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第二十一話 生命力を喰らう呪い
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店の喧騒が遠のいていく。ノアたちは大商人ゲオルグの案内で、彼の屋敷へと向かっていた。馬車が停まったのは、境界都市バザールの中でも一際大きな屋敷が立ち並ぶ貴族街の一角。鉄の門を抜けると、手入れの行き届いた広大な庭園が広がっていた。
屋敷は贅を尽くした造りだった。しかし、その豪華さとは裏腹に、家全体が重く沈んだ空気に覆われている。使用人たちは皆、主人の顔色を窺うように俯き、足音さえ立てずに歩いていた。
「こちらです」
ゲオルグに導かれ、一行は二階の奥にある一室へと案内された。扉の前で、ゲオルグは一度だけ躊躇うように足を止める。そして、祈るような目でノアを見た。ノアは静かに頷き、彼の覚悟を受け止めた。
扉が開かれる。部屋の中は、薬草の匂いと、そして微かな魔力の澱みが混じり合った独特の空気に満ちていた。天蓋付きの大きなベッドの上に、一人の少女が横たわっている。年の頃は十五、六だろうか。長く艶やかだったであろう金髪は色を失い、頬はこけ、その唇は血の気なく白い。彼女が、ゲオルグの娘アンナだった。
彼女はただ眠っているように見えた。だが、その胸の動きはか細く、まるで生命の灯火が消えかけているようだった。
「アンナ……」
ゲオルグの声が、悲痛に震える。
ノアは静かにベッドへと近づいた。ルナとクロエ、エリオは、部屋の隅で固唾を飲んで見守っている。
「失礼します」
ノアは断りを入れ、アンナの冷たい手にそっと触れた。そして、目を閉じ、意識を集中させる。【呪物錬成】の力を応用し、彼女の体を蝕む呪いの本質を探る。
(これは……)
ノアは眉をひそめた。彼の感知する呪いは、通常なら黒く禍々しい悪意の塊だ。しかし、アンナの体内に渦巻くそれは、少し様子が違った。確かに黒い靄のような呪いが彼女の生命力に絡みついている。だが、その中心部から、温かい光のようなものが放たれているのを感じた。
それは、悪意や憎しみではない。もっと別の、強い感情。
(祈り……? いや、これは歪んだ守護の力か……?)
まるで、アンナを守ろうとするあまり、彼女自身を檻に閉じ込めてしまっているような、そんな印象を受けた。呪いが、彼女の生命力を喰らっているのではない。彼女の生命力が、呪いを維持するために絶えず吸い上げられているのだ。
無理にこの呪いを剥がせばどうなるか。おそらく、守りを失ったアンナの魂は、霧のように霧散してしまうだろう。
ノアはゆっくりと目を開けた。
「どうでしたか、ノア殿。呪いは解けそうですかな」
ゲオルグが、最後の希望を託すように尋ねる。
「……難しいかもしれません」
ノアは正直に答えた。ゲオルグの顔に、絶望の色が再び浮かぶ。
「この呪いは、非常に特殊です。おそらく、ただの悪意でかけられたものではない。何者かが、お嬢さんを何かから『守る』ためにかけたものが、結果として彼女の生命力を奪っている可能性があります」
「守るため……? 一体、誰がそんなことを……」
ゲオルグは全く心当たりがないという顔をした。
「分かりません。ですが、この呪いを無理に解くのは危険です。お嬢さんの魂ごと消し去ってしまう恐れがある」
ノアの言葉に、部屋の空気はさらに重くなった。やはり、打つ手はないのか。誰もがそう思った時、ノアは静かに続けた。
「ですが、方法はあります」
「本当ですか!?」
ゲオルグが食らいつくように身を乗り出す。
「呪いを解くのではなく、呪いと共存させるのです。クロエやエリオにしたのと同じように、呪いの力を別のエネルギーに変換する道具を作ります。彼女の生命力を奪う流れを、逆に彼女へ生命力を与える流れへと変えるのです」
それは、今までで最も難しい錬成になるだろう。対象は物ではない。生身の人間、それも瀕死の少女だ。少しでも間違えれば、彼女の命を即座に奪いかねない。
「ノア……。本当にできるのか?」
ルナが、心配そうに尋ねる。
「やってみるしかない」
ノアは覚悟を決めていた。彼はゲオルグに向き直る。
「娘さんを救うための道具を作ります。しかし、それには一つだけ、素材として使わせていただきたいものがあります」
「素材……? なんなりと仰ってください。どんな高価な宝石でも、希少な金属でも、すぐに用意させます」
「いえ、そういうものではありません」
ノアは、眠るアンナの顔を見つめながら言った。
「僕が欲しいのは、お嬢さんが一番大切にしていた『思い出の品』です。彼女の魂と、一番強く結びついている物がいい」
思い出の品。その予想外の言葉に、ゲオルグは目を見開いた。ノアが作ろうとしているのは、ただの魔法の道具ではない。人の心と、魂に働きかける、未知の領域の呪物だった。
屋敷は贅を尽くした造りだった。しかし、その豪華さとは裏腹に、家全体が重く沈んだ空気に覆われている。使用人たちは皆、主人の顔色を窺うように俯き、足音さえ立てずに歩いていた。
「こちらです」
ゲオルグに導かれ、一行は二階の奥にある一室へと案内された。扉の前で、ゲオルグは一度だけ躊躇うように足を止める。そして、祈るような目でノアを見た。ノアは静かに頷き、彼の覚悟を受け止めた。
扉が開かれる。部屋の中は、薬草の匂いと、そして微かな魔力の澱みが混じり合った独特の空気に満ちていた。天蓋付きの大きなベッドの上に、一人の少女が横たわっている。年の頃は十五、六だろうか。長く艶やかだったであろう金髪は色を失い、頬はこけ、その唇は血の気なく白い。彼女が、ゲオルグの娘アンナだった。
彼女はただ眠っているように見えた。だが、その胸の動きはか細く、まるで生命の灯火が消えかけているようだった。
「アンナ……」
ゲオルグの声が、悲痛に震える。
ノアは静かにベッドへと近づいた。ルナとクロエ、エリオは、部屋の隅で固唾を飲んで見守っている。
「失礼します」
ノアは断りを入れ、アンナの冷たい手にそっと触れた。そして、目を閉じ、意識を集中させる。【呪物錬成】の力を応用し、彼女の体を蝕む呪いの本質を探る。
(これは……)
ノアは眉をひそめた。彼の感知する呪いは、通常なら黒く禍々しい悪意の塊だ。しかし、アンナの体内に渦巻くそれは、少し様子が違った。確かに黒い靄のような呪いが彼女の生命力に絡みついている。だが、その中心部から、温かい光のようなものが放たれているのを感じた。
それは、悪意や憎しみではない。もっと別の、強い感情。
(祈り……? いや、これは歪んだ守護の力か……?)
まるで、アンナを守ろうとするあまり、彼女自身を檻に閉じ込めてしまっているような、そんな印象を受けた。呪いが、彼女の生命力を喰らっているのではない。彼女の生命力が、呪いを維持するために絶えず吸い上げられているのだ。
無理にこの呪いを剥がせばどうなるか。おそらく、守りを失ったアンナの魂は、霧のように霧散してしまうだろう。
ノアはゆっくりと目を開けた。
「どうでしたか、ノア殿。呪いは解けそうですかな」
ゲオルグが、最後の希望を託すように尋ねる。
「……難しいかもしれません」
ノアは正直に答えた。ゲオルグの顔に、絶望の色が再び浮かぶ。
「この呪いは、非常に特殊です。おそらく、ただの悪意でかけられたものではない。何者かが、お嬢さんを何かから『守る』ためにかけたものが、結果として彼女の生命力を奪っている可能性があります」
「守るため……? 一体、誰がそんなことを……」
ゲオルグは全く心当たりがないという顔をした。
「分かりません。ですが、この呪いを無理に解くのは危険です。お嬢さんの魂ごと消し去ってしまう恐れがある」
ノアの言葉に、部屋の空気はさらに重くなった。やはり、打つ手はないのか。誰もがそう思った時、ノアは静かに続けた。
「ですが、方法はあります」
「本当ですか!?」
ゲオルグが食らいつくように身を乗り出す。
「呪いを解くのではなく、呪いと共存させるのです。クロエやエリオにしたのと同じように、呪いの力を別のエネルギーに変換する道具を作ります。彼女の生命力を奪う流れを、逆に彼女へ生命力を与える流れへと変えるのです」
それは、今までで最も難しい錬成になるだろう。対象は物ではない。生身の人間、それも瀕死の少女だ。少しでも間違えれば、彼女の命を即座に奪いかねない。
「ノア……。本当にできるのか?」
ルナが、心配そうに尋ねる。
「やってみるしかない」
ノアは覚悟を決めていた。彼はゲオルグに向き直る。
「娘さんを救うための道具を作ります。しかし、それには一つだけ、素材として使わせていただきたいものがあります」
「素材……? なんなりと仰ってください。どんな高価な宝石でも、希少な金属でも、すぐに用意させます」
「いえ、そういうものではありません」
ノアは、眠るアンナの顔を見つめながら言った。
「僕が欲しいのは、お嬢さんが一番大切にしていた『思い出の品』です。彼女の魂と、一番強く結びついている物がいい」
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