この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ

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第66話 王都への道

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ミストラル村を出発してから、五日が過ぎた。俺たちが乗る大神殿の馬車は、かつて俺が絶望の中を歩いた西の街道を東へと向かっていた。窓から見える景色は日に日に緑が濃くなり、人の往来も増えていく。王都が近いことを肌で感じていた。

馬車の中は、奇妙な静けさと緊張感が同居していた。向かいの席には老神官長が座っている。彼はミストラル村を出てから少しだけ顔色を取り戻していたが、その瞳の奥には依然として深い憂いの色が宿っていた。

「……聖女セシリア様は、公爵家のご息女でな」

馬車に揺られながら、神官長がぽつりぽつりと語り始めた。それは俺たちが救うべき少女の、そして王都の現状についての、より詳細な話だった。

「幼い頃からその身に宿す魔力は清らかで、誰にでも分け隔てなく優しく接する、まさに聖女となるために生まれてきたようなお方じゃった。あのお方が病に倒れてから、大神殿だけでなく王宮も、そして民衆も、光を失ってしまった」

その病はどんな高名な医者にも診断がつかず、どんな強力な治癒魔法も効果がない。ただひたすらに衰弱していく。まるで魂そのものが、何か見えないものに喰われているかのように。

「ゲオルグは、どうしているのですか」

俺は努めて平静を装い、あの男の名を口にした。神官長は俺の問いに、苦々しげに顔を歪めた。

「……奴は、落ちぶれたよ」

彼の話によれば、ゲオルグは俺を追放した後、聖女選定の儀式を「成功」させた功績でのし上がった。彼は次期聖女の後見人となり、一時は大神殿内で絶大な権勢を誇ったという。

「だが、それも聖女様が倒れるまでのことじゃった。彼は治療の責任者となったが、何一つ成果を上げられなんだ。彼の自信とプライドは未知の病の前で無残にも打ち砕かれ、信奉者たちは次々と離れていった。今では大神殿の厄介者扱いじゃ」

その話を聞いても、俺の心は不思議と晴れなかった。ざまあみろ、という気持ちよりもむしろ虚しさが募る。結局、彼も大神殿という巨大な組織の中で、もがき苦しんでいる一人の人間に過ぎなかったのかもしれない。

「ルーク君。王都に着いたら奴には会わなくて済むように、わしが最大限の配慮をしよう。約束する」
「……お心遣い、感謝します」

俺はそれ以上何も言わなかった。

そんな会話をしていると、不意に馬車の速度が落ち、外が騒がしくなった。護衛についている神殿騎士たちの緊迫した声が聞こえる。

「どうした!」

神官長が声を上げると、馬車の扉が乱暴に開け放たれた。血相を変えた騎士の一人が中に向かって叫ぶ。

「敵襲です! 道の両脇から多数の賊が!」

その言葉が終わるか終わらないかのうちに、馬車の屋根に何かが突き刺さる鈍い音が響いた。黒い矢だ。矢からは不吉な闇の気が立ち上っている。ただの野盗ではない。

「『奈落の蛇』か!」

馬車の中にいたリゼットが、即座に剣を抜き放った。

俺たちは顔を見合わせる。やはり、来たか。俺たちの動向は敵に筒抜けだったのだ。

「神官長様は馬車の中に! 決して外へは出ないでください!」

リゼットはそう言うと、俺とノエルと共に馬車の外へと飛び出した。

そこは両側を険しい崖に挟まれた一本道だった。待ち伏せには絶好の場所だ。道の前後を、黒いローブをまとった十数名の邪教徒たちが塞いでいる。

「やはり、お前たちか!」

リゼットの怒声に、邪教徒の一人が嘲るように答えた。

「我らが幹部殿からの伝言だ。『創生の源』とその仲間たちを、丁重に『お迎え』せよ、と」

その言葉は、彼らの目的が俺たちの足止めではなく、捕獲であることを示していた。

「護衛部隊、前へ! 聖女様への道を阻む不届き者どもを排除せよ!」

神殿騎士の隊長が勇ましく号令をかける。騎士たちは盾を構え、邪教徒たちに向かって突撃していった。

だが、相手は悪魔崇拝の戦闘集団。神殿騎士たちの正攻法は、彼らの前ではあまりにも無力だった。

「闇よ、縛れ!」

邪教徒たちが詠唱すると、地面から無数の影の触手が伸び、騎士たちの足に絡みつく。身動きを封じられた騎士たちに、呪いの矢が雨のように降り注いだ。

「ぐあっ!」
「くそっ、足が……!」

数人の騎士が苦悶の声を上げて倒れる。彼らの鎧は呪いの力によって、まるで酸で溶かされたかのように黒く変色し、煙を上げていた。

「これだから、神殿育ちのお坊ちゃんは」

リゼットが舌打ちした。

「ノエル、ルーク! 行くぞ!」

彼女の号令を待つまでもなく、俺たちは動き出していた。

「まずはお掃除からだね!」

ノエルが懐から数個の小さな袋を取り出すと、足止めされている神殿騎士たちの足元へと投げつけた。袋が破裂し、中から強い酸性の液体が飛び散る。『溶解草』のエキスだ。液体は騎士たちに絡みついていた影の触手だけを、ジュウ、と音を立てて溶かしていった。

「なっ!?」

邪教徒たちが驚きに目を見開く。その一瞬の隙を、リゼットが見逃すはずがなかった。

「はあっ!」

彼女は解放された騎士たちの間を、銀色の閃光のように駆け抜けた。その剣閃は、もはや人間の目では捉えられないほどの速さに達している。すれ違いざまに、前衛にいた三人の邪教徒の喉元から黒い霧が噴き出した。彼らは声もなく崩れ落ちる。

「ルーク!」
「はい!」

リゼットの声に応じ、俺は負傷した騎士たちの元へ駆け寄った。

「立てますか!」

俺は呪いの矢で足をやられた騎士の口に、創生水を流し込む。

「まず……っ! しかし、力が……!」

騎士は、その地獄のような味に顔を歪めながらも、体の中から活力がみなぎってくるのを感じていた。呪いの力は中和され、傷は瞬時に塞がる。彼は信じられないといった顔で立ち上がると、再び剣を構えた。

「これが……『泥の聖者』の力……!」

神殿騎士たちの見る目が変わった。彼らは俺たち三人の戦い方を、驚愕と尊敬の眼差しで見つめていた。

リゼットが嵐のように敵陣を切り裂く、不動の『剣』。
ノエルが予測不能な薬品で戦場を支配する、万能の『手』。
そして俺がどんな傷も癒し、戦線を支え続ける、不沈の『盾』。

ミストラル村で磨き上げられた俺たちの連携は、もはや芸術の域に達していた。

邪教徒たちは明らかに混乱していた。彼らの戦術は屈強な騎士団を正面から打ち破ることはできても、こんなにも変則的で自己完結した戦闘集団を相手にすることは、想定していなかったのだろう。

「おのれ、化け物どもめが!」

追い詰められた邪教徒のリーダーが最後の手段に出た。彼は懐から何かを取り出し、それを高く掲げる。

「全軍、撤退! ここは、我らが……」

彼の言葉は最後まで続かなかった。

ヒュン、という風切り音と共に、一本の銀色の矢が彼の掲げた手を正確に射抜いたのだ。

「!?」

邪教徒たちが驚いて矢が飛んできた方向を見る。そこには誰もいない。

「……上だよ」

ノエルがいたずらっぽく笑った。見上げると、崖の上にいつの間にか回り込んでいた自警団の弓の名手が、静かに弓を構えていた。彼はこの旅に、俺たちの護衛として密かに同行してくれていたのだ。

リーダーを失い、完全に戦意を喪失した邪教徒たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。

戦闘はあっという間に終わった。神殿騎士たちに死者はなく、負傷者も俺の治療で全員が回復した。一方的な圧勝だった。

神殿騎士の隊長が、呆然とした顔で俺たちの元へやってきた。

「……あなた方は、一体……」

彼の問いに、リゼットは静かに剣を鞘に納めながら答えた。

「我らはミストラルの者だ。ただの辺境の村人だよ」

その言葉はどんな雄弁な自己紹介よりも、俺たちの強さと誇りを物語っていた。

俺は邪教徒たちが逃げ去った闇の先を、静かに見つめていた。今回の襲撃はただの挨拶代わりだろう。王都には、これよりも遥かに強大な闇が俺たちを待ち構えている。

だが、今の俺たちに恐れはなかった。

俺たちはこの戦いで改めて互いの絆と、自分たちの戦い方を再確認した。ミストラル村で培われたこの力があれば、どんな困難にも立ち向かえる。

馬車は再び王都を目指して走り出した。先ほどまでの戦闘が嘘のように道は静まり返っている。だが、俺たちの胸の内には、これから始まる本当の戦いに向けた、熱い闘志の炎が静かに燃え上がっていた。
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