異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

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第12話:回る水車は富の象徴

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新農法の成功によって、アシュフォード領はかつてない豊作に沸いていた。黄金色に輝く小麦の山は、民の心を安堵させ、冬への不安を払拭するには十分すぎた。
しかし、新たな問題がすぐに浮上した。
収穫した小麦を、処理しきれないのだ。
この領地には、川沿いに古びた水車小屋が一つあるだけ。その水車が一日中回り続けても、製粉できる小麦の量には限りがある。残りは各家庭で石臼を使って手で挽くしかないが、その労力は膨大で、全ての収穫物を粉にする前に、品質が落ちてしまう恐れがあった。
せっかくの豊作も、このままでは宝の持ち腐れだ。
「どうしたものか……人手を増やして交代で石臼を挽かせるしかあるまい」
父アルフォンスは、うず高く積まれた小麦の袋を前に、頭を悩ませていた。
その横で、俺は静かに決意を固めていた。
必要なのは人海戦術ではない。根本的な、生産能力の向上だ。
俺の視線は、川の流れの先にある古びた水車小屋へと向けられていた。

翌日、俺はバルガスを伴い、問題の水車小屋を視察した。
水車小屋の中は、粉塵と湿気でむせ返るようだった。ギシギシと頼りない音を立てて回る巨大な木製の水車。その回転は弱々しく、一つの石臼をのろのろと動かすのがやっとという有り様だ。
「ひどいな、これは」
俺は思わず呟いた。問題点は一目瞭然だった。
まず、水車の形式が原始的すぎる。水の流れが車輪の下半分に当たることで回る「下掛け水車」だ。これでは、水の運動エネルギーのほんの一部しか力に変えられていない。
さらに、その回転を石臼に伝える歯車の仕組みが、あまりにも稚拙だった。同じ大きさの歯車が噛み合っているだけで、エネルギーのロスが大きすぎる。
「バルガス、親方たちを呼んできてくれ。鍛冶屋の親方と、大工の棟梁だ」
俺は懐から羊皮紙と炭を取り出し、その場で新しい水車の設計図を描き始めた。

集まった職人たちは、俺が広げた設計図を見て、一様に困惑の表情を浮かべた。
「リオ様、これは……一体?」
大工の棟梁が、複雑怪奇な図面を指差して尋ねる。
「新しい水車だ。これがあれば、製粉の能力は今の十倍以上になる」
俺の言葉に、職人たちはざわめいた。
俺は設計の要点を説明していく。
「まず、水路を新しく作り、水を今よりずっと高い場所から水車の上に落とす。こうすることで、水の重さそのものを力に変えるんだ。これを『上掛け式』という」
「次に、歯車だ。見ての通り、大きさの違う歯車をいくつも組み合わせる。小さな歯車の速い回転を、大きな歯車でゆっくりだが力強い回転に変えるんだ。そうすれば、一つの水車でいくつもの石臼を同時に動かせるようになる」
俺の説明を聞いても、職人たちの困惑は解けないようだった。
「高いところから水を……そんな大掛かりな水路、どうやって作るんですかい」
「こんなに細かい歯車、我々の腕で正確に作れるかどうか……」
無理もない。彼らの経験則を遥かに超えた設計だ。
俺は無言で立ち上がると、近くにあった木材の切れ端と小刀を手に取った。そして、その場で大小二つの歯車の模型を削り出す。
それを組み合わせて、小さな歯車を指で回してみせる。俺が指で一回転させる間に、噛み合った大きな歯車は、ゆっくりと、しかし確かな力強さを持ってわずかに動くだけだ。
「これが、力の変換だ。小さな力で大きなものを動かすための知恵。俺たちの新しい水車は、この仕組みを何重にも組み合わせたものになる」
俺の実演と、熱意のこもった説明に、職人たちの目の色が変わっていくのが分かった。不可能だという諦めが、挑戦してみたいという職人魂の光へと変わっていく。
鍛G冶屋の親方が、腕を組んで唸った。
「……なるほどな。理屈は分かった。面白い。実に面白いじゃねえか」
大工の棟梁も、深く頷いた。
「リオ様がそこまで言うなら、やってみようじゃありませんか。わしらの腕が、どこまで通用するか。試してみるのも一興だ」
こうして、アシュフォード領の技術の粋を集めた、一大プロジェクトが始動した。

建設作業は困難を極めた。
川の上流に堰を作り、そこから水車小屋まで、精密な角度計算に基づいた木製の水路を建設する。少しでも勾配が狂えば、水の力は半減してしまう。
水車本体の組み立ては、まさに巨大な立体パズルだった。大工たちがミリ単位で木材を加工し、組み上げていく。
そして、最も難航したのが、心臓部である歯車機構の製造だった。
硬い木材を寸分の狂いなく削り、滑らかに噛み合うように調整する。鍛冶屋は歯車の軸となる鉄芯を打ち、強度を高めるための金具を作った。
俺自身も、毎日現場に足を運び、泥と木屑にまみれながら職人たちと共に汗を流した。バルガスは俺の護衛をしながら、その屈強な腕力で重い木材を運ぶのを手伝ってくれた。
リオ様がここまでやるのなら、俺たちも。
そんな一体感が、現場には満ちていた。
数週間の苦闘の末、ついに新型水車はその威容を現した。
以前の倍はあろうかという巨大な水車。そして、小屋の中には複雑かつ精巧に組み上げられた歯車の群れ。それはもはや機械というより、一つの芸術作品のように見えた。

完成の日には、噂を聞きつけた領民たちが大勢、川岸に集まっていた。
俺の合図で、水路の堰が切られる。
ゴウという音と共に、大量の水が水路を流れ下り、巨大な水車の上へと降り注いだ。
一瞬の静寂。
そして、ギ、ギギ……という軋み音の後、巨大な水車が、以前とは比べ物にならないほど力強く、そして驚くほど滑らかに回転を始めた。
「おおおお!」
領民たちから、割れんばかりの歓声が上がった。
俺は職人たちと共に、水車小屋の中へ駆け込んだ。そこでは、信じられない光景が繰り広げられていた。
主軸の回転が、大小の歯車に次々と伝達されていく。ガション、ガションと、力強い金属音を響かせながら、四つある石臼が、全て同時に、高速で回転しているのだ。
「すげえ……本当に動いてる……」
大工の棟梁が、自分の仕事を信じられないといった様子で呟く。
「小麦を入れろ!」
俺の号令で、農夫が小麦の袋を石臼の投入口へと流し込む。
すると、どうだろう。
これまで何時間もかかっていた量の小麦が、まるで水が砂に吸い込まれるように石臼に吸い込まれ、その出口からは、真っ白でキメの細かい小麦粉が、滝のように流れ出してきた。
処理能力は、計算通り、いや、それ以上だった。
「やったぞ! これでいくらでも粉が挽ける!」
「もう夜通し石臼を回さなくてもいいんだ!」
歓喜の声が、小屋の中に満ち溢れた。この力強く回る水車は、単なる機械ではない。それは領地の豊かさを象徴し、人々の生活を楽にする、希望の象徴だった。

俺は力強く回り続ける水車を見ながら、満足げに微笑んでいた。
食料、衛生、そして動力。
領地発展の三本の柱が、これでようやく揃った。この回転力は、製粉だけではない。鍛冶場の鞴を動かし、製材機を回し、様々な産業の動力源として応用できる。アシュフォード領の産業の夜明けは、もうすぐそこだ。
だが、俺の思考はすでに次の段階へと移っていた。
この豊かさを、どうやって外に売っていくか。領地の富をさらに増大させるための、新たな特産品は何にすべきか。
俺の脳裏に、砂と石灰から生まれる、透明な宝石のイメージが浮かび上がっていた。
この世界の誰もが見たことのない、光の芸術。
ガラス。
次なる目標は、それに決まっていた。
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