デバフ専門の支援術師は勇者パーティを追放されたので、呪いのアイテム専門店を開きます

夏見ナイ

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第二十七話 王都に届く噂

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老英雄ダリウスが起こした奇跡は、瞬く間に境界都市バザールを駆け巡り、【ノアの箱舟】の名声を絶対的なものにした。もはや、この店をただの道具屋だと侮る者は誰もいない。

店の日常は、活気と穏やかさに満ちていた。

「どうやらあなたは、成功することへの恐れを抱いているようですね」

カウンターで、アンナが美しい刺繍作家の女性と向き合っていた。女性は、大きなコンテストを前に、なぜか指が震えて針を持てなくなるという悩みを抱えていた。

「成功すれば、もっと大きな期待をかけられる。失敗するのが怖い。その気持ちが、あなたの指を縛り付けている呪いなのです」
「……ええ、その通りですわ。自分でも、分かっていたはずなのに」

アンナの優しい言葉に、女性はぽろぽろと涙をこぼした。

そこへ、ノアが工房から小さな指貫を持ってきた。

「『初心の指貫』です。これを着ければ、あなたはただ純粋に、刺繍が好きだった頃の気持ちだけを思い出せます。代償として、完成した作品への執着が少しだけ薄れてしまいますが」

女性は、その指貫を宝物のように受け取った。彼女が後にコンテストで大賞を受賞し、生涯にわたる傑作を生み出し続けることになるのは、また別の話である。

ノアの作る呪物は、もはや単なる道具ではなかった。それは、人の心に巣食う「呪い」を解き放ち、その人が本来持つべき輝きを取り戻させるための、奇跡の鍵となっていた。

そんな平穏な日々が続く中、王都では対照的に、不協和音が鳴り響いていた。

「まだ見つからんのか! 魔王軍幹部ゴードンの弱点が!」

勇者アレスの怒声が、作戦会議室に響き渡る。騎士団長や参謀たちは、彼の苛立ちを前に縮こまるばかりだった。

「奴の防御は完璧すぎます。物理も魔法も、ほとんど通じないとの報告が……」
「言い訳はいい! 何か手立てがあるはずだ!」

アレスは机を拳で叩きつけた。彼の焦りは、限界に達していた。ノアを追放してからというもの、何一つ上手くいかない。パーティの連携は崩壊し、自分一人ではどうにもならないという現実を、彼は認めたくなかった。

その時だった。会議室の隅に控えていた聖女オリヴィアが、おずおずと口を開いた。

「アレス。一つ、気になる噂を耳にしました」
「なんだ」

アレスは不機嫌に応じる。

「西の辺境、境界都市バザールでの話です。なんでも、『不動』のダリウス様が、引退から三十年ぶりに、全盛期と変わらぬ剣技を披露されたとか」
「ダリウスだと? 馬鹿な、ただの噂だろう。あの御老体が、今さら……」

アレスは一笑に付そうとした。だが、オリヴィアは真剣な表情で続ける。

「その奇跡を起こしたのが、ある道具屋だと……。呪いを力に変える、不思議な道具を作る店があるそうなのです」

呪い。その言葉に、アレスはぴくりと眉を動かした。彼は、忌々しい記憶と共に、追放した支援術師の顔を思い出していた。

「どんな呪いも、どんな才能の壁も、その店の道具が解決してくれると。病で死にかけていた商人の娘を救ったという話まであります」
「……」

アレスは黙り込んだ。彼の頭の中で、一つの考えが芽生える。もし、その道具が本物なら。それを手に入れれば、今のこの苦境を打破できるかもしれない。アイザックやライオネルが不甲斐なくても、自分一人の力で、魔王軍幹部すら倒せるかもしれない。

(そうだ。その道具を手に入れるんだ。それさえあれば、俺は……!)

彼の思考は、常に短絡的で自己中心的だった。

一方、オリヴィアの思考は違った。

(呪いを力に変える道具……。まさか、そんなはずは……)

彼女の脳裏には、ノアの姿が浮かんでいた。彼の【呪物錬成】は、敵に呪いをかけるだけのスキルのはずだ。だが、もし、その力の本当の姿が、呪いを操り、奇跡を起こすほどのものだったとしたら。

自分たちが、どれほど大きな過ちを犯したことになるのか。

(確かめなければ……)

オリヴィアは、静かに決意を固めた。アレスとは違う目的で、彼女もまた、辺境の街にあるという奇跡の店に、強い関心を抱き始めていた。

その頃、【ノアの箱舟】では、ルナが帳簿をつけながら、満足げに呟いていた。

「よし。今月の利益も上々だ。この調子なら、王都に二号店を出すのも夢ではないな」
「えっ、王都に!?」

ノアが驚いて声を上げる。

「当然だろう。いつまでもこんな辺境に燻っているつもりはない。お前の力は、もっと大きな市場で試されるべきだ」

ルナの野心的な言葉に、ノアは少し気圧されながらも、どこか誇らしい気持ちになっていた。

彼の知らないところで、王都から二つの思惑が、運命の糸に引かれるように、この辺境の小さな店へと向かいつつあった。過去との再会が、すぐそこまで迫っていることを、まだ誰も知らなかった。
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