離縁された妻ですが、旦那様は本当の力を知らなかったようですね?

椿蛍

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第4章

29 過去を打ち砕く!

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 王都へ戻り、お土産を配り終えた私は、ファルクさんからの依頼をこなすことにした。
 澄んだ秋空の下、ハンマーを手にし、弟子のラーシュとともにアールグレーン公爵家の別邸にいた。

「いったいなにが始まるのですかな?」
「サーラちゃん。どうして、ハンマーを持っているの?」
「ゴーグルまではめて、なにを作るつもり?」

 私がなにを始めるかわからず、全員から質問攻めにあった。
 ここにいるのは、依頼主である表通りの店主たち、出店を引き受けてくれた裏通りの店主たちである。
 私とラーシュは魔道具師の作業スタイルで現れ、手には【粉砕】用のハンマーを持っている。
 ラーシュのハンマーは、子供用の魔道具師のハンマーで、ニルソンさんに作ってもらった。
 まだラーシュの【粉砕】スキルは低いため、【粉砕】する威力はそれほどでもないものの、貴重な戦力である。

「今回の旅の報酬に、アールグレーン公爵家から別邸と土地をいただきました!」
「さすが四大公爵家の令嬢ですな。地下から三階まである表通りの豪邸を手に入れるとは……」

 ファルクさんはド派手な……華やかなアールグレーン公爵家の屋敷に満足げな表情で、目をキラキラさせていた。
 私のハンマーにダメ出しした時と態度が違いすぎる。

「たいしたことないよ~。この屋敷はサーラが暮らしていた別邸だし。代々の公爵は愛人を囲うのに使ってたみたいだけど、俺の妻はエリサだけだからね!」

 微笑みながらウインクするユディンに、みんなの視線が集まる。
『なぜ、ここにアールグレーン公爵が?』という微妙な空気が流れているけれど、ユディンのほうはまったく気にしていない。

「あの、ユディンお兄様。なぜ王都へ? 領地にいるのでは?」

 エリサさんと王都で会う約束をしたけれど、ユディンとはしていない。
 白い手袋をはめた手で、前髪をファサッとはらった。

ハニーが王都へ行きたいと言ったからだよ」
「申し訳ありません。どうしてもユディン様が一緒に行きたいとおっしゃって……」

 エリサさんはとても申し訳なさそうな顔で私に謝った。

「エリサさんは悪くありません。ついてきたものは仕方ないです。でも、ユディンお兄様が見るとショックかもしれません。それでも立ち会いますか?」
「ショック? 俺が? サーラが俺にショックを与えるなんてできるのかな~?」

 ユディンは余裕たっぷりでエリサさんの肩を抱いて笑っていた。

「そうですか。一応、私は止めましたからね?」

 屋敷の扉を開けると、がらんとしていた。
 すべての調度品類は前もって外に出した。
 この屋敷にいた使用人たちは他の屋敷へ移り、誰もいない。

「では、二人とも始めますよ?」
「はいっ! 師匠!」
「まかせろ!」

 ラーシュは肩にハンマーをおいて、びしっと敬礼した。
 フランのほうには大勢の獣人たちが控える。

「作業の確認ですが、ラーシュが【粉砕】する壁にはチョークで星印が描いてあります」
「はいっ!」
「フラン率いる獣人部隊は、壊した後の石や砂を片付けてください」
「わかった!」

 私の指示を聞いていたユディンは、今からなにをしようとするのか気づいたらしく、慌てて私を止めた。

「待った! さすがにそれは……」
 
 私はユディンが止めるのも構わず、制止の声を振り切った!

「問答無用!」

 ハンマーをくるくる回し、かっこいいポーズを決め、言わなくてもいいスキル発動の言葉を唱える。

「【粉砕】!」

 素早くハンマーが振り下ろされた瞬間、ドーンッと音がし、狙った壁の部分が一瞬で崩れた。
 風通しがよくなり、すっきりした気分になった。
 まだ一枚目だけど、達成感を感じ、額の汗をぬぐう仕草をして微笑んだ。
 なお、汗はかいてない。

「最高の気分ですね」
「サーラ! この屋敷は歴史あるアールグレーン公爵家の屋敷だ! 国宝級だと言ってもいい!」
「ユディンお兄様。これは私が報酬でいただいた建物ですよね? 私のものですから、私の好きにさせてもらいます!」
「師匠! 【粉砕】スキルが上昇しました!」
「わぁ~。ラーシュ、よかったですね。どんどん壊していきましょう!」

 さっきまで余裕たっぷりだったユディンは、頬をひきつらせ、うまく笑顔を作れずにいる。
 エリサさんはにこにこ笑っていて、楽しそうだ。

「まぁ、素敵。ストレス解消によさそうですわ。私も魔道具師だったら、壁を壊すお手伝いをしましたのに」
「エリサっ!?」

 残念そうなエリサさんに、ユディンはショックを受けていた。
 エリサさんはアールグレーン公爵家の親戚たちの対応で、ストレスがたまっているんだろうなと思った。
 ユディンを無視して、容赦なく作業を続けていく。

 ――これで、サーラの辛い過去が少しでも救われたらいいけれど。

 この屋敷は、サーラが家族からのけ者にされて暮らしていた屋敷だ。
 サーラの孤独な過去が残る場所。
 ここを素敵な場所に変えられたらと思った。
 ユディンがこの屋敷を私への報酬としたのには理由がある。
 これはサーラへのユディンが仕組んだ罠だった。
 裏通りで魔道具店しているだけも、高額な土地の税金を徴収される。
 だから、ユディンは私の店の規模では、表通りの土地の税金を支払えないと考えたのである。

 ――今も昔も、お前はできそこないの落ちこぼれ。無力な妹。

 ユディンが私に笑いながら言う姿が目に浮かぶ。
 残念ながら、そうはならない。

「私は過去を打ち砕く!」

 ドーン、ドドーンと壁を壊す音が鳴り響いた。
 一心不乱に壁を破壊し続ける私に、ファルクさんたちが声をかけた。

「サーラ嬢。屋敷の壁を壊してどうするつもりかね!? まさか、この美しい屋敷を更地にするわけでは……」
「お、おい。サーラちゃん、こんなことして大丈夫か?」

 みんなへの説明がまだだったことに気づき、壁を壊す手を止め、ゴーグルを上げた。

「この屋敷を使って、皆さんと商売をしたいと思います」
「アールグレーン公爵家の屋敷で商売をする!?」
「別邸です」
「い、いや、別邸でも屋敷は屋敷……。たしかに表通りにあって、敷地も広いし、店にすれば王都で一番大きな店になるだろうが……」

 四大公爵家に名を連ねるアールグレーン公爵家。
 ケタ外れのお金持ちで、別邸でも普通の貴族のお屋敷よりも大きい。
 
「広い前庭を使うことで、たくさんの馬車や馬をとめられますし、エントランスホールの天井も高く、おしゃれな吹き抜け。お客様をもてなすにはちょうどいいですよね」

 壁を取り払えば、部屋と部屋の仕切りが消え、ひとつの広いフロアになる。
 地下や二階、三階も同じようにするつもりだ。 
 表通りと裏通りの店は、それぞれ違う得意分野を持つ。
 その違った分野をひとまとめにする店。
 それは――

「ヴィフレア王国初の百貨店を作ります!」

 もしかしたら、この世界初かもしれない。

「ひゃっかてん?」
「なんですかな? そのひゃっかてんとは?」

 ファルクさんもわからない。
 翻訳されなかったところを見ると、この世界にはまだ百貨店がないようだ。

「同じ建物の中で、分野ごとにわけて物を売るんです。食品なら食品。服や布地専門のフロア、アクセサリーとか……」

 目を閉じたら、とても素敵な光景が浮かぶ。
 エリサさんがデザインした『サーラの時短鍋』やティーセットもキッチン用品の売場に並ぶだろう。
 
「王都の店だけでなく、遠くの町や村の特産品も取り扱って、特産品フェアを考えています」
「だから、サーラは行く先々で買い物をしたり、手帳に書き留めていたりしたんだ」

 フランはようやく合点がいったとばかりにうなずいた。

「そうですよ。海の民芸品も素敵でしたし、花のジャムなんて瓶まで可愛いんです!」

 ファルクさんは満足げに顎をなでた。

「想像するだけで面白い店だ」
「これは表通りの顔になるかもしれんな」
「いやぁ、買い物客としても訪れたいところですよ」

 他の魔道具店の魔道具師たちも、百貨店に興味津々だ。 
 表通りは装飾品などの贅沢品、裏通りは食材や食べ物といった日常的に使うものを得意とする。
 それらはどれも素晴らしいものだと思う。
 
「サーラ、なんだかすごいね」

 フランが私の隣に立ってつぶやいた。

「表通りと裏通りがたったひとつの建物で、一緒に商売するなんてさ。前の王都だったら考えられなかったよ」
「そうですね。でも、私はきっと仲良くなれるって信じてました。だって、フランとラーシュが仲良しなんですからね?」

 フランとラーシュは、顔を見合わせて照れ臭そうに笑った。
 表通りと裏通りの店主同士が挨拶を交わしている。
 ここにリアムもいれば、きっと喜んでくれたに違いない。

 ――リアム……。あれから連絡がないですけど、無事ですよね?

 リアムがいるであろう王宮の方角を眺めた。   
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