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第4章
21 できそこない? いいえ、魔道具師です!(1)
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到着後、食事のもてなしを受けた。
私とフランは、女性や子供たちと共に、クリームたっぷりのカラフルなケーキ、焼き菓子やサンドイッチ、フルーツが用意された客間へ案内された。
本格的な晩餐会は明日の夜、新しい公爵となるユディンのお祝いを兼ねて、行われるそうだ。
男性は食事だけでなく、お酒や煙草を楽しむため、私たちはリアムと引き離されてしまった。
――私の心境は実家というより、敵地なんですが……
私たちとリアムを引き離すための罠のような気がしてならない。
でも、逃げられない。
公爵家の使用人たちが部屋へ運んでくれるというので、馬車も荷物も預けてしまっている。
私の気分は囚われの小鳥。
ただし、いつでも屋敷を吹き飛ばせるリアムがいる。
心強いと言えば心強い……ま、まぁ、死人がでないことを祈るしかない。
そんなリアムは、ユディンと親族の男性たちと共に、お酒や煙草を楽しむ場へ赴いた。
私がフランの手をつないで、噛みつかんばかりに警戒していると、エリサさんは優しげに微笑んだ。
「サーラ様。そんなに警戒されなくても大丈夫ですわ。リアム様がいる限り、誰もなにもできません」
「そ、そうですか?」
「本当に大丈夫かな……?」
私とフランは、ユディンじゃなく、話が通じそうなエリサさんでよかったと思った。
リアムのほうは心配しなくても大丈夫。
玄関の出迎えで、じゅうぶんリアムの危険性はわかってもらえたはずだ。
いくらユディンでも、リアムの脳筋思考には敵わない。
いざとなったら、魔術をぶちかます。
それが、リアムである。
「こちらへどうぞ」
エリサさんが客間の扉を開けた。
「うわぁ! 可愛い部屋!」
エリサさんに案内された客間があまりに素敵で、つい大きな声で喜んでしまった。
ライトグリーンのストライプと野バラの模様の壁紙が可愛い客間。
カーテンは少し濃いめのグリーン、クッションは壁紙と合わせた野バラ模様、食器は白い野バラに統一されている。
大きな絵画が壁に飾られ、湖畔で遊ぶ人々を描いたものや庭でくつろぐ家族の姿のもの。
そんな明るく可愛い部屋だった。
女性のお客様に楽しんでもらおうという気持ちが伝わってくる。
「素敵な絵ですね。私の店にも、もっと絵を取り扱いたいんですけど、絵心がなくて……」
「サーラが描いた犬の絵を豚と間違えられるくらいだからね」
「ぐっ! フラン。あれは抽象画ですよ、抽象画!」
エリサさんはぽつりと呟くように言った。
「ここに飾ってある絵は、サーラ様のお店に置いても売れるような絵でしょうか?」
「もちろんです! ホッとする春の日みたいな絵だなって思ったんです。客間に飾れたら、お客様に自慢できますよ!」
「そうですか……」
――あ、あれ? なにか悪いことをいってしまった?
エリサさんは微笑んでいたけれど、その微笑みが悲しげ見えた。
「エリサさん。いつまで立ち話をなさってるおつもり? サーラ様に紹介していただけないのかしら?」
「気が利かないこと! それで公爵夫人として振る舞えるの?」
「ユディン様があなたでないと駄目だから、妻に迎えましたけどね! 本来なら、あなたのご実家程度の家格では、嫁げる相手ではないのですからね」
着飾った親族女性たちが、ドンッとソファーに座り、こちらを見ていた。
客間は広いとはいえ、十人ほどいる女性は貫禄があり、豪華なアクセサリーや大きなリボンのドレスが空間を狭く見せていた。
――ド派手な人ばかり。たしかにすごいドレスなのはわかるけど、ファッションショーみたい。
それに比べ、エリサさんのドレスは控えめだけど、落ち着いていてセンスがいい。
気になるのはそれだけじゃない。
エリサさんが彼女らの攻撃を受け、同席しているアルトとリリヤは気まずい顔をしている。
「詳しい事情は知りませんが、子供がいる前で母親を侮辱するような言い方は……」
私が反撃しようとすると、エリサさんはド派手な女性たちに深く頭を下げて謝った。
「申し訳ございません」
――な、なんで? エリサさんはユディンから妻って呼ばれるくらい愛されていて、フォローもできる機転の利く女性ですよ!?
エリサさんが謝る理由がない。
私が不満そうな顔をしていると、エリサさんはにこりと微笑んだ。
「サーラ様。右側から順番にご紹介いたしますわ。大伯母様、大伯母様の従姉妹、その後ろに座っていらっしゃるのが従姉妹の子の……」
エリサさんの紹介が延々と続いた。
ユディンが当主になるからか、大勢の親族が集まっている。
私と隣のフランのお腹がぐうっと鳴った。
お昼を食べる暇がなかったし、いつものおやつタイムもない。
テーブルにはサンドイッチやケーキ、焼き菓子、フルーツなどが用意され、いつでも好きなように食べられる――話が終わればだけど。
――お預けされた犬の気持ちがわかります。ポチ……
前世、飼っていた犬のポチに『マテ』をした自分の極悪非道さを悔いた。
ポチを思い出し、フランの耳をなでると、じろりとにらまれた。
少しなでただけなのに、フランは厳しい。
「サーラ様。リアム様やルーカス様をどのような方法でろう絡いたしましたの?」
「ぜひ、教えていただきたいわ」
「王子二人を手玉にとるなんて、よっぽどの悪女……いえ、魅力的なのでしょうね」
紹介が終わった途端、これである。
エリサさんを攻撃したのに、アールグレーン公爵令嬢らしくない振る舞いをせず、逆らってばかりの私を攻撃しなかった理由がわかった。
ルーカス様とリアムという王子二人に、気に入られる方法を教えてもらおうというのだ。
――気に入られているというよりも、ルーカス様からは敵視されてるような気がしますけど。
「サーラ。リアム様が一緒にきてくれてよかったね……」
隣のフランがぼそっとつぶやいた。
ヴィフレア貴族の頂点である四大公爵家。
そのプライドも頂点だ。
【魔力なし】で反抗的な私だけだったら、フランを守れなかっただろうし、どんな目にあっていたかわからない。
「わたくしたちも王宮の現状は存じてますけど、リアム様は宮廷魔術師長! 血筋も素晴らしいし、婿として迎えたいという家もございますのよ」
「む、婿!? リアムを婿?」
私が驚いていると、さらに信じられないことを言い出した。
「ルーカス様が即位されるのでしたら、王妃が必要ですわ。どんなタイプがお好きなのかしら?」
「サーラ様に似たような女性を選んで、王宮へやってはどう?」
「似たような……似ている方っているかしら?」
彼女らは真剣に考えているようで、私の意見を期待していた。
――元だけど、私がリアムの婚約者って知ってますよね?
それなのに、遠慮する様子はゼローーゼロである!
なりふり構わず、彼女たちが必死になるのは、ヴィフレア王家は四大公爵家以上のお金持ちであり、魔力量の多い王家の血が欲しいからだ。
年頃の令嬢がいるなら、あわよくば王子の妃にと考えてもおかしくない。
しかも、ルーカス様の妃だったソニヤは幽閉され、二人の王子の妃は不在という状況だ。
でも、二人のタイプなんて知らないし、ルーカス様は気に入られているというより、敵視されていると思う。
私がどう答えていいかわからず、黙っていると、エリサさんが助けてくれた。
「皆様。サーラ様は長旅でお疲れです。ゆっくりお食事をしていただいてから、お話をうかがいませんか?」
エリサさんから言われたのが気に入らなかったのか、扇子を口もとにあて、ひそひそ話し出す。
「ユディン様の乳母の娘ごときが、わたくしたちに命令するなんて、信じられないわ」
「ユディン様がエリサさんしか触れられないから、仕方なく妻になっただけなのにね」
「運がいいこと。本来なら、乳母の娘が次期公爵の妻になるなんて、ありえませんものねぇ」
この場に自分たちの子供だけでなく、アルトとリリヤもいるのだ。
子供たちには大人が話している内容がわからないとでも思っているのか、平気な顔でエリサさんを馬鹿にする。
――この雰囲気を変えなくては!
「実は、私から皆さんにお土産があるんです」
「お土産ですって?」
「まさか、鍋……?」
――鍋のイメージが強すぎませんか?
お土産は喜んでもらえそうな魔道具を用意した。
うまくいけば、【魔力なし】であっても、魔道具師としてやっていける――その証明にもなるからだ。
給仕のため、そばで控えていたメイドに声をかけた。
「お茶を運んでいただいてもよろしいですか?」
メイドは私に一礼すると、客間から出て行った。
「お茶がお土産ですの?」
「魔道具ではなく、茶葉?」
「鍋に入った料理かしら……?」
誰も想像がつかないようだ。
お土産を披露するため、荷物を運び入れた際、前もってメイドに頼んでおいた。
メイドが再び現れ、ワゴンを部屋へ運び入れた。
クリーム色の陶器のティーカップにお茶を注ぎ、それを全員の前に置く。
子供たちには、ホットミルクが用意された。
「模様もなにもないティーカップね」
「お茶は普通の味だわ」
「これ、ただのホットミルクだよー?」
「お砂糖いれてほしーい!」
静かだったアルトとリリヤが、ホットミルクを飲んで顔をしかめた。
どうやら、いつも甘いミルクを飲んでいるらしい。
「サーラ、本当に大丈夫?」
「フラン、驚くのはこれからですよ」
みんなの反応が微妙で、フランは不安そうな顔をし、私に尋ねた。
でも、効果がわかるのはまだ先のこと。
「こんな地味なティーカップで、お茶をする気になれませんわ」
「茶器も楽しみの一つですのに……」
――シンプルでなにが悪いんですか!
そう言いたい気持ちをぐっとこらえた。
ざわざわする中、私は素知らぬ顔でサンドイッチを口にし、焼き菓子を食べる。
さすがお金持ちなアールグレーン公爵家だけあって、パンはふわっとしっとり微かな甘みがあり、生クリームを使用したパンではないかと思われる。
さらに焼き菓子にはバターや卵の味がしっかり残り、素材の良いものだけを厳選されて作られているようだ。
そして、なによりも焼き菓子一つにもこだわりがあり、ラベンダーや薔薇などの花が飾りに使われている。
すべてが華やかで美しい。
エリサさんは私を心配そうに眺めていた。
けれど、私は無言のまま、無地のティーカップを手に取り、素知らぬ顔でお茶を飲む。
そんな私の隣でエリサさんはお茶を一口飲んだ――
「えっ!?」
「エリサさん? どうなさったの?」
「味でもおかしかった?」
エリサさんが不思議そうにティーカップを傾けた。
「い、いえ……その……お茶が少しも冷めてなくて、まるで今、注いだばかりみたいに熱くて……」
普通のティーカップなら、ぬるくなっていたはずだ。
エリサさんはティーカップを何度も眺めた。
「まあ、おおげさですこと。そんなわけが……熱い!?」
「騙されませんことよ……あっ、あつっ!」
次々、お茶を飲んで温度を確認し出した。
「まさか。このティーカップのせい?」
「このティーカップに入っていると、お茶が冷めないの?」
全員が私を見る。
そこで、私はにっこり微笑み、ティーカップを傾けた。
まだ白い湯気が上がっている。
「皆さん。お茶を飲んでいる途中で、おしゃべりに夢中になってしまったり、子供や夫に呼ばれ、他のことに手を取られてしまいがちではないですか?」
「そうねぇ……」
「飲んだ時には冷めてぬるくなっているわね」
これは王妃様のところへうかがった時にひらめいたものだ。
それは言えないけれど、私はうなずいた。
「そんな方のために、お茶をいつまでも熱々に保つティーポットとティーカップを開発しました」
クリーム色をした陶器の茶器は、普段使っているものとなんら変わりがなく見える。
「魔石の配分は秘密ですが、鍛冶師のニルソンさんと陶芸家の方に頼んで、土と魔石を混ぜて作りました」
「鍛冶師……ただの陶器ではないということですの?」
「そういわれたら、飲み口やカップ自体は熱くないわ」
「カップが熱くならないよう何層にもなってます。そして、魔石によって中の水分だけを温めることができるんです」
適温に保ち続けるため、水分を沸かす魔石の配合が一番難しかった。
さっきまで、私を【魔力なし】のできそこない――そう思っていた女性たちや子供たちは静かになった。
私の胸元には宮廷魔道具師の証が輝いている。
「宮廷魔道具師になったというのは、リアム様のコネではないのね」
「王都で大成功を収めているというのも、本当だったみたい」
どうやら、私の成功はリアムの助けによるものだと思っていたようだ。
「こちらのティーカップをお持ち帰りください。店での取り扱いはまだですが、戻り次第、量産するつもりでいます」
これで注文間違いなし!
貴族のお客様を大量にゲット!
そう確信していた、
それなのに――
「サーラ様。このティーカップのままでは売れませんわ」
エリサさんは難しい顔でティーカップを眺めながら、私に言った。
私とフランは、女性や子供たちと共に、クリームたっぷりのカラフルなケーキ、焼き菓子やサンドイッチ、フルーツが用意された客間へ案内された。
本格的な晩餐会は明日の夜、新しい公爵となるユディンのお祝いを兼ねて、行われるそうだ。
男性は食事だけでなく、お酒や煙草を楽しむため、私たちはリアムと引き離されてしまった。
――私の心境は実家というより、敵地なんですが……
私たちとリアムを引き離すための罠のような気がしてならない。
でも、逃げられない。
公爵家の使用人たちが部屋へ運んでくれるというので、馬車も荷物も預けてしまっている。
私の気分は囚われの小鳥。
ただし、いつでも屋敷を吹き飛ばせるリアムがいる。
心強いと言えば心強い……ま、まぁ、死人がでないことを祈るしかない。
そんなリアムは、ユディンと親族の男性たちと共に、お酒や煙草を楽しむ場へ赴いた。
私がフランの手をつないで、噛みつかんばかりに警戒していると、エリサさんは優しげに微笑んだ。
「サーラ様。そんなに警戒されなくても大丈夫ですわ。リアム様がいる限り、誰もなにもできません」
「そ、そうですか?」
「本当に大丈夫かな……?」
私とフランは、ユディンじゃなく、話が通じそうなエリサさんでよかったと思った。
リアムのほうは心配しなくても大丈夫。
玄関の出迎えで、じゅうぶんリアムの危険性はわかってもらえたはずだ。
いくらユディンでも、リアムの脳筋思考には敵わない。
いざとなったら、魔術をぶちかます。
それが、リアムである。
「こちらへどうぞ」
エリサさんが客間の扉を開けた。
「うわぁ! 可愛い部屋!」
エリサさんに案内された客間があまりに素敵で、つい大きな声で喜んでしまった。
ライトグリーンのストライプと野バラの模様の壁紙が可愛い客間。
カーテンは少し濃いめのグリーン、クッションは壁紙と合わせた野バラ模様、食器は白い野バラに統一されている。
大きな絵画が壁に飾られ、湖畔で遊ぶ人々を描いたものや庭でくつろぐ家族の姿のもの。
そんな明るく可愛い部屋だった。
女性のお客様に楽しんでもらおうという気持ちが伝わってくる。
「素敵な絵ですね。私の店にも、もっと絵を取り扱いたいんですけど、絵心がなくて……」
「サーラが描いた犬の絵を豚と間違えられるくらいだからね」
「ぐっ! フラン。あれは抽象画ですよ、抽象画!」
エリサさんはぽつりと呟くように言った。
「ここに飾ってある絵は、サーラ様のお店に置いても売れるような絵でしょうか?」
「もちろんです! ホッとする春の日みたいな絵だなって思ったんです。客間に飾れたら、お客様に自慢できますよ!」
「そうですか……」
――あ、あれ? なにか悪いことをいってしまった?
エリサさんは微笑んでいたけれど、その微笑みが悲しげ見えた。
「エリサさん。いつまで立ち話をなさってるおつもり? サーラ様に紹介していただけないのかしら?」
「気が利かないこと! それで公爵夫人として振る舞えるの?」
「ユディン様があなたでないと駄目だから、妻に迎えましたけどね! 本来なら、あなたのご実家程度の家格では、嫁げる相手ではないのですからね」
着飾った親族女性たちが、ドンッとソファーに座り、こちらを見ていた。
客間は広いとはいえ、十人ほどいる女性は貫禄があり、豪華なアクセサリーや大きなリボンのドレスが空間を狭く見せていた。
――ド派手な人ばかり。たしかにすごいドレスなのはわかるけど、ファッションショーみたい。
それに比べ、エリサさんのドレスは控えめだけど、落ち着いていてセンスがいい。
気になるのはそれだけじゃない。
エリサさんが彼女らの攻撃を受け、同席しているアルトとリリヤは気まずい顔をしている。
「詳しい事情は知りませんが、子供がいる前で母親を侮辱するような言い方は……」
私が反撃しようとすると、エリサさんはド派手な女性たちに深く頭を下げて謝った。
「申し訳ございません」
――な、なんで? エリサさんはユディンから妻って呼ばれるくらい愛されていて、フォローもできる機転の利く女性ですよ!?
エリサさんが謝る理由がない。
私が不満そうな顔をしていると、エリサさんはにこりと微笑んだ。
「サーラ様。右側から順番にご紹介いたしますわ。大伯母様、大伯母様の従姉妹、その後ろに座っていらっしゃるのが従姉妹の子の……」
エリサさんの紹介が延々と続いた。
ユディンが当主になるからか、大勢の親族が集まっている。
私と隣のフランのお腹がぐうっと鳴った。
お昼を食べる暇がなかったし、いつものおやつタイムもない。
テーブルにはサンドイッチやケーキ、焼き菓子、フルーツなどが用意され、いつでも好きなように食べられる――話が終わればだけど。
――お預けされた犬の気持ちがわかります。ポチ……
前世、飼っていた犬のポチに『マテ』をした自分の極悪非道さを悔いた。
ポチを思い出し、フランの耳をなでると、じろりとにらまれた。
少しなでただけなのに、フランは厳しい。
「サーラ様。リアム様やルーカス様をどのような方法でろう絡いたしましたの?」
「ぜひ、教えていただきたいわ」
「王子二人を手玉にとるなんて、よっぽどの悪女……いえ、魅力的なのでしょうね」
紹介が終わった途端、これである。
エリサさんを攻撃したのに、アールグレーン公爵令嬢らしくない振る舞いをせず、逆らってばかりの私を攻撃しなかった理由がわかった。
ルーカス様とリアムという王子二人に、気に入られる方法を教えてもらおうというのだ。
――気に入られているというよりも、ルーカス様からは敵視されてるような気がしますけど。
「サーラ。リアム様が一緒にきてくれてよかったね……」
隣のフランがぼそっとつぶやいた。
ヴィフレア貴族の頂点である四大公爵家。
そのプライドも頂点だ。
【魔力なし】で反抗的な私だけだったら、フランを守れなかっただろうし、どんな目にあっていたかわからない。
「わたくしたちも王宮の現状は存じてますけど、リアム様は宮廷魔術師長! 血筋も素晴らしいし、婿として迎えたいという家もございますのよ」
「む、婿!? リアムを婿?」
私が驚いていると、さらに信じられないことを言い出した。
「ルーカス様が即位されるのでしたら、王妃が必要ですわ。どんなタイプがお好きなのかしら?」
「サーラ様に似たような女性を選んで、王宮へやってはどう?」
「似たような……似ている方っているかしら?」
彼女らは真剣に考えているようで、私の意見を期待していた。
――元だけど、私がリアムの婚約者って知ってますよね?
それなのに、遠慮する様子はゼローーゼロである!
なりふり構わず、彼女たちが必死になるのは、ヴィフレア王家は四大公爵家以上のお金持ちであり、魔力量の多い王家の血が欲しいからだ。
年頃の令嬢がいるなら、あわよくば王子の妃にと考えてもおかしくない。
しかも、ルーカス様の妃だったソニヤは幽閉され、二人の王子の妃は不在という状況だ。
でも、二人のタイプなんて知らないし、ルーカス様は気に入られているというより、敵視されていると思う。
私がどう答えていいかわからず、黙っていると、エリサさんが助けてくれた。
「皆様。サーラ様は長旅でお疲れです。ゆっくりお食事をしていただいてから、お話をうかがいませんか?」
エリサさんから言われたのが気に入らなかったのか、扇子を口もとにあて、ひそひそ話し出す。
「ユディン様の乳母の娘ごときが、わたくしたちに命令するなんて、信じられないわ」
「ユディン様がエリサさんしか触れられないから、仕方なく妻になっただけなのにね」
「運がいいこと。本来なら、乳母の娘が次期公爵の妻になるなんて、ありえませんものねぇ」
この場に自分たちの子供だけでなく、アルトとリリヤもいるのだ。
子供たちには大人が話している内容がわからないとでも思っているのか、平気な顔でエリサさんを馬鹿にする。
――この雰囲気を変えなくては!
「実は、私から皆さんにお土産があるんです」
「お土産ですって?」
「まさか、鍋……?」
――鍋のイメージが強すぎませんか?
お土産は喜んでもらえそうな魔道具を用意した。
うまくいけば、【魔力なし】であっても、魔道具師としてやっていける――その証明にもなるからだ。
給仕のため、そばで控えていたメイドに声をかけた。
「お茶を運んでいただいてもよろしいですか?」
メイドは私に一礼すると、客間から出て行った。
「お茶がお土産ですの?」
「魔道具ではなく、茶葉?」
「鍋に入った料理かしら……?」
誰も想像がつかないようだ。
お土産を披露するため、荷物を運び入れた際、前もってメイドに頼んでおいた。
メイドが再び現れ、ワゴンを部屋へ運び入れた。
クリーム色の陶器のティーカップにお茶を注ぎ、それを全員の前に置く。
子供たちには、ホットミルクが用意された。
「模様もなにもないティーカップね」
「お茶は普通の味だわ」
「これ、ただのホットミルクだよー?」
「お砂糖いれてほしーい!」
静かだったアルトとリリヤが、ホットミルクを飲んで顔をしかめた。
どうやら、いつも甘いミルクを飲んでいるらしい。
「サーラ、本当に大丈夫?」
「フラン、驚くのはこれからですよ」
みんなの反応が微妙で、フランは不安そうな顔をし、私に尋ねた。
でも、効果がわかるのはまだ先のこと。
「こんな地味なティーカップで、お茶をする気になれませんわ」
「茶器も楽しみの一つですのに……」
――シンプルでなにが悪いんですか!
そう言いたい気持ちをぐっとこらえた。
ざわざわする中、私は素知らぬ顔でサンドイッチを口にし、焼き菓子を食べる。
さすがお金持ちなアールグレーン公爵家だけあって、パンはふわっとしっとり微かな甘みがあり、生クリームを使用したパンではないかと思われる。
さらに焼き菓子にはバターや卵の味がしっかり残り、素材の良いものだけを厳選されて作られているようだ。
そして、なによりも焼き菓子一つにもこだわりがあり、ラベンダーや薔薇などの花が飾りに使われている。
すべてが華やかで美しい。
エリサさんは私を心配そうに眺めていた。
けれど、私は無言のまま、無地のティーカップを手に取り、素知らぬ顔でお茶を飲む。
そんな私の隣でエリサさんはお茶を一口飲んだ――
「えっ!?」
「エリサさん? どうなさったの?」
「味でもおかしかった?」
エリサさんが不思議そうにティーカップを傾けた。
「い、いえ……その……お茶が少しも冷めてなくて、まるで今、注いだばかりみたいに熱くて……」
普通のティーカップなら、ぬるくなっていたはずだ。
エリサさんはティーカップを何度も眺めた。
「まあ、おおげさですこと。そんなわけが……熱い!?」
「騙されませんことよ……あっ、あつっ!」
次々、お茶を飲んで温度を確認し出した。
「まさか。このティーカップのせい?」
「このティーカップに入っていると、お茶が冷めないの?」
全員が私を見る。
そこで、私はにっこり微笑み、ティーカップを傾けた。
まだ白い湯気が上がっている。
「皆さん。お茶を飲んでいる途中で、おしゃべりに夢中になってしまったり、子供や夫に呼ばれ、他のことに手を取られてしまいがちではないですか?」
「そうねぇ……」
「飲んだ時には冷めてぬるくなっているわね」
これは王妃様のところへうかがった時にひらめいたものだ。
それは言えないけれど、私はうなずいた。
「そんな方のために、お茶をいつまでも熱々に保つティーポットとティーカップを開発しました」
クリーム色をした陶器の茶器は、普段使っているものとなんら変わりがなく見える。
「魔石の配分は秘密ですが、鍛冶師のニルソンさんと陶芸家の方に頼んで、土と魔石を混ぜて作りました」
「鍛冶師……ただの陶器ではないということですの?」
「そういわれたら、飲み口やカップ自体は熱くないわ」
「カップが熱くならないよう何層にもなってます。そして、魔石によって中の水分だけを温めることができるんです」
適温に保ち続けるため、水分を沸かす魔石の配合が一番難しかった。
さっきまで、私を【魔力なし】のできそこない――そう思っていた女性たちや子供たちは静かになった。
私の胸元には宮廷魔道具師の証が輝いている。
「宮廷魔道具師になったというのは、リアム様のコネではないのね」
「王都で大成功を収めているというのも、本当だったみたい」
どうやら、私の成功はリアムの助けによるものだと思っていたようだ。
「こちらのティーカップをお持ち帰りください。店での取り扱いはまだですが、戻り次第、量産するつもりでいます」
これで注文間違いなし!
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そう確信していた、
それなのに――
「サーラ様。このティーカップのままでは売れませんわ」
エリサさんは難しい顔でティーカップを眺めながら、私に言った。
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