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第七十話 大地の鎮静と敗者の末路
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クロエの一閃は、もはや人の領域を超えていた。アレスは反応することすらできず、その胸を大剣の腹で強かに打ち据えられた。
「がはっ……!」
蛙が潰れたような悲鳴を上げ、アレスは祭壇の壁まで吹き飛ばされ、そのまま意識を失った。彼が無理やり集めていた大地の魔力は、主を失い、霧のように霧散していく。
アレスが倒れたことで、彼が操っていたゴーレムたちも、動きを止めてただの岩塊へと戻った。
「……終わったのか」
エリオが、周囲の静寂を確認しながら呟く。
「ええ。ひとまず、は」
ルナは、気を失っているアレスを一瞥し、すぐにノアたちの元へ駆け寄った。
ノアは、まだ祭壇に縛り付けられているジンに、必死で力を注いでいた。アレスの儀式は中断されたものの、ジンの体内で暴走する大地の力は、未だに鎮まっていない。遺跡全体が、彼の苦しみに呼応するように、不気味な振動を続けていた。
「ノア、どうだ!?」
「ダメだ……。力が、強すぎる。僕の力だけじゃ、抑えきれない!」
ノアの額からは、玉のような汗が流れ落ちる。このままでは、ジンの魂が大地の力に飲み込まれ、遺跡そのものが崩壊してしまう。
「僕の風の力で、少しでも流れを逸らせないでしょうか!」
ミオが、必死に風を操る。だが、大地のあまりに強大なエネルギーの前では、彼女の風も木の葉のように翻弄されるだけだった。
絶体絶命の状況。
その時、ノアの脳裏に、一つの考えが閃いた。抑えられないなら、別の場所へ受け流せばいい。そして、その力を、新たな形へと変えればいい。
「ジンさん! 僕を信じて、君の力を全て、これに注ぎ込んでください!」
ノアは、懐から一つの何の変哲もない石を取り出した。それは、この遺跡に入る前に、ピート少年が「お父さんのお守りだから」と、リックから返してもらったものを、ノアに託してくれた石だった。
ジンは、朦朧とする意識の中、ノアの真剣な瞳を見て、こくりと頷いた。
「【呪物錬成】!」
ノアは、その石に、自らの全ての魔力と、そしてジンの荒れ狂う大地の力を、注ぎ込み始めた。
「これは、君だけの力じゃない。君を案じる人々の想い、そして、この大地そのものの願いだ! 形になれ!」
ノアの叫びと共に、石は眩いほどの光を放ち始めた。それは、大地のような、温かく、そして力強い光。光は、ジンを縛り付けていた岩の蔓を溶かし、彼の体から溢れ出す暴走した力を、全て吸い込んでいく。
やがて、光が収まった時。ノアの手の中には、一つの首飾りが握られていた。大地の色をした美しい宝石が中央にはめ込まれ、その周りを、まるで大地を守るように、力強い呪いの紋様が取り囲んでいる。
「『大地の心臓』……」
ノアは、完成した首飾りを、ジンの首にかけた。すると、今まで続いていた遺跡の振動が、ぴたりと止んだ。ジンを苦しめていた力の暴走も、嘘のように鎮まっている。
「……力が、穏やかだ……。俺の意思通りに、動いてくれる……」
ジンは、自分の掌を見つめ、信じられないという顔で呟いた。
「それは、君の力を抑え込む道具じゃない。君と、大地を対話させるための道具だ。もう、君は一人で苦しむ必要はない」
ノアの言葉に、ジンは深く、深く頭を下げた。
こうして、『土の呪い』の継承者もまた、ノアによって救われ、新たな仲間となることを誓った。
残されたのは、床に倒れ伏す、哀れな元勇者の姿だけだった。
「こいつは、どうする?」
クロエが、アレスを冷たく見下ろす。
「……殺しても、何も生まれない」
ノアは、静かに言った。
「彼の罪は、国が裁くだろう。僕たちは、もう行こう」
彼らが石室を後にしようとした、その時だった。意識を取り戻したアレスが、よろめきながら立ち上がった。その瞳は、もはや憎悪ではなく、完全な虚無に支配されていた。
「終わらせない……。俺が、終わらせてやる……」
彼は、最後の力を振り絞り、懐から取り出した黒い魔石を、自らの胸に突き立てた。それは、アントニオ子爵が使っていたものと同じ、禁断の魔道具だった。
「アレス、やめろ!」
ノアが叫ぶ。だが、もう遅い。
アレスの体は、黒い魔力に包まれ、人ならざる姿へと変貌していく。
「これで……俺は、お前を超える……!」
だが、その変貌は、完了しなかった。彼の魂は、大地の力を無理やり吸収したことで、すでに限界まで磨り減っていたのだ。禁断の力に耐えきれず、彼の体は内側から崩壊を始めた。
「あ……ああ……。なぜだ……。俺は、勇者、なのに……」
断末魔の叫びと共に、元勇者アレスの体は、砂のようにサラサラと崩れ落ち、跡形もなく消え去った。後には、彼の野心と執着が生み出した、空虚な風が吹くだけだった。
過去との、完全な決着。だが、その結末は、あまりにも虚しく、そして悲しいものだった。ノアは、ただ静かに、かつてのライバルが消え去った場所を見つめていた。
彼の旅は、これからも続く。光と影、出会いと別れを繰り返しながら。世界の真実へと至る道は、まだ遠い。だが、彼の隣には、信頼できる仲間たちがいる。
【ノアの箱舟】は、新たな仲間と、そして少しの哀しみを乗せて、再び動き出す。その船が目指す港は、まだ誰も知らない。
(第三部完)
「がはっ……!」
蛙が潰れたような悲鳴を上げ、アレスは祭壇の壁まで吹き飛ばされ、そのまま意識を失った。彼が無理やり集めていた大地の魔力は、主を失い、霧のように霧散していく。
アレスが倒れたことで、彼が操っていたゴーレムたちも、動きを止めてただの岩塊へと戻った。
「……終わったのか」
エリオが、周囲の静寂を確認しながら呟く。
「ええ。ひとまず、は」
ルナは、気を失っているアレスを一瞥し、すぐにノアたちの元へ駆け寄った。
ノアは、まだ祭壇に縛り付けられているジンに、必死で力を注いでいた。アレスの儀式は中断されたものの、ジンの体内で暴走する大地の力は、未だに鎮まっていない。遺跡全体が、彼の苦しみに呼応するように、不気味な振動を続けていた。
「ノア、どうだ!?」
「ダメだ……。力が、強すぎる。僕の力だけじゃ、抑えきれない!」
ノアの額からは、玉のような汗が流れ落ちる。このままでは、ジンの魂が大地の力に飲み込まれ、遺跡そのものが崩壊してしまう。
「僕の風の力で、少しでも流れを逸らせないでしょうか!」
ミオが、必死に風を操る。だが、大地のあまりに強大なエネルギーの前では、彼女の風も木の葉のように翻弄されるだけだった。
絶体絶命の状況。
その時、ノアの脳裏に、一つの考えが閃いた。抑えられないなら、別の場所へ受け流せばいい。そして、その力を、新たな形へと変えればいい。
「ジンさん! 僕を信じて、君の力を全て、これに注ぎ込んでください!」
ノアは、懐から一つの何の変哲もない石を取り出した。それは、この遺跡に入る前に、ピート少年が「お父さんのお守りだから」と、リックから返してもらったものを、ノアに託してくれた石だった。
ジンは、朦朧とする意識の中、ノアの真剣な瞳を見て、こくりと頷いた。
「【呪物錬成】!」
ノアは、その石に、自らの全ての魔力と、そしてジンの荒れ狂う大地の力を、注ぎ込み始めた。
「これは、君だけの力じゃない。君を案じる人々の想い、そして、この大地そのものの願いだ! 形になれ!」
ノアの叫びと共に、石は眩いほどの光を放ち始めた。それは、大地のような、温かく、そして力強い光。光は、ジンを縛り付けていた岩の蔓を溶かし、彼の体から溢れ出す暴走した力を、全て吸い込んでいく。
やがて、光が収まった時。ノアの手の中には、一つの首飾りが握られていた。大地の色をした美しい宝石が中央にはめ込まれ、その周りを、まるで大地を守るように、力強い呪いの紋様が取り囲んでいる。
「『大地の心臓』……」
ノアは、完成した首飾りを、ジンの首にかけた。すると、今まで続いていた遺跡の振動が、ぴたりと止んだ。ジンを苦しめていた力の暴走も、嘘のように鎮まっている。
「……力が、穏やかだ……。俺の意思通りに、動いてくれる……」
ジンは、自分の掌を見つめ、信じられないという顔で呟いた。
「それは、君の力を抑え込む道具じゃない。君と、大地を対話させるための道具だ。もう、君は一人で苦しむ必要はない」
ノアの言葉に、ジンは深く、深く頭を下げた。
こうして、『土の呪い』の継承者もまた、ノアによって救われ、新たな仲間となることを誓った。
残されたのは、床に倒れ伏す、哀れな元勇者の姿だけだった。
「こいつは、どうする?」
クロエが、アレスを冷たく見下ろす。
「……殺しても、何も生まれない」
ノアは、静かに言った。
「彼の罪は、国が裁くだろう。僕たちは、もう行こう」
彼らが石室を後にしようとした、その時だった。意識を取り戻したアレスが、よろめきながら立ち上がった。その瞳は、もはや憎悪ではなく、完全な虚無に支配されていた。
「終わらせない……。俺が、終わらせてやる……」
彼は、最後の力を振り絞り、懐から取り出した黒い魔石を、自らの胸に突き立てた。それは、アントニオ子爵が使っていたものと同じ、禁断の魔道具だった。
「アレス、やめろ!」
ノアが叫ぶ。だが、もう遅い。
アレスの体は、黒い魔力に包まれ、人ならざる姿へと変貌していく。
「これで……俺は、お前を超える……!」
だが、その変貌は、完了しなかった。彼の魂は、大地の力を無理やり吸収したことで、すでに限界まで磨り減っていたのだ。禁断の力に耐えきれず、彼の体は内側から崩壊を始めた。
「あ……ああ……。なぜだ……。俺は、勇者、なのに……」
断末魔の叫びと共に、元勇者アレスの体は、砂のようにサラサラと崩れ落ち、跡形もなく消え去った。後には、彼の野心と執着が生み出した、空虚な風が吹くだけだった。
過去との、完全な決着。だが、その結末は、あまりにも虚しく、そして悲しいものだった。ノアは、ただ静かに、かつてのライバルが消え去った場所を見つめていた。
彼の旅は、これからも続く。光と影、出会いと別れを繰り返しながら。世界の真実へと至る道は、まだ遠い。だが、彼の隣には、信頼できる仲間たちがいる。
【ノアの箱舟】は、新たな仲間と、そして少しの哀しみを乗せて、再び動き出す。その船が目指す港は、まだ誰も知らない。
(第三部完)
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