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第十七話:隻腕の元騎士
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アッシュの反撃宣言は、乾いた大地に染み込むことなく蒸発した水滴のように、領民たちの心に響かなかった。広場に残されたのは、さらなる「困惑」と深まった「絶望」だけだった。
「乗り込むだと?正気か!」
「我々に何ができる。また殺されるだけだ」
「領主様は俺たちを見殺しにする気だ……」
彼らの感情は、「恐怖:80」「不信:85」。一度灯りかけた希望の火は、昨夜の襲撃で吹き消され、今は冷たい灰だけが残っていた。
その夜、領主の館では重い沈黙が支配していた。サイモンは肩の傷の手当てを受けながら、苦々しい表情でアッシュに問いかけた。
「アッシュ殿。あなたの言葉は、本気か?あの盗賊団は少なくとも二十人以上。リーダー格の男の実力も相当なものだ。我々と、戦い慣れていない村人だけでは勝ち目はない」
彼の感情は「焦燥:70」「無力感:60」。騎士としてのプライドが、どうしようもない現実の前に傷ついていた。
「ああ、本気だ。だが、このままでは勝てないことも分かっている」
アッシュは机の上に広げたヴァイスラントの地図を見つめていた。
「戦には、戦のプロが必要だ。戦術を理解し、兵を率いることができる人間が」
「そんな者、この土地にいるはずが……」
サイモンが言いかけた時、館の扉が静かに開いた。ボルグだった。彼は数人の若者を伴い、決意を固めた目でアッシュの前に立った。昨夜の屈辱が、彼の心を再び燃え上がらせていた。
「領主様。俺たちに武器を貸せ。あんたの言う通り、やられたままは性に合わねえ。俺たちの手で、奴らに借りを返してやる」
彼の感情は「復讐心:85」「怒り:90」。しかし、その奥には自らの力量への「不安:60」が渦巻いていた。
アッシュはボルグを見据えた。
「その気持ちは買う。だが、お前たちだけでは犬死にするだけだ。必要なのは、猪武者のような勇気ではない。冷静な戦術眼だ」
「じゃあ、どうしろって言うんだ!」
ボルグが声を荒らげる。
アッシュは彼らの問いには答えず、傍らに控えていたジョセフに視線を向けた。
「ジョセフ。頼んでいた件は?」
「はっ。村の古老たちに話を聞いて回りました」
ジョセフは一枚の羊皮紙を取り出した。
「このヴァイスラントには、様々な理由で流刑にされてきた者たちがおります。その中に、一人、気になる人物がおりました」
ジョセフは羊皮紙を読み上げた。
「その者の名は、ガイウス・ノルド。十年ほど前、反逆罪の濡れ衣を着せられ、この地に送られてきた元帝国騎士だそうです。話によれば、かつては『帝国の獅子』とまで呼ばれたほどの猛者だったとか。しかし……」
ジョセフはそこで言葉を区切った。
「今の彼は、村のはずれにある廃屋に一人で暮らし、誰とも関わろうとしない。酒に溺れ、もはや廃人同然だと……。皆、彼には近づかないようにしているそうです」
「ガイウス・ノルド……」
サイモンがその名を呟き、目を見開いた。
「まさか、あの『獅子心騎士団』を率いたガイウス殿か!?彼は確か、敵国の罠に嵌り、多くの部下を失った責任を問われて……。帝国では、戦場で死亡したと記録されているはずだが!」
サイモンの感情に「驚愕:90」「敬意:40」という数値が浮かび上がる。彼にとって、ガイウスは伝説の英雄だったのだ。
「その男だ。今すぐ会いに行く」
アッシュは即座に決断した。
「無駄だ!」
ボルグが吐き捨てた。
「そんな抜け殻みてえなジジイが、今更何の役に立つってんだ!」
彼の「不信」は、まだ根強い。
「役に立つかどうかは、俺がこの目で見て判断する」
アッシュはボルグの反論を意に介さず、外套を羽織った。サイモンはすぐさま後に続き、ボルグも舌打ちしながら、渋々といった体でついてきた。
ジョセフに案内され、三人が向かったのは村の中でも特に寂れた一角だった。風雪で半ば崩れかけた小屋の扉を叩いても、返事はない。アッシュは躊躇なく、軋む扉を押し開けた。
小屋の中は、酸っぱい酒の匂いと、長年掃除されていないであろう埃の匂いで満ちていた。薄暗い部屋の中央、粗末な木箱をテーブル代わりに、一人の大男が座っていた。年の頃は四十代半ばだろうか。無精髭は伸び放題で、髪はもつれ、その巨体はしかし、不摂生からか僅かに肉が落ちているように見えた。男の左腕の袖は、力なく垂れ下がっている。隻腕だった。
彼は手にした酒瓶を呷り、虚ろな目で侵入者たちを一瞥しただけだった。その瞳は、絶望という名の沼の底のように、何の光も宿していなかった。
アッシュはスキルを発動させた。
ガイウス・ノルド。
「絶望:99」「無気力:95」「自己嫌悪:90」
彼の心は、ほぼ完全に死んでいた。常人ならば、ここで見切りをつけて踵を返すだろう。
だが、アッシュは見逃さなかった。その分厚い負の感情の層の、さらに奥深く。まるで消えかけの熾火のように、僅かに瞬く光があった。
「義憤:5」「誇り:10」
ほんの僅か。しかし、ゼロではなかった。かつて彼が抱いていたであろう、騎士としての誇りと、不正に対する怒りの残滓。それはまだ、彼の魂の根幹に、しぶとくこびりついていた。
アッシュは、静かにその大男の前に進み出た。サイモンは伝説の英雄の見る影もない姿に言葉を失い、ボルグは侮蔑の表情を隠そうともしない。
アッシュは、酒瓶を呷る男の目の前に立ち、静かに語りかけた。
「貴殿が、元帝国騎士団『獅子心』のガイウス・ノルド殿か」
その言葉が響いた瞬間、部屋の空気が微かに震えた。
ガイウスの動きが、ぴたりと止まる。虚ろだった彼の瞳が、十年ぶりに焦点を結び、ゆっくりとアッシュの顔に向けられた。その瞳の奥で、消えかけていた熾火が、ほんの僅かに、しかし確かに揺らめいたのを、アッシュは見逃さなかった。
「乗り込むだと?正気か!」
「我々に何ができる。また殺されるだけだ」
「領主様は俺たちを見殺しにする気だ……」
彼らの感情は、「恐怖:80」「不信:85」。一度灯りかけた希望の火は、昨夜の襲撃で吹き消され、今は冷たい灰だけが残っていた。
その夜、領主の館では重い沈黙が支配していた。サイモンは肩の傷の手当てを受けながら、苦々しい表情でアッシュに問いかけた。
「アッシュ殿。あなたの言葉は、本気か?あの盗賊団は少なくとも二十人以上。リーダー格の男の実力も相当なものだ。我々と、戦い慣れていない村人だけでは勝ち目はない」
彼の感情は「焦燥:70」「無力感:60」。騎士としてのプライドが、どうしようもない現実の前に傷ついていた。
「ああ、本気だ。だが、このままでは勝てないことも分かっている」
アッシュは机の上に広げたヴァイスラントの地図を見つめていた。
「戦には、戦のプロが必要だ。戦術を理解し、兵を率いることができる人間が」
「そんな者、この土地にいるはずが……」
サイモンが言いかけた時、館の扉が静かに開いた。ボルグだった。彼は数人の若者を伴い、決意を固めた目でアッシュの前に立った。昨夜の屈辱が、彼の心を再び燃え上がらせていた。
「領主様。俺たちに武器を貸せ。あんたの言う通り、やられたままは性に合わねえ。俺たちの手で、奴らに借りを返してやる」
彼の感情は「復讐心:85」「怒り:90」。しかし、その奥には自らの力量への「不安:60」が渦巻いていた。
アッシュはボルグを見据えた。
「その気持ちは買う。だが、お前たちだけでは犬死にするだけだ。必要なのは、猪武者のような勇気ではない。冷静な戦術眼だ」
「じゃあ、どうしろって言うんだ!」
ボルグが声を荒らげる。
アッシュは彼らの問いには答えず、傍らに控えていたジョセフに視線を向けた。
「ジョセフ。頼んでいた件は?」
「はっ。村の古老たちに話を聞いて回りました」
ジョセフは一枚の羊皮紙を取り出した。
「このヴァイスラントには、様々な理由で流刑にされてきた者たちがおります。その中に、一人、気になる人物がおりました」
ジョセフは羊皮紙を読み上げた。
「その者の名は、ガイウス・ノルド。十年ほど前、反逆罪の濡れ衣を着せられ、この地に送られてきた元帝国騎士だそうです。話によれば、かつては『帝国の獅子』とまで呼ばれたほどの猛者だったとか。しかし……」
ジョセフはそこで言葉を区切った。
「今の彼は、村のはずれにある廃屋に一人で暮らし、誰とも関わろうとしない。酒に溺れ、もはや廃人同然だと……。皆、彼には近づかないようにしているそうです」
「ガイウス・ノルド……」
サイモンがその名を呟き、目を見開いた。
「まさか、あの『獅子心騎士団』を率いたガイウス殿か!?彼は確か、敵国の罠に嵌り、多くの部下を失った責任を問われて……。帝国では、戦場で死亡したと記録されているはずだが!」
サイモンの感情に「驚愕:90」「敬意:40」という数値が浮かび上がる。彼にとって、ガイウスは伝説の英雄だったのだ。
「その男だ。今すぐ会いに行く」
アッシュは即座に決断した。
「無駄だ!」
ボルグが吐き捨てた。
「そんな抜け殻みてえなジジイが、今更何の役に立つってんだ!」
彼の「不信」は、まだ根強い。
「役に立つかどうかは、俺がこの目で見て判断する」
アッシュはボルグの反論を意に介さず、外套を羽織った。サイモンはすぐさま後に続き、ボルグも舌打ちしながら、渋々といった体でついてきた。
ジョセフに案内され、三人が向かったのは村の中でも特に寂れた一角だった。風雪で半ば崩れかけた小屋の扉を叩いても、返事はない。アッシュは躊躇なく、軋む扉を押し開けた。
小屋の中は、酸っぱい酒の匂いと、長年掃除されていないであろう埃の匂いで満ちていた。薄暗い部屋の中央、粗末な木箱をテーブル代わりに、一人の大男が座っていた。年の頃は四十代半ばだろうか。無精髭は伸び放題で、髪はもつれ、その巨体はしかし、不摂生からか僅かに肉が落ちているように見えた。男の左腕の袖は、力なく垂れ下がっている。隻腕だった。
彼は手にした酒瓶を呷り、虚ろな目で侵入者たちを一瞥しただけだった。その瞳は、絶望という名の沼の底のように、何の光も宿していなかった。
アッシュはスキルを発動させた。
ガイウス・ノルド。
「絶望:99」「無気力:95」「自己嫌悪:90」
彼の心は、ほぼ完全に死んでいた。常人ならば、ここで見切りをつけて踵を返すだろう。
だが、アッシュは見逃さなかった。その分厚い負の感情の層の、さらに奥深く。まるで消えかけの熾火のように、僅かに瞬く光があった。
「義憤:5」「誇り:10」
ほんの僅か。しかし、ゼロではなかった。かつて彼が抱いていたであろう、騎士としての誇りと、不正に対する怒りの残滓。それはまだ、彼の魂の根幹に、しぶとくこびりついていた。
アッシュは、静かにその大男の前に進み出た。サイモンは伝説の英雄の見る影もない姿に言葉を失い、ボルグは侮蔑の表情を隠そうともしない。
アッシュは、酒瓶を呷る男の目の前に立ち、静かに語りかけた。
「貴殿が、元帝国騎士団『獅子心』のガイウス・ノルド殿か」
その言葉が響いた瞬間、部屋の空気が微かに震えた。
ガイウスの動きが、ぴたりと止まる。虚ろだった彼の瞳が、十年ぶりに焦点を結び、ゆっくりとアッシュの顔に向けられた。その瞳の奥で、消えかけていた熾火が、ほんの僅かに、しかし確かに揺らめいたのを、アッシュは見逃さなかった。
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