無能と蔑まれた悪役貴族、実は人の心を数値化できる最強の傀儡師でした ~感情を支配するスキルで、腐敗した帝国を裏から作り変えます~

夏見ナイ

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第五十六話:改革派の旗手

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王家主催の夜会は、アッシュ・フォン・ヴェルヘイムという新たな星の華々しいデビューの舞台となった。彼が兄アルフォンスを公衆の面前でやり込めた一件は瞬く間に帝都の貴族たちの間に広まり、様々な憶測を呼んだ。

「ヴェルヘイム家の力関係は逆転したのかもしれない」
「『辺境の悪魔』は、我々が思う以上に危険で、そして魅力的だ」

アッシュの名は、もはや「出来損ない」や「追放された罪人」といった過去の汚名とは無縁のものとなっていた。彼は帝国の政治地図に突如として現れた予測不能なジョーカーとして、誰もがその動向を注視する存在となったのだ。

そして、その動向に最も強い関心を寄せた者たちがいた。帝国の現状を憂い改革を望む、若手の貴族や実務官僚たちだ。彼らは腐敗した大貴族たちの派閥に属さず、しかし力も後ろ盾もないために何もできずに燻っていた。

そんな彼らにとって、アッシュの存在は希望の光に見えた。
辺境の不毛の地をわずか数ヶ月で豊かな土地へと変貌させた驚異的な内政手腕。
グランツ帝国の大軍を退けた常識外れの軍事的才能。
そして、大貴族の筆頭である兄にさえ一歩も引かない胆力。
その全てが、彼らが待ち望んでいたリーダーの資質を備えているように思えたのだ。

夜会から数日後、アッシュの元へ一通の招待状が届いた。差出人はレナード・フォン・キルヒアイス。伯爵家の次男で、若くして内務省の要職に就く改革派の若手官僚の筆頭格だった。招待状には、帝国の未来を語り合うためのささやかな会合を開きたいと記されていた。

「罠でしょうか?」
ジョセフが警戒を露わにした。
「いえ、これは好機です」と答えたのは、同席していたセレスティアだった。
「キルヒアイス卿は私が知る限り、帝国で最も清廉で有能な官僚の一人です。彼があなたに接触してきたのなら、それは改革派があなたを彼らの旗頭として迎え入れたいと考えている証拠よ」
彼女の感情にはアッシュへの「警戒」と共に、帝国が良い方向へ変わるかもしれないという「期待」が混じっていた。

アッシュは招待状を一瞥すると、静かに頷いた。
「面白い。行ってやろうじゃないか」

会合の場所は帝都の片隅にある目立たないレストランの個室だった。そこに集まっていたのは二十代から三十代の、まだ若いがその瞳に知性と野心を宿した十数名の男女だった。彼らは貴族の子弟でありながら家柄や伝統に縛られることなく、実力でのし上がってきた帝国の新たなエリート層だった。

アッシュがセレスティアを伴って部屋に入ると、彼らは一斉に立ち上がり、緊張した面持ちでアッシュを迎えた。

「ようこそ、アッシュ侯爵。お待ちしておりました」
中心に立つキルヒアイスが代表して挨拶をした。彼は理知的な顔つきの切れ者といった印象の男だった。彼の感情は「期待:90」「警戒:70」。アッシュの能力に大きな期待を寄せつつも、その危険性も十分に理解しているようだった。

アッシュは席に着くと、単刀直入に切り出した。
「前置きは不要だろう。君たちが俺に何を望んでいるのか、聞かせてもらおうか」
そのあまりにもストレートな物言いに、改革派の若者たちは一瞬面食らった。

キルヒアイスは咳払いを一つすると、覚悟を決めたように口を開いた。
「我々は、この帝国の現状を深く憂いております。貴族たちの派閥争い、蔓延する汚職、硬直化した官僚制度……。このままでは帝国は内側から腐り落ちてしまうでしょう」
彼の言葉に、他の者たちも力強く頷く。彼らの感情は「憂国」「憤り」といった純粋なもので満ちていた。

「我々は帝国を改革したい。ですが、我々には力がありません。腐敗した大貴族たちの権力構造を打ち破る力がないのです」
キルヒアイスは、アッシュの赤い瞳をまっすぐに見つめた。
「だからこそ、アッシュ侯爵、あなたの力が必要なのです。あなたの常識を打ち破る発想と、不可能を可能にする実行力で、我々の旗手となっていただきたい!」

それは魂からの叫びだった。
アッシュは彼らの顔を一人一人、スキルで見定めた。彼らの感情に私利私欲の色はほとんどない。純粋に国を良くしたいという、青臭いがしかし本物の情熱があった。

(なるほど。利用価値の高い駒が、向こうから転がり込んできたか)
アッシュは内心でそう評価しながらも、表面的には彼らの情熱に応える姿勢を見せた。

彼は領地での成功体験を語り始めた。
「俺は難しいことは分からない。ただ、問題があるならその根本原因を探り、最も効率的な方法で解決する。それだけだ」
彼は領民の不満を可視化して食料問題から着手したこと、奴隷市場から身分に関係なく有能な人材を発掘したこと、強欲なギルド長から情報戦で利権を奪い取ったことなどを語った。
その一つ一つのエピソードは、既存の貴族社会の常識からはかけ離れた、しかし圧倒的な合理性に裏打ちされたものだった。

改革派の若者たちは、アッシュの話に目を輝かせて聞き入っていた。彼らが机上の空論としてしか語れなかった改革を、アッシュはたった一人で、しかも帝国の最果ての地で実践し成功させているのだ。
彼らのアッシュに対する感情が「期待」から「確信」、そして「心酔」へと変わっていく様を、アッシュは冷静に観察していた。

「素晴らしい……! まさに我々が目指すべき姿だ!」
「身分や慣習に囚われず、実力と成果だけで判断する……!」
「アッシュ侯爵こそ、我らがリーダーにふさわしい!」

会合が終わる頃には、アッシュは完全に改革派の旗手として彼らの心を掌握していた。

帰り道、セレスティアが複雑な表情でアッシュに言った。
「……あなたは本当に恐ろしい人ね。彼らの純粋な情熱さえも、あなたは自分のための駒として利用するつもりなのでしょう?」

「人聞きが悪いな」
アッシュは肩をすくめた。
「俺は彼らの望みを叶えてやる。彼らは俺の力を利用して帝国を改革できる。利害は完全に一致している。これほど健全な関係はないだろう?」

セレスティアは何も言い返せなかった。アッシュの言うことは正論だった。だが、彼のやり方には人の心を信じるという温かいものが決定的に欠けているように感じられた。

アッシュはそんな彼女の葛藤には気づかないフリをした。
彼の頭の中では、手に入れた新たな駒――改革派という、帝国の内側から敵を崩すための強力な武器をどう使っていくか、そのための冷徹な計算がすでに始まっていた。

ヴェルヘイム公爵家、そして腐敗した貴族社会という巨大な城壁。その壁を崩すための最初の槌が、今、振り下ろされようとしていた。
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