デバフ専門の支援術師は勇者パーティを追放されたので、呪いのアイテム専門店を開きます

夏見ナイ

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第六十四話 風の巫女の涙

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風霊山脈の山頂に、一人の少女の嗚咽だけが響き渡る。風の巫女ミオは、クロエの胸に顔を埋め、まるで子供のように泣きじゃくっていた。それは、長い間、たった一人で背負い続けてきた孤独と苦しみが、一気に溢れ出した瞬間だった。

クロエは、何も言わずに、ただその小さな背中を優しく撫で続けた。彼女には、ミオの痛みが痛いほど分かった。強すぎる力は、時に人を孤独にする。その孤独が、心を蝕み、力をさらに荒々しいものへと変えてしまう。

しばらくして、泣き疲れたミオは、ようやく顔を上げた。その目は真っ赤に腫れていたが、そこにあった氷のような警戒心は、すっかり解けていた。

「……ごめんなさい。私、あなたにひどいことを……」
「気にするな。私も、昔はあんなもんだった」

クロエは、ぶっきらぼうに、しかし優しく言った。

ミオは、クロエに連れられて、山頂にある小さな祠へと入った。そこが、彼女の住処だった。石造りの簡素な部屋には、寝台と、古びた祭壇があるだけ。あまりにも殺風景なその場所が、彼女の孤独な日々を物語っていた。

ミオは、ぽつりぽつりと、自分のことを話し始めた。

彼女は、物心ついた時から、風の声が聞こえた。風の気持ちが分かった。だが、その力は、彼女の感情と直結していた。彼女が悲しめば、山に冷たい雨が降り、怒れば、荒々しい嵐が吹き荒れた。

「力を制御しようとすればするほど、風は言うことを聞いてくれなくなった。麓の街の人たちを、何度も危険な目に遭わせてしまった……。私は、皆に怖がられている。呪われた巫女だって」

俯くミオの姿に、クロエはかつての自分を重ねた。

「お前は、呪われてなんかない。ただ、力の使い方を、誰も教えてくれなかっただけだ」

クロエは、自分の腕にはめられた『限界突破の腕輪』を見せた。

「私にも、お前と同じように、力を制御できずに苦しんでいた時期があった。でも、ある人が、この呪いの力を、私の力に変えてくれたんだ」
「ある人……?」
「ああ。私の主、ノア様だ」

クロエがノアの名を口にする時、その声には絶対的な信頼と、深い敬愛の念が込められていた。

「ノア様なら、きっとお前の力も制御できるようになる手助けをしてくれる。一緒に、麓へ行こう。そして、私の仲間たちに会ってくれ」

クロエの言葉に、ミオは戸惑いの表情を浮かべた。

「でも……。私が山を降りたら、この山の風が、また暴走してしまうかもしれない」
「それなら、心配ない」

クロエは、にやりと笑った。

「私の主は、ただの呪術師じゃない。奇跡を起こす人なんだ」

麓の街フウガでは、ノアたちが固唾を飲んでクロエの帰りを待っていた。山頂の天候は、クロエが登ってから、目まぐるしく変化していた。暴風が吹き荒れたかと思えば、今は嘘のように穏やかな風が吹いている。

「……来たな」

ルナが、山頂へと続く道を見つめて言った。

やがて、二つの人影が姿を現した。クロエと、その隣を、少し恥ずかしそうに、しかし確かな足取りで歩く、一人の少女。

街の人々が、その姿を見てざわめいた。

「あれは……風の巫女様!?」
「山から、降りてこられたぞ!」

人々は、ミオの姿に恐れを抱き、遠巻きにする。だが、ミオは、以前のような拒絶のオーラを放ってはいなかった。彼女は、クロエに促され、ノアたちの前まで進み出る。

「あなたが、ノア……様?」

ミオは、おずおずとノアを見上げた。

「はじめまして、ミオさん。クロエから、あなたのことは聞きました」

ノアは、優しく微笑んだ。その笑顔には、不思議と人の心を安心させる力があった。

「あなたの力を、見せてもらえますか?」

ノアの言葉に、ミオは戸惑いながらも、杖をそっと構えた。彼女の手のひらの上に、小さな風の渦が生まれる。だが、その渦は不安定に揺らめき、今にも形を失いそうだった。力を制御しようとする彼女の恐怖が、風を乱している。

ノアは、その風にそっと手をかざした。

「大丈夫。怖がらなくていい。風は、君の友達だ」

彼は、【呪物錬成】の力を使い、ミオの乱れた魔力の波長を、優しく整えていく。すると、あれほど不安定だった風の渦が、まるで意思を持つかのように、穏やかで美しい球体へと姿を変えた。

「あ……」

ミオは、自分の手の中で穏やかに舞う風を見て、信じられないという顔をした。こんなに、風が言うことを聞いてくれたのは、初めてだった。

「僕の力で、あなたの力を完全に制御する道具を作ります。そうすれば、もうあなたは、自分の力を恐れる必要はなくなる」

ノアの言葉に、ミオの瞳から、再び涙が溢れ落ちた。だが、それはもう、悲しみの涙ではなかった。長い孤独の闇の中に差し込んだ、希望の光に対する、感謝の涙だった。

その光景を、遠巻きに見ていた街の人々も、何かを感じ取っていた。恐れていた風の巫女が、穏やかな表情で、そして涙を流している。彼女は、恐ろしい存在などではない。ただ、苦しんでいた一人の少女なのだと。

風霊山脈に、数十年ぶりに、温かい風が吹き始めた。それは、一人の巫女が孤独から解放され、新たな仲間と出会ったことを祝福する、優しい風だった。
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