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第五十三話 喰いきれない呪い
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「全ての呪いを、僕に集める」
ノアのその言葉は、常軌を逸していた。戦場に満ちる数千の呪い。それを一個人が受け止めれば、魂ごと消し飛んでもおかしくない。
「正気か、ノア! そんなことをすれば、お前が……!」
ルナが叫ぶが、ノアの決意は揺るがなかった。
「やるしかないんだ。僕の呪いが敵の力になるなら、敵が喰いきれないほどの、巨大な呪いをぶつけるしかない」
その瞳には、狂気と紙一重の、静かな覚悟が宿っていた。
「……分かった。お前の博打に乗ってやろう」
ルナは覚悟を決めると、即座に指示を飛ばした。
「エリオ! 魔力増幅の魔法陣を、ノアを中心に展開! ノアの魔力制御を補助しろ!」
「了解だ!」
エリオは、指先から血が滲むほどの速度で、地面に複雑な魔法陣を描き始める。
「クロエには、どう伝える?」
「必要ない。彼女なら、僕たちがやろうとしていることを、必ず感じ取ってくれる」
ノアは、戦場の遥か先で孤軍奮闘する、赤い髪の戦士を信じていた。
ノアは、両手を広げ、目を閉じた。彼の意識が、戦場全体へと広がっていく。騎士たちの武具から失われ、ヴォルデに吸い込まれようとしていた無数の呪いの残滓。それらが、ノアという一点を目指して、黒い川のように流れ込み始めた。
「ぐっ……うううっ!」
ノアの全身を、凄まじい激痛が襲う。数千の呪いが、彼の魂を内側から引き裂こうとする。エリオの補助がなければ、一瞬で意識を失っていただろう。
「ノア!」
ルナが、彼の名を叫ぶ。だが、ノアは歯を食いしばり、その奔流に耐え続けた。
戦場のヴォルデも、その異変に気づいた。
「ほう? 小僧、自ら我が糧となりたいか。愚かな! その全ての呪い、根こそぎ喰らってくれるわ!」
ヴォルデは、さらに強力な吸引力で、呪いを吸い込もうとする。だが、呪いの流れは、もはや彼ではなく、ノアへと向かっていた。
やがて、戦場に散らばっていた全ての呪いが、ノアの体に集約された。彼の体からは、もはや黒いオーラというよりは、闇そのものが溢れ出している。その存在感だけで、周囲の空間が歪んでいるかのようだった。
そして、その膨大な呪いの奔流を、彼は一つの対象へと向ける。
それは、騎士団長の傍らにあった、一本の折れた矢だった。
「――【呪物錬成】」
ノアの呟きと共に、凝縮された全ての呪いが、その小さな矢へと叩き込まれた。
パキィン!
空間が砕けるような音と共に、矢は変貌を遂げた。それはもはや矢ではない。闇よりも深く、光さえも吸い込むような、漆黒の槍。その切っ先には、凝縮された絶望と破滅の力が、渦を巻いていた。
「『原罪の槍(オリジナル・シン)』……」
ノアは、無意識にその名を口にした。
彼は、ふらつく体でその槍を手に取ると、渾身の力で、ヴォルデへと投げ放った。
槍は、音もなく、空間を切り裂いて飛翔する。それは、物理的な速度を超越した、呪いの概念そのものが飛んでいるかのようだった。
「無駄だ! どんな攻撃も、我が身に届けば力となる!」
ヴォルデは、嘲笑いながらその槍を飲み込もうと、体中の口を大きく開けた。
そして、槍はヴォルデに触れた。
次の瞬間、ヴォルデの嘲笑は、驚愕と苦痛の叫びに変わった。
「ぐ、ぎゃあああああああ!?」
槍は、彼の力になるのではない。彼の体内にあった全ての魔力を、根こそぎ『呪い』へと変換し始めたのだ。ヴォルデの巨体が、内側から黒く変色し、崩壊していく。
「馬鹿な……! 我が魔力が、我が身を喰らっているだと!? こんな呪い、ありえん!」
ヴォルデは、喰いきれないほどの呪いを喰わされたのだ。自らの存在そのものを燃料として、無限に増殖する呪いの奔流に、彼はなすすべもなかった。
やがて、山のように巨大だった肉塊は、跡形もなく消滅し、後にはただ、漆黒の槍だけが、静かに大地に突き刺さっていた。
静寂。
魔王軍の指揮官が消滅したことで、残った魔物たちは統率を失い、逃げ惑う。騎士団は、その機を逃さず追撃に転じ、戦いの趨勢は完全に決した。
本陣では、ノアがその場に崩れ落ちていた。彼の体は限界を超え、意識を失いかけている。
「ノア!」
ルナとエリオが駆け寄る。その時、戦場を駆け抜け、クロエが血相を変えて戻ってきた。
「ノア様! ご無事ですか!?」
彼女は、ノアの消耗しきった姿を見て、涙を浮かべている。
ノアは、薄れゆく意識の中、仲間たちの顔を見つめた。
「……勝った、んだな……」
その言葉を最後に、彼の意識は、深い闇の中へと沈んでいった。
この日、ノア・アークライトは、魔王軍幹部を単独で討ち取るという、前代未聞の偉業を成し遂げた。だがそれは、彼の持つ力の危険性と、その根源にある謎を、より一層深くする結果となった。
『原罪の槍』。そして、ヴォルデが喰いきれなかった、ノア自身の呪いの本質。それは、彼が『原初の呪術師』の末裔であるという、動かぬ証拠の一つとなりつつあった。
ノアのその言葉は、常軌を逸していた。戦場に満ちる数千の呪い。それを一個人が受け止めれば、魂ごと消し飛んでもおかしくない。
「正気か、ノア! そんなことをすれば、お前が……!」
ルナが叫ぶが、ノアの決意は揺るがなかった。
「やるしかないんだ。僕の呪いが敵の力になるなら、敵が喰いきれないほどの、巨大な呪いをぶつけるしかない」
その瞳には、狂気と紙一重の、静かな覚悟が宿っていた。
「……分かった。お前の博打に乗ってやろう」
ルナは覚悟を決めると、即座に指示を飛ばした。
「エリオ! 魔力増幅の魔法陣を、ノアを中心に展開! ノアの魔力制御を補助しろ!」
「了解だ!」
エリオは、指先から血が滲むほどの速度で、地面に複雑な魔法陣を描き始める。
「クロエには、どう伝える?」
「必要ない。彼女なら、僕たちがやろうとしていることを、必ず感じ取ってくれる」
ノアは、戦場の遥か先で孤軍奮闘する、赤い髪の戦士を信じていた。
ノアは、両手を広げ、目を閉じた。彼の意識が、戦場全体へと広がっていく。騎士たちの武具から失われ、ヴォルデに吸い込まれようとしていた無数の呪いの残滓。それらが、ノアという一点を目指して、黒い川のように流れ込み始めた。
「ぐっ……うううっ!」
ノアの全身を、凄まじい激痛が襲う。数千の呪いが、彼の魂を内側から引き裂こうとする。エリオの補助がなければ、一瞬で意識を失っていただろう。
「ノア!」
ルナが、彼の名を叫ぶ。だが、ノアは歯を食いしばり、その奔流に耐え続けた。
戦場のヴォルデも、その異変に気づいた。
「ほう? 小僧、自ら我が糧となりたいか。愚かな! その全ての呪い、根こそぎ喰らってくれるわ!」
ヴォルデは、さらに強力な吸引力で、呪いを吸い込もうとする。だが、呪いの流れは、もはや彼ではなく、ノアへと向かっていた。
やがて、戦場に散らばっていた全ての呪いが、ノアの体に集約された。彼の体からは、もはや黒いオーラというよりは、闇そのものが溢れ出している。その存在感だけで、周囲の空間が歪んでいるかのようだった。
そして、その膨大な呪いの奔流を、彼は一つの対象へと向ける。
それは、騎士団長の傍らにあった、一本の折れた矢だった。
「――【呪物錬成】」
ノアの呟きと共に、凝縮された全ての呪いが、その小さな矢へと叩き込まれた。
パキィン!
空間が砕けるような音と共に、矢は変貌を遂げた。それはもはや矢ではない。闇よりも深く、光さえも吸い込むような、漆黒の槍。その切っ先には、凝縮された絶望と破滅の力が、渦を巻いていた。
「『原罪の槍(オリジナル・シン)』……」
ノアは、無意識にその名を口にした。
彼は、ふらつく体でその槍を手に取ると、渾身の力で、ヴォルデへと投げ放った。
槍は、音もなく、空間を切り裂いて飛翔する。それは、物理的な速度を超越した、呪いの概念そのものが飛んでいるかのようだった。
「無駄だ! どんな攻撃も、我が身に届けば力となる!」
ヴォルデは、嘲笑いながらその槍を飲み込もうと、体中の口を大きく開けた。
そして、槍はヴォルデに触れた。
次の瞬間、ヴォルデの嘲笑は、驚愕と苦痛の叫びに変わった。
「ぐ、ぎゃあああああああ!?」
槍は、彼の力になるのではない。彼の体内にあった全ての魔力を、根こそぎ『呪い』へと変換し始めたのだ。ヴォルデの巨体が、内側から黒く変色し、崩壊していく。
「馬鹿な……! 我が魔力が、我が身を喰らっているだと!? こんな呪い、ありえん!」
ヴォルデは、喰いきれないほどの呪いを喰わされたのだ。自らの存在そのものを燃料として、無限に増殖する呪いの奔流に、彼はなすすべもなかった。
やがて、山のように巨大だった肉塊は、跡形もなく消滅し、後にはただ、漆黒の槍だけが、静かに大地に突き刺さっていた。
静寂。
魔王軍の指揮官が消滅したことで、残った魔物たちは統率を失い、逃げ惑う。騎士団は、その機を逃さず追撃に転じ、戦いの趨勢は完全に決した。
本陣では、ノアがその場に崩れ落ちていた。彼の体は限界を超え、意識を失いかけている。
「ノア!」
ルナとエリオが駆け寄る。その時、戦場を駆け抜け、クロエが血相を変えて戻ってきた。
「ノア様! ご無事ですか!?」
彼女は、ノアの消耗しきった姿を見て、涙を浮かべている。
ノアは、薄れゆく意識の中、仲間たちの顔を見つめた。
「……勝った、んだな……」
その言葉を最後に、彼の意識は、深い闇の中へと沈んでいった。
この日、ノア・アークライトは、魔王軍幹部を単独で討ち取るという、前代未聞の偉業を成し遂げた。だがそれは、彼の持つ力の危険性と、その根源にある謎を、より一層深くする結果となった。
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