デバフ専門の支援術師は勇者パーティを追放されたので、呪いのアイテム専門店を開きます

夏見ナイ

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第二十話 箱舟の船出

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開店を三日後に控え、【ノアの箱舟】の心臓部である工房は、フル稼働していた。

カン、カン、と響くリズミカルな槌音。炉の炎がノアの横顔を赤く照らし、その瞳は真剣な光を宿している。彼の前には、これから店の看板商品となるべき呪いのアイテムたちが、次々と産声を上げていた。

「ノア、少しは休め。倒れられたら元も子もない」

ルナが、温かいスープの入ったカップを手に工房へ入ってきた。彼女の厳しい言葉とは裏腹に、その声には気遣いが滲んでいる。

「ありがとう、ルナ。でも、大丈夫だ。なんだか、楽しいんだ」

ノアは汗を拭い、微笑んだ。スープを一口飲むと、疲れた体に温かさが染み渡る。

「追放された時は、この力が大嫌いだった。でも今は、この力でどんなものが作れるのか、どんな人が喜んでくれるのか、考えるだけでわくわくするんだ」

その言葉に、ルナは少し驚いたように目を見開いたが、すぐにふいと顔をそむけた。

「……そうか。なら、せいぜい期待に応えてもらうとしよう。最高の船出にするためには、最高の積み荷が必要だからな」

彼女はそう言い残し、工房を後にした。その背中を見送り、ノアは再びハンマーを握りしめる。

そして、運命の開店日。

【ノアの箱舟】の静かな扉が開かれると、その前には信じられない光景が広がっていた。噂を聞きつけた人々が、大通りまで続く長い列を作っていたのだ。冒険者、商人、職人、裕福そうな貴婦人まで、客層は様々だった。

「ひ、ひええ……。すごい人ですね、ノア様」

店の入り口に立つクロエが、緊張した面持ちで呟く。彼女はその場にいるだけで、圧倒的な用心棒としての役割を果たしていた。

「落ち着け。私が立てた計画通りだ」

ルナは冷静に状況を把握し、客を一人ずつ丁寧に店の中へと案内していく。その堂々とした接客態度は、もはや店の主としての貫禄すら漂わせていた。

店内に足を踏み入れた客たちは、まずその内装の美しさに息を呑み、そして陳列された商品を見て、再び言葉を失った。

ガラスケースの中に鎮座するのは、どれも黒い紋様が浮かぶ不気味な品々。しかし、その一つ一つに添えられた説明書きが、彼らの常識を揺さぶる。

『記憶の万年筆:書いた内容を決して忘れることができなくなるインクが付属。代償として、指先に軽い痺れが残る』
『千里眼の片眼鏡(モノクル):装着すると、数秒先の未来を垣間見ることができる。代償として、断続的な頭痛を引き起こす』
『不眠のランタン:魔力を帯びた油が付属し、一滴で七日間燃え続ける。代償として、光を長時間浴び続けると、極度の不眠に陥る』

どれもこれも、強力な効果と、明確な「呪い(デメリット)」が記されている。だが、そのデメリットを差し引いても、得られるメリットは計り知れない。

「この片眼鏡をくれ! これがあれば、奇襲を避けられる!」
「私はこの万年筆を! 膨大な研究記録を覚えるのに、これ以上のものはない!」

客たちは、その価値を瞬時に理解し、次々と商品を買い求めていく。値段はどれも高価だったが、飛ぶように売れていった。ノアは店の奥からその光景を見て、自分の力が確かに誰かに求められていることを実感していた。

店の喧騒が少し落ち着いた午後。一人の男が、おずおずと店に入ってきた。仕立ての良い服を着ているが、その顔色は土気色で、目の下には深い隈が刻まれている。その姿は、この店の華やかな雰囲気とは不釣り合いだった。

男は商品には目もくれず、まっすぐにカウンターに立つルナの元へ歩み寄った。

「どうか……。どうか、お助けください」

その声は、絞り出すようにか細く、絶望に満ちていた。

「お客様。どのようなご用件でしょうか」

ルナが冷静に尋ねる。

「私の娘が……原因不明の病で、もう何年も床に伏せっているのです」

男は語り始めた。彼はこの街でも有数の大商人、ゲオルグと名乗った。一人娘のアンナは、五年前に突然倒れて以来、日に日に衰弱していくばかり。どんな名医も、どんな高名な神官の回復魔法も、全く効果がなかったという。

「医者たちは、これは病ではなく『呪い』ではないかと言います。ですが、誰が、何の目的で……。見当もつきません。そんな時、あなた方のお店の噂を耳にしました。呪いを操る道具があると。藁にもすがる思いで、参った次第です」

ゲオルグは、カウンターに突っ伏すようにして懇願した。

「どうか、私の娘を救う道具を……。この呪いを解く道具を作っていただけないでしょうか。お代は、いくらでもお支払いします」

店の奥で話を聞いていたノアが、静かに前に出てきた。

「お話は伺いました」

ノアは、ゲオルグの疲れ切った顔を見つめる。その瞳の奥にある深い悲しみと愛情が、彼の胸を強く打った。

「ですが、お約束はできません。今までの私の仕事は、あくまで『物』に呪いを付与することでした。人の体にかかった、それも実体のない『病』という呪いをどうこうできるかは、正直分かりません」

ノアの誠実な言葉に、ゲオルグの顔がさらに絶望に曇る。

しかし、ノアは続けた。

「でも、試す価値はある。もし、あなたの娘さんを救える可能性が少しでもあるのなら、俺は全力を尽くします」

その言葉に、ゲオルグははっと顔を上げた。その瞳に、久しぶりに希望の光が灯る。

【ノアの箱舟】の最初の営業日。それは、大成功のうちに幕を閉じた。しかし、最後に舞い込んできた依頼は、ノアの【呪物錬成】という力の、新たな可能性と未知の領域への扉を開こうとしていた。
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