デバフ専門の支援術師は勇者パーティを追放されたので、呪いのアイテム専門店を開きます

夏見ナイ

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第七十六話 集いし力の協奏曲

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「さあ、お仕置きの時間だ」

ルナの冷徹な宣言が、浄化された大聖堂に響き渡る。形勢は完全に逆転した。神殿の聖なる力はノアの仲間たちの追い風となり、逆に魔将軍キャンサーの動きを鈍らせていた。

「小賢しい人間どもが! 我が力、侮るなよ!」

キャンサーは、もはや防御を捨て、やけくそになったかのように巨大なハサミを振り回す。だが、その攻撃はあまりにも大振りで、今の仲間たちの敵ではなかった。

「ジン、クロエを飛ばせ!」

ルナの指示が飛ぶ。

「応!」

ジンは床に両手を突き、キャンサーの足元から巨大な岩の柱を突き上げた。それは攻撃ではない。クロエのための、跳躍台だった。

クロエは、その岩柱を駆け上がると、天高く舞い上がる。

「ミオ、風を!」
「はい!」

ミオが操る上昇気竜が、クロエの体をさらに押し上げ、彼女はキャンサーの頭上を取った。

「そこだ!」

クロエが急降下する。その狙いは、キャンサーの弱点である、頭頂部の甲殻の継ぎ目。

「させるか!」

キャンサーは、背中にある無数の小さな腕から、粘液質の弾丸を乱射する。だが、その弾丸はクロエに届かない。

「『風の盾(ウインド・シールド)』!」

ミオが作り出した風の障壁が、全ての粘液弾を防ぎきった。

「エリオ!」
「見えている!」

エリオは、キャンサーの関節部分を狙い、的確に氷の魔法を撃ち込む。

「『氷結弾(アイス・バレット)』!」

関節を凍らされたキャンサーの動きが、一瞬、完全に停止する。

その、ほんの一瞬の硬直。クロエにとっては、永遠とも言える時間だった。

「もらった!」

彼女の大剣が、重力と風の力を乗せて、キャンサーの頭頂部に深々と突き刺さった。

「ギシャアアアアアアアアア!!」

キャンサーの絶叫が、大聖堂を揺るがす。致命傷だった。だが、魔将軍は、それでも倒れない。

「道連れだ……! この神殿ごと、海の底へ沈めてくれる!」

キャンサーの体から、制御を失った最後の魔力が暴走し、自爆しようと光り始めた。そのエネルギーは、島一つを消し飛ばすほどの規模だった。

「まずい! 伏せろ!」

誰もが、死を覚悟した、その時だった。

「……僕の海で、好き勝手はさせない」

静かだが、凛とした声が響いた。声の主は、泉の中央で囚われていた、『水の呪い』の継承者だった。

彼は、いつの間にか意識を取り戻し、その蒼い瞳で、暴走するキャンサーを静かに見据えていた。彼を縛っていた魔力の鎖は、泉が浄化されたことで、とうに力を失っていた。

青年が、そっと手をかざす。すると、聖なる泉の水が、巨大な龍の形となって立ち上り、自爆しようとするキャンサーの体を、優しく、しかし抗いがたい力で包み込んだ。

暴走していた魔力は、水の龍に触れた途端、その力を中和され、穏やかな光の粒子となって霧散していく。

「な……なぜだ……。我が力が、消えていく……。魔王、様……ばんざ……」

キャンサーは、最後の言葉を言い終える前に、水の龍の中で完全に浄化され、跡形もなく消え去った。

後に残されたのは、静寂と、泉の上で穏やかに佇む、一人の青年の姿だけだった。

戦いは、終わった。

青年は、ゆっくりと泉から降り立つと、ノアたちの前に進み出て、深々と頭を下げた。

「助けてくれて、ありがとう。君たちが来なければ、僕はこの海の汚染源になるところだった」

その声は、水のように澄み渡っていた。

「僕は、カイ。『水の呪い』を継ぎ、この神殿を守る者だ」

カイと名乗った青年は、状況を全て理解していた。彼の持つ力は、他者の魔力の流れを感じ取り、それを浄化する能力に長けていたのだ。

「君が、ノアだね」

カイは、消耗しきって座り込んでいるノアの前に膝をつくと、その手にそっと触れた。カイの手から、清らかな水の力が流れ込み、ノアの傷ついた魂を優しく癒していく。

「君の力、感じたよ。とても温かくて、そして、とても悲しい呪いだ」
「……ありがとう」

ノアは、カイの力に、自分と同じ『原初の呪い』の気配を感じ取っていた。

こうして、五人目の継承者が、仲間となった。

カイが仲間に加わったことで、事態は大きく進展した。彼の持つ『水の呪い』の浄化能力は、他の継承者たちの力の在り処を、より鮮明に感じ取ることができたのだ。

「……感じる。あと、三人」

カイは、目を閉じ、世界の魔力の流れに意識を集中させた。

「一人は、燃えるような、情熱と破壊の力……『火の呪い』。それは、極東の火山地帯に。一人は、全てを無に帰す、静かで恐ろしい力……『闇の呪い』。それは、世界のどこにも存在しない、影の世界に」
「そして、最後の一人……」

カイは、そこで言葉を詰まらせ、悲しげな表情を浮かべた。

「……分からない。その力は、あまりにも弱々しくて、まるで消えかけている灯火のようだ……。『光の呪い』。その気配だけは、感じるのに」

火、闇、そして光。

残された三つの力。世界の命運をかけた【ノアの箱舟】の旅は、ようやくその全体像を現し始めていた。

新たな仲間と、新たな目的地。彼らは、傷ついた体を休ませると、浄化された聖なる島アクア・サンクタムを後にし、次なる冒険の舞台、極東の火山地帯へと、その船を進めるのだった。
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