離縁された妻ですが、旦那様は本当の力を知らなかったようですね?

椿蛍

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第4章

4 王宮の異変

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「俺が来る前に一騒動あったそうだな?」

 王宮へ行くため、私を迎えにやってきたリアムだけど、挨拶代わりの尋問が始まった。
 リアムは王都の平和を守り、向こうの世界でいうところの警察と同じ役目を担う宮廷魔術師。
 その宮廷魔術師の制服である黒い軍服を着ているリアムは、迫力じゅうぶんで私を脅かした。
 逃げようにも、今は王宮に向かう馬車の中で御者を抜いたら二人っきりである。
 御者も黒い軍服を着ているから、どうやらリアムの手先である可能性が高い!
 結論――私に助けは期待できない。
 言葉を選ぼう。

「え、えーと……。ファルクさんがやってきて、魔道具の使い方を指南してくれました」
「なるほど」
「いわゆる魔道具師の実地訓練です」

 リアムは納得してくれたのか、黙り込んで馬車の外の風景を窓から眺める。
 ちょうど馬車は裏通りを抜けて、表通りの整然とした町並みに変わったところだ。
 王宮へ近づけば近づくほど店は減り、貴族の大きな屋敷が増える。
 そんな貴族の邸宅が並ぶ通りでも、豪邸を構えるのは四大公爵家である。
 四家が王都で所有している屋敷はいくつもあるというから驚きだ。
 土地代だけで、悲鳴を上げた私としては豪邸に戦々恐々としてしまう。
 その屋敷群を通り過ぎたら、ようやく王宮だ。
 四大公爵家で驚いていたけど、よく考えたら王宮は町一つくらいあるので、もはやぶっちぎりの別格である。
 王宮の門をくぐると、両側には石の彫刻が並んでいた。
 これは左右の彫刻の前で、道が中央と左右に分かれ、進むべき道を示しているのだ。
 中央は国王陛下がいらっしゃる建物があり、右には宮廷魔術師や宮廷魔道具師が働いている場所で、左に行けばリアムやルーカス様が暮らす王子宮が見えてくる。
 王子宮より、もっと奥には騎士団の訓練所、宿泊所、使用人たちが暮らす建物がある――それらをまとめて王宮と呼んでいる。 
 馬車が止まると、リアムはやっと口を開いた。

「俺が心配しなくても、お前はゴロツキ程度では死なないか」

 ――長いこと黙っていて、言うことがそれですか?

 私の立場はフリだけとはいえ、リアムの婚約者である。

「なんだ?」
「いえ、別に……」

 馬車の中で会話はあまりなく、リアムは口数が少なかった。
 王位継承者を指名する式典の日が近づいて、リアムであっても、いろいろ思うところがあるのかもしれない。
 私も一つ気にかかることがあった。
 それはルーカス様だ。
 あんな王位にこだわっていたのに、リアムが次期王位継承者として指名されてから、恐ろしいほど静かだった。
 すんなり諦めるような性格じゃないと思う。
 それなのに、ルーカス様はなんの反応もしてないのが気になる。

「おい、降りるぞ」
「あっ! す、すみません」

 リアムが王子らしく手を差しのべて、エスコートしてくれた。
 視線を感じて振り返ると、リアムの部下と思われる宮廷魔術師と目があった。

「リアム様が女性をエスコートされている……。婚約者がいるって、本当だったんだ……」

 超エリートの宮廷魔術師は竜や魔獣とも戦う。
 国の危機的な状況や数々の難題を解決し、簡単に動揺しないはずが、リアムにエスコートされる私を見て動揺していた。
 
「リアム。余計なお世話かもしれませんが、たまに王子らしいことをしたほうがいいですよ」
「王子らしい? 俺は王子なんだが?」
「大事なのは肩書きじゃなくて行動です!」

 リアムより年下っぽい宮廷魔術師は、珍獣でも見たかのような目だった。
 もちろん、私が珍獣ポジションである。

「そういえば、どうして宮廷魔術師が御者の真似事を?」

 王立魔術学院に通えるのは、貴族階級のみと決められているため、養子などの例外を除き、魔術師と魔道具師は全員が貴族である。
 なぜ、貴族の子息、それもエリートが御者をしているのか謎だった。
 
「俺がサーラを迎えに行くと言ったら、婚約者と一緒にいるところを見たいと騒ぎだした。すぐに断ったが……」
「えっ!」
「俺に断られた後、御者の仕事を奪い、勝手に馬車を用意して待っていたというわけだ」

 リアムがため息をついた。

「御者役は争奪戦だったんですね……」

 あの御者席に座っていた宮廷魔術師は、し烈な争いに勝利し、御者役を勝ち取ったらしい。
 宮廷魔術師は忙しい仕事なのに、なにをしているのだろうか……
 私とリアムは国王陛下がいらっしゃる中央の建物へ入った。
 国王陛下が政治の行う場所が手前で、奥が住まいになっている。

 ――あれ? なんだか雰囲気が前と違う?

 王宮へ来るのはこれが初めてではない私は、王宮内の空気の変化をすぐに感じ取った。
 リアムも違和感を感じたのか、青い目を細め、周囲を警戒しながら歩く。
 以前、王宮へやってきた時は衛兵たちがリアムに頭を垂れ、敬意を示していたはずが、今はそれがない。

 ――まるで、リアムの行動を監視しているみたい。

 宮廷で働く人たちの姿もあまり見えなかった。
 歩いていたリアムは急に足を止めた。
 
「サーラ。今日はやめておこう。戻るぞ」
「リアム。待ってください。国王陛下と王妃様の様子が気になります」

 私以上にリアムのほうが、国王陛下と王妃様の状況が気になっているはずだった。
 でも、私の身の安全を考え、先に帰そうとしていた。

「後から俺が様子を見て連絡する。とりあえず、今は戻ったほうがいい」
 
 私を連れて戻ろうとしたリアムの前に、作り物の青い蝶が一匹現れ、柱の陰から一人の男性が姿を見せた。
 珍しい青い髪の色に青い瞳をした男性、宮廷魔道具師長のセアン様だった。
 宮廷魔道具師長は宮廷魔術師長と対となる存在で、セアン様は歴代の魔道具師長の中でも特に優秀だと聞く。

「セアンか。俺が不在の間に、王宮でなにがあった?」
「俺もリアムと一緒に竜の巣へ行ってたから、詳しいことはなにもわからないよ」
 
 蝶はセアン様の指にとまり、セアン様は蝶に軽く口づけた。

「俺もリアムに聞きたいことがあるんだ。サーラ・アールグレーン公爵令嬢のことでね」

 どうやら、セアン様は偶然ここにいたのではなく、私とリアムが王宮へやってくると知っていて、待っていたらしい。
 これは非公式な訪問であって、私がいることを侍従くらいしか知らないはずだ。
 それが、セアン様は知っていると言う。
 宮廷魔道具師のトップだからといって、国王陛下のプライベートな部分まで把握できるのはおかしい。

「君は本当にサーラ・アールグレーン公爵令嬢?」

 とうとう私の女優としての真価を試される時がきた!
 私はフッと笑い、『本物ですよ』とかっこよく言うつもりが、リアムの手がすばやく私の口を塞いだ。

 ――なぜ!

「本物に決まってるだろう?」
 
 答えたのはリアムで、私はモガモガ言うだけで終わった。

「セアン。サーラは関係ない。邪魔をするならお前であっても排除して、王宮の外に出る」
「それは俺に攻撃するってこと? リアムが?」

 セアン様がリアムの言葉に、すごくショックを受けているのがわかった。

「もしかして、足を引っ張るしかない【魔力なし】で、落ちこぼれの令嬢を庇ってる?」
「俺の婚約者だ。悪意から守るのは当たり前だろう」

 ――そのセリフ、ゴロツキの流れの時に言ってもらっていいですか?」

 いいセリフのはずが、なんだか複雑な気持ちだ。
 それにしても、セアン様は私にはすごく強気だったくせに、リアムにはそうではないらしい。
 セアンは涙目になっていた。
 
「サーラめ! リアムに嫌われたら、全部、君のせいだからなっ!」
「もがが? もがっ、もががっ、もがっ!」

 ――呼び捨て? どうして、私のせいなんですかっ!

 そう言ってるのに、リアムの手が邪魔でなにも言えない。
 
「君のせいで、リアムは禁じられた魔術を使った。君さえいなかったら、リアムはあんな魔術を使わずに済んだんだ。最悪だよ!」

 リアムの動揺が伝わり、私の口から手が離れた。
 このチャンスを逃すまいと、会話に加わった。
  
「禁じられた大魔術って、私を氷の中から助け出した魔術のことですか? それを使うとどうなるんですか? 寿命が縮まるとか?」
「寿命は縮まってない。魔力が足りずに死ぬ奴はいてもリアムは別格だからね。……君には教えたくない」

 氷より冷たい青の目が、私をにらんでいた。

「そこまで言って、教えてくれないんですか?」
「大魔術に関する知識は、そこへ到達した魔術師や魔道具師だけが得られるものだ。知りたいなら、自分で調べればいい。まあ、君が古代語を読めればの話だけどね」

 セアン様はくすっと小馬鹿にするように笑った。
 私には読めない前提で言ったようだけど、今の会話だけでだいたいわかった。
 セアン様は『私が古代語を読めれば』と言った。
 大魔術に関することは、古代文字で残されているということ。
 誰もが手に入れられない知識だけど、調べればわかるということ。
 つまり、宮廷魔道具師が出入りできる場所にあって、古代語の文献――それは王宮にある図書館で読める。

 ――じゃあ、宮廷魔術師と宮廷魔道具師のみが入室できる場所ですね。

 胸元に輝く【鍵】の効果がある魔石は、宮廷魔道具師の証。
 これで、開くところに大魔術の秘密がある。

「セアン。余計なことを言うな」

 リアムがセアン様をにらみ、本気で排除するのではと思った瞬間――

「リアム、そこまでだ。セアンに攻撃するつもりか?」

 穏やかな笑みを浮かべたルーカス様が現れた。
 現れたルーカス様は、国王陛下の部屋がある回廊への道を塞ぐ。

「大切な宮廷魔道具師長を傷つければ、第二王子であっても罪に問われる。そうだろう? 宮廷魔術師長?」

 ご機嫌なルーカス様とは逆に、リアムの顔の険しさが増す。

 ――私たちが不在の間に、王宮でいったいなにがあったの?

 国王陛下と王妃様の無事をたしかめることもできず、私たちの前にはルーカス様とセアン様が立ち塞がったのだった。
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