無能と蔑まれた悪役貴族、実は人の心を数値化できる最強の傀儡師でした ~感情を支配するスキルで、腐敗した帝国を裏から作り変えます~

夏見ナイ

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第五十四話:正義のための同盟

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アッシュが侯爵に叙されてから数日後。帝都では、彼の凱旋と叙爵を祝うという名目で、王家主催の夜会が催されることになった。それは、帝国の全ての有力貴族が一堂に会する、華やかで、そして危険な社交の場だった。

夜会の当日。アッシュは、ギムリに作らせた漆黒の礼装に身を包んでいた。銀の刺繍が施されたその服は、彼の銀髪と赤い瞳を際立たせ、病弱な美しさの中に、どこか悪魔的な魅力を漂わせていた。

「アッシュ様、お美しい……」
彼の着替えを手伝っていたリリアが、うっとりとした表情で呟いた。彼女もまた、ジョセフが見立てた慎ましやかなメイド服を着て、今夜はアッシュの従者として夜会に同行することになっていた。その猫の耳と尻尾は、人目を引かぬよう、特別な頭巾とドレスの中に巧みに隠されている。

「リリア、今夜は決して俺のそばを離れるな。そして、誰に何を言われても、決して反応するな。いいな?」
「はい、アッシュ様」
リリアは、こくりと頷いた。彼女の感情には、華やかな場所への「緊張」と共に、主を守るという強い「決意」が満ちていた。

アッシュが、ガイウスやジョセフたちに見送られて邸宅を出ようとした、その時だった。
一台の簡素な馬車が、ヴェルヘM家の門の前に停まった。中から現れたのは、深紅のドレスを纏った、燃えるような髪の美女。セレスティア・フォン・ヴァーミリオンだった。

彼女は、もはや商人の娘の変装はしていなかった。その姿は、帝国でも指折りの大貴族、ヴァーミリオン侯爵家の令嬢としての威厳と気品に満ち溢れていた。
「……何の用だ、セレスティア殿」
アッシュは、眉をひそめた。

セレスティアは、まっすぐにアッシュの元へと歩み寄ると、その翡翠色の瞳で彼を見据えた。
「あなたに、話があるわ」
彼女の表情は真剣そのものだった。

アッシュは、彼女を邸宅の応接室へと通した。二人きりになると、セレスティアは単刀直入に切り出した。
「アッシュ・フォン・ヴェルヘイム。私は、あなたと『同盟』を結びに来たわ」

「同盟?」
アッシュは、意外な言葉に片眉を上げた。
「俺と貴女がか?水と油が混ざるとは思えんが」

「ええ、そうよ」
セレスティアは、きっぱりと頷いた。
「私は、今でもあなたのやり方を認めていない。あなたは、人の心を弄ぶ危険な存在だわ。その考えは、今も変わらない」

彼女の感情には、アッシュに対する変わらぬ「警戒」と「反発」があった。だが、それだけではなかった。その奥に、以前にはなかった、複雑な光が宿っていた。

「でも」と彼女は続けた。
「ヴァイス trastornosで、私は学んだわ。私の信じる正義だけでは、救えない人々がいることを。理想を掲げるだけでは、腐敗したこの帝国を変えることはできないということを」

彼女は、帝都に戻ってから、アッシュが成し遂げたことの大きさを改めて実感していた。バルツァー伯爵の売国行為を暴き、帝国の危機を救った。その功績は、彼女がいくら正義を叫んでも成し得なかった、具体的な成果だった。

「この帝都は、腐っているわ。私利私欲にまみれた貴族たちが、民から富を搾り取り、国を蝕んでいる。皇帝陛下も、その腐敗を見て見ぬフリをしている。このままでは、帝国は内側から崩壊する」
セレスティアの声には、国を憂う深い悲しみと、怒りが込められていた。

「私は、この帝国を浄化したい。真の正義がまかり通る、健全な国へと変えたいの。でも、私一人の力では、それは叶わない。私には、貴族社会のしがらみも、後ろ盾も足りないわ」

彼女は、そこで一度言葉を切り、アッシュの赤い瞳をまっすぐに見つめた。
「だから、あなたの力が必要なの。あなたの、常識に囚われない知略と、人の心を動かす力が」

それは、彼女にとって最大の屈辱であり、そして最大の覚悟を示す言葉だった。正義の徒である彼女が、自らが「悪」と断じた相手に、頭を下げて協力を求めているのだ。
彼女の感情ウィンドウには、「屈辱:80」と共に、それを上回る強大な「決意:95」と「使命感:100」が輝いていた。

アッシュは、しばらく黙って彼女の言葉を聞いていた。
やがて、彼は静かに口を開いた。
「……俺に、何のメリットがある?」
その問いは、冷徹で、ビジネスライクだった。

セレスティアは、その問いを予測していたかのように、淀みなく答えた。
「あなたは、帝都に敵が多すぎるわ。あなたを英雄と持ち上げる一方で、その力を恐れ、嫉妬し、足を引っ張ろうとする者たちが無数にいる。特に、あなたのご実家であるヴェルヘイム公爵家は、最大の敵となるでしょう」

「……続けて」

「私と手を組めば、あなたはヴァーミリオン侯爵家という、強力な後ろ盾を得ることができる。我が家は、代々帝国魔導師団を束ねてきた家系。軍部に強い影響力を持っているわ。それに、私自身も、腐敗を嫌う改革派の若手貴族たちと繋がりがある。彼らは、あなたの力になってくれるはずよ」

彼女が提示したのは、アッシュにとって非常に魅力的な取引だった。彼は、帝都における地盤をまだ持っていない。セレスティアとの同盟は、その弱点を補って余りあるものだった。

「……なるほど。悪くない取引だ」
アッシュは、頷いた。
「だが、一つ確認しておきたい。俺たちの目的は、同じではない。貴女は『帝国を救う』ために。俺は『俺自身の安楽な生活を確保する』ために。その目的の違いが、いずれ俺たちの間に亀裂を生むことになるかもしれない。その時はどうする?」

「その時は、その時よ」
セレスティアは、きっぱりと言い放った。
「今は、共通の敵を倒すことが最優先だわ。腐敗した貴族社会という、巨大な敵を。その先のことなんて、今は考えられない」

その割り切りと、覚悟。アッシュは、彼女という人間を、少しだけ見直した。彼女は、ただの夢想家ではない。理想のために、現実的な手段を選ぶことができる、したたかさも持ち合わせている。

「……分かった。その同盟、受け入れよう」
アッシュは、手を差し出した。
「ただし、勘違いするな。俺たちは仲間ではない。利害が一致した、共犯者だ。俺は、俺のやり方で事を進める。貴女は、それに口出ししない。それが条件だ」

「望むところよ」
セレスティアは、その手を強く握り返した。
「私も、あなたのやり方に染まるつもりは毛頭ないわ」

こうして、氷と炎は、手を結んだ。
『辺境の悪魔』と『帝国の薔薇』。
帝国で最も異端な二人が結んだ危険な同盟は、これから始まる帝都の権力闘争に、誰も予測できない、巨大な嵐を巻き起こすことになる。

二人は、同じ馬車に乗り込み、夜会の会場である王宮へと向かった。
彼らの前には、偽りの笑顔と、剥き出しの欲望が渦巻く、華やかな戦場が待ち受けていた。
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