異世界デバッガー ~不遇スキル【デバッガー】でバグ利用してたら、世界を救うことになった元SEの話~

夏見ナイ

文字の大きさ
80 / 80

終章:新しい世界の日常

しおりを挟む
忘れられた神殿での最終決戦から、季節は何度か巡った。
あの激闘によって世界の崩壊は回避され、マスターAI『アルファ』は深い眠りにつき、「世界のバグ」そのものとも言うべき混沌の脅威は消滅した。俺が放った「調律エネルギー」は、世界のシステムに作用し、長年蓄積されてきた歪みを少しずつ修正し、安定化させているようだった。

王都グランフォールは、宰相派閥の失脚とエドワード王子(現在は摂政として実質的な国のトップとなっている)による改革によって、目に見えて活気を取り戻していた。腐敗した貴族は淘汰され、実力主義と公正さが重んじられる風潮が広まりつつある。魔力供給網は完全に安定し、以前のような原因不明のトラブルも報告されなくなった。街には笑顔が増え、未来への希望のようなものが、確かに感じられるようになっていた。

もちろん、全ての問題が解決したわけではない。世界のシステムには、依然として無数の「バグ」が残っているだろうし、カルト教団の残党や、夜蛇の影も、完全に消え去ったわけではない。いつかまた、新たな脅威が現れる可能性もある。

だが、それでも、世界は確かに良い方向へと変わり始めていた。そして、その変化の中心には、俺たち「王国のデバッガー」の存在があった。



「……ふぅ。今日の依頼はこれで完了、と」
俺、ユズルは、王都の一角にある小さな工房で、一つの魔道具の「デバッグ」作業を終え、息をついた。依頼主は、最近評判の若手魔道具職人。彼が開発した新しい通信機に、原因不明のノイズが入るという問題があり、その原因究明と修正を依頼されたのだ。

俺は【デバッガー】スキルで通信機の魔力回路をスキャンし、信号増幅回路の一部に設計上の「バグ」があることを発見。【コード・ライティング】で回路の動作パラメータを微調整し、さらにリリアが開発した小型のノイズフィルターを取り付けることで、問題を解決した。

「ありがとうございます、ユズル様! さすがは”奇跡の解決屋”! 私には全く原因が分かりませんでした!」
若い職人は、感動した様子で俺に深々と頭を下げた。

「いえいえ、大したことではありませんよ」俺は苦笑する。「それより、この回路設計、非常に興味深いですね。少し改良すれば、もっと効率を上げられるかもしれませんよ?」
俺は、元SEとしての知識も活かし、いくつかの改善案を彼に提案した。

「奇跡の解決屋ユズル」。いつの間にか、俺にはそんな大層な二つ名が定着してしまっていた。神殿での一件の後、俺の持つ特異な能力――物事の欠陥を見抜き、それを修正する力――は、様々な分野で頼りにされるようになったのだ。解析不能な古代遺物の鑑定、原因不明の魔道具の故障修理、難解な魔法術式のデバッグ、そして時には、複雑な人間関係や社会システムの「バグ」の発見と解決策の提案まで。

俺は、エドワード王子との密約に基づき、表向きはフリーの「魔道具コンサルタント」兼「特殊問題解決屋」として活動していた。危険な戦闘や、世界の根幹に関わるような依頼は極力避け、自分の能力を、人々の役に立つ形で、そして自分自身のスキルアップのために使う。それが、俺が見出した、この世界での新たな生き方だった。もちろん、報酬はきっちり貰うが。

工房を出ると、見慣れた白銀の鎧姿が待っていた。
「終わったか、ユズル殿」
クラウス・フォン・リンドバーグ。彼は今や、王都騎士団の中でも若きエースとして、その名を轟かせていた。エドワード王子の右腕として、騎士団の改革と王国の治安維持に辣腕を振るっている。リンドバーグ家も、彼の活躍と、俺が以前解決した問題のおかげで、かつての勢いを取り戻しつつあった。

「ええ、今終わったところです。クラウスさんこそ、今日は非番だったのでは?」

「うむ。少し時間ができたのでな。君の顔でも見ようかと思って」彼は、少し照れたように言う。「それに、報告もある」

「報告?」

「ああ。先日、君が指摘してくれた騎士団の補給システムの『バグ』……あれを修正したところ、物資の横流しを行っていた一派を摘発することができた。君のおかげで、また一つ、騎士団の膿を出すことができたぞ」

「それは良かったですね」俺は微笑む。クラウスとの連携は、今も続いているのだ。俺がシステムの「バグ」を見つけ、彼がそれを正す。まさに、表と裏からの「デバッグ」作業だ。

「今夜、時間はあるか? 久しぶりに、一杯どうだ? リリア嬢やシャロン殿も誘って」

「いいですね。賛成です」

俺たちは、連れ立って歩き出す。かつては、互いの価値観の違いから反発し合ったこともあったが、今では、互いを認め合い、支え合う、かけがえのない友人となっていた。



その夜、俺たちは、王都で評判のレストランの個室に集まっていた。俺、クラウス、リリア、そしてシャロン。久しぶりに、パーティーメンバー全員が顔を揃えた。

「かんぱーい!」
リリアの元気な声と共に、俺たちはグラスを合わせた。テーブルの上には、美味しそうな料理が並んでいる。

「いやー、それにしても、ユズルさんもクラウスさんも、すっかり王都の有名人だね!」リリアが、楽しそうに言う。「街を歩いてると、二人の噂をよく聞くよ!」

「俺はともかく、クラウスさんは本当にすごいですよ。騎士団の英雄ですからね」俺が言うと、クラウスは顔を赤くして恐縮した。
「やめてくれ、ユズル殿。私は、まだ道半ばだ。それに、君こそ、『奇跡の解決屋』として、多くの人々を助けているではないか」

「ふふ、二人とも、相変わらずね」シャロンが、優雅にワイングラスを傾けながら微笑む。「でも、確かに、あなたたちの活躍は、王都に良い変化をもたらしているわ。影の世界にも、その影響は及んでいるのよ」
彼女は、今も裏社会で活動を続けているが、その目的は、単なる情報収集や始末だけではなく、世界の「歪み」を監視し、必要に応じて介入するという、より大きなものへと変化しているようだった。彼女なりのやり方で、「デバッグ」に関わっているのだ。

「リリアさんこそ、最近はどうなんですか? 新しい魔道具の開発は?」俺は尋ねる。

「うん! それがね、すごいの!」リリアは、目を輝かせて語り始めた。「王宮の研究所で、古代の『エーテル理論』っていうのを見つけてね! それを応用したら、『調律エネルギー』を人工的に、ほんの少しだけだけど、作り出すことに成功したんだ!」

「本当ですか!?」俺とクラウス、シャロンは驚きの声を上げる。調律エネルギーの人工生成。それは、封印問題の根本的な解決に繋がるかもしれない、画期的な成果だ。

「まあ、まだ本当にちょびっとだし、安定性も全然ないんだけどね」リリアは照れ笑いを浮かべる。「でも、もっと研究を進めれば、いつか、聖域の封印を完全に安定させられるかもしれない! 私、頑張るから!」

彼女の才能と努力は、着実に未来への希望を紡ぎ出していた。

俺たちは、互いの近況を語り合い、美味しい食事とお酒を楽しんだ。かつての死闘の日々が嘘のような、穏やかで、満たされた時間。この平和な日常こそが、俺たちが守りたかったものなのだと、改めて実感する。

食事が終わり、夜空を見上げながら、俺は一人、物思いに耽っていた。
この世界は、まだ多くの「バグ」を抱えている。アルファが再び目覚める可能性も、カルト教団の残党が新たな陰謀を企む可能性も、ゼロではない。俺の【デバッガー】としての戦いは、まだ終わらないのかもしれない。

だが、それでも、絶望はない。
俺には、信頼できる仲間たちがいる。それぞれの場所で、それぞれのやり方で、この世界をより良くしようと努力している。そして、俺自身も、自分の力で、この世界の「デバッグ」に関わっていくことができる。

(……悪くない人生だな)
ブラック企業で心をすり減らしていた頃には、想像もできなかった未来。異世界転生は、俺に多くの困難をもたらしたが、それ以上に、かけがえのない経験と、仲間と、そして生きる意味を与えてくれた。

ふと、夜空に、一筋の流れ星が見えたような気がした。
それは、新たな「バグ」の予兆か、それとも、未来への希望の光か。

どちらにせよ、俺は、これからも歩き続けるだろう。
デバッガーとして、仲間たちと共に、この少しばかりバグの多い、愛すべき世界の未来を、デバッグし続けるのだ。

物語は、ここで終わりではない。
新しい世界の、新しい日常が、今、始まったのだから。

【異世界デバッガー ~不遇スキル【デバッガー】でバグ利用してたら、世界を救うことになった元SEの話~】

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

知識スキルで異世界らいふ

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ

天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。 ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。 そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。 よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。 そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。 こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。

処理中です...