姿を優美な指輪へと変えていった。その表面には、夜空を駆ける流星のような、黒く美しい呪いの紋様が浮かび上がろうとしていた。
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