この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ

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第48話 ミストラルへの道

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ミストラル村へと続く西の街道は、かつては旅人たちから「忘れられた道」と呼ばれていた。道は荒れ果て、昼は野盗が、夜は魔物がうろつく危険なルート。好き好んでこの道を通るのは、バルトロのような命知らずの行商人か、あるいは追われる身の罪人くらいのものだった。

しかし、この一年で、その道の様相は一変した。

硬く締め固められた地面。道の両脇には、魔除けの石が等間隔に置かれ、夜になると淡い光を放つ。道端には定期的に休憩所が設けられ、そこには必ず清らかな水が湧き出る井戸があった。かつての危険な道は、今や王都近郊の街道よりも安全で、快適な旅路へと生まれ変わっていた。

そして何より変わったのは、その道を行き交う人々の数だった。

重い荷物を背負い、一攫千金を夢見る冒険者たち。
貴重な薬草を求めて、遠方の都市からやってきた商人たち。
そして、病に苦しむ家族を荷馬車に乗せ、最後の希望を求めて歩む巡礼者のような一団。

彼らが目指す場所は、ただ一つ。地図にも載らない辺境の地に、突如として現れた奇跡の郷、ミストラル村。

「おい、見えてきたぞ!あれがミストラルだ!」

丘を越えたところで、旅人たちの一人が歓声を上げた。その指さす先には、谷間に広がる活気に満ちた村の姿があった。煙突からは力強い煙が幾筋も立ち上り、新しく建てられたであろう家々の屋根が、太陽の光を浴びて輝いている。村の周囲には、見渡す限りの緑豊かな畑と、色とりどりの花が咲き乱れる薬草園が広がっていた。

その光景は、旅人たちが道中で聞いてきた噂が、決して誇張ではないことを証明していた。

この大きな変化の中心に、俺たち仲間がいた。

街道の整備を主導したのは、リゼットだった。彼女は自警団を率い、元騎士団で培った土木技術の知識を活かして、効率的かつ堅牢な道を作り上げた。魔除けの石は、ノエルと彼女の友人である元宮廷魔術師が開発したもので、俺の創生水を混ぜ込んだ特殊なインクで術式が描かれている。井戸は、俺が創生の力で水脈を探り当てたものだ。

「よし、今日の作業はここまでだ!皆、ご苦労だった!」

街道のさらなる拡張工事の現場で、リゼットが張りのある声を響かせる。泥と汗にまみれた自警団の男たちが、「応!」と力強い返事を返し、それぞれの道具を片付け始めた。彼らが使う鍬やツルハシは、ギムリが聖水鍛冶で作り上げた逸品で、岩盤すら容易く砕く強度を誇っていた。

村に戻れば、新しい建物が次々と姿を現していた。

「マルタさん、こっちのパン、もう焼けたかい?」
「ええ、焼きたてよ!食堂の方に運んでちょうだい!」

エリアナの母親であるマルタさんが営んでいた小さな食堂は、今や村で一番大きな建物となり、旅人たちの胃袋を満たす人気の食事処となっていた。彼女の作る「太陽の実」のパイは、村の名物料理だ。

その隣には、二階建ての立派な宿屋が建っていた。引退した老冒険者が、自分の経験を活かして開業したもので、「休み処・古傷亭」という少し風変わりな名前だったが、清潔なベッドと美味い酒が評判を呼び、連日多くの客で賑わっている。

ノエルの薬草研究所は、増築を重ね、今や大神殿の薬草院にも匹敵するほどの規模と設備を誇っていた。中では、ノエルと元宮廷魔術師が、昼夜を問わず新しい薬の研究に没頭している。彼らが開発した「ミストラル軟膏」は、どんな切り傷も数日で跡形もなく治すと、冒険者たちの間で魔法の薬として扱われていた。

ギムリの鍛冶場からは、一日中、心地よい槌の音が絶えることはない。彼の元には、大陸中から最高の武具を求める注文が殺到していたが、彼は自分のペースを崩さず、本当に魂を込めるに値する仕事しか受けなかった。彼の作る「ミストラルの鋼」を手に入れることは、今や一流の戦士であることの証となっていた。

そして俺は、そんな活気に満ちた村の光景を、『奇跡の泥水亭』のカウンターから眺めていた。

俺の店も、少しだけ変わった。以前は物々交換が中心だったが、村に貨幣経済が浸透するにつれて、きちんと料金をいただくようになった。もちろん、お金のない者からは、今まで通り物々交換で受け取っている。店の棚には、薬草や武具の売り上げの一部として村から支給される金貨と、村人たちが持ってきてくれる野菜や卵が、一緒に並んでいた。

「お兄ちゃん、はい、これ!」

店番を手伝ってくれていたエリアナが、カウンターを丁寧に拭きながら、今日の売り上げが入った革袋を俺に差し出した。彼女は最近、簡単な計算も覚えた。その成長が、俺には何よりも嬉しかった。

「ありがとう、エリアナ。助かるよ」

俺が彼女の頭を撫でると、エリアナはえへへ、と嬉しそうに笑った。

店の外からは、リゼットの指導する子供剣術教室の声が聞こえてくる。

「そこ!剣先がぶれている!集中しろ!」
「はーい!」

子供たちの元気な返事。その光景は、もはやミストラル村の午後の風物詩だった。

俺は、この村で起きている全ての変化の中心にいる。俺の創生の力が、この村の発展の源泉となっていることは、間違いない。

だが、俺自身は何も変わっていなかった。

俺はただ、毎日このカウンターに立ち、訪れる人々の話を聞き、彼らの痛みや苦しみを癒すために、相変わらず不味いポーションを作り続けるだけ。

それが、俺の役割であり、俺が最も安らぎを感じる場所だった。

夕暮れ時。俺は、店の前のベンチに座り、仲間たちと共に夕日に染まる村を眺めていた。

「見違えたな。この村も」

リゼットが、感慨深げに呟いた。彼女が初めてこの村を訪れた時、ここには絶望しかなかった。

「うん。生命力に満ち溢れてる。土も、空気も、そして何より、人の心がね」

ノエルが、穏やかに微笑む。

「ふん。わしらの腕にかかれば、こんなもの、まだ序の口じゃ」

ギムリが、満足げにその長い髭を撫でた。

俺は、そんな頼もしい仲間たちの横顔を見ながら、静かな幸福を噛みしめていた。

一人では、何もできなかった。俺の力だけでは、ただ人を癒すだけで、村をここまで発展させることはできなかっただろう。リゼットの守る力、ノエルの知恵、ギムリの技術。そして、村人たちの努力。その全てが合わさって、今のミストラル村がある。

ミストラル村は、もはやただの村ではない。それは、様々な過去を持つ人々が集い、それぞれの力を持ち寄って未来を築き上げていく、一つの大きな家族のような共同体だった。

夕日が、西の山の向こうに沈んでいく。村に、温かい灯りが一つ、また一つと灯り始めた。

俺は、この光景が、一日でも長く続くことを、心の底から願っていた。

この村へと続く道が、希望を求める人々を導く光の道であると同時に、いずれは王都の動揺や、まだ見ぬ邪悪な影をも招き寄せる道となる可能性に、まだ気づかないふりをしながら。
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