異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

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第10話:流れ者の実力者

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アシュフォード領の再生は、着実に軌道に乗っていた。
新農法による食料増産。石鹸による衛生革命。そして醤油と味噌がもたらした食文化の革命。領地は活気づき、人々の顔には希望の色が戻りつつあった。
だが、光が強くなれば、影もまた濃くなる。
豊かさの噂は風に乗って広がり、近隣の村や街から、多くの人々がアシュフォード領を目指してやってくるようになった。仕事を求める真面目な者もいれば、行商人として商機を嗅ぎつけた者もいる。人が増え、物が動けば、経済は活性化する。それは喜ばしいことだった。
しかし、その流れに乗じて、好ましからざる者たちが紛れ込んでくるのも、また世の常だった。
「最近、領内で揉め事や小さな盗みが頻発していると聞く」
父アルフォンスは、夕食の席で憂鬱そうに言った。
「よそ者が増えたせいだろう。見知らぬ顔ばかりで、誰が何者やら。治安の維持が追いつかん」
俺もその問題には気づいていた。豊かさは、妬みや欲望の対象にもなる。特に、一連の改革の中心にいる俺自身が、いつ悪意の標的になってもおかしくない。俺一人がどうなろうと構わない。だが、リリアナや家族に危険が及ぶことだけは、絶対に避けなければならなかった。
護衛が必要だ。信頼できる、確かな腕を持つ人間が。
そう考えていた矢先のことだった。
一人の男が、アシュフォードの屋敷の門を叩いた。

報告を受けて俺が向かうと、門の前には見知らぬ男が一人、佇んでいた。
年は三十代半ばくらいだろうか。鍛え上げられた屈強な体躯に、着古した革鎧。腰に差した長剣は、派手な装飾こそないが、柄も鞘も使い込まれて持ち主の実力を物語っている。日に焼けた顔には、眉を横切るように古い傷跡が走り、一見すればただの腕利きの傭兵か、あるいは単なるごろつきにしか見えない。
男は俺の姿を認めると、無骨な仕草で片膝をついた。
「俺はバルガスと申します。こちらで腕利きの剣士を雇っていると聞き、参上いたしました」
その声は、見た目に似合わず落ち着いていた。
「なぜ、こんな辺境の領地に? 王都やもっと大きな商業都市へ行けば、稼ぎの良い仕事はいくらでもあるだろう」
俺の問いに、バルガスは自嘲気味に口の端を上げた。
「俺は、王国の騎士団を不名誉除隊になった身でしてね。表舞台では、まともな仕事にはありつけんのです。日々の糧と、雨風をしのげる寝床さえあれば、どんな仕事でもやるつもりで来ました」
なるほど、ワケありか。父や兄たちが、素性の知れない流れ者を雇うことに難色を示すのも無理はなかった。
だが、俺は彼の目に惹きつけられた。
その瞳は、世を拗ねたごろつき特有の濁った光ではなかった。深い絶望と諦念の奥に、いまだ消えぬ実直な光が、静かに宿っているように見えた。
俺は決めた。この男を試してみよう、と。
「腕を見せてもらおうか。屋敷の兵士と手合わせをしろ」

屋敷の訓練場には、父や兄たちも不安げな顔で見物に来ていた。
バルガスの相手を務めるのは、アシュフォード家に仕える兵士の中で最も腕が立つと言われている男だ。しかし、結果は一瞬で決した。
木剣を手にしたバルガスは、相手の攻撃を紙一重でかわし、カウンターで胴に一撃を入れる。その動きには一切の無駄がなく、明らかに騎士団で叩き上げられた本物の剣技だった。兵士は為す術もなく、地面に崩れ落ちた。
訓練場がどよめく。
「次は、俺が相手だ」
俺がそう言うと、どよめきは困惑に変わった。
「リオ、何を考えている! お前が敵う相手ではないぞ!」
父が慌てて止めようとするが、俺はそれを手で制した。
「バルガス殿。ルールは簡単だ。あんたが俺の体に、この木剣を一度でも当てることができたら、あんたの勝ち。もし一度も当てられずに俺に触れられたら、あんたの負けだ。どうだ?」
無茶苦茶な条件だ。バルガスは眉をひそめて戸惑っていたが、やがて静かに頷いた。
俺は木剣を構えず、ただ自然体でバルガスの前に立つ。
手合わせが始まった。バルガスは手加減しながら、しかし鋭い踏み込みで打ちかかってくる。
俺はその動きを、前世の知識を総動員して見切っていた。ボクシングのフットワーク、剣道の相手の中心を取る動き。それらを組み合わせ、最小限の動きで攻撃をかわしていく。
バルガスの表情から、次第に余裕が消えていった。子供相手に、攻撃が全く当たらない。彼のプライドが、それを許さなかったのだろう。
剣速が上がる。打ち込みが、より鋭くなる。
だが、俺には彼の次の動きが手に取るように読めた。筋肉の収縮、重心の移動、視線の先。それらが全て、次の一手を予測する情報となる。
そして、彼が大きく踏み込んで渾身の一撃を放った瞬間。
俺はその懐に、滑り込むように飛び込んだ。
空を切る木剣。その風圧が髪を揺らす。
俺の右手は、驚きに見開かれたバルガスの胸元に、そっと触れていた。
「俺の、勝ちだな」
訓練場は、水を打ったように静まり返っていた。誰もが、目の前で起きたことが信じられないという顔をしていた。
バルガスは呆然としたまま、俺の顔を見つめていた。
俺は彼の圧倒的な実力と、同時に、子供相手に最後まで本気で打ち込める誠実さ。そして何より、俺を傷つけようという殺気が一切なかった彼の心根を見抜いていた。
この男は、信じるに値する。

俺は父の反対を押し切り、バルガスの採用を即決した。
「父上、この男は本物です。我々には、彼の力が必ず必要になります」
俺はバルガスに向き直り、破格の条件を提示した。
「単なる兵士ではない。俺個人の護衛、そして将来設立する領地軍の教官として、お前を雇いたい。相応の給金と、屋敷内に個室も用意する」
バルガスの目が、驚きに見開かれた。
「なぜだ……。俺は、騎士団を追い出された落ちこぼれだぞ。素性も深く聞かずに、こんな破格の条件を提示するなんて、正気か」
俺はまっすぐに彼の目を見て、微笑んだ。
「過去に何があったかは興味ない。俺が見ているのは、あんたのその腕と、その目だ。俺はあんたを信じる。だから、あんたも俺を信じて、その剣を貸してはくれないか?」
俺の言葉に、バルガスはしばらく黙り込んでいた。彼の頑強な肩が、わずかに震えているように見えた。
やがて彼は、錆びついた機械が動くように、ゆっくりと俺の前に深く膝をついた。
その額が、地面につくほどに。
「……リオ様」
絞り出すような、掠れた声だった。
「このバルガス、これまでの人生で、誰からもこのような言葉をかけていただいたことはありませんでした。このご恩、この剣と、この命に代えて、必ずやお返しいたします」
その誓いは、ただの言葉ではなかった。
絶望の淵にいた一人の剣士が、新たな主君を見出し、魂の底から忠誠を誓った瞬間だった。
こうして、俺の傍らには最強の剣が立つことになった。
頼れる相棒を得たアシュフォード領の革命は、これでまた一つ、大きな推進力を手に入れたのだ。
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