36 / 89
第三十五話 王都への帰還と新たな企み
しおりを挟む
境界都市バザールを後にした勇者パーティの道のりは、困難を極めた。彼らの乗る馬車は、まるで鉛の塊を引きずるように、遅々としか進まない。誰もが口を閉ざし、重苦しい沈黙だけが、車内に満ちていた。
その沈黙を破ったのは、甲高い魔物の咆哮だった。
「グリフォンの群れだ! 囲まれたぞ!」
御者の悲鳴に、アレスたちは渋々馬車を降りる。空には、五頭のグリフォンが旋回していた。それは決して倒せない敵ではない。ノアがいた頃なら、ものの数分で片付く相手だった。
「ちっ、面倒な!」
アレスは悪態をつき、聖剣を手に真っ先に一頭へと斬りかかる。だが、残りの四頭が、彼のいない方向からライオネルとアイザックに襲いかかった。
「ライオネル! 盾を固めろ!」
「無茶を言うな! 四方からでは防ぎきれん!」
ライオネルの大盾が、グリフォンの鋭い爪に弾かれる。その隙を突いて、別のグリフォンが彼の肩を深く切り裂いた。
「ぐあっ!」
「アイザック! 援護はまだか!」
「こいつら、動きが速すぎる! 狙いが定まらん!」
アイザックの放つ魔法は、空中で素早く旋回するグリフォンに翻弄され、虚しく地面を抉るだけだった。ノアの『減速』や『命中率低下』の呪いがあれば、これらの攻撃は容易く当たっていただろう。そのあまりにも大きな差を、彼らは再び痛感させられていた。
「オリヴィア! 回復を!」
ライオネルの悲鳴に、オリヴィアが必死で治癒魔法をかける。だが、傷つく仲間は次々と増えていく。彼女の魔力は、みるみるうちに底を突きかけていた。
「ええい、役立たずめ!」
アレスは一人で一頭を仕留めたものの、仲間たちの惨状を見て悪態をつく。彼が救援に向かおうとしたその時、背後から別のグリフォンが音もなく急降下してきた。誰もがそれに気づかない。絶体絶命の瞬間。
「危ない!」
オリヴィアが咄嗟に突き飛ばし、アレスは難を逃れた。だが、彼女の肩にグリフォンの爪が深く食い込む。
「ぐっ……!」
聖女の悲鳴に、アレスはようやく我に返り、怒りに任せてそのグリフォンを斬り捨てた。
戦闘は、多大な犠牲と消耗の末に、なんとか終結した。残ったのは、満身創痍の仲間たちと、さらに深まったパーティの亀裂だけだった。アレスは傷ついたオリヴィアを一瞥したが、感謝の言葉一つかけることなく、自分の手柄のように振る舞った。
その冷たい態度に、仲間たちの心は、決定的に彼から離れていった。
数日後、彼らはようやく王都へと帰り着いた。アレスは傷ついた仲間を宿に残し、一人で王城へと向かう。彼の顔には、辺境での屈辱の色はなく、自信に満ちた笑みさえ浮かんでいた。
玉座の間に通されたアレスは、国王アルトリウスの前に膝をついた。
「勇者アレス、ただいま帰還いたしました」
「うむ、ご苦労であった。辺境の調査、首尾はどうか」
威厳のある声で、国王が問う。
「はっ。古代遺跡の調査は滞りなく。それよりも、陛下にご報告すべき、憂慮すべき事態を発見いたしました」
アレスは、芝居がかった深刻な表情を作った。
「境界都市バザールにて、極めて危険な力を持つ呪術師を確認。その者の名はノア。人心を惑わす呪いの道具を作り、街の者たちを手懐けておりました。その力は、あるいは国家の安寧を脅かすものとなりかねません」
アレスは、ノアの力を誇張し、そこに邪な野心があるかのように歪めて報告した。クロエの圧倒的な力も、ノアが危険な手駒を従えている証拠だと付け加える。
国王アルトリウスは、百戦錬磨の王だ。アレスの言葉を鵜呑みにはしない。その報告に、わずかな私怨の匂いを感じ取っていた。だが、聖剣に選ばれた勇者の言葉を、無下にもできない。
「……分かった。その呪術師ノアについては、こちらでも調査しよう。勇者よ、しばし休むがよい」
国王の言葉に、アレスは計画が上手くいったことを確信し、玉座の間を後にした。彼の卑劣な企みは、こうして王の耳へと届いた。
国王は、アレスの背中を見送りながら、深いため息をつく。
「宰相。例の件、どう思う」
「はっ。勇者様の言葉とはいえ、にわかには……。ですが、万が一ということもございます。まずは密偵を放ち、真偽を確かめるのがよろしいかと」
「うむ。そうせよ」
王の命令が、静かに下される。
その頃、【ノアの箱舟】では、ノアが工房で新しい道具の試作品を手に、目を輝かせていた。
「ルナ、見てくれ! この『怠け者の雑巾』、床に置いておくだけで、勝手に掃除を始めるんだ!」
王都から伸びる昏い影が、自分たちの穏やかな日常に迫りつつあることを、彼はまだ知らなかった。
その沈黙を破ったのは、甲高い魔物の咆哮だった。
「グリフォンの群れだ! 囲まれたぞ!」
御者の悲鳴に、アレスたちは渋々馬車を降りる。空には、五頭のグリフォンが旋回していた。それは決して倒せない敵ではない。ノアがいた頃なら、ものの数分で片付く相手だった。
「ちっ、面倒な!」
アレスは悪態をつき、聖剣を手に真っ先に一頭へと斬りかかる。だが、残りの四頭が、彼のいない方向からライオネルとアイザックに襲いかかった。
「ライオネル! 盾を固めろ!」
「無茶を言うな! 四方からでは防ぎきれん!」
ライオネルの大盾が、グリフォンの鋭い爪に弾かれる。その隙を突いて、別のグリフォンが彼の肩を深く切り裂いた。
「ぐあっ!」
「アイザック! 援護はまだか!」
「こいつら、動きが速すぎる! 狙いが定まらん!」
アイザックの放つ魔法は、空中で素早く旋回するグリフォンに翻弄され、虚しく地面を抉るだけだった。ノアの『減速』や『命中率低下』の呪いがあれば、これらの攻撃は容易く当たっていただろう。そのあまりにも大きな差を、彼らは再び痛感させられていた。
「オリヴィア! 回復を!」
ライオネルの悲鳴に、オリヴィアが必死で治癒魔法をかける。だが、傷つく仲間は次々と増えていく。彼女の魔力は、みるみるうちに底を突きかけていた。
「ええい、役立たずめ!」
アレスは一人で一頭を仕留めたものの、仲間たちの惨状を見て悪態をつく。彼が救援に向かおうとしたその時、背後から別のグリフォンが音もなく急降下してきた。誰もがそれに気づかない。絶体絶命の瞬間。
「危ない!」
オリヴィアが咄嗟に突き飛ばし、アレスは難を逃れた。だが、彼女の肩にグリフォンの爪が深く食い込む。
「ぐっ……!」
聖女の悲鳴に、アレスはようやく我に返り、怒りに任せてそのグリフォンを斬り捨てた。
戦闘は、多大な犠牲と消耗の末に、なんとか終結した。残ったのは、満身創痍の仲間たちと、さらに深まったパーティの亀裂だけだった。アレスは傷ついたオリヴィアを一瞥したが、感謝の言葉一つかけることなく、自分の手柄のように振る舞った。
その冷たい態度に、仲間たちの心は、決定的に彼から離れていった。
数日後、彼らはようやく王都へと帰り着いた。アレスは傷ついた仲間を宿に残し、一人で王城へと向かう。彼の顔には、辺境での屈辱の色はなく、自信に満ちた笑みさえ浮かんでいた。
玉座の間に通されたアレスは、国王アルトリウスの前に膝をついた。
「勇者アレス、ただいま帰還いたしました」
「うむ、ご苦労であった。辺境の調査、首尾はどうか」
威厳のある声で、国王が問う。
「はっ。古代遺跡の調査は滞りなく。それよりも、陛下にご報告すべき、憂慮すべき事態を発見いたしました」
アレスは、芝居がかった深刻な表情を作った。
「境界都市バザールにて、極めて危険な力を持つ呪術師を確認。その者の名はノア。人心を惑わす呪いの道具を作り、街の者たちを手懐けておりました。その力は、あるいは国家の安寧を脅かすものとなりかねません」
アレスは、ノアの力を誇張し、そこに邪な野心があるかのように歪めて報告した。クロエの圧倒的な力も、ノアが危険な手駒を従えている証拠だと付け加える。
国王アルトリウスは、百戦錬磨の王だ。アレスの言葉を鵜呑みにはしない。その報告に、わずかな私怨の匂いを感じ取っていた。だが、聖剣に選ばれた勇者の言葉を、無下にもできない。
「……分かった。その呪術師ノアについては、こちらでも調査しよう。勇者よ、しばし休むがよい」
国王の言葉に、アレスは計画が上手くいったことを確信し、玉座の間を後にした。彼の卑劣な企みは、こうして王の耳へと届いた。
国王は、アレスの背中を見送りながら、深いため息をつく。
「宰相。例の件、どう思う」
「はっ。勇者様の言葉とはいえ、にわかには……。ですが、万が一ということもございます。まずは密偵を放ち、真偽を確かめるのがよろしいかと」
「うむ。そうせよ」
王の命令が、静かに下される。
その頃、【ノアの箱舟】では、ノアが工房で新しい道具の試作品を手に、目を輝かせていた。
「ルナ、見てくれ! この『怠け者の雑巾』、床に置いておくだけで、勝手に掃除を始めるんだ!」
王都から伸びる昏い影が、自分たちの穏やかな日常に迫りつつあることを、彼はまだ知らなかった。
11
あなたにおすすめの小説
外れスキル【アイテム錬成】でSランクパーティを追放された俺、実は神の素材で最強装備を創り放題だったので、辺境で気ままな工房を開きます
夏見ナイ
ファンタジー
Sランクパーティで「外れスキル」と蔑まれ、雑用係としてこき使われていた錬金術師のアルト。ある日、リーダーの身勝手な失敗の責任を全て押し付けられ、無一文でパーティから追放されてしまう。
絶望の中、流れ着いた辺境の町で、彼は偶然にも伝説の素材【神の涙】を発見。これまで役立たずと言われたスキル【アイテム錬成】が、実は神の素材を扱える唯一無二のチート能力だと知る。
辺境で小さな工房を開いたアルトの元には、彼の作る規格外のアイテムを求めて、なぜか聖女や竜王(美少女の姿)まで訪れるようになり、賑やかで幸せな日々が始まる。
一方、アルトを失った元パーティは没落の一途を辿り、今更になって彼に復帰を懇願してくるが――。「もう、遅いんです」
これは、不遇だった青年が本当の居場所を見つける、ほのぼの工房ライフ&ときどき追放ざまぁファンタジー!
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
スキル【収納】が実は無限チートだった件 ~追放されたけど、俺だけのダンジョンで伝説のアイテムを作りまくります~
みぃた
ファンタジー
地味なスキル**【収納】**しか持たないと馬鹿にされ、勇者パーティーを追放された主人公。しかし、その【収納】スキルは、ただのアイテム保管庫ではなかった!
無限にアイテムを保管できるだけでなく、内部の時間操作、さらには指定した素材から自動でアイテムを生成する機能まで備わった、規格外の無限チートスキルだったのだ。
追放された主人公は、このチートスキルを駆使し、収納空間の中に自分だけの理想のダンジョンを創造。そこで伝説級のアイテムを量産し、いずれ世界を驚かせる存在となる。そして、かつて自分を蔑み、追放した者たちへの爽快なざまぁが始まる。
スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~
きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。
洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。
レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。
しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。
スキルを手にしてから早5年――。
「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」
突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。
森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。
それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。
「どうせならこの森で1番派手にしようか――」
そこから更に8年――。
18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。
「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」
最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。
そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。
Sランクパーティを追放されたヒーラーの俺、禁忌スキル【完全蘇生】に覚醒する。俺を捨てたパーティがボスに全滅させられ泣きついてきたが、もう遅い
夏見ナイ
ファンタジー
Sランクパーティ【熾天の剣】で《ヒール》しか使えないアレンは、「無能」と蔑まれ追放された。絶望の淵で彼が覚醒したのは、死者さえ完全に蘇らせる禁忌のユニークスキル【完全蘇生】だった。
故郷の辺境で、心に傷を負ったエルフの少女や元女騎士といった“真の仲間”と出会ったアレンは、新パーティ【黎明の翼】を結成。回復魔法の常識を覆す戦術で「死なないパーティ」として名を馳せていく。
一方、アレンを失った元パーティは急速に凋落し、高難易度ダンジョンで全滅。泣きながら戻ってきてくれと懇願する彼らに、アレンは冷たく言い放つ。
「もう遅い」と。
これは、無能と蔑まれたヒーラーが最強の英雄となる、痛快な逆転ファンタジー!
《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。
無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。
やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります
内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品]
冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた!
物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
職人ギルドから追放された美少女ソフィア。
逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる