デバフ専門の支援術師は勇者パーティを追放されたので、呪いのアイテム専門店を開きます

夏見ナイ

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第十九話 箱舟、船出の準備

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魔術師ギルドからの全面的な支援という、願ってもない追い風。ノアたちの店の開店準備は、一気に加速した。

「おい、そこの職人! 梁の角度が図面と違うぞ! やり直せ!」
「クロエ、その木材は工房に運んでくれ。エリオ、お前は棚の寸法を測れ! 一ミリでもずれたら許さんからな!」

古びた空き店舗の前で、ルナが現場監督のように声を張り上げている。その的確で容赦ない指示に、アルマンが派遣してくれた腕利きの職人たちもたじたじだ。彼女は生まれながらの指揮官らしかった。

クロエは「はい、ルナ様!」と元気よく返事をすると、屈強な男が二人で運ぶような太い木材を軽々と担ぎ、店の中へと消えていく。その姿を見て、職人たちは「さすがは赤髪の剣姫様だ……」と畏怖の念を抱いている。

一方、エリオは分厚い設計図と格闘していた。彼は持ち前の几帳面さと計算能力を発揮し、ミリ単位で内装のチェックを行っている。時折、ルナと専門的な議論を交わす姿は、もはや引きこもりの青年の面影はなかった。

そして、ノアは店の奥、これから彼の聖域となる工房の整備に没頭していた。アルマンが融通してくれた最高級の耐火レンガで炉を組み、頑丈な作業台を設置する。様々な素材を保管するための棚には、防湿・防腐の魔法陣をルナが考案し、エリオが精密に刻み込んでいた。

皆が、それぞれの役割を果たしている。ノアは工具を置くと、その光景を感慨深く眺めた。

追放されて一人、絶望の淵にいた自分が、今ではこんなにも頼もしい仲間たちに囲まれている。彼らの中心にいるのは、紛れもなく自分の【呪物錬成】という力だ。かつて忌み嫌った力が、今は皆を繋ぐ絆になっている。

「ノア、何を呆けている。手が止まっているぞ」

ルナが鋭く指摘する。

「あ、いや……。すごいなって思って。ルナが」
「当然だ。私の経営手腕にかかれば、この程度の改装など朝飯前だ」

ルナはふんと鼻を鳴らしたが、その口元は満足げに緩んでいた。

店の改装が進む一方で、【ノアの箱舟】の噂は、境界都市バザールを駆け巡っていた。

冒険者ギルドの酒場では、もっぱらその話題で持ちきりだ。

「聞いたか? あの『赤髪の剣姫』様、魔術師ギルドの引きこもり天才まで復活させたらしいぜ」
「ああ、例の『呪いの道具屋』だろ? なんでも、店の名前は【ノアの箱舟】って言うらしい。魔術師ギルドが全面的にバックアップしてるって話だ」
「マジかよ……。一体何者なんだ、そのノアってやつは」
「分からん。だが、その店に行けば、どんな呪いも才能も、思いのままにできる代物が手に入るって噂だ」

噂は尾ひれがつき、ある種の都市伝説と化していた。店の場所はまだ明かされていない。だが、その謎めいた存在感が、かえって人々の期待と好奇心を煽っていた。誰もが、その店の開店を今か今かと待ち望んでいた。

数日後、店の改装はついに完了した。

古びていた外観は、重厚な黒檀の木材と磨き上げられた石材で一新された。店の入り口には、派手な看板ではなく、ただ流麗な書体で『Noah's Ark』と刻まれた小さな真鍮のプレートが掲げられているだけ。それが逆に、知る人ぞ知る名店という雰囲気を醸し出していた。

店の中に足を踏み入れると、高い天井からは星屑を模した魔力光が柔らかな光を投げかけ、壁に並んだ陳列棚は磨き込まれたガラスがはめ込まれている。まだ商品は何も並んでいないが、ここがただの道具屋でないことは一目瞭然だった。

店の奥には、ノアの工房へと続く重厚な扉。そして二階は、四人が共同で暮らす居住スペースになっていた。

「どうだ。私のセンスにかかれば、こんなものだ」

完成した店内を見渡し、ルナは満足げに胸を張った。

「すごい……。ここが、俺たちの店……」

ノアは感無量といった様子で呟く。

「はい! とっても素敵です! ここでノア様のお役に立てるんですね!」

クロエは自分のことのように喜んでいる。

「……悪くない。これなら、研究にも集中できそうだ」

エリオも、少し照れくさそうに、しかし嬉しそうに言った。

四人は、自分たちの城の完成を静かに噛み締めていた。ここは、彼らが社会から弾き出され、それぞれの呪いに苦しんできた末にたどり着いた、安息の地であり、新たな船出の場所だ。

「さて、皆」

ルナがパンと手を叩き、全員の注意を引いた。

「内装は整った。次は、主役の登場だ。ノア、この陳列棚を埋めるだけの、最高の『呪いの商品』を作るぞ。開店は、三日後だ」

ルナの宣言に、三人は力強く頷いた。

【ノアの箱舟】。その船出の準備は、最終段階へと入った。まだ見ぬ客との出会いを求めて、ノアの新たな錬成が始まろうとしていた。
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