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第五十五話 英雄の休息と新たな依頼
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『嘆きの平原』での激闘から一月。王都アルカディアは、すっかり落ち着きを取り戻していた。【ノアの箱舟】は、王家公認の独立組織として、その地位を不動のものにした。ノアたちが拠点とする邸宅には、もはや不審な影は近づかず、彼らは英雄としての名声と、それに伴う多忙な日々を送っていた。
「ノア、頼む! この『絶対に無くならないインク瓶』、あと五十個ほど追加で頼む! 文官たちが泣いて喜んでるんだ!」
「ノア様、騎士団の訓練用の『少しだけ痛い木剣』、素晴らしいですわ! 新人たちの根性が叩き直されております!」
王宮からの依頼は、後を絶たなかった。ノアの作る呪物は、国の運営を様々な面で効率化し、その価値は計り知れないものとなっていた。彼は英雄であると同時に、王国にとってなくてはならない、最高の技術者でもあった。
だが、その多忙さが、ノアの心を少しずつ蝕んでいた。
「……なんだか、辺境にいた頃が懐かしいな」
深夜、一人で工房に籠り、山のような依頼品を前に、ノアはぽつりと呟いた。次から次へと舞い込む、国からの大きな仕事。それは確かにやりがいのあることだったが、彼の本当にやりたかったこととは、少し違っていた。
誰かの小さな悩みに寄り添い、その人の人生が少しだけ良い方向に進むための、ささやかな手伝い。吟遊詩人のための片眼鏡や、母親のための子守唄オルゴール。そういった、一人一人の顔が見える仕事が、今の彼にはほとんどなかった。
その変化に、仲間たちも気づいていた。
「最近のノア様、少しお疲れのご様子ですね」
アンナが、心配そうにルナに話す。
「ああ。英雄だ、救国の士だともてはやされて、あいつの性には合わんのだろう。本来の仕事ができていないことが、一番のストレスになっているはずだ」
ルナは、全てお見通しだった。
「少し、息抜きが必要だな」
ルナの計画は、迅速だった。彼女は王宮との交渉で、「ノアの魔力安定期間」という名目で一週間の長期休暇を勝ち取った。その間、国からの依頼は一切受け付けない。その代わり、【ノアの箱舟】は、たった一つの依頼だけを受けることにした。
店の前に、一枚の看板が掲げられた。
『一週間限定。どのようなお悩みでも、一つだけ解決します。報酬は、いただきません』
その型破りな看板は、王都中の噂となった。誰もが、自分の悩みを解決してもらおうと店の前に殺到したが、ルナは彼らを容赦なく追い返した。
「これは、抽選だ。我々が、最も我々の助けを必要としていると判断した、たった一人の依頼を受ける。それ以外は、一切受け付けん」
三日後。ルナは、山のように届いた依頼状の中から、一枚だけを選び出した。
「決まったぞ。今回の依頼人は、この子だ」
彼女が皆に見せたのは、拙い子供の字で書かれた、一通の手紙だった。
『ぼくは、ピートといいます。八さいです。おとうさんは、たんけんかでした。でも、三ねんまえに、『まのかいろう』にいったまま、かえってきません。みんなは、もうしんだといいます。でも、ぼくはしんじてます。どうか、おとうさんをさがしてください』
魔の回廊。それは、王都の地下深くに広がる、古代遺跡の迷宮。一度入れば二度と戻れないと恐れられ、王家によって固く封印されている場所だった。
「無茶だ! そんな場所、危険すぎる!」
エリオが反対の声を上げた。
「それに、行方不明者の捜索など、我々の専門外だ」
「だからこそ、だ」
ルナは、静かに言った。
「ノアに必要なのは、こういう仕事だ。損得勘定も、国のしがらみもない。ただ、一人の子供の純粋な願いに応えるという、原点のような仕事がな」
その言葉に、皆が納得した。ノアも、その手紙を読み、強く心を動かされていた。父親を信じる、子供のひたむきな想い。それに応えたいと、心から思った。
「僕が、行きます」
ノアは、きっぱりと言った。
「馬鹿者。お前一人で行かせるわけがなかろう」
ルナは呆れたように笑った。
「全員で行くぞ。これは、我々【ノアの箱舟】の、最初の冒険だ」
クロエは、久しぶりの実戦に目を輝かせている。エリオは、古代遺跡という言葉に研究者としての血が騒いでいた。アンナも、ピートという少年の心に寄り添いたいと、同行を強く希望した。
ノアは、久しぶりに自分のため、そしてたった一人の依頼者のために、呪物を作ることにした。それは、国からの依頼で作るどんな武具よりも、彼の心を燃え上がらせた。
未知の迷宮への挑戦。それは、英雄としての休息であり、彼らが自分たちの原点を取り戻すための、大切な旅の始まりだった。
王宮の奥深くで、国王アルトリウスは、ノアたちが封印された『魔の回廊』へ向かうという報告を、静かに聞いていた。
「……好きにさせよ。だが、決して死なせるな。シャドウ、遠くから見守れ」
王の瞳には、ノアという存在への、より深い興味と、そして一抹の不安が浮かんでいた。その迷宮には、王国の歴史から消された、ある秘密が眠っていることを、彼だけが知っていたからだ。
「ノア、頼む! この『絶対に無くならないインク瓶』、あと五十個ほど追加で頼む! 文官たちが泣いて喜んでるんだ!」
「ノア様、騎士団の訓練用の『少しだけ痛い木剣』、素晴らしいですわ! 新人たちの根性が叩き直されております!」
王宮からの依頼は、後を絶たなかった。ノアの作る呪物は、国の運営を様々な面で効率化し、その価値は計り知れないものとなっていた。彼は英雄であると同時に、王国にとってなくてはならない、最高の技術者でもあった。
だが、その多忙さが、ノアの心を少しずつ蝕んでいた。
「……なんだか、辺境にいた頃が懐かしいな」
深夜、一人で工房に籠り、山のような依頼品を前に、ノアはぽつりと呟いた。次から次へと舞い込む、国からの大きな仕事。それは確かにやりがいのあることだったが、彼の本当にやりたかったこととは、少し違っていた。
誰かの小さな悩みに寄り添い、その人の人生が少しだけ良い方向に進むための、ささやかな手伝い。吟遊詩人のための片眼鏡や、母親のための子守唄オルゴール。そういった、一人一人の顔が見える仕事が、今の彼にはほとんどなかった。
その変化に、仲間たちも気づいていた。
「最近のノア様、少しお疲れのご様子ですね」
アンナが、心配そうにルナに話す。
「ああ。英雄だ、救国の士だともてはやされて、あいつの性には合わんのだろう。本来の仕事ができていないことが、一番のストレスになっているはずだ」
ルナは、全てお見通しだった。
「少し、息抜きが必要だな」
ルナの計画は、迅速だった。彼女は王宮との交渉で、「ノアの魔力安定期間」という名目で一週間の長期休暇を勝ち取った。その間、国からの依頼は一切受け付けない。その代わり、【ノアの箱舟】は、たった一つの依頼だけを受けることにした。
店の前に、一枚の看板が掲げられた。
『一週間限定。どのようなお悩みでも、一つだけ解決します。報酬は、いただきません』
その型破りな看板は、王都中の噂となった。誰もが、自分の悩みを解決してもらおうと店の前に殺到したが、ルナは彼らを容赦なく追い返した。
「これは、抽選だ。我々が、最も我々の助けを必要としていると判断した、たった一人の依頼を受ける。それ以外は、一切受け付けん」
三日後。ルナは、山のように届いた依頼状の中から、一枚だけを選び出した。
「決まったぞ。今回の依頼人は、この子だ」
彼女が皆に見せたのは、拙い子供の字で書かれた、一通の手紙だった。
『ぼくは、ピートといいます。八さいです。おとうさんは、たんけんかでした。でも、三ねんまえに、『まのかいろう』にいったまま、かえってきません。みんなは、もうしんだといいます。でも、ぼくはしんじてます。どうか、おとうさんをさがしてください』
魔の回廊。それは、王都の地下深くに広がる、古代遺跡の迷宮。一度入れば二度と戻れないと恐れられ、王家によって固く封印されている場所だった。
「無茶だ! そんな場所、危険すぎる!」
エリオが反対の声を上げた。
「それに、行方不明者の捜索など、我々の専門外だ」
「だからこそ、だ」
ルナは、静かに言った。
「ノアに必要なのは、こういう仕事だ。損得勘定も、国のしがらみもない。ただ、一人の子供の純粋な願いに応えるという、原点のような仕事がな」
その言葉に、皆が納得した。ノアも、その手紙を読み、強く心を動かされていた。父親を信じる、子供のひたむきな想い。それに応えたいと、心から思った。
「僕が、行きます」
ノアは、きっぱりと言った。
「馬鹿者。お前一人で行かせるわけがなかろう」
ルナは呆れたように笑った。
「全員で行くぞ。これは、我々【ノアの箱舟】の、最初の冒険だ」
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ノアは、久しぶりに自分のため、そしてたった一人の依頼者のために、呪物を作ることにした。それは、国からの依頼で作るどんな武具よりも、彼の心を燃え上がらせた。
未知の迷宮への挑戦。それは、英雄としての休息であり、彼らが自分たちの原点を取り戻すための、大切な旅の始まりだった。
王宮の奥深くで、国王アルトリウスは、ノアたちが封印された『魔の回廊』へ向かうという報告を、静かに聞いていた。
「……好きにさせよ。だが、決して死なせるな。シャドウ、遠くから見守れ」
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