離縁された妻ですが、旦那様は本当の力を知らなかったようですね?

椿蛍

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第4章

30 向かう先には ※リアム視点

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「ひっ! リ、リアム様……ごっ、ごめんなさい……」

 サーラはおとなしく目立たない令嬢だった。
 十二歳の俺と顔を合わせただけで、謝罪の言葉を口にし、いつもなにかに怯えていた。 

「気配を消すのがうまいな。どこにもいないから、けっこう探したぞ」
「ありがとうございます……。初めて褒められました」

 ――褒めていない。

 サーラを探していた庭師に遭遇し、預かってきた園芸用の手袋を彼女に渡した。
 
「あっ……! 手袋……」
「庭師から受け取るのを忘れたんだろう?」
「は、はい……。申し訳ございません……! リアム様に手袋を届けていただくなんて……」

 なにをするつもりなのか、彼女は帽子をかぶり、スコップとバケツを持っていた。
 王立魔術学院には庭師が雇われており、ほとんどの学生は魔術で物事を解決する。
 彼女の格好は目立ち、つい気になってジッと見てしまったのだ。
 そして、人の目を気にして、なるべく陰に隠れているのも怪しすぎて目立つ。
 
「アールグレーン公爵令嬢よ。なんて名前だったかしら?」
「ラーラ? リーラ?」
「【魔力なし】ってことだけは知っているわ」

 令嬢たちはサーラに興味すらないようで、どうでもよさそうな口調だった。
 そして、すぐに話題は、兄上が誰を妃に迎えるのかという話に移る。

「やっぱりルーカス様のお相手はソニヤ様でしょ!」
「優秀で美人だし、四大公爵家ご令嬢のソニヤ様には誰も勝てないわ」

 サーラはぎゅっと帽子をつかみ、自分の存在を恥じるように顔を隠した。

 ――ああ、そうか。同じ四大公爵家の令嬢か。

 彼女はうつむき、花壇の前でしゃがんで、植えられた花の手入れを始めた。

「庭師に任せておけばいいだろう」
「いえ……。私にできることはこれくらいですから……」

 自信のない小さな声だった。
 よく見ると、彼女が手入れしている花は、風の魔術の授業でぐちゃぐちゃにされた花だった。
 魔術を使えないサーラは、自分の手でなんとかしようとしているようだ。

「これだけ花が散っていれば、元通りにはならない」
「わかってます。駄目になった花を捨てて、新しい花を植えたほうが早いでしょう。でも、生き残った花もあるんです。まだ花を咲かせることができるんです」
  
 サーラは黙々と作業を続けた。
 ボロボロの花に、自分の姿を重ね合わせているのかもしれない。

「手伝おう」
「えっ……で、で、でも、リアム様。土で汚れますわ」
「平気だ。この間も鳥の巣箱を作るのを手伝った」
「そ、そうです。よく覚えていらっしゃいますね」

 王立魔術学院の庭に鳥の巣箱を置きたいのだと、サーラは言っていた。
 サーラは魔道具師だが、不器用すぎて鳥の巣箱を作れなかったのである。

「手伝ってもらってばかりで、申し訳ございません……」
「別に。ただ暇を潰しているだけだ。授業が終わったら、やることもないしな」
「そ、そうですよね……。リアム様はいつも一番で……試験勉強をしているところも見たことありませんし……」
「授業だけでじゅうぶんだろう?」

 俺の言葉にサーラは恥ずかしそうな顔をして、帽子をつかむ。
 また顔を隠すのかと思っていたら、彼女の空色の目がパッと明るくなり、こちらへ向かってくる人物を見つめていた。
 砂粒ほどの大きさだったのに、誰であるかサーラにはわかるようだった。
 
「サーラは兄上のことが好きなのか?」

 彼女の視線の先には、兄上がいた。
 いつも着飾った女性を侍らせているが、今日は珍しく女性を伴わずに歩いている。

「そ、そんな! 私がルーカス様を好きなんて、おこがましいです! ただ……その……ルーカス様は、社交界にデビューした時、私に話しかけてくださったことがあるので……あ、あ、憧れっていうか……」
 
 顔を赤くして否定していたが、どうやら正解だったようだ。

「公爵家なら、身分的にも問題ないのでは?」
「でも、私は【魔力なし】ですし、魔道具師としても平凡で……」

 兄上は魔術師であることを誇りに思っている。

「関係ないと思うが」
「リアム様に【魔力なし】の気持ちはわかりません……」

 サーラな泣きそうな顔をし、黙り込んだ。
 言ってはいけないことを言ってしまったらしい――そう思っていると、さっきは遠くにいた兄上が、すぐ近くにまでやってきていた。

「リアム。子供らしく土遊びか?」

 正直、兄上は好きではない。
 向こうも俺を好きではないだろうから、おあいこだ。
 俺が黙っていると、兄上はなぜか勝ち誇った顔で笑い、サーラを見た。
 
「サーラ」
「はっ、はい……!」

 サーラはおどおどしながら、帽子のつばの陰から、兄上を見る。
 兄上を直視するのも迷惑ではないかと思っているようだ。

「落ちこぼれで【魔力なし】の君に魅力はないけど、結婚してあげるよ」

 それは兄上からサーラへのプロポーズだった。
 落ちこぼれで魅力がないのに結婚する?
 言葉の意味がわからず、兄上になにか言おうとした瞬間、サーラが蚊の鳴くような声で返事をした。

「は、はい……。ありがとうございます……?」

 サーラ自身も今のがプロポーズなのかどうか、わかっていないようだった。

 ――兄上はなにを考えているんだ?

 気が弱く、おとなしいサーラ。
 サーラが王宮でうまく立ち回れるとは思えなかった。
 先代は王子や王女たちが殺され、父だけになり、その前の代は妃たちが殺しあった。
 そして、兄上は父上と違い、積極的に四大公爵と接触している。
 それの意味するところは、また王宮が権力争いの場になり、妃とその子供たちが争いの道具になるということだ。
 十二歳の俺にでもわかることが、兄上にわからないわけがない。
 サーラを妃に迎えてどうしようというのか。

「妃に迎えるのが楽しみだよ」

 通りすぎた兄上からは、他の女性の香水の香りが漂っていた。
 それにサーラも気づき、帽子をぎゅっとつかんで顔を伏せた。

 ――サーラは兄上と結婚して大丈夫なのか?

 俺は好きとか嫌いとか、人とあまり関わらないようにしているせいか、そういう感情はよくわからない。
 だが、彼女にとって、この結婚が不幸なものになるのではないだろうかという予感はあった。 
 けれど、サーラは兄上に好意を持っている。
 だから、俺は彼女を止めることができなかった――

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 ――予感は当たった。

 あの時、サーラを止めていれば、なにか変わったかもしれないと思うこともあった。
 でも今は違う。
 
「きっとサーラは、俺が止めても兄上と結婚していた」

 今の俺ならわかる。
 あの時のサーラの気持ちが――

「リアム様、いったいなにをしたんですか? ルーカス様は今すぐにでも処刑してやると、凄まじい勢いで怒っていましたよ」

 兄上の怒りがよほど凄まじかったのか、部下は心配そうな顔をした。
 俺の部下の宮廷魔術師だか、兄上かサンダール公爵に命じられて監視している。
 完全な味方とは言い難いが、宮廷魔術師とはいえ、貴族に名を連ねる一人。
 逆らうのは難しい。

「あれほどルーカス様を怒らせたのは初めてではないですか?」
「まあ、そうだな」
「リアム様と戦うのはごめんですよ。ルーカス様に謝って、問題を解決するしかありません」
「解決は無理だろう」
「無理とは……?」

 俺を監視できるのは宮廷魔術師だけで、監視役に命じられ、常に俺のそばにいる。
 ユディンから俺とサーラの滞在について、兄上が報告を受ければ、怒り狂うのはわかっていたことだ。
 アールグレーン公爵家の勘当を解き、サーラを妃にするつもりだっただろうが、そうもいかなくなったというわけだ。
 なぜなら――
 
「兄上からサーラを奪った」

『一夜を共にした』
 この事実がある限り、兄上はサーラを妻に迎えることができなくなったのだ。

「サーラ様をルーカス様から奪ったのですか?」
「意外か?」
「は、はぁ……。人に興味がなさそうなリアム様が、そんな大胆なことをされるとは思いませんでした……」

 部下は納得できないという顔をしていた。

「兄上が俺を呼んでいるのだろう?」
「は、はい! そうです……」
「兄上のところへ行く」
  
 ――逃げはしない。

 俺が向かう未来さきには、十年前、サーラを氷の中に閉じ込めた犯人が待っている。
 そして、俺を殺そうとしている人間が――

【四章 了】
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