デバフ専門の支援術師は勇者パーティを追放されたので、呪いのアイテム専門店を開きます

夏見ナイ

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第二十四話 箱舟の日常と王都の不協和音

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【ノアの箱舟】が開店して一月が過ぎた。その評判は境界都市バザールに完全に定着し、店は連日多くの客で賑わっていた。

「いらっしゃいませ。お客様、どのようなお悩みをお持ちですか?」

店の入り口で、アンナが柔らかな笑顔で客を迎える。彼女は、訪れる客が抱える漠然とした悩みや苦しみの本質を、その不思議な力で見抜くことができた。

「ええと、最近どうも仕事に集中できなくて……」
「お客様の心からは、焦りの感情が伝わってきます。それは、締め切りが近いからでしょうか? それとも、誰かと比べられているような……」
「! なぜそれを……」

アンナが客の心の奥底に寄り添うことで、客自身も気づいていなかった問題の核心が明らかになる。その情報を元に、ノアがその客に最も適した呪いのアイテムを作り出す。この連携により、店の評判は「ただすごい道具を売る店」から、「どんな悩みも解決してくれる奇跡の店」へと昇華していった。

店の用心棒兼看板娘であるクロエは、その圧倒的な実力と明るい性格で、冒険者たちからの絶大な人気を集めていた。

「クロエさんよぉ、今度訓練つけてくれよ!」
「駄目よ。私の剣は、ノア様を守るためだけにあるんだから」

そう言って悪戯っぽく笑う彼女の周りには、いつも活気ある空気が流れていた。彼女が店の入り口に立つだけで、悪意を持つ者は誰も近づけない。

工房では、ノアとエリオが新たなアイテムの開発に取り組んでいた。

「ノア、この理論はどうだ。錬成時に特定の音階の振動を加えることで、呪いの定着率が上がるかもしれない」
「なるほど……。音叉のような道具を使えば、もっと繊細な効果を付与できるかも。試してみよう」

ノアの直感的な錬成技術と、エリオの緻密な魔法理論。二つの才能が組み合わさることで、【呪物錬成】は日々進化を遂げていた。

そして、その全てを取り仕切っているのがルナだった。彼女は店の経営、経理、仕入れルートの確保、さらには街の有力者との交渉まで、全てを完璧にこなしていた。彼女の経営手腕がなければ、この店はこれほど早く軌道に乗ることはなかっただろう。

「ノア、在庫が切れそうだぞ。次は『安眠の枕』を十個ほど頼む。最近、不眠に悩む商人が多いからな」
「分かった。すぐに取り掛かるよ」

ノアは仲間たちとのやり取りに、心地よい充足感を覚えていた。それぞれが自分の役割を果たし、一つの大きな船を動かしている。ここが、自分の本当の居場所なのだと、彼は日々実感していた。

その頃、王都の城では、重苦しい空気が支配していた。

「――以上が、東の国境地帯における魔王軍幹部『虐殺のゴードン』の活動報告です」

騎士団長からの報告を受け、作戦会議室に集まった勇者アレスたちは、皆一様に厳しい表情を浮かべていた。

「ゴードンだと……? あいつは、こちらの攻撃を全て弾き返す鋼鉄の肉体を持つと聞く。どうやって倒すというのだ」

騎士ライオネルが、不安げに呟く。彼の盾は、先日のオーガとの戦いで受けた傷がまだ生々しく残っていた。

「弱点が無いわけではない。奴の防御には、ごく僅かな隙間時間があるらしい。そこを突けば……」
「それができれば苦労はしない!」

アイザックの言葉を、アレスが苛立ち紛れに遮った。

「お前の魔法は当たらんし、ライオネルの防御は脆い! こんな状態で、どうやって幹部と戦うというんだ!」

アレスの怒声が、会議室に響き渡る。彼の焦りは、誰の目にも明らかだった。ノアを追放して以降、彼らの戦いは常にギリギリだった。連携は乱れ、消耗は激しくなる一方。誰もが、その原因に気づいている。だが、それを口にすることは、アレスのプライドを傷つけ、この脆い関係を完全に破壊してしまうことを意味していた。

「……申し訳、ありません」

アイザックが、力なく謝罪する。ノアがいた頃は、敵の動きが鈍り、彼の魔法は必中だった。その感覚が忘れられず、彼は自分の才能が枯渇してしまったかのような錯覚に陥っていた。

「アレス、皆を責めないでください。今は、力を合わせる時です」

聖女オリヴィアが、悲痛な表情でアレスを諌める。彼女の心の中では、日に日に後悔の念が大きくなっていた。ノアを追放したあの日、もっと強く引き留めていれば。彼の重要性を、もっと皆に訴えられていれば。

「うるさい! 俺一人で十分だ! お前たちは足手まといなんだよ!」

アレスは虚勢を張るように叫び、会議室を乱暴に出て行ってしまった。残されたメンバーは、誰一人として言葉を発することができない。信頼で結ばれていたはずの勇者パーティは、今や崩壊寸前だった。

その夜、【ノアの箱舟】の二階にある居住スペースでは、温かい食事が並べられ、四人の笑い声が響いていた。

「クロエ、それは私の分の肉だぞ!」
「早い者勝ちです、ルナ様!」
「アンナ、無理して食べなくてもいいんだよ」
「いえ、エリオ様。皆さんと食べるご飯は、とても美味しいですから」

他愛のない会話。穏やかな時間。

ノアは、その光景を眩しそうに眺めていた。追放されたあの日には、想像もできなかった幸せが、今ここにある。

食卓の笑い声は、工房の槌音と共に、この箱舟を満たす心地よい響きだった。この場所こそが、今の彼の全てであり、守るべき世界だった。
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