離縁された妻ですが、旦那様は本当の力を知らなかったようですね?

椿蛍

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第3章

22 再会

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 ――向こうは二人。

 薄暗くお互いの顔が良く見えない。
 剣を抜く音がして、フランが私の前に飛び出した。

「フラン! 駄目です! 危ないですよ!」
「平気だから、サーラは下がってて」
「そんなわけにはいきません」

 フランは立派な双剣を抜いて構える。
 双剣はフランが自分で注文し、ニルソンさんに作ってもらったものだ。
 身軽さを生かした武器を選んで、さらにフランは強くなった。
 でも、まだ十二歳なのだ。
 
「私たちは怪しいものではありません! 少しだけ話を聞いてください!」

 今すぐにでも戦おうとした両者を止めた。

「私はヴィフレア王国宮廷魔道具師のサーラといいます」

 宮廷魔道具師の証であるミニチュアブローチを見せた。

 ――これなら、身分証明になるはず!

 ここになぜ宮廷魔道具師がやってきたか、少しは関心を持ってもらえると思ったけれど……

「宮廷の関係者であろうが関係ない。この竜の卵を見た者は、誰であっても始末しろと命じられている」
「故郷に生きて帰るため、この任務だけは失敗するわけにいかない」

 まったく効果がなかった。
 でも、二人には強い信念があり、そのために危険な仕事をしているのだとわかった。
 薄暗くて、姿がはっきりしないけど、声からして、年配の男性が一人と若い男性が一人。
 腕には自信があるようだし、戦いの経験がない私とフラン、御者――こちらが圧倒的に不利だ。

 ――ここまで来て殺されるなんて、冗談じゃありません!

 身を守るため、背中に背負っていた柄の長いハンマーを手にして構えた。
 暗殺者を撃退した(ただしくは煙突を破壊した)私のハンマー。
 これをふたたび手にする日がやってくるとは!

「いい覚悟だ。肝が据わっている」
「父さん。同時に攻撃したほうがいいかもしれない。もう一人の護衛の腕はなかなかだ。構えが悪くない」

 護衛とはフランのことだろう。
 でも、私が思っていた以上に二人の動きは早かった。

 ――む、無理! 早すぎます!

「サーラ!」
「ならば、こうです! 皆さん、目を閉じてください!」
「へ? う、うん!?」

 光の魔石を空中に放り投げた。

「スキル【粉砕】!」

 砕けた光の魔石はまばゆい光を放ち、二人組の目を眩ませる――

「あ……」

 ――はずだった。
 光の魔石の量が少なかったため、周囲を明るくして終わった。

「あああああっ!? かっこよく【粉砕】したのに不発とかっ……!」

 こんな時に間抜けすぎる。
 砕けた光の魔石は地面に落ち、足元から光が溢れていた。
 幻想的な光景ですねと、平和な時なら言えただろう。
 私が涙目になって、フランの背中を見つめると、まだ誰も動いていなかった。
 あの素早い動きはどこへいったのか、ここだけ時間が止まったかのようだ。

「父さん、兄さん!」
 
 二人組とフランはお互いの顔をまじまじと見つめた。

「フラン?」
「フランじゃないか!」

 フランそっくりの茶色の髪と耳。
 彼らが狼獣人であることがわかる。
 
「なぜ、フランがここに? 王都の奴隷商人の下で、働いていると聞いたのだが?」
「そうだぞ。たしかお前はまだ痩せっぽちだから売れないって言われていただろう?」

 まさか、ここにフランがいるとは思っていなかったらしい。
 フランは耳をぴょこぴょこ動かして、得意げな顔で言った。

「今、おれが働いてるのは、サーラの魔道具店だ! 狼獣人の一族は王都で働いて、みんなでお金を稼いでるんだ」
「魔道具店? 王都で働いている?」

 どうやら、二人はフランが行方を探していたお父さんとお兄さんのようだ。
 フランが自由になったことも、狼獣人の一族が王都に出稼ぎにきているのも知らないらしい。
 奴隷身分にある二人に、フォルシアン公爵は情報を与えずにいたのだと思う。

「奴隷から解放されて、今はアールグレーン商会の店長をしてるんだ」

 フランは剣を鞘におさめ、得意げな顔で言った。

「なんだと!? フランが店長を?」
「お前、賢かったもんなー!」

 フランのお父さんとお兄さんは誇らしい顔をして、フランの頭をなで、背中を叩く。

「サーラのおかげだよ。おれだけじゃなくて、他の狼獣人も助けてくれてさ。奴隷商人に誰も売られなくなったんだ!」

 二人は驚いた顔をして私を見る。
 
「フラン。待ってくれ。彼女はヴィフレア王国の貴族だろう? それに、アールグレーンという名は四大公爵家の血筋だ」

 狼獣人の長だけあって、フランのお父さんは詳しく、魔術師や魔道具師になるのは、王族か貴族のみだと知っているようだ。

「勘当されたので、公爵令嬢ではありません。私はフランの友人で仲間です」
「その言葉を信じたい。だが、我々を虐げてきたヴィフレア王国の人間……。それも公爵令嬢が獣人を助けるとは思えない」
「兄さん。わかるよ。おれも同じ気持ちだったし。でも、おれが奴隷扱いされてないって見てわかるだろ!?」

 光の魔石のおかげで、フランの姿がよく見える。
 私と暮らすようになり、体格がしっかりした。
 フランの剣士用の革の手袋はフレアリザードの革で、傭兵でも中の上クラスじゃないと購入できない。

「サーラは信用できるよ。今だって、竜族のために卵を取り戻して、争いを避けようとしてるんだ」
「その件だが、竜の卵を守りきれたなら、我々を奴隷身分から解放し、報酬もいただける約束を公爵としている」
「報酬をもらったら、フランを助けに行くつもりだったんだぜ」

 竜の卵を盗んだのは、フランのお父さんとお兄さんだとわかった。
 聴覚や嗅覚が鋭く、力もあるから忍び込んで盗み出すのは容易だったと思う。
 けれど、竜の大群から守るとなると話は違う。
 
「それは不可能でしょう。フォルシアン公爵は最初からできないとわかっていて条件を出しています」
「そんなはずは!」
「ここに隠しておくだけでいいって言っていたのにか?」

 彼らの人の良さにつけこんで、フランの時と同じように騙したのだ。

「竜の大群に勝てますか?」
「竜の大群……」
「他の地域の竜も集まり始めています」

 驚く二人に、私は真剣な顔でうなずいた。

「竜族は六百年前のように戦おうとしています」
「しかし、見つからなければいいだけのことだろう? 魔術を施したから、安心だと聞いている」
 
 私は首を横に振った。

「その魔術は昼間限定で、明るい場所を暗くするだけのものです。夜はただ卵が置かれているだけと思ってください」
「そんな馬鹿な……」

 繊細な卵に複雑な魔術を施すのは危険だ。
 魔術を施した鎖だけが、卵に巻かれているのみだった。
 フォルシアン公爵は二人を自由にするつもりはなく、竜に見つかり、殺されてもいい二人をここに配置した。

 ――ひどいことをしますね。

 彼らの扱いは、雇われた傭兵団よりひどい。
 人知れず、この二人が死んだとしても誰にもわからないよう存在を明かしていなかった。
 傭兵ギルドに頼んでも見つからないはずだ。
 フォルシアン公爵家は四大公爵のひとつ。
 権力を使って、傭兵ギルドの要請など握りつぶすくらいなんでもない。

「二人の存在は隠され、利用されているんです。このままだと、竜の卵を盗んだ罪を獣人に押しつけ、獣人と竜の戦争になります!」
「そんな馬鹿な……」
「嘘だろ……」

 フォルシアン公爵家は二人が利用できると思い、とても親切だったようだ。
 信じられないという顔で私を見る。
 
「アールグレーン商会の全財産を使っても、お二人を必ず自由にします。だから、その竜の卵を譲ってくれませんか?」
「父さんと兄さんを自由にするつもりで、みんなで貯めたお金もあるんだ!」

 私とフランが必死な様子に心を動かされたようで、二人は剣を鞘に仕舞った。

「フラン……。お前、成長したな」
「驚くことばかりだ。体も細く頼りなかったフランが成長して、ヴィフレア王国の公爵令嬢と一緒にいるとはな」

 二人の優しい目はフランそっくりだった。

「わかった。信じよう。卵はサーラ殿にお譲りする」
「ありがとうございます!」

 争わずに済んで一安心だけど、問題はこれで終わったわけではなかった。

「しかし、卵には鎖が巻かれている。これをどうするかだ」

 魔術を施された卵の鎖は、ぐるりと巻かれ、簡単にはずれそうにない。
 剣で切れない強度になっている。

「馬が運べますかね?」

 御者も運搬には自信がないようで、不安そうだった。

「サーラ。どうやって鎖をはずして運ぶ?」
「鎖ははずしません。そして、運ぶ必要もありません」
「へ?」

 ちょうど夜がやってきて、植林地が濃い闇に包まれた。

「フラン。星形の飾りを作ったでしょう? あの作業の時と同じように、この塗料を鎖に塗るんです」
「わかった!」

 フランは私がやろうとしていることに気づいたようだった。

「なにをするつもりで……?」
「おいおい。その怪しげな薬はなんだ? 説明してくれ!」

 ウエストポーチから光の魔石のかけらと魔石を数個取り出す。
 
「今から暗闇でも光る塗料を作ります」

 お店で配った飾りと同じ効果がある塗料。
 これは、爪の先ほどの光の魔石の粉末に、大量の石ころクラスの魔石を混ぜたもの。
 これを水に溶かし、塗ると夜光塗料になるとわかった。

「鎖を光らせるということか」
「そうです。光る鎖を目印に、竜たちがここを見つけるはずです」

 村でも町でもない植林地の中に、光が輝いていれば、必ず目立つ。

「竜に殺される心配はありません。私は竜語がわかるので、すでに竜族と交渉済みです」

 竜の力があれば、鎖も簡単に切れる。
 ここに卵があることに気づき、竜たちに運んでもらった方が安全だ。

「竜族の言葉がわかるか……」
「父さん。たしかに彼女はただものではなさそうですね」
「だから、サーラはすごいんだってば!」

 フランが言ってくれたおかげで、すこし信用されている気がした。

「信じるしかないか。俺たちはなにをすれんばいい?」
「手伝えることがあれば、手伝おう」
「石ころを集めてもらえますか?」

 鎖を塗るには、大量の塗料が必要になる。
 革の手袋をはめ、さっそく塗料の調合を始めた。
 
「早く終わらせて、みんなで帰りましょう!」

 王都には、私たちの帰りを待つ人たちがいる。
 フランも私と同じように、王都の方角を見つめていた―― 
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