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第五十七話 水晶の牢獄と父の執念
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「リックさん! ピート君が、あなたを待っていますよ!」
ノアが呼びかけるが、男は全く反応しない。その目は虚ろで、まるで魂が抜けてしまったかのようだ。彼は、ただひたすらに、カン、カン、と水晶の壁にツルハシを打ち付け続けている。
「様子がおかしい。何かに操られているのか?」
ルナが、警戒を強める。
「いや、違う」
エリオが、リックと水晶の壁から放たれる魔力を分析し、首を振った。
「彼は、操られているんじゃない。魅了されているんだ。あの水晶の奥にある、強大すぎる力に」
エリオが指さす水晶の壁の向こう側。そこには、ぼんやりとした人影のようなものが浮かんでいる。それは、美しい女性の姿のようにも見えたが、その全身からは、この世のものとは思えないほどの、濃密な呪いのオーラが放たれていた。
「あれは……【呪物】そのものだ。それも、生きた人間を核にした、最悪の……」
ノアは、その呪物の本質を見抜き、戦慄した。長い年月、この回廊の奥深くに封印され続けた結果、呪いが実体化し、意思を持ち始めているのだ。そして、その呪いは、強い欲望や執着心を持つ人間を惹きつけ、自らを解放させるための僕にしようとしていた。
探検家リックは、「未知の発見」という強い欲望を持っていた。だからこそ、この呪物に魅了され、三年間もの間、正気を失って水晶を掘り続けていたのだ。
「どうする? あの男を力ずくで止めるか?」
クロエが、大剣の柄に手をかける。
「駄目だ。今の彼は、完全にあの呪物の影響下にある。無理に引き剥がせば、精神が崩壊してしまう」
エリオが制止する。
「なら、どうすれば……」
アンナが、不安そうにノアを見つめた。
ノアは、まっすぐに水晶の牢獄を見据えていた。彼には分かっていた。この状況を打開するには、大元であるあの呪物そのものと対峙するしかない。
「僕が、話してみる」
「ノア!? 危険すぎる!」
ルナが叫ぶ。
「大丈夫。僕は、呪いの専門家だからね」
ノアは仲間たちに安心させるように微笑むと、一人で水晶の壁へと近づいていった。彼が近づくにつれ、水晶の奥の人影が、より鮮明になる。それは、絶世の美女の姿をしていた。だが、その瞳は深く昏く、見る者の魂を吸い込むような、底知れぬ闇を湛えていた。
『……来たか。新たな僕よ』
声が、直接ノアの脳内に響き渡る。それは、甘く、蕩けるような、しかし抗いがたい響きを持っていた。
『お前からは、極上の呪いの匂いがする。さあ、私をここから出すのだ。そうすれば、お前に望む全てを与えよう。富、名声、力……。お前が望むもの全てを』
呪物の女は、ノアを誘惑する。だが、ノアの心は揺るがなかった。
「断る。僕がここに来たのは、君を解放するためじゃない。この人を、家族の元へ返すためだ」
ノアは、背後でツルハシを振るうリックを指さした。
『……ほう。私の誘惑に、乗らないと申すか。面白い』
呪物の女は、くすりと笑った。
『ならば、力で示すがいい。お前のその呪いが、私の千年の孤独と絶望が生み出したこの呪いに、勝てるものならばな!』
その言葉と共に、水晶の壁から禍々しい魔力が津波のように溢れ出し、ノアへと襲いかかった。それは、ただの魔力ではない。人の精神を直接蝕み、狂わせる、呪いの奔流だった。
「ノア様!」
仲間たちが叫ぶ。だが、ノアは動じなかった。彼は、胸元から一つの小さな小箱を取り出した。それは、この迷宮に入る前に、ピート少年から「お守りです」と渡された、彼が父親と一緒に作ったという、手作りのガラクタの塊だった。
ノアは、その小箱に、静かに【呪物錬成】を施した。
「君の呪いは、確かに強い。孤独と絶望は、何よりも強力な呪いの源だ。でも、それよりも強い呪いがあることを、君は知らない」
「『――家族の絆』という名の、呪いを」
ノアが小箱に呪いを込めると、小箱は温かい光を放ち始めた。それは、派手な光ではない。だが、どんな闇をも照らし出すような、力強く、そして優しい光だった。
光は、ノアを包み込み、襲い来る呪いの奔流を、まるで春の陽光が雪を溶かすように、穏やかに消し去っていった。
『な……に……? この光は……。温かい……』
呪物の女の声に、初めて動揺の色が浮かぶ。
ノアは、光り輝く小箱を手に、さらに一歩、水晶の牢獄へと近づいた。彼の本当の戦いが、今、始まろうとしていた。
ノアが呼びかけるが、男は全く反応しない。その目は虚ろで、まるで魂が抜けてしまったかのようだ。彼は、ただひたすらに、カン、カン、と水晶の壁にツルハシを打ち付け続けている。
「様子がおかしい。何かに操られているのか?」
ルナが、警戒を強める。
「いや、違う」
エリオが、リックと水晶の壁から放たれる魔力を分析し、首を振った。
「彼は、操られているんじゃない。魅了されているんだ。あの水晶の奥にある、強大すぎる力に」
エリオが指さす水晶の壁の向こう側。そこには、ぼんやりとした人影のようなものが浮かんでいる。それは、美しい女性の姿のようにも見えたが、その全身からは、この世のものとは思えないほどの、濃密な呪いのオーラが放たれていた。
「あれは……【呪物】そのものだ。それも、生きた人間を核にした、最悪の……」
ノアは、その呪物の本質を見抜き、戦慄した。長い年月、この回廊の奥深くに封印され続けた結果、呪いが実体化し、意思を持ち始めているのだ。そして、その呪いは、強い欲望や執着心を持つ人間を惹きつけ、自らを解放させるための僕にしようとしていた。
探検家リックは、「未知の発見」という強い欲望を持っていた。だからこそ、この呪物に魅了され、三年間もの間、正気を失って水晶を掘り続けていたのだ。
「どうする? あの男を力ずくで止めるか?」
クロエが、大剣の柄に手をかける。
「駄目だ。今の彼は、完全にあの呪物の影響下にある。無理に引き剥がせば、精神が崩壊してしまう」
エリオが制止する。
「なら、どうすれば……」
アンナが、不安そうにノアを見つめた。
ノアは、まっすぐに水晶の牢獄を見据えていた。彼には分かっていた。この状況を打開するには、大元であるあの呪物そのものと対峙するしかない。
「僕が、話してみる」
「ノア!? 危険すぎる!」
ルナが叫ぶ。
「大丈夫。僕は、呪いの専門家だからね」
ノアは仲間たちに安心させるように微笑むと、一人で水晶の壁へと近づいていった。彼が近づくにつれ、水晶の奥の人影が、より鮮明になる。それは、絶世の美女の姿をしていた。だが、その瞳は深く昏く、見る者の魂を吸い込むような、底知れぬ闇を湛えていた。
『……来たか。新たな僕よ』
声が、直接ノアの脳内に響き渡る。それは、甘く、蕩けるような、しかし抗いがたい響きを持っていた。
『お前からは、極上の呪いの匂いがする。さあ、私をここから出すのだ。そうすれば、お前に望む全てを与えよう。富、名声、力……。お前が望むもの全てを』
呪物の女は、ノアを誘惑する。だが、ノアの心は揺るがなかった。
「断る。僕がここに来たのは、君を解放するためじゃない。この人を、家族の元へ返すためだ」
ノアは、背後でツルハシを振るうリックを指さした。
『……ほう。私の誘惑に、乗らないと申すか。面白い』
呪物の女は、くすりと笑った。
『ならば、力で示すがいい。お前のその呪いが、私の千年の孤独と絶望が生み出したこの呪いに、勝てるものならばな!』
その言葉と共に、水晶の壁から禍々しい魔力が津波のように溢れ出し、ノアへと襲いかかった。それは、ただの魔力ではない。人の精神を直接蝕み、狂わせる、呪いの奔流だった。
「ノア様!」
仲間たちが叫ぶ。だが、ノアは動じなかった。彼は、胸元から一つの小さな小箱を取り出した。それは、この迷宮に入る前に、ピート少年から「お守りです」と渡された、彼が父親と一緒に作ったという、手作りのガラクタの塊だった。
ノアは、その小箱に、静かに【呪物錬成】を施した。
「君の呪いは、確かに強い。孤独と絶望は、何よりも強力な呪いの源だ。でも、それよりも強い呪いがあることを、君は知らない」
「『――家族の絆』という名の、呪いを」
ノアが小箱に呪いを込めると、小箱は温かい光を放ち始めた。それは、派手な光ではない。だが、どんな闇をも照らし出すような、力強く、そして優しい光だった。
光は、ノアを包み込み、襲い来る呪いの奔流を、まるで春の陽光が雪を溶かすように、穏やかに消し去っていった。
『な……に……? この光は……。温かい……』
呪物の女の声に、初めて動揺の色が浮かぶ。
ノアは、光り輝く小箱を手に、さらに一歩、水晶の牢獄へと近づいた。彼の本当の戦いが、今、始まろうとしていた。
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