デバフ専門の支援術師は勇者パーティを追放されたので、呪いのアイテム専門店を開きます

夏見ナイ

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第七十一話 砂の記憶、海の道標

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ザハラ大砂漠の灼熱の太陽も、オアシスの街アズラクの城壁を越えれば、どこか穏やかな光へと変わる。一行は、遺跡での死闘で負った心身の傷を癒すため、この街で数日間の休息を取っていた。

宿屋の中庭。新たに仲間となった『土の呪い』の継承者ジンは、ただ黙って、空を見上げていた。彼は、アレスに利用されていた間の記憶が断片的で、まだ少し混乱しているようだった。無口で、人とどう接すればいいか分からない、不器用な青年。だが、その瞳の奥には、大地のような、静かで揺るぎない優しさが宿っていた。

「……これ、どうぞ」

そんな彼の元に、ミオが冷たい果実水を持ってきた。彼女もまた、人と話すのは得意ではない。だが、同じように力に苦しんできた者として、ジンのことを放っておけなかった。

「……ああ」

ジンは短く応じ、果実水を受け取る。二人の間に、気まずいが、しかし心地よい沈黙が流れた。風と大地。性質は違えど、二つの原初の力は、互いに共鳴し合っているかのようだった。

「さて、皆。感傷に浸っている暇はないぞ」

宿屋の一室では、ルナが新たな地図を広げ、次の計画を立てていた。

「次の目的地は、南の大海原に浮かぶ孤島、『アクア・サンクタム』。そこに、『水の呪い』の継承者が眠る神殿があるという。ここから砂漠を南に抜け、港町ポルト・マーレを目指す」
「ポルト・マーレ……。随分と距離がありますね」

エリオが、地図の縮尺を計算しながら言う。

「ああ。ここからが、本当の長旅になる。だが、我々には新たな力が加わった」

ルナの視線の先で、ジンがミオの風で遊ぶ子供たちを守るように、小さな土の壁を作って見せていた。その光景に、皆が微笑む。

アレスという過去との決別は、大きな哀しみを伴った。だが、その旅は、ノアたちにかけがえのない仲間をもたらしてくれたのだ。

港町への旅路は、以前とは比べ物にならないほど快適なものとなった。ジンが、その力でサンドウォーカーが歩きやすいように地面を固め、夜は風や砂を防ぐための頑丈な岩の宿を一瞬で作り出した。ミオは、常に上空の風を読み、砂嵐の接近を事前に察知して、一行の進路を安全な方へと導いた。

「すごいな。ジンとミオがいるだけで、砂漠が庭の散歩道のようだ」

クロエが、感心したように言った。パーティは、確実にその力を増している。

数週間後、一行はついに、潮の香りがする港町ポルト・マーレに到着した。活気ある港には、様々な国の帆船が停泊し、異国の言葉が飛び交っている。だが、その陽気な雰囲気とは裏腹に、港で働く船乗りたちの顔には、どこか暗い影が落ちていた。

「アクア・サンクタムへ行きたいだと? 正気か、あんたたち」

酒場で船を探すルナに、屈強な船長は呆れたように言った。

「あの島は、海の神が眠る聖域だ。だが、ここ数ヶ月、島の周辺の海が荒れ狂い、巨大なクラーケンまで現れる始末。近づいた船は、一隻残らず海の藻屑だ。金のためでも、命は捨てられねえよ」

どの船乗りも、首を縦に振らなかった。聖なる島は、今や死の海域と化している。

「困ったな。船が出なければ、話にならん」

ルナが腕を組む。その時、ノアが一歩前に出た。

「船長さん。もし、あなたの船が、絶対に沈まないとしたら? どんな嵐の中でも、安全に航海できるとしたら、話は変わりますか?」
「はっ、兄ちゃん、夢でも見てるのか。そんな魔法の船、あるわけが……」

ノアは、言葉ではなく、行動で示した。彼は、酒場の隅に置かれていた、水漏れのする古い木樽にそっと手を触れる。

「【呪物錬成】」

黒い靄が木樽に染み込むと、その表面に波のような紋様が浮かび上がった。ノアは、その樽に酒場の水をなみなみと注ぎ、船長たちの前に置く。あれほど水漏れしていた樽から、一滴の水も漏れ出ていない。それどころか、屈強な船乗りが数人がかりで蹴っても、叩いても、樽はびくともしなかった。

「こ、これは……!」

船乗りたちが、目を丸くする。

「あなたの船を、これよりも強くできます。僕の力で」

ノアの静かな、しかし自信に満ちた言葉に、船乗りたちの目の色が変わった。

その夜。ノアは、一人の老船長が所有する、港で一番頑丈だと評判の帆船に、一晩かけて呪いを施した。船体には、嵐をいなす『凪の呪い』を。帆には、常に追い風を掴む『風詠みの呪い』を。

翌朝、港に現れたのは、黒い波の紋様が刻まれた、異様なオーラを放つ一隻の船だった。

「これなら……。これなら、行けるかもしれん……!」

老船長は、生まれ変わった自分の船を見て、冒険者だった頃の血が騒ぐのを感じていた。

準備は整った。一行は、街の人々が見守る中、その呪われた船へと乗り込む。

「ノア様!」

出航間際、王都のアンナから、風に乗って届けられた手紙がミオの元へ届いた。そこには、店の順調な様子と、仲間たちの身を案じる温かい言葉が綴られていた。遠く離れていても、心は繋がっている。

船が、ゆっくりと岸壁を離れる。目指すは、大海原の彼方、アクア・サンクタム。

「ノア様」

船の舳先に立ったミオが、不安そうにノアを振り返った。

「この先の海から、とても大きな……そして、とても悲しい気配がします。まるで、海そのものが、助けを求めて泣いているみたいです」

彼女の言葉が、これから始まる航海の過酷さと、水の神殿に待ち受けるであろう新たな苦難を、静かに予感させていた。箱舟は、今、涙の海へとその帆を上げた。
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