この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ

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第97話 選んだ道

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王都からの帰路は、行きとは比べ物にならないほど快適で、そして穏やかだった。

国王が手配してくれた最新式のスプリングが備えられた豪華な馬車。護衛にはリゼットに心からの敬意を抱くようになった王国騎士団の精鋭たちが自主的に名乗り出てくれた。街道沿いの町や村は、俺たちが通ることをどこからか聞きつけ、人々が道端に集まっては英雄の帰還を歓迎してくれた。

「あの馬車に泥の聖者様が!」
「聖女様をお救いくださり、ありがとうございます!」

投げかけられる感謝の言葉と純粋な尊敬の眼差し。俺は、その一つ一つに少し照れながらも手を振って応えた。

「すごい人気だね、ルーク」

向かいの席でノエルが面白そうに言った。

「なんだか、むず痒いですね」

俺は首筋を掻きながら苦笑する。英雄と呼ばれることには、まだどうしても慣れなかった。

「だが、お前はそれに値するだけのことをした。もっと胸を張ればいい」

リゼットが静かに、しかし誇らしげに言った。彼女の腰には国王から授けられた『聖剣騎士』の証である美しい儀礼剣が下げられている。

俺たちは馬車に揺られながら、王都での激闘の日々をまるで遠い昔のことのように語り合っていた。

「しかし、あの教主マハトとかいう奴、とんでもない化け物だったな」
「うん。邪神の力の一端を人間の身で引き出すなんてね。彼の狂信的な信仰心だけは認めざるを得ないかな」
「最後はあっけなかったですけどね」

俺がそう言うと、リゼットとノエルは顔を見合わせてくすくすと笑った。

「あっけないものか。あの最後の光景は私は一生忘れんぞ」
「そうだね。邪神がルークのポーション一滴で消滅するなんて、どんな叙事詩にも書かれてないよ。後世の歴史家は頭を抱えるだろうね」

俺たちは笑い合った。死線を共に乗り越えた仲間だけが分かち合える特別な空気。俺は、この仲間たちと出会えたことを心の底から幸運だと思った。

旅が終わりに近づくにつれて、俺の心は逸る気持ちを抑えきれなくなっていた。

早く帰りたい。

あの村へ。

ミストラル村のあの穏やかな空気の中へ。

そして、出発から十日目の昼過ぎ。

丘を越えた馬車の窓から、見慣れた景色が目に飛び込んできた。

谷間に広がる緑豊かな村。新しく建てられた家々の屋根。そして、村の中心に立つ俺の店の小さな看板。

「……着いた」

俺の口から安堵のため息が漏れた。

村の入り口では見張りの自警団の若者が俺たちの馬車を認め、慌てて村の中へと駆け込んでいく。

「帰ってきたぞー! ルーク様たちが、お帰りだー!」

その声が村中に響き渡る。

家々から人々が次々と飛び出してくるのが見えた。畑仕事をしていた者も店で働いていた者も、皆手にしていたものを放り出し広場へと集まってくる。

馬車がゆっくりと村の広場に入ると、そこは俺たちの帰りを待ちわびていた村人たちの笑顔で埋め尽くされていた。

「おかえりなさい、ルーク様!」
「リゼット教官! ノエル先生!」
「ご無事で何よりです!」

口々に歓迎の言葉が飛び交う。その声の一つ一つが俺たちの疲れた心を温かく癒していった。

俺は馬車から降りた。

その瞬間。

「お兄ちゃーーーーん!!」

人垣をかき分けるようにして、小さな影が弾丸のように俺の胸へと飛び込んできた。

エリアナだった。

「うわっ!」

俺はその勢いにたたらを踏む。彼女は俺の腰に小さな腕で力いっぱいしがみついてきた。

「……おかえりなさい」

俺の胸に顔を埋めたまま、彼女がくぐもった声で言った。その声は涙で震えていた。

「ただいま、エリアナ」

俺は彼女の頭を優しく撫でた。柔らかい髪の感触。懐かしい太陽の匂い。

「寂しかったよお。お兄ちゃんがいないと村が静かで……つまんなかったんだから……」

彼女は嗚咽を漏らしながら、俺の服に涙の染みを作っていく。

俺は何も言わずに、ただ彼女の小さな体を強く抱きしめ返した。

再会の言葉などいらなかった。ただこうして互いの温もりを感じられるだけで十分だった。

「ふん。泣き虫なのは相変わらずじゃのう」

人垣の中からギムリが腕を組みながらぶっきらぼうに、しかしその目には確かな喜びの色を浮かべて現れた。

「ギムリさん! 村は大丈夫でしたか!」
「当たり前じゃ。このわしがおるんじゃぞ。何の問題もないわい。……それより、ご苦労じゃったな。お前さんたち」

彼は俺、リゼTット、ノエルの顔を一人ずつ見回すと、満足げに深く頷いた。

村長もマルタさんも自警団の若者たちも。皆が俺たちを温かい笑顔で囲んでいた。

王都での栄誉も称号も、この光景の前では色褪せて見えた。

俺が本当に欲しかったものは、これだ。

俺が命を懸けて守りたかったものは、このかけがえのない笑顔だったのだ。

俺はエリアナを抱きしめたまま空を見上げた。ミストラルの空はどこまでも青く澄み渡っていた。

「……帰ってきました」

俺は心の中で天国の師匠に報告した。

あなたの教えの通り、俺は俺の選んだ道を歩いています。

たくさんの素晴らしい仲間たちと共に。

俺の本当の人生は、今この場所で再び始まろうとしていた。
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