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第四十一話 英雄の日常と王の決断
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境界都市バザールに朝が来た。街は、昨夜の勝利の祝賀から一転し、慌ただしい復旧作業に追われていた。城壁の修復、壊れた家屋の片付け、そして負傷者の手当て。だが、人々の顔に悲壮感はない。自分たちの手で街を守り切ったという自信と誇りが、彼らの表情を明るく照らしていた。
その喧騒の中心にあったのが、【ノアの箱舟】だった。
「ノアさん、この盾、お願いできるかい! 昨日の戦いでヒビが入っちまって」
「俺の剣もだ! ノアさんの呪いがなけりゃ、とっくに折れてたよ!」
店の前には、壊れた武具や防具を抱えた冒険者たちが長い列を作っていた。彼らは皆、ノアが施した『呪い』がなければ、自分は今頃生きていなかったと口々に語る。
「順番にやりますから、少し待っていてください」
ノアは工房で、休む間もなく修理作業に没頭していた。彼の槌音が、街の復興のリズムを刻んでいるかのようだった。以前なら不吉だと眉をひそめられたであろうその槌音を、今では誰もが頼もしげに聞いていた。
英雄。いつしか、街の人々はノアをそう呼ぶようになっていた。その扱いに戸惑いながらも、ノアは人々の期待に応えようと、黙々と手を動かし続けた。
仲間たちも、それぞれの場所で街の復興に貢献していた。
クロエは冒険者ギルドの訓練場で、早くも次の戦いに備えていた。
「いいか! 勝利に浮かれている暇はないぞ! 敵がいつまた来るか分からん! もっと体を鍛え、技を磨け!」
彼女の厳しい檄が、気の緩みかけていた若手冒険者たちの心を再び引き締める。
エリオは、魔術師ギルドの仲間たちと共に、街の防衛結界の修復と強化にあたっていた。
「西門の結界強度が三パーセント低下している。魔力増幅回路を追加して、防御力を底上げするぞ」
彼の的確な指示と魔法理論は、ギルドの魔術師たちからも一目置かれるようになっていた。
アンナは、街の診療所を回り、負傷者たちの心のケアをしていた。
「昨日は怖かったでしょう。でも、もう大丈夫ですよ。皆さんが体を張ってくれたおかげで、街は守られましたから」
彼女の優しい声と共感する力は、何よりの薬となって人々の心を癒した。
誰もが、自分の役割を果たしている。その光景は、ノアにとって何よりも誇らしいものだった。
その頃、遥か東の王都アルカディア。王城の一室では、国王アルトリウスが宰相と向き合っていた。
「やはり、アレスの報告は当てにならんかったな」
国王は、密偵シャドウからの詳細な報告書を読み、深いため息をついた。
「ノア・アークライト……。人心を惑わすどころか、街の英雄、か。しかも、魔王軍の暗殺部隊まで撃退したと」
「はっ。その力の規格外であることは、間違いないようです。ですが、シャドウの報告によれば、彼自身に邪な野心は見られないとのこと。むしろ、その力を人々のために使う、善良な青年であると」
宰相の言葉に、国王は腕を組んだ。
「だとしても、だ。それほどの力を野放しにはしておけん。辺境の一都市に、国家の軍事力に匹敵するほどの個人がいる。これは、国の均衡を揺るがしかねん事態だ」
国王の目は、為政者のそれだった。個人の善悪ではない。国家という大きな枠組みの中で、その力がどう作用するか。彼が見ているのは、その一点だった。
「勇者アレスは、その力を私物化しようと企んでおる。魔王軍は、その力を『原初の呪術師』と呼び、警戒している。どちらに転んでも、火種にしかならん」
長い沈黙の後、国王は決断を下した。
「……召喚する」
「陛下、それは……」
「この目で直接、見極める必要がある。ノア・アークライトという男が、我らの友となるのか、あるいは、いずれ敵となるのかをな。表向きは、先日の防衛戦の功績を称えるという名目で、王都へ招くのだ」
王の決断は、覆らない。宰相は、静かに頭を垂れた。
王都からの使者が、境界都市バザールに到着したのは、それから一週間後のことだった。
その日も、【ノアの箱舟】は多くの客で賑わっていた。ノアが、子供のために作った『絶対に転ばない靴』(代償として、歩くたびに面白い音が鳴る)を渡していると、店の前に馬車が停まった。
馬車から降りてきたのは、王家の紋章が入った豪奢な鎧を身につけた、近衛騎士だった。彼は周囲の喧騒をものともせず、真っ直ぐに店の中へと入ってくる。
その威圧的な雰囲気に、店内の客たちが息を呑んだ。
近衛騎士は、ノアの前に立つと、恭しく片膝をついた。
「ノア・アークライト殿とお見受けいたします」
彼は、巻かれた羊皮紙を両手で捧げ持った。そこには、国王の印である金の蝋が、厳かに輝いている。
「国王アルトリウス陛下の名において、あなたを王都へとお招きいたします。これは、陛下からの正式な召喚状にございます」
その言葉は、店内の静寂に重く響き渡った。
王からの、召喚状。それは、ノアたちの穏やかな日常の終わりと、彼らの運命が、もはや辺境の一都市だけでは収まりきらない、大きな物語へと突入したことを告げる、ファンファーレだった。
その喧騒の中心にあったのが、【ノアの箱舟】だった。
「ノアさん、この盾、お願いできるかい! 昨日の戦いでヒビが入っちまって」
「俺の剣もだ! ノアさんの呪いがなけりゃ、とっくに折れてたよ!」
店の前には、壊れた武具や防具を抱えた冒険者たちが長い列を作っていた。彼らは皆、ノアが施した『呪い』がなければ、自分は今頃生きていなかったと口々に語る。
「順番にやりますから、少し待っていてください」
ノアは工房で、休む間もなく修理作業に没頭していた。彼の槌音が、街の復興のリズムを刻んでいるかのようだった。以前なら不吉だと眉をひそめられたであろうその槌音を、今では誰もが頼もしげに聞いていた。
英雄。いつしか、街の人々はノアをそう呼ぶようになっていた。その扱いに戸惑いながらも、ノアは人々の期待に応えようと、黙々と手を動かし続けた。
仲間たちも、それぞれの場所で街の復興に貢献していた。
クロエは冒険者ギルドの訓練場で、早くも次の戦いに備えていた。
「いいか! 勝利に浮かれている暇はないぞ! 敵がいつまた来るか分からん! もっと体を鍛え、技を磨け!」
彼女の厳しい檄が、気の緩みかけていた若手冒険者たちの心を再び引き締める。
エリオは、魔術師ギルドの仲間たちと共に、街の防衛結界の修復と強化にあたっていた。
「西門の結界強度が三パーセント低下している。魔力増幅回路を追加して、防御力を底上げするぞ」
彼の的確な指示と魔法理論は、ギルドの魔術師たちからも一目置かれるようになっていた。
アンナは、街の診療所を回り、負傷者たちの心のケアをしていた。
「昨日は怖かったでしょう。でも、もう大丈夫ですよ。皆さんが体を張ってくれたおかげで、街は守られましたから」
彼女の優しい声と共感する力は、何よりの薬となって人々の心を癒した。
誰もが、自分の役割を果たしている。その光景は、ノアにとって何よりも誇らしいものだった。
その頃、遥か東の王都アルカディア。王城の一室では、国王アルトリウスが宰相と向き合っていた。
「やはり、アレスの報告は当てにならんかったな」
国王は、密偵シャドウからの詳細な報告書を読み、深いため息をついた。
「ノア・アークライト……。人心を惑わすどころか、街の英雄、か。しかも、魔王軍の暗殺部隊まで撃退したと」
「はっ。その力の規格外であることは、間違いないようです。ですが、シャドウの報告によれば、彼自身に邪な野心は見られないとのこと。むしろ、その力を人々のために使う、善良な青年であると」
宰相の言葉に、国王は腕を組んだ。
「だとしても、だ。それほどの力を野放しにはしておけん。辺境の一都市に、国家の軍事力に匹敵するほどの個人がいる。これは、国の均衡を揺るがしかねん事態だ」
国王の目は、為政者のそれだった。個人の善悪ではない。国家という大きな枠組みの中で、その力がどう作用するか。彼が見ているのは、その一点だった。
「勇者アレスは、その力を私物化しようと企んでおる。魔王軍は、その力を『原初の呪術師』と呼び、警戒している。どちらに転んでも、火種にしかならん」
長い沈黙の後、国王は決断を下した。
「……召喚する」
「陛下、それは……」
「この目で直接、見極める必要がある。ノア・アークライトという男が、我らの友となるのか、あるいは、いずれ敵となるのかをな。表向きは、先日の防衛戦の功績を称えるという名目で、王都へ招くのだ」
王の決断は、覆らない。宰相は、静かに頭を垂れた。
王都からの使者が、境界都市バザールに到着したのは、それから一週間後のことだった。
その日も、【ノアの箱舟】は多くの客で賑わっていた。ノアが、子供のために作った『絶対に転ばない靴』(代償として、歩くたびに面白い音が鳴る)を渡していると、店の前に馬車が停まった。
馬車から降りてきたのは、王家の紋章が入った豪奢な鎧を身につけた、近衛騎士だった。彼は周囲の喧騒をものともせず、真っ直ぐに店の中へと入ってくる。
その威圧的な雰囲気に、店内の客たちが息を呑んだ。
近衛騎士は、ノアの前に立つと、恭しく片膝をついた。
「ノア・アークライト殿とお見受けいたします」
彼は、巻かれた羊皮紙を両手で捧げ持った。そこには、国王の印である金の蝋が、厳かに輝いている。
「国王アルトリウス陛下の名において、あなたを王都へとお招きいたします。これは、陛下からの正式な召喚状にございます」
その言葉は、店内の静寂に重く響き渡った。
王からの、召喚状。それは、ノアたちの穏やかな日常の終わりと、彼らの運命が、もはや辺境の一都市だけでは収まりきらない、大きな物語へと突入したことを告げる、ファンファーレだった。
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