無能と蔑まれた悪役貴族、実は人の心を数値化できる最強の傀儡師でした ~感情を支配するスキルで、腐敗した帝国を裏から作り変えます~

夏見ナイ

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第七十二話:帝国宰相への道

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アッシュがヴェルヘ-イム公爵家の当主となってから数ヶ月。帝都の政治情勢は彼の存在を中心に大きく動き始めていた。

アルフォンス派の崩壊によって生まれた権力の空白を埋めるように、アッシュが旗頭となった改革派が急速にその影響力を拡大していた。キルヒアイスら有能な若手官僚たちがアッシュという強力な後ろ盾を得て、これまで大貴族たちに阻まれてきた数々の改革案を次々と帝国議会に提出し始めたのだ。

地方税制の見直し、貴族特権の一部制限、軍の装備の近代化。
それらの法案は当然ながら、既得権益にしがみつく保守派の貴族たちから猛烈な反発を受けた。

「若造が調子に乗りおって!」
「帝国の伝統を破壊する気か!」
議場ではアッシュに対する罵詈雑言が飛び交った。

だが、アッシュは少しも動じなかった。
彼は自らが築き上げた情報網を駆使して、反対派の貴族たちの弱みを一人、また一人と暴き出していった。
ある者は愛人問題のスキャンダルを新聞社にリークされ、沈黙せざるを得なくなった。
またある者は過去の不正な土地取引の証拠を突きつけられ、改革案に賛成する見返りに罪を不問にしてもらうという裏取引に応じた。

アッシュのやり方はどこまでも汚く、そして効果的だった。セレスティアは、その強引な手法に眉をひそめながらも、帝国が確実に良い方向へ変わっていく現実を認めざるを得なかった。

そして民衆は、そんなアッシュの姿を熱狂的に支持した。
「アッシュ公こそ我々の味方だ!」
「腐った貴族どもを一掃してくれ!」
彼は民衆にとって、旧態依然とした体制を打ち破るダークヒーローのような存在となっていた。

そんな状況を最も苦々しい思いで見つめていたのは、皇帝アルノルト三世だった。
彼はアッシュを帝都という鳥籠に閉じ込め、飼い慣らすつもりだった。だが、その鳥は檻の中から帝国全体を揺るがすほどの巨大な嵐を巻き起こし始めたのだ。

アッシュの影響力はもはや皇帝でさえも無視できないほどに増大していた。改革派は議会で多数を占め、軍部もセレスティアを通じてアッシュへの支持を強めている。そして何より、民衆の圧倒的な支持が彼を帝国の新たな中心人物へと押し上げていた。

皇帝の前に二つの選択肢が残された。
アッシュを反逆者として断罪し力で潰すか。
あるいは彼を帝国の中枢に迎え入れ、その力を帝国の発展のために利用するか。

前者はあまりにもリスクが高すぎた。アッシュを排除しようとすれば、帝国は大規模な内乱に陥るだろう。民衆と軍の一部までが彼に味方する可能性がある。

ならば答えは一つしかない。
皇帝はアッシュを王宮へと召喚した。

玉座の間。アッシュは数ヶ月前とは全く違う立場で皇帝の前に立っていた。もはや彼にひざまずく必要はなかった。公爵として、彼は皇帝と対等に近い立場で謁見する権利を持っていた。

「……アッシュ・フォン・ヴェルヘイム公」
皇帝は重々しく口を開いた。
「そなたが帝都に来て以来の働き、まことに見事である。帝国の淀んだ空気を一新し、新たな風を吹き込んでくれたこと、朕も高く評価しておる」

その言葉は本心からの賞賛であり、同時に自らの敗北を認める言葉でもあった。
皇帝はもはやこの若き怪物を、自分の意のままに操ることはできないと悟ったのだ。

「そこでだ」
皇帝は立ち上がった。
「朕はそなたに、帝国宰相の地位を任せたいと考えておる」

帝国宰相。
皇帝に次ぐ帝国最高の権威と実権を持つ役職。事実上、帝国の政治の全てを取り仕切る最高責任者。
その言葉に、玉座の間にいた全ての大臣たちが息を呑んだ。二十歳にも満たない若者がその地位に就くなど、前代未聞だった。

だが、アッシュの表情は変わらなかった。
彼はこの瞬間が来ることを完全に予測していた。これは皇帝がアッシュの力を認めた証であると同時に、彼に帝国の全ての責任を押し付け、失敗すれば全ての罪を着せて切り捨てるための最後の罠でもあった。

(面白い。受けて立ってやろうじゃないか、皇帝陛下)

アッシュは恭しく一礼した。
「……陛下。その大役、この若輩者の私に務まるかどうか……」
彼は一度は謙遜してみせた。

だが、その赤い瞳は真っ直ぐに皇帝を見据えていた。
「しかし、陛下がそれほどまでに私を信頼してくださるというのなら。この身、粉骨砕身、帝国のために尽くす所存でございます」

その言葉は事実上の受諾宣言だった。
こうして、アッシュ・フォン・ヴェルヘイムは帝国の歴史上最年少で帝国宰相の地位に就くことになった。

追放された罪人が、わずか一年足らずで帝国の頂点へと上り詰めた。
そのニュースは帝国全土を駆け巡り、人々を驚愕させた。

宰相就任の日。アッシュは宰相の執務室の窓から、帝都の街並みを見下ろしていた。
彼の復讐は終わった。
そして彼が望んだ安楽な生活への道は、今、目の前に開かれたはずだった。

だが、彼の心は晴れやかではなかった。
宰相として彼はこれから、この巨大な帝国の全てを背負わなければならない。それは安楽とは最も程遠い生き方だった。

彼の脳裏に、ヴァイスラントのあの小さな温室の双葉が浮かんだ。
あのささやかな喜びをもう一度手にすることはできるのだろうか。

彼の戦いは終わってはいなかった。
むしろ本当の戦いは、これから始まるのかもしれない。
帝国という巨大で、複雑で、そして病んだ巨人を相手取る、孤独な戦いが。

アッシュは静かにため息をついた。
帝国宰相としての最初の一日が、始まろうとしていた。
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