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第54話 最後の賭け
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Aランクへの降格から数日、リナもまた、ガイアスの元を去った。
「もう、あなたにはついていけないわ。ごめんなさい」
彼女は、書き置き一枚だけを残して、夜逃げ同然に姿を消した。
一人になったガイアスは、がらんとした宿屋の一室で、しばらくの間、ただ呆然としていた。
仲間は、誰もいなくなった。
かつての栄光も、プライドも、全て失った。
彼は、酒場に入り浸り、朝から晩まで安酒を呷るようになった。
「俺は、Sランク冒険者のガイアス様だぞ……」
誰に言うでもなく、そう呟いては、他の客から「まだそんな寝言を言ってるのか」と笑われる。そのたびに、彼は荒れて、酒場で暴れ、用心棒に叩き出される。そんな惨めな日々が続いた。
稼ぎは、とうにない。
宿代も払えなくなり、ついに彼は拠点からも追い出された。
今や彼の寝床は、王都の汚れた裏路地だ。かつて、彼がアルトを追放した、あの場所によく似ていた。
皮肉な運命だった。
「ちくしょう……ちくしょう……!」
飢えと寒さに震えながら、ガイアスは地面に転がった小石を憎々しげに蹴飛ばした。
このまま、終わりなのか。
王国一の剣士とまで言われた俺が、こんな場所で、誰にも知られず、惨めに朽ち果てていくのか。
その考えが、彼の心の奥底にわずかに残っていた、最後のプライドの火を灯した。
まだだ。まだ、終われない。
起死回生の一手は、ないのか。
何か、何か、この状況をひっくり返すような、奇跡は……。
震える手で、懐に残っていた最後のなけなしの金、数枚の銅貨を握りしめる。
彼は、ふらふらとした足取りで、情報が集まる冒険者ギルドへと向かった。
今の彼には、もう依頼を受ける資格も、力もない。だが、何か、噂の一つでも掴めれば。
ギルドの片隅にある酒場で、彼は一番安いエールを一杯だけ頼み、他の冒険者たちの会話に耳をそばだてた。
皆が話しているのは、最近のダンジョンの状況や、高ランクモンスターの目撃情報。今のガイアスには、縁のない話ばかりだ。
諦めて席を立とうとした、その時だった。
隣のテーブルに座っていた、旅の商人風の男たちの会話が、彼の耳に飛び込んできた。
「おい、聞いたか? 最近、辺境の方ですごい噂が立ってるらしいぜ」
「辺境? 何のだよ」
「なんでも、『神の職人』と呼ばれる、とんでもない腕前の鍛冶師がいるらしいんだ」
「神の職人?」
「ああ。どんなボロボロの農具でも、岩をバターのように切り裂く伝説級の逸品に作り替えちまうんだと。その職人が作った矢は、魔物の急所を自動で追尾するって話だ」
その言葉に、ガイアスの動きがぴたりと止まった。
「嘘だろ、そんなの。ただの与太話じゃないのか?」
「いや、それがどうも、本当らしいんだ。辺境の『エルフリーデン』って町じゃ、その職人のおかげで、町全体が活気づいてるって話だぜ。俺も、今度その町に寄って、何か作ってもらおうかと思ってるんだ」
エルフリーデン。神の職人。
その言葉が、ガイアスの絶望しきった心に、一筋の光を差し込んだ。
これだ。これしかない。
その職人に、俺の剣を打ち直してもらえば。
俺のために、最高の鎧を作ってもらえば。
そうすれば、俺はもう一度、返り咲ける。
失った名声も、力も、全て取り戻せるはずだ。
それは、もはや理性的な判断ではなかった。
溺れる者が掴む、最後の藁。
ガイアスは、残っていたエールを一気に飲み干すと、商人たちに詰め寄った。
「おい、あんたたち! そのエルフリーデンって町は、どっちの方角だ!」
彼の目には、久しぶりに、ギラギラとした光が戻っていた。
それは、希望の光というよりは、狂気に近い、執念の光だった。
最後の賭け。
彼は、なけなしの銅貨を握りしめ、一路、辺境の町を目指すことを決意した。
その先に、どんな運命が待っているのかも知らずに。
「もう、あなたにはついていけないわ。ごめんなさい」
彼女は、書き置き一枚だけを残して、夜逃げ同然に姿を消した。
一人になったガイアスは、がらんとした宿屋の一室で、しばらくの間、ただ呆然としていた。
仲間は、誰もいなくなった。
かつての栄光も、プライドも、全て失った。
彼は、酒場に入り浸り、朝から晩まで安酒を呷るようになった。
「俺は、Sランク冒険者のガイアス様だぞ……」
誰に言うでもなく、そう呟いては、他の客から「まだそんな寝言を言ってるのか」と笑われる。そのたびに、彼は荒れて、酒場で暴れ、用心棒に叩き出される。そんな惨めな日々が続いた。
稼ぎは、とうにない。
宿代も払えなくなり、ついに彼は拠点からも追い出された。
今や彼の寝床は、王都の汚れた裏路地だ。かつて、彼がアルトを追放した、あの場所によく似ていた。
皮肉な運命だった。
「ちくしょう……ちくしょう……!」
飢えと寒さに震えながら、ガイアスは地面に転がった小石を憎々しげに蹴飛ばした。
このまま、終わりなのか。
王国一の剣士とまで言われた俺が、こんな場所で、誰にも知られず、惨めに朽ち果てていくのか。
その考えが、彼の心の奥底にわずかに残っていた、最後のプライドの火を灯した。
まだだ。まだ、終われない。
起死回生の一手は、ないのか。
何か、何か、この状況をひっくり返すような、奇跡は……。
震える手で、懐に残っていた最後のなけなしの金、数枚の銅貨を握りしめる。
彼は、ふらふらとした足取りで、情報が集まる冒険者ギルドへと向かった。
今の彼には、もう依頼を受ける資格も、力もない。だが、何か、噂の一つでも掴めれば。
ギルドの片隅にある酒場で、彼は一番安いエールを一杯だけ頼み、他の冒険者たちの会話に耳をそばだてた。
皆が話しているのは、最近のダンジョンの状況や、高ランクモンスターの目撃情報。今のガイアスには、縁のない話ばかりだ。
諦めて席を立とうとした、その時だった。
隣のテーブルに座っていた、旅の商人風の男たちの会話が、彼の耳に飛び込んできた。
「おい、聞いたか? 最近、辺境の方ですごい噂が立ってるらしいぜ」
「辺境? 何のだよ」
「なんでも、『神の職人』と呼ばれる、とんでもない腕前の鍛冶師がいるらしいんだ」
「神の職人?」
「ああ。どんなボロボロの農具でも、岩をバターのように切り裂く伝説級の逸品に作り替えちまうんだと。その職人が作った矢は、魔物の急所を自動で追尾するって話だ」
その言葉に、ガイアスの動きがぴたりと止まった。
「嘘だろ、そんなの。ただの与太話じゃないのか?」
「いや、それがどうも、本当らしいんだ。辺境の『エルフリーデン』って町じゃ、その職人のおかげで、町全体が活気づいてるって話だぜ。俺も、今度その町に寄って、何か作ってもらおうかと思ってるんだ」
エルフリーデン。神の職人。
その言葉が、ガイアスの絶望しきった心に、一筋の光を差し込んだ。
これだ。これしかない。
その職人に、俺の剣を打ち直してもらえば。
俺のために、最高の鎧を作ってもらえば。
そうすれば、俺はもう一度、返り咲ける。
失った名声も、力も、全て取り戻せるはずだ。
それは、もはや理性的な判断ではなかった。
溺れる者が掴む、最後の藁。
ガイアスは、残っていたエールを一気に飲み干すと、商人たちに詰め寄った。
「おい、あんたたち! そのエルフリーデンって町は、どっちの方角だ!」
彼の目には、久しぶりに、ギラギラとした光が戻っていた。
それは、希望の光というよりは、狂気に近い、執念の光だった。
最後の賭け。
彼は、なけなしの銅貨を握りしめ、一路、辺境の町を目指すことを決意した。
その先に、どんな運命が待っているのかも知らずに。
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