異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

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第23話:魔力と熱量保存の法則

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シルフィが心を開いてから、俺の開発室は第二の教室と化した。
先生はもちろんシルフィ。そして生徒は、知的好奇心に満ちた俺一人。俺は彼女に、魔法という名の新しい科学の基礎を、一から教えてもらうことにしたのだ。
「それで、シルフィ先生。まず何から始めましょうか」
俺がおどけて言うと、シルフィは少し困ったように首を傾げた。
「ええと……魔法って言っても、何を教えればいいのか……。私たちは、ただこう……念じるだけだから」
「念じる、か。なるほど」
やはり、彼女たちにとって魔法は呼吸をするのと同じ、あまりにも感覚的な行為らしい。ならば、こちらから具体的な課題を与え、その現象を観察していくのが近道だろう。
俺はテーブルの上に、水の入った木製のカップを置いた。
「じゃあ、最初の授業はこうだ。このカップの水を、少しだけ温めてみてくれないか」
「え、そんなことでいいの?」
「ああ、それが一番分かりやすい」
シルフィは不思議そうな顔をしながらも、カップに向かってそっと手をかざした。彼女は目を閉じ、何かに集中している。その瞬間、彼女の体から、リリアナが言っていた淡い緑色の光の粒子が、ふわりと立ち上るのが見えた。
数秒後。シルフィが目を開けた。
「……できたと思う」
俺はカップに指を入れてみた。驚いたことに、ただの冷たい水だったものが、ぬるま湯程度の心地よい温度に変わっている。
「すごいな。本当に温かくなっている」
「ふふん。これくらい、簡単だよ」
褒められたシルフィは、少しだけ得意げに胸を張った。その姿は、森で出会った時の険しい表情とは別人のように、歳相応の少女の愛らしさがあった。
俺は彼女の様子を観察しながら、重要な点に気づいた。
魔法を使った後のシルフィは、ほんのわずかだが、疲れたような、気だるい表情を浮かべている。
「シルフィ、一つ聞かせてくれ。魔法を使うと、疲れるのか?」
「疲れる、というのとは少し違うかな。うーん……」
彼女は適切な言葉を探すように、しばらく考え込んでいた。
「少しだけ、お腹が空くような感じがする。たくさん魔法を使うと、もっとお腹が空く」
お腹が空く。
その言葉が、俺の頭の中の回路を繋いだ。
「それだ!」
俺は思わず声を上げた。シルフィは俺の突然の行動にビクリと肩を震わせる。
俺は羊皮紙を広げ、炭ペンを走らせながら、興奮気味に説明を始めた。
「シルフィ、よく聞いてくれ。この世界には、おそらく絶対的な法則がある。それは『エネルギーは、何もないところからは生まれない』という法則だ」
「えねるぎー?」
聞き慣れない言葉に、シルフィは小首を傾げる。
「ああ。例えば、この水を温めた熱。これもエネルギーの一種だ。この熱エネルギーは、突然このカップの中に湧いて出たわけじゃない。必ず、何か別のものが形を変えて、熱になったはずなんだ」
俺はシルフィの目をまっすぐに見つめた。
「君が『お腹が空く』と感じたもの。それこそが、熱エネルギーに変換された、元のエネルギーの正体なんだよ」
俺の言葉に、シルフィは目を丸くした。自分の感覚的な行為が、理路整然とした言葉で説明されていく。それは彼女にとって、初めての経験だった。
「君の体の中には、魔法を使うための特別な『燃料』のようなものが蓄えられているんだ。君が魔法を使うたび、その燃料が消費され、熱や光、あるいは君が斧を弾いた時のような力に変わる。俺は、その燃料のことをこう名付けたい」
俺は羊皮紙に、はっきりと書き記した。
『魔力(マナ)』と。
「君の中に眠る、奇跡の力の源。それがマナだ。君がお腹が空くのは、マナが減ったからに他ならない」
シルフィは、呆然としたまま、羊皮紙に書かれた「魔力」という文字と、俺の顔を交互に見ていた。
「私の……中の……燃料……」
「そうだ。もっと詳しく調べるために、もう一つ実験をさせてくれないか」
俺は彼女の手を取り、その手のひらを上に向かせた。
「今度は、この手のひらに光を灯してみてほしい。できるだけ長く、同じ明るさを保ったままで」
シルフィはこくりと頷き、再び目を閉じた。
彼女の手のひらの上に、柔らかな光の玉が、ぽっと灯る。それはまるで、小さな太陽のようだった。
一分、二分と時間が過ぎていく。シルフィの額には、うっすらと汗が滲み始めた。呼吸も少しだけ荒くなっている。
やがて五分が経過した頃、光は不意に揺らめき、ふっと消えた。
「はぁ……はぁ……つ、疲れた……」
シルフィは、その場にへたり込むように座り込んだ。その疲労度は、水を温めた時とは比較にならないほど深い。
「今度は、さっきよりずっとお腹が空いた感じがする……」
「ありがとう、シルフィ。これで仮説が証明できた」
俺は、興奮を抑えながら羊-皮紙に結論を書き記していく。
『結論:魔法とは、術者の体内に存在するエネルギー源「魔力(マナ)」を、熱や光、運動エネルギー等の別の形態のエネルギーに変換する技術である。そして、消費されるマナの量と、発生するエネルギーの総量には、明確な比例関係が存在する』
熱力学第一法則、エネルギー保存の法則。前世の科学の常識が、この世界の「魔法」という現象にも適用できることを、俺は確信した。
これで、魔法はオカルトから科学の領域へと一歩足を踏み入れたのだ。
シルフィは、床に座り込んだまま、俺が書いた羊皮紙を不思議そうに眺めていた。
「私のやってることって、そんなに難しいことなの?」
「いや、君にとっては呼吸するのと同じなんだろう。でも、俺にとっては世界で一番面白いパズルだ」
俺は彼女の前にしゃがみこみ、悪戯っぽく笑った。
「そして、このパズルを解き明かせれば、俺たちの世界はもっと面白くなる。例えば、君のマナを測る機械が作れるかもしれない。マナの消費を抑えて、もっと効率よく魔法を使う方法も見つけられるかもしれない」
「私の……マナを測る?」
「ああ。君の力を、もっとすごいことに使えるようになるってことさ」
俺の言葉に、シルフィは目を輝かせた。自分の力が、ただ森を守るためだけでなく、もっと大きな可能性を秘めている。その事実に、彼女の心は躍っていた。
恐怖の対象でしかなかった自分の力が、この男の隣にいれば、世界を良くするための希望の力に変わるかもしれない。
シルフィは、初めて会った時からずっと感じていた、リオという人間の不思議な魅力の正体を、少しだけ理解した気がした。
この人は、世界を「あるがまま」に受け入れない。常にもっと良くしようと、その知恵と情熱を燃やし続ける。
「……リオ」
「ん?」
「また、いつでも実験していいよ。私、協力する。あなたのその『ぱずる』、私も一緒に解いてみたいから」
はにかみながらそう言う彼女の笑顔は、彼女が手のひらに灯した光よりも、ずっと眩しく見えた。
こうして、異世界のプラントエンジニアと、森のエルフによる、世界初の「魔導科学」の共同研究が、本格的に幕を開けたのだった。
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