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第76話 いつもの工房で
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エルフリーデンに帰還してから、数日が過ぎた。
町を挙げての歓迎会は、三日三晩続いた。俺は、その間ずっと町の人々にもみくちゃにされ、英雄譚を語るようせがまれ続けたが、それもようやく落ち着き、いつもの日常が戻ってきた。
工房の朝は、早い。
俺が炉に火を入れる音で、一日が始まる。
しばらくすると、寝室から、まだ眠たそうな顔をしたイグナが現れる。
「……アルト、朝餉はまだか。我は腹が減ったぞ」
「おはよう、イグナ。今作ってるところだよ」
これが、俺たちのいつもの挨拶だ。
朝食を終え、俺が作業台に向かう頃になると、決まって工房の扉が開く。
「アルトさん、おはようございます」
やってくるのは、もちろんリリアだ。彼女は、王都での公務を最低限にまで減らし、ほとんどの時間をこの工房で過ごすようになっていた。聖女の立場としては問題がありそうだが、国王が「アルト殿のそばにいてやることが、何よりの公務だ」と、半ば黙認しているらしい。
カン、カン、カン。
俺が依頼品の修理のために槌を振るう音。
その音をBGMに、リリアは新しく手に入れた茶葉でお茶を淹れ、イグナはソファの上で、日当たりの良い場所を選んで猫のように丸くなる。
時折、イグナが「アルト、その槌の音、少しリズムが乱れておるぞ」と鋭い指摘をしたり、リリアが「あら、アルトさん。お茶菓子がなくなってしまいましたわ」と、可愛らしい催促をしたりする。
そのたびに、工房には、三人の穏やかな笑い声が響く。
英雄と呼ばれた日々が、まるで遠い夢の中の出来事のように感じられた。
伯爵の地位も、王都の屋敷も、俺は何もいらない。
俺が欲しかったのは、ただ、この時間だったのだ。
その日の午後、工房に一人の少年が、おずおずと入ってきた。
手には、柄の折れた、小さな木製の剣を握りしめている。
「あ、あの……これ、直してもらえますか……?」
それは、彼が父親に作ってもらった、大切なおもちゃの剣だった。友達とチャンバラごっこをしていて、折ってしまったらしい。
「ああ、任せとけ」
俺は、少年の頭を優しく撫でると、その木剣を受け取った。
俺は、折れた部分を丁寧に繋ぎ合わせ、上から【アイテム錬成】で、絶対に折れないように、目には見えないレベルで木の繊維を強化してやった。仕上げに、彼が好きなという、竜の模様を小さく彫ってあげる。
「ほら、できたぞ」
俺が手渡すと、少年は生まれ変わった愛剣を見て、目をキラキラと輝かせた。
「すげえ! 前より、かっこよくなってる! ありがとう、アルト兄ちゃん!」
少年は、何度も頭を下げると、修理代だと言って、ポケットからくしゃくしゃになった銅貨を数枚、俺の手に握らせ、嬉しそうに駆け出していった。
その様子を、リリアとイグナが、微笑ましそうに眺めている。
「ふふっ。あなたは、本当に子供に好かれますわね」
「ふん。まあ、あの程度の仕事、褒めてやらんでもない」
俺は、少年からもらった温かい銅貨を握りしめながら、心の底から思う。
伝説の聖剣を作るより、国を救う英雄と呼ばれるより、
この、小さな少年の笑顔を見ることの方が、俺にとっては、ずっと価値がある。
俺は、一人の職人だ。
この工房で、俺を必要としてくれる、誰かのために物を作る。
それ以上の幸せは、どこにもない。
俺は、自分の居場所で、最高の日常を生きている。
その事実が、どんな伝説の武具よりも、俺の心を強く、そして温かく満たしてくれた。
町を挙げての歓迎会は、三日三晩続いた。俺は、その間ずっと町の人々にもみくちゃにされ、英雄譚を語るようせがまれ続けたが、それもようやく落ち着き、いつもの日常が戻ってきた。
工房の朝は、早い。
俺が炉に火を入れる音で、一日が始まる。
しばらくすると、寝室から、まだ眠たそうな顔をしたイグナが現れる。
「……アルト、朝餉はまだか。我は腹が減ったぞ」
「おはよう、イグナ。今作ってるところだよ」
これが、俺たちのいつもの挨拶だ。
朝食を終え、俺が作業台に向かう頃になると、決まって工房の扉が開く。
「アルトさん、おはようございます」
やってくるのは、もちろんリリアだ。彼女は、王都での公務を最低限にまで減らし、ほとんどの時間をこの工房で過ごすようになっていた。聖女の立場としては問題がありそうだが、国王が「アルト殿のそばにいてやることが、何よりの公務だ」と、半ば黙認しているらしい。
カン、カン、カン。
俺が依頼品の修理のために槌を振るう音。
その音をBGMに、リリアは新しく手に入れた茶葉でお茶を淹れ、イグナはソファの上で、日当たりの良い場所を選んで猫のように丸くなる。
時折、イグナが「アルト、その槌の音、少しリズムが乱れておるぞ」と鋭い指摘をしたり、リリアが「あら、アルトさん。お茶菓子がなくなってしまいましたわ」と、可愛らしい催促をしたりする。
そのたびに、工房には、三人の穏やかな笑い声が響く。
英雄と呼ばれた日々が、まるで遠い夢の中の出来事のように感じられた。
伯爵の地位も、王都の屋敷も、俺は何もいらない。
俺が欲しかったのは、ただ、この時間だったのだ。
その日の午後、工房に一人の少年が、おずおずと入ってきた。
手には、柄の折れた、小さな木製の剣を握りしめている。
「あ、あの……これ、直してもらえますか……?」
それは、彼が父親に作ってもらった、大切なおもちゃの剣だった。友達とチャンバラごっこをしていて、折ってしまったらしい。
「ああ、任せとけ」
俺は、少年の頭を優しく撫でると、その木剣を受け取った。
俺は、折れた部分を丁寧に繋ぎ合わせ、上から【アイテム錬成】で、絶対に折れないように、目には見えないレベルで木の繊維を強化してやった。仕上げに、彼が好きなという、竜の模様を小さく彫ってあげる。
「ほら、できたぞ」
俺が手渡すと、少年は生まれ変わった愛剣を見て、目をキラキラと輝かせた。
「すげえ! 前より、かっこよくなってる! ありがとう、アルト兄ちゃん!」
少年は、何度も頭を下げると、修理代だと言って、ポケットからくしゃくしゃになった銅貨を数枚、俺の手に握らせ、嬉しそうに駆け出していった。
その様子を、リリアとイグナが、微笑ましそうに眺めている。
「ふふっ。あなたは、本当に子供に好かれますわね」
「ふん。まあ、あの程度の仕事、褒めてやらんでもない」
俺は、少年からもらった温かい銅貨を握りしめながら、心の底から思う。
伝説の聖剣を作るより、国を救う英雄と呼ばれるより、
この、小さな少年の笑顔を見ることの方が、俺にとっては、ずっと価値がある。
俺は、一人の職人だ。
この工房で、俺を必要としてくれる、誰かのために物を作る。
それ以上の幸せは、どこにもない。
俺は、自分の居場所で、最高の日常を生きている。
その事実が、どんな伝説の武具よりも、俺の心を強く、そして温かく満たしてくれた。
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