無能と蔑まれた悪役貴族、実は人の心を数値化できる最強の傀儡師でした ~感情を支配するスキルで、腐敗した帝国を裏から作り変えます~

夏見ナイ

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第八十七話:最後の決戦へ

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王宮の喧騒は、まるで別世界の出来事のように遠ざかっていった。アッシュ、リリア、ガイウス、セレスティアの四人は夜の闇に紛れて、帝都の地下へと続く忘れ去られた道を進んでいた。

彼らが選んだ入り口は帝都の旧市街にある古い共同墓地の地下霊廟だった。そこはキルヒアイスの調査によって、最も強い魔力の流れが観測された場所の一つだった。

「……ここね」
セレスティアは霊廟の最奥にある巨大な石の扉の前に立った。扉には複雑な古代文字がびっしりと刻まれており、そこから微かな魔力の光が漏れ出している。
「古の封印魔法よ。並の魔導師では触れることさえできないわ」

彼女は目を閉じると集中力を高め、その唇から古の言葉を紡ぎ始めた。それは現代の魔法とは全く異なる、厳かで力強い響きを持つ詠唱だった。
彼女の詠唱に呼応するように、石の扉に刻まれた文字が一つ、また一つと光を放ち始める。

数分の詠唱の後、セレスティアが最後の言葉を唱え終えた瞬間。
ゴゴゴゴゴ……という地響きのような音と共に、数百年もの間閉ざされていた石の扉がゆっくりと内側へと開いていった。

扉の向こうから、ひやりとした黴臭い空気が流れ出してくる。
そして、闇の奥からはアッシュのスキルだけが感知できるおびただしい量の負の感情の奔流が、まるで嵐のように吹き付けてきていた。

「……行くぞ」
アッシュは短く告げると、躊躇なくその闇の中へと足を踏み入れた。リリアが影のようにその後に続く。ガイウスとセレスティアも覚悟を決めた表情で後に続いた。

地下遺跡の内部は彼らの想像を絶するほど広大だった。天井は遥か高く、巨大な石柱がまるで森のように林立している。壁には今では失われた古代文明の壁画が描かれ、その全てがこの場所がかつて神聖な場所であったことを物語っていた。

だが、今のこの場所は神聖さとは程遠い、おぞましい気配に満ちていた。
空気は重く澱み、耳の奥で誰かの怨嗟の声が聞こえるような錯覚に陥る。

「……なんて場所だ。ここにいるだけで精神が蝕まれそうだ」
ガイウスが苦々しい表情で呟いた。歴戦の勇士である彼でさえ、この異常な雰囲気には警戒を隠せない。

「気をつけて。アウグストの言っていた通りなら、この先に最初の試練があるはずよ」
セレスティアが杖を構えながら警告する。

一行は巨大な通路を警戒しながら進んでいく。
そして、しばらく歩いた先で彼らは一つの広大な広間へとたどり着いた。
その広間は奇妙な構造をしていた。無数の柱が乱立して視界を遮っている。そして、足元には常にうっすらと霧が立ち込めており、数メートル先さえも見通すことができない。

「……来たな」
アッシュは足を止めた。彼のスキルが、この空間に満ちる特殊な魔力の流れを捉えていた。それは人の精神に直接干渉する悪質な幻惑魔法だった。

『第一の試練、疑心暗鬼の回廊』

アッシュがその名を口にした瞬間、仲間たちの間に異変が起きた。

「……ガイウス殿。なぜ剣に手を?」
セレスティアが警戒に満ちた声でガイウスに問いかけた。
「……いや。お主こそ、なぜ杖をこちらに向ける」
ガイウスもまた険しい表情でセレスティアを睨みつけている。

二人の感情がスキルによってアッシュに表示される。
セレスティア:「不信:70」「警戒:80」
ガイウス:「疑念:75」「敵意:60」

この回廊の霧には人の心に潜む僅かな疑いや不安を増幅させ、仲間同士を争わせる効果があったのだ。
彼らは互いが『奈落の蛇』の術によって操られた裏切り者ではないかと疑い始めていた。

「やめろ、二人とも!」
アッシュが叫ぶが、その声は彼らに届いていないようだった。
「あなたもよ、リリア! その剣をなぜ私に向けるの!」
セレスティアの矛先はアッシュの隣に立つリリアにまで向けられた。
リリアは困惑したように主とセレスティアの顔を交互に見ている。彼女の心にも微かな「混乱」が生まれ始めていた。

このままでは内側から崩壊する。
アッシュは即座に決断した。

「リリア!」
アッシュはリリアの手を強く握った。
「俺の目だけを見ろ。他の誰の声も聞くな。俺だけを信じろ」

「……はい、アッシュ様」
リリアはこくりと頷いた。彼女のアッシュに対する絶対的な「信頼」は、この回廊の魔術でさえ揺るがすことができなかった。

アッシュは次に、精神が崩壊しかけているセレスティアとガイウスに向き直った。
「二人とも、よく聞け!」
アッシュの声が魔力を帯びて広間に響き渡った。
「お前たちが見ているものは幻だ! 敵の術中にはまっている! 思い出せ! 我々が何のためにここへ来たのかを!」

彼はスキル【感情経済】を、これまでとは全く違う形で応用した。
彼は自らの内なる「信頼」と「決意」の感情を意図的に増幅させ、その感情の波動を声に乗せて二人へとぶつけたのだ。

「セレスティア! お前は帝国の正義を守るためにここにいるのだろう! その剣を仲間に向けることがお前の正義か!」
「ガイウス! お前は辺境の民を守るために再び剣を取ったはずだ! その誇りをこんな幻に売り渡すのか!」

アッシュの魂からの叫びが、二人の精神の奥深くへと突き刺さる。
二人の肩がわななくと震えた。その瞳に浮かんでいた疑心暗鬼の霧が少しずつ晴れていく。
「……あ……アッシュ公……?」
「……私は、何を……」

二人の感情から「不信」と「敵意」が消え、代わりに強い「自己嫌悪」と「混乱」が浮かび上がった。
「今は自分を責めている場合ではない。行くぞ」
アッシュはまだ完全に術から抜けきれていない二人を促し、リリアと共に霧の回廊の奥へと進み始めた。

彼らは互いの体をロープで結び、決して離れないようにして慎重に進んでいく。
時折、霧の中から仲間を罵る声や裏切りを唆す囁きが聞こえてくる。だが、アッシュがその都度強い言葉で彼らの意識を現実に引き戻した。
彼のスキルがこの試練を突破するための唯一無二の羅針盤となっていた。

長い、精神をすり減らすような行軍の末、一行はついに霧の晴れた場所へとたどり着いた。
目の前には巨大な黒曜石でできた、禍々しい門がそびえ立っていた。

第一の試練は突破した。
だが、彼らの表情に安堵の色はなかった。
門の向こうから地獄の底から響いてくるような、巨大な獣の咆哮が聞こえてきていたからだ。
第二の試練が彼らを待ち受けていた。

最後の決戦はまだ始まったばかり。
帝国の地下深くで、四人の英雄たちの孤独で壮絶な戦いが続いていた。
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