異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

文字の大きさ
14 / 118

第14話:招かれざる令嬢

しおりを挟む
アシュフォード領で生まれた数々の奇跡は、噂となって風のように広がっていった。
初めは、近隣の村々の間で囁かれる小さな噂だった。
「アシュフォードの領地へ行けば、腹一杯食えるらしい」
「病が治る魔法の石があるそうだ」
その噂は行商人たちの口を介して、さらに大きな街へと運ばれていく。噂は尾ひれがつき、次第に具体的な形を取り始めた。
「アシュフォードには『セッケン』という汚れを落とす魔法の石がある。その洗浄力は驚くべきもので、疫病を遠ざける力があるという」
「『ショーユ』とかいう黒いソースがあってな。それを一滴垂らすだけで、どんな肉も極上の味に変わるそうだ」
そして、極めつけはガラスの噂だった。
「アシュフォードでは、砂から宝石を作っているらしい。向こう側が完全に透けて見える、奇跡の板だとか」
そんな馬鹿げた話があるものか。ほとんどの者は、噂を一笑に付した。
だが、賢明な商人や好奇心旺盛な者たちは、その噂の出所に確かな熱気を感じ取っていた。アシュフォード領から帰ってきた者たちの目が、皆一様に興奮で輝いていたからだ。
真偽を確かめるため、あるいは新たな商機を掴むため、アシュフォード領を目指す人々の流れは、日増しに太くなっていった。かつては地図の隅に追いやられた寂れた辺境は、今や大陸で最も熱い視線が注がれる場所の一つとなりつつあった。
その噂は、遠く王都にまで届いていた。
そして、一人の令嬢の運命を、大きく動かすことになろうとは、まだ誰も知らなかった。

王都ヴァイス伯爵邸。エリアーナ・フォン・ヴァイスは、自室の窓から華やかな王都の街並みを、冷めた目で見下ろしていた。
彼女はその美貌と、歳に似合わぬ怜悧な頭脳で、王都の社交界でも一目置かれる存在だった。だが、彼女の心は常に凍てついた湖のように静かで、冷え切っていた。
父であるヴァイス伯爵にとって、彼女は家の価値を高めるための道具でしかなかった。美貌は、より高い地位の男を釣るための餌。知性は、家の財産を管理させるための便利な機能。彼女自身の意思や未来など、そこには一片たりとも存在しなかった。
そして今、その道具としての価値を最大限に発揮する時が来ていた。
「エリアーナ、良い知らせだ。お前と、マリウス公爵家の嫡男との縁談がまとまったぞ」
父の言葉は、エリアーナにとって死刑宣告に等しかった。
マリウス公爵家といえば、王国内でも指折りの権勢を誇る大貴族だ。だが、その嫡男が色欲に溺れた無能な男であることは、王都では有名な話だった。そんな男に嫁ぐなど、考えるだけで吐き気がする。
彼女は必死に抵抗したが、父は聞く耳を持たなかった。
「家のための決定だ。お前に拒否権はない」
絶望的な状況。だが、エリアーナはただ泣き寝入りするような女ではなかった。彼女は自らの頭脳を武器に、反撃の機会を窺っていた。
そんな時、彼女の耳にアシュフォード領の奇妙な噂が届いたのだ。
魔法の石。黒いソース。透き通る板。
にわかには信じがたい話だった。だが、もしそれが事実なら。あるいは、事実でなくとも、そこには何かがあるはずだ。
彼女は、これを現状を打破するための口実に利用しようと考えた。
エリアーナは父の元へ赴き、こう進言した。
「お父様。結婚の前に、私に一つお役目を与えてください。最近、噂になっている辺境のアシュフォード領。その実態を、この目で確かめて参りたいのです。もしあの噂が真実で、新たな利権が眠っているのなら、それはヴァイス家にとっても大きな利益となるはずです」
辺境視察。それは、結婚までの時間を稼ぐための、苦肉の策だった。
父は娘の提案に一瞬訝しげな顔をしたが、利権という言葉に目がくらんだのだろう。あっさりと許可を出した。
こうしてエリアーナは、数人の供回りと立派な馬車を与えられ、王都を発った。
彼女の心は、辺境への期待など微塵もなかった。
(辺境の貧乏子爵など、どうせ野蛮で垢抜けない田舎者でしょう。噂も、どうせ大げさなものに決まっているわ)
視察はただの建前。その間に、この結婚から逃れるための別の策を練る。彼女の頭の中は、そのことで一杯だった。

数週間の旅の末、エリアーナの馬車はついにアシュフォード領の入り口にたどり着いた。
彼女は馬車の窓から、うんざりした気分で外を眺めた。これから始まる退屈な田舎芝居を想像し、ため息をつく。
だが、その目に映った光景に、彼女はわずかに眉をひそめた。
想像していたような、寂れた寒村の姿はどこにもなかった。
道は綺麗に整備され、両脇の畑は豊かに実っている。道を行き交う人々は、粗末な身なりではあるが、その顔には活気があった。遠くに見える川沿いには、巨大な水車が力強く水をかき分け、ゴウンゴウンと低い音を響かせている。
(……見かけだけは、少しマシなようね)
エリアーナは、自尊心が傷つけられるのを防ぐように、心の中で呟いた。
やがて、馬車は領主の屋敷に到着した。
建物自体は古く、王都の貴族の屋敷と比べれば、別荘ほどの規模しかない。だが、隅々まで手入れが行き届いており、清潔な印象を受けた。
出迎えたのは、当主であるアルフォンス子爵と、その息子だという少年だった。
「ようこそお越しくださいました、エリアーナ様。私が当主のアルフォンス・アシュフォードです。そして、こちらが三男のリオです」
エリアーナは、リオと名乗った少年を見て、内心でさらに侮りを深くした。年は十歳そこそこだろうか。プラチナブロンドの髪と青い瞳を持つ、人形のように整った顔立ちの子供。こんな子供が、領地改革の中心人物だというのか。
(やはり、噂は全くのでたらめだったようね)
彼女は貴族令嬢としての完璧な笑みを浮かべ、挨拶を返した。
「ご丁寧な出迎え、感謝いたします。ヴァイス伯爵家が娘、エリアーナと申します」
屋敷の中に通され、応接室へと案内される。
そして、その部屋に足を踏み入れた瞬間。
エリアーナは、呼吸を忘れた。
彼女の視線は、部屋の壁に備え付けられた大きな窓に釘付けになっていた。
窓。
だが、それは彼女が知る窓ではなかった。粗末な木の板をはめ込んだものでも、分厚く歪んだガラスもどきが嵌められたものでもない。
そこには、まるで何も存在しないかのように、完璧に「透明なガラス」がはめ込まれていた。
ガラスの向こうには、屋敷の庭の風景が、一切の歪みなく、鮮明に見えている。窓から差し込む陽光は、部屋の床に、くっきりとした光の四角形を描き出していた。
嘘だ。
ありえない。
王都の王城でさえ、これほど完璧なガラスは存在しない。あれは国家の至宝として、厳重に管理されているはずの代物。それがなぜ、こんな辺境の、貧乏子爵の屋敷に、当たり前のように使われているというのか。
彼女の常識が、価値観が、ガラガラと音を立てて崩れていく。
震える視線を、目の前の少年に戻す。
少年は、ただ静かに、全てを見通すような澄んだ青い瞳で、こちらを見ていた。
この子供は、一体何者だ。
この領地で、一体何が起きているというの。
エリアーナは、自分がとんでもない場所に来てしまったことを、ようやく悟った。
辺境視察は、退屈な時間稼ぎなどではなかった。それは、彼女の人生を根底から揺るがす、運命の始まりだったのだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

《完結》当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!

犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。 そして夢をみた。 日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。 その顔を見て目が覚めた。 なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。 数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。 幼少期、最初はツラい状況が続きます。 作者都合のゆるふわご都合設定です。 日曜日以外、1日1話更新目指してます。 エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。 お楽しみ頂けたら幸いです。 *************** 2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます! 100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!! 2024年9月9日  お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます! 200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!! 2025年1月6日  お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております! ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします! 2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております! こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!! 2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?! なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!! こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。 どうしよう、欲が出て来た? …ショートショートとか書いてみようかな? 2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?! 欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい… 2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?! どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…

なんだって? 俺を追放したSS級パーティーが落ちぶれたと思ったら、拾ってくれたパーティーが超有名になったって?

名無し
ファンタジー
「ラウル、追放だ。今すぐ出ていけ!」 「えっ? ちょっと待ってくれ。理由を教えてくれないか?」 「それは貴様が無能だからだ!」 「そ、そんな。俺が無能だなんて。こんなに頑張ってるのに」 「黙れ、とっととここから消えるがいい!」  それは突然の出来事だった。  SSパーティーから総スカンに遭い、追放されてしまった治癒使いのラウル。  そんな彼だったが、とあるパーティーに拾われ、そこで認められることになる。 「治癒魔法でモンスターの群れを殲滅だと!?」 「え、嘘!? こんなものまで回復できるの!?」 「この男を追放したパーティー、いくらなんでも見る目がなさすぎだろう!」  ラウルの神がかった治癒力に驚愕するパーティーの面々。  その凄さに気が付かないのは本人のみなのであった。 「えっ? 俺の治癒魔法が凄いって? おいおい、冗談だろ。こんなの普段から当たり前にやってることなのに……」

赤ん坊なのに【試練】がいっぱい! 僕は【試練】で大きくなれました

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はジーニアス 優しい両親のもとで生まれた僕は小さな村で暮らすこととなりました お父さんは村の村長みたいな立場みたい お母さんは病弱で家から出れないほど 二人を助けるとともに僕は異世界を楽しんでいきます ーーーーー この作品は大変楽しく書けていましたが 49話で終わりとすることにいたしました 完結はさせようと思いましたが次をすぐに書きたい そんな欲求に屈してしまいましたすみません

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

14歳までレベル1..なので1ルークなんて言われていました。だけど何でかスキルが自由に得られるので製作系スキルで楽して暮らしたいと思います

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕はルーク 普通の人は15歳までに3~5レベルになるはずなのに僕は14歳で1のまま、なので村の同い年のジグとザグにはいじめられてました。 だけど15歳の恩恵の儀で自分のスキルカードを得て人生が一転していきました。 洗濯しか取り柄のなかった僕が何とか楽して暮らしていきます。 ------ この子のおかげで作家デビューできました ありがとうルーク、いつか日の目を見れればいいのですが

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

才がないと伯爵家を追放された僕は、神様からのお詫びチートで、異世界のんびりスローライフ!!

にのまえ
ファンタジー
剣や魔法に才能がないカストール伯爵家の次男、ノエール・カストールは家族から追放され、辺境の別荘へ送られることになる。しかしノエールは追放を喜ぶ、それは彼に異世界の神様から、お詫びにとして貰ったチートスキルがあるから。 そう、ノエールは転生者だったのだ。 そのスキルを駆使して、彼の異世界のんびりスローライフが始まる。

処理中です...