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第3章
7 貴族たちからの批判
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フォルシアン公爵家のパーティーが終わり、リアムの妃候補として、私とヘレーナが選ばれてるという噂が流れた。
冬が来る前にリアムが王位継承者として指名を受けることになって、周囲の関心も高い。
「リアム様はなにを考えていらっしゃるのか」
「元妃を自分の婚約者に選ぶとは、ルーカス様への嫌がらせではないのか?」
「ヴィフレア王国最高の魔術師が、【魔力なし】を妻にするとはな」
――というように、批判がほとんどだった。
そんなわけで、王宮は式典の準備で大忙しらしく、リアムもなかなかこちらには来れないようだ。
だから、フォルシアン公爵家のパーティー以来、リアムと会っていない。
『【魔力なし】だけでなく、獣人たちも同じようにヴィフレア王国で暮せるような国を。それが俺の目指す国だ」
リアムのこの言葉で、貴族たちに反発され、嫌がらせを受けて――想像して途中でやめた。
ささやかな嫌がらせで、どうこうできるタイプではなかった。
――リアムに王になってほしい。
ヴィフレア王国を変えられるのは、リアムしかいないからだ。
――獣人のフラン、【魔力なし】のラーシュは私あの二人が大人になる頃には、堂々と胸を張って生きていけるように。
それが私の願いだった。
でも、王都の裏通りでは、獣人に対する認識は、かなり変わったと思う。
市場のからあげ店は盛況だし、傭兵ギルドのカフェは狼獣人の女の子たちが可愛いと評判で、犬耳が(狼だけど)ウケている。
働き者で、真面目な獣人たち。
彼らをもっと豊かにできたら、ヴィフレア王国と獣人国の関係は対等になり、きっと変わる。
「獣人国へ行って、話ができたらいいんですけど……」
不平等な石の取引、狼獣人以外の獣人たちの生活向上など――気になることは山ほどある。
「獣人国への旅……。旅ですか」
私が悩むのにはワケがある。
初めての旅というのもあるけど、元妃という面倒な肩書きのせいで、私が王都から出るには許可証が必要なのだ。
そうなると、王宮管轄の許可証の発行になり、ルーカス様に止められかねない。
替え玉に店を任せ、一時的に王都から抜け出す作戦も考えたけど、門で捕まったら、それこそ一大事。
『アールグレーン公爵令嬢、逮捕!』
『王都から脱走か!』
――って、なりますからね。捕まったら罪人扱いされて、ルーカス様は笑顔を浮かべて、私を王宮に幽閉ですよ。
王宮の寂しい部屋で孤独死する私。
人生の終わりまで想像できて、背筋が寒くなった。
「とりあえず、獣人国行きは保留ですね」
獣人国行きを諦め、窓際の商品を秋色のものに変更していると、狼獣人の青年が走ってくるのが見えた。
それは、マルメル一家の息子エヴェルさんだった。
フランを探しに来た雑貨店の一家で、グレーの毛並みと灰青色の瞳を持つのが特徴だ。
狼獣人の血筋によって、毛並みの色が違うと、フランから教えてもらった。
獣人国ではを雑貨店をやっていたこともあり、エヴェルさんには市場のからあげ店を任せていた。
「サーラ様! 大変です!」
「エヴェルさん? なにがあったんですか?」
息を切らせ、店に飛び込んできたエヴェルさんの様子から、ただ事ではないと思った。
二十五歳と若いけど、獣人国から旅をしていたエヴェルさんは腕がたつ。
盗賊団を追い払ったり、夜盗から旅人を守ったりと、苦難を乗り越えてきた。
だから、小さなトラブルで慌てたりしないはずだ。
エヴェルさんの声を聞きつけて、フランとラーシュも駆けつけてくる。
「突然、市場に兵士たちが現れ、店を破壊し、撤去を求めています。暴力を振るっているのを見たので、止めましたが、王宮からの命令だと言われ、それ以上のことはできませんでした」
暴力まで振るっていると聞いて、フランは顔色を変えた。
店の常連客には、市場で働く人が大勢いる。
「サーラ! おれ、様子を見に行ってくる!」
「ぼくも行きます」
「二人とも待ってください。なにが起きているか把握できていません。まずは、私が様子を見てきます。二人は店にいてください」
「けど、サーラ……」
心配そうな顔をしたフランに、私は落ち着いた態度を見せ、柄の長いハンマーを取り出した。
これはノルデン公爵家の暗殺者を撃退した時のハンマー(ニルソンさん作)である。
本当は武器じゃなく、大岩を砕く時のために作ってもらったハンマーだけど、護身用に使える。
なお、暗殺者の足場だった煙突は砂のようになり、資材を購入して修理したため、予定外の出費になったことを付け加えておく。
「どうやら、私の本気を見せる時が来ましたね」
「それ、煙突を粉々にしたハンマーだろっ! そんな物騒なものを振り回す気じゃないよな!?」
「師匠。なにを【粉砕】するつもりですか? さすがに兵士の骨を砕くのはちょっと……」
十二歳と十歳の少年に、全力で止められてしまった。
脅しのつもりで、ハンマーを手にしただけなのに、私が容赦なく敵を【粉砕】すると思われたようだ。
「えーと、それじゃあ……。リアムに連絡してもらっていいですか? 私はエヴェルさんと一緒に、市場の様子を見に行くので、二人は店を守ってください」
「まあ、それなら……」
「師匠。気を付けてくださいね」
リアムの信頼度の高さに、ちょっぴり嫉妬しつつ、エヴェルさんとともに店を出る。
「サーラ様。兵士たちと一緒にいる女性が中心になって指示をしていました。その女性が彼らのリーダーのようです」
「女性? なんだか嫌な予感がしますね。名前はわかりますか?」
「周りの兵士はへレーナ様と呼んでいました」
――やっぱり、そうでしたか。
嫌な予感が的中してしまった。
これはフォルシアン公爵家の仕返しかもしれない。
リアムの発言が気に入らず、獣人や【魔力なし】の人々を虐げるため、嫌がらせをしてきたに違いない。
市場は商売を始めた獣人だけでなく、王都の民にとって重要な生活の場だ。
市場がなくなれば、大通りの高い店へ行くしかない。
そのぶん、お金が必要になって働く時間が増える。
せっかく魔道具で暮らしが便利になり、ゆとりが持てるようになってきたのに、これでは元の厳しい生活に戻ってしまう。
「こんなことをした理由を直接聞いてみますね」
「お願いします」
早足に市場まで向かうと、『サーラちゃん、婚約おめでとう!』の横断幕が引きずり下ろされ、燃やされているのが見えた。
そして、市場の屋台や荷車が破壊され、火をつけられて燃えている。
黒い煙がそこらで上がり、兵士がきても動かなかった店の主たちは怪我を負い、うめき声が聞こえてくる。
「ひどい……。すぐにお医者様を呼びましょう。獣人のみなさんに怪我はありませんでしたか?」
「はい。我々は無傷です。食材と道具は傭兵ギルドに隠してあります」
「そうですか」
身体能力が高い獣人だからこそ、即座に動けて対応できたのだろう。
すぐに逃げられなかった人たちの店は破壊されてしまっている。
私を見つけた人々が、四方から集まってきた。
「サーラちゃん! いいところに来てくれた!」
「王宮はどうなってるんだ? 突然、兵士がやってきて、市場の出店は違法だって言われて追い払われたんだよ!」
「俺たちは王宮に場所代を支払ってるし、商人ギルドにも加盟している正規の店なのに、おかしいだろう?」
状況を飲み込めずにいると、へレーナが兵士の取り巻きを連れてやってきた。
「パーティー以来ね。あたしのライバル! サーラ!」
「大声で名前を呼ばないでください」
往来のど真ん中で指を突きつけられた。
前から思っていたけど、他の令嬢とヘレーナは少し違うようだ。
しかも、私をライバルと呼んだ時、嬉しそうな顔をしていた。
「ヘレーナ。兵士たちに市場を破壊するよう命じたのは、あなたの指示ですか?」
へレーナは私を見て、フッと笑いを浮かべた。
「やっと、あたしをライバルと認め、妃の座を争う覚悟をしたようね?」
「え?」
「サーラとへレーナ。あたしたちはライバルとして、これから戦うのよ!」
――ああ、名前の呼び方ですか。
へレーナは嬉しそうな顔をしていたけど、私はまったく嬉しくなかった。
「そんなことより、私の質問に答えてください」
「そんなこと? リアム様の妃の座はそんなことじゃないわよ!」
私の話を聞いてくれないへレーナは、ソニヤよりも厄介な相手からもしれない。
「今は妃候補の話より、市場の話が優先です。なぜ、こんなことをしたのか答えてください」
「あたしはリアム様の妃候補として、仕事中なの。王都にふさわしくない店を撤去して、道を綺麗にしただけよ」
「市場は人々にとって必要な場所です。それをわかっていますか?」
私がヘレーナに怒っていると思ったのか、兵士たちは市場の破壊を止め、ヘレーナを守るために集まってくる。
その兵士たちが見つけている紋章は、フォルシアン公爵家のもので、王宮の兵士ではない。
「大通りに立派な店があるでしょ? そっちに行けばいいのよ」
「高くて買えません」
「高くて買えないですって!」
へレーナは私たちを嘲笑った。
その態度に、裏通りの人々が傷つくのがわかった。
私の隣にいたエヴェルさんの落胆した声が聞こえてくる。
「これが現実ですね……。サーラ様が特別なだけで、ヴィフレア王国の貴族はこれが当たり前……」
他の人たちもエヴェルさんと同じ顔をして、地面を見つめていた。
貴族相手に逆らっても、自分たちが不利なだけだと諦めて――諦めるのはまだ早い。
「へレーナさん。知らないんですか?」
「え?」
「市場には美味しいものがたくさんあるんですよ? それを知らないなんて、人生八割損してますよ」
「八割も!?」
へレーナは驚き、市場を見る。
でも、市場は破壊され、その美味しいものがなんだったのかわからない。
「可哀想ですね。今、流行のからあげを食べたことがないなんて」
「からあげって、どんな食べ物?」
「口では説明できません」
「なんですって! あなたたちは食べたことあるの?」
食べたことあるかどうか、へレーナは周りの兵士に尋ねると、食べたことがある人がほとんどで、返答に困っていた。
嘘でも不味いと言えなかった兵士たち。
からあげ店と獣人たちが無事だったのは、兵士たちの心理的に壊せなかったからかもしれない。
へレーナもそれに気づいて、悔しそうに兵士たちをにらみつけた。
「ふ、ふん! 公爵令嬢のあたしが平民と同じものを口にするわけがないでしょ!」
「リアムは食べたのに?」
「リアム様になにを食べさせてるのよ!」
「とにかく、市場の店は決められた場所代を王宮に支払ってますし、商人ギルドに認められた店も多いんです。ここは引いてもらえませんか?」
私がへレーナにそう言うと、顔を赤くして怒り出した。
「これは王宮からの命令よ。それに背くというのなら、あなたを捕え、牢屋に放り込んでやるわ」
「王宮からの命令?」
へレーナの命令に兵士が動き出す。
それと同時にエヴェルさんが声を張り上げた。
「サーラ様をお守りしろ!」
エヴェルさんの一声で、狼獣人たちが路地や家の屋根の上から姿を現し、へレーナと兵士を取り囲んだ。
「ふぅん。生意気に傭兵団気取りかしら? 狼獣人を従えてるのね。でも、これでようやく互角よっ!」
狼獣人たちと戦うつもりか、兵士たちは剣の柄に手を触れさせる。
「互角? いつ互角になった?」
「リアム様!」
軍服姿で現れたリアムは、一瞬で兵士たちを圧倒する。
リアムが一人がいるだけなのに、誰も勝てる気がしなかった。
冬が来る前にリアムが王位継承者として指名を受けることになって、周囲の関心も高い。
「リアム様はなにを考えていらっしゃるのか」
「元妃を自分の婚約者に選ぶとは、ルーカス様への嫌がらせではないのか?」
「ヴィフレア王国最高の魔術師が、【魔力なし】を妻にするとはな」
――というように、批判がほとんどだった。
そんなわけで、王宮は式典の準備で大忙しらしく、リアムもなかなかこちらには来れないようだ。
だから、フォルシアン公爵家のパーティー以来、リアムと会っていない。
『【魔力なし】だけでなく、獣人たちも同じようにヴィフレア王国で暮せるような国を。それが俺の目指す国だ」
リアムのこの言葉で、貴族たちに反発され、嫌がらせを受けて――想像して途中でやめた。
ささやかな嫌がらせで、どうこうできるタイプではなかった。
――リアムに王になってほしい。
ヴィフレア王国を変えられるのは、リアムしかいないからだ。
――獣人のフラン、【魔力なし】のラーシュは私あの二人が大人になる頃には、堂々と胸を張って生きていけるように。
それが私の願いだった。
でも、王都の裏通りでは、獣人に対する認識は、かなり変わったと思う。
市場のからあげ店は盛況だし、傭兵ギルドのカフェは狼獣人の女の子たちが可愛いと評判で、犬耳が(狼だけど)ウケている。
働き者で、真面目な獣人たち。
彼らをもっと豊かにできたら、ヴィフレア王国と獣人国の関係は対等になり、きっと変わる。
「獣人国へ行って、話ができたらいいんですけど……」
不平等な石の取引、狼獣人以外の獣人たちの生活向上など――気になることは山ほどある。
「獣人国への旅……。旅ですか」
私が悩むのにはワケがある。
初めての旅というのもあるけど、元妃という面倒な肩書きのせいで、私が王都から出るには許可証が必要なのだ。
そうなると、王宮管轄の許可証の発行になり、ルーカス様に止められかねない。
替え玉に店を任せ、一時的に王都から抜け出す作戦も考えたけど、門で捕まったら、それこそ一大事。
『アールグレーン公爵令嬢、逮捕!』
『王都から脱走か!』
――って、なりますからね。捕まったら罪人扱いされて、ルーカス様は笑顔を浮かべて、私を王宮に幽閉ですよ。
王宮の寂しい部屋で孤独死する私。
人生の終わりまで想像できて、背筋が寒くなった。
「とりあえず、獣人国行きは保留ですね」
獣人国行きを諦め、窓際の商品を秋色のものに変更していると、狼獣人の青年が走ってくるのが見えた。
それは、マルメル一家の息子エヴェルさんだった。
フランを探しに来た雑貨店の一家で、グレーの毛並みと灰青色の瞳を持つのが特徴だ。
狼獣人の血筋によって、毛並みの色が違うと、フランから教えてもらった。
獣人国ではを雑貨店をやっていたこともあり、エヴェルさんには市場のからあげ店を任せていた。
「サーラ様! 大変です!」
「エヴェルさん? なにがあったんですか?」
息を切らせ、店に飛び込んできたエヴェルさんの様子から、ただ事ではないと思った。
二十五歳と若いけど、獣人国から旅をしていたエヴェルさんは腕がたつ。
盗賊団を追い払ったり、夜盗から旅人を守ったりと、苦難を乗り越えてきた。
だから、小さなトラブルで慌てたりしないはずだ。
エヴェルさんの声を聞きつけて、フランとラーシュも駆けつけてくる。
「突然、市場に兵士たちが現れ、店を破壊し、撤去を求めています。暴力を振るっているのを見たので、止めましたが、王宮からの命令だと言われ、それ以上のことはできませんでした」
暴力まで振るっていると聞いて、フランは顔色を変えた。
店の常連客には、市場で働く人が大勢いる。
「サーラ! おれ、様子を見に行ってくる!」
「ぼくも行きます」
「二人とも待ってください。なにが起きているか把握できていません。まずは、私が様子を見てきます。二人は店にいてください」
「けど、サーラ……」
心配そうな顔をしたフランに、私は落ち着いた態度を見せ、柄の長いハンマーを取り出した。
これはノルデン公爵家の暗殺者を撃退した時のハンマー(ニルソンさん作)である。
本当は武器じゃなく、大岩を砕く時のために作ってもらったハンマーだけど、護身用に使える。
なお、暗殺者の足場だった煙突は砂のようになり、資材を購入して修理したため、予定外の出費になったことを付け加えておく。
「どうやら、私の本気を見せる時が来ましたね」
「それ、煙突を粉々にしたハンマーだろっ! そんな物騒なものを振り回す気じゃないよな!?」
「師匠。なにを【粉砕】するつもりですか? さすがに兵士の骨を砕くのはちょっと……」
十二歳と十歳の少年に、全力で止められてしまった。
脅しのつもりで、ハンマーを手にしただけなのに、私が容赦なく敵を【粉砕】すると思われたようだ。
「えーと、それじゃあ……。リアムに連絡してもらっていいですか? 私はエヴェルさんと一緒に、市場の様子を見に行くので、二人は店を守ってください」
「まあ、それなら……」
「師匠。気を付けてくださいね」
リアムの信頼度の高さに、ちょっぴり嫉妬しつつ、エヴェルさんとともに店を出る。
「サーラ様。兵士たちと一緒にいる女性が中心になって指示をしていました。その女性が彼らのリーダーのようです」
「女性? なんだか嫌な予感がしますね。名前はわかりますか?」
「周りの兵士はへレーナ様と呼んでいました」
――やっぱり、そうでしたか。
嫌な予感が的中してしまった。
これはフォルシアン公爵家の仕返しかもしれない。
リアムの発言が気に入らず、獣人や【魔力なし】の人々を虐げるため、嫌がらせをしてきたに違いない。
市場は商売を始めた獣人だけでなく、王都の民にとって重要な生活の場だ。
市場がなくなれば、大通りの高い店へ行くしかない。
そのぶん、お金が必要になって働く時間が増える。
せっかく魔道具で暮らしが便利になり、ゆとりが持てるようになってきたのに、これでは元の厳しい生活に戻ってしまう。
「こんなことをした理由を直接聞いてみますね」
「お願いします」
早足に市場まで向かうと、『サーラちゃん、婚約おめでとう!』の横断幕が引きずり下ろされ、燃やされているのが見えた。
そして、市場の屋台や荷車が破壊され、火をつけられて燃えている。
黒い煙がそこらで上がり、兵士がきても動かなかった店の主たちは怪我を負い、うめき声が聞こえてくる。
「ひどい……。すぐにお医者様を呼びましょう。獣人のみなさんに怪我はありませんでしたか?」
「はい。我々は無傷です。食材と道具は傭兵ギルドに隠してあります」
「そうですか」
身体能力が高い獣人だからこそ、即座に動けて対応できたのだろう。
すぐに逃げられなかった人たちの店は破壊されてしまっている。
私を見つけた人々が、四方から集まってきた。
「サーラちゃん! いいところに来てくれた!」
「王宮はどうなってるんだ? 突然、兵士がやってきて、市場の出店は違法だって言われて追い払われたんだよ!」
「俺たちは王宮に場所代を支払ってるし、商人ギルドにも加盟している正規の店なのに、おかしいだろう?」
状況を飲み込めずにいると、へレーナが兵士の取り巻きを連れてやってきた。
「パーティー以来ね。あたしのライバル! サーラ!」
「大声で名前を呼ばないでください」
往来のど真ん中で指を突きつけられた。
前から思っていたけど、他の令嬢とヘレーナは少し違うようだ。
しかも、私をライバルと呼んだ時、嬉しそうな顔をしていた。
「ヘレーナ。兵士たちに市場を破壊するよう命じたのは、あなたの指示ですか?」
へレーナは私を見て、フッと笑いを浮かべた。
「やっと、あたしをライバルと認め、妃の座を争う覚悟をしたようね?」
「え?」
「サーラとへレーナ。あたしたちはライバルとして、これから戦うのよ!」
――ああ、名前の呼び方ですか。
へレーナは嬉しそうな顔をしていたけど、私はまったく嬉しくなかった。
「そんなことより、私の質問に答えてください」
「そんなこと? リアム様の妃の座はそんなことじゃないわよ!」
私の話を聞いてくれないへレーナは、ソニヤよりも厄介な相手からもしれない。
「今は妃候補の話より、市場の話が優先です。なぜ、こんなことをしたのか答えてください」
「あたしはリアム様の妃候補として、仕事中なの。王都にふさわしくない店を撤去して、道を綺麗にしただけよ」
「市場は人々にとって必要な場所です。それをわかっていますか?」
私がヘレーナに怒っていると思ったのか、兵士たちは市場の破壊を止め、ヘレーナを守るために集まってくる。
その兵士たちが見つけている紋章は、フォルシアン公爵家のもので、王宮の兵士ではない。
「大通りに立派な店があるでしょ? そっちに行けばいいのよ」
「高くて買えません」
「高くて買えないですって!」
へレーナは私たちを嘲笑った。
その態度に、裏通りの人々が傷つくのがわかった。
私の隣にいたエヴェルさんの落胆した声が聞こえてくる。
「これが現実ですね……。サーラ様が特別なだけで、ヴィフレア王国の貴族はこれが当たり前……」
他の人たちもエヴェルさんと同じ顔をして、地面を見つめていた。
貴族相手に逆らっても、自分たちが不利なだけだと諦めて――諦めるのはまだ早い。
「へレーナさん。知らないんですか?」
「え?」
「市場には美味しいものがたくさんあるんですよ? それを知らないなんて、人生八割損してますよ」
「八割も!?」
へレーナは驚き、市場を見る。
でも、市場は破壊され、その美味しいものがなんだったのかわからない。
「可哀想ですね。今、流行のからあげを食べたことがないなんて」
「からあげって、どんな食べ物?」
「口では説明できません」
「なんですって! あなたたちは食べたことあるの?」
食べたことあるかどうか、へレーナは周りの兵士に尋ねると、食べたことがある人がほとんどで、返答に困っていた。
嘘でも不味いと言えなかった兵士たち。
からあげ店と獣人たちが無事だったのは、兵士たちの心理的に壊せなかったからかもしれない。
へレーナもそれに気づいて、悔しそうに兵士たちをにらみつけた。
「ふ、ふん! 公爵令嬢のあたしが平民と同じものを口にするわけがないでしょ!」
「リアムは食べたのに?」
「リアム様になにを食べさせてるのよ!」
「とにかく、市場の店は決められた場所代を王宮に支払ってますし、商人ギルドに認められた店も多いんです。ここは引いてもらえませんか?」
私がへレーナにそう言うと、顔を赤くして怒り出した。
「これは王宮からの命令よ。それに背くというのなら、あなたを捕え、牢屋に放り込んでやるわ」
「王宮からの命令?」
へレーナの命令に兵士が動き出す。
それと同時にエヴェルさんが声を張り上げた。
「サーラ様をお守りしろ!」
エヴェルさんの一声で、狼獣人たちが路地や家の屋根の上から姿を現し、へレーナと兵士を取り囲んだ。
「ふぅん。生意気に傭兵団気取りかしら? 狼獣人を従えてるのね。でも、これでようやく互角よっ!」
狼獣人たちと戦うつもりか、兵士たちは剣の柄に手を触れさせる。
「互角? いつ互角になった?」
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妹と両親が、好き勝手に私を責める。
昔からこうだった……妹を庇護する両親により、私の人生は全て妹のために捧げていた。
まるで、妹の召使のような半生だった。
ようやくヴィクターと結婚して、解放されたと思っていたのに。
彼を愛して、支え続けてきたのに……
「ナターリア。これからは妹と一緒に幸せになろう」
夫である貴方が私を裏切っておきながら、そんな言葉を吐くのなら。
もう、いいです。
「それなら、私が出て行きます」
……
「「「……え?」」」
予想をしていなかったのか、皆が固まっている。
でも、もう私の考えは変わらない。
撤回はしない、決意は固めた。
私はここから逃げ出して、自由を得てみせる。
だから皆さん、もう関わらないでくださいね。
◇◇◇◇◇◇
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