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第4章
11 サーラのお兄様!?(2)
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「ユディンが公爵に? ああ、アールグレーン公爵家の代替わりか」
納得したのか、リアムはブレスレットから手を離した。
魔石の輝きが消え、ユディンはホッと息を吐いた。
「まったく、もう……。リアム様は怖いな~。アールグレーン家のしきたりで、代替わりには親族全員の承認サインが必要なんですよ」
「紙切れにサインするだけだ。この場で終わらせたらどうだ?」
「親族を集めた場でサインすることになっているんです」
嘘でもなさそうだけど、ユディンにはきっとなにか思惑がある。
リアムもそれを察し、この場でサインしたらいいのではと言ったのだ。
「もちろん、タダで領地に来いとは言わないよ。今の君は商人だし、店を休業する分と旅費を含む報酬を支払おう」
「報酬ですか!?」
思わず、前のめりになってしまった。
旅ができる上に、報酬まであるなんて、オイシイ話だ。
心なしかリアムが冷たい目をしている気がしたけど、こっちは裏通りの店主。
がっつり稼いでいる宮廷魔術師長に、私の気持ちはわかるまい!
「サーラが幼い頃から暮らしていた王都の屋敷をあげるよ。アールグレーン公爵家が王都で所有している本邸は別にあるしね」
「え? 本邸……?」
――まさか、サーラが暮らしていた王都の屋敷は本邸ではない?
領地へ一度も連れていってもらえなかったばかりか、サーラだけ王都での住まいも別だったようだ。
「あれ? もしかして、気づいてなかった?」
「いえ、その……」
ユディンは私に哀れみの目を向けた。
そう言われたら、王宮へ向かう時、アールグレーン公爵家の大きな屋敷を目にした。
あそこはサーラが暮らしていた場所ではない……
「サーラが住んでいた屋敷は表通りにあるけど、王宮から遠い。四大公爵家の屋敷なら、王宮のそばにあるものだよ。そうだよね、リアム様?」
リアムはサーラが暮らしていた場所が、アールグレーン公爵家の別邸だと知っていたらしく、険しい顔をしただけで答えなかった。
「まあ、いいや。俺はね、両親とは違うよ。仮にも公爵になる俺の妹を裏通りの小屋に住まわせるなんてことはしない」
「小屋じゃありません!」
「あれ? 違った? アールグレーン公爵家の馬小屋より小さいけど?」
「ここは私の大切な店です。あまり失礼なことを言うなら、出ていってもらいます。失礼な人間は出入り禁止。それが私の店のルールです」
「気に障ったなら、ごめんね? 領地に来ればわかると思うけど、環境が違いすぎるから、仕方ないと思うんだ」
口では謝っていても、口元には笑みを浮かべ、少しも悪いと思ってない態度だ。
「アールグレーン公爵家の美しい領地を見れば納得すると思うよ。君のセンスも磨かれると思うしね?」
――またセンスって言われた!
ファルクさんに続き、名画『ポチ』を駄目だしされた挙句、ユディンにまでセンスを指摘された。
確かに私の店は可愛いと評判だけど、魔道具が可愛いと言われたことはない。
言い返せず、口ごもった。
「来るだろう?」
「返事をする前に聞かせてください。ユディンお兄様は、私の勘当を解いて、ルーカス様の妃にするつもりですか?」
ユディンは侍従を横目でちらりと見た。
そして、リアムを見る。
リアムの表情はミリも変わってない。
相変わらずの無表情だった。
「そうだね~。今のところ、君をルーカスの妃にするのが、一番いいかなって思ってるよ」
「ユディン様! さすがルーカス様のご友人!」
侍従が賛同とばかりに、大きな拍手を送る。
アールグレーン公爵家は私をルーカス様の妃にする方向で動いているようだ。
国王代行となったルーカス様。
そのルーカス様の妃にさせたいのは、当然のように思えた。
しかも、ユディンはルーカス様の友人だという。
でも、私は――
「私はルーカス様の妃にはなりません!」
きっぱり断った私に、ユディンは嫌な顔をするはずだと思った。
でも違っていた。
「兄から妹へ人生のアドバイスをしてあげよう。正直に生きるだけがすべてじゃない。時には嘘も必要だ」
「嘘をつけば、どこかに無理が出て歪みができます。私は商売をする上で、心がけているのは正直であることです」
「本当にサーラは馬鹿正直だね~」
「ば、馬鹿!? 馬鹿って言いましたね!」
私とユディンが火花を散らしていると、リアムが割ってはいった。
「ユディン。兄妹喧嘩をするためにここに来たわけじゃないだろう。サーラ、領地へ行くつもりか?」
「それは……」
――罠だとわかっていても行きたい。だって、報酬は表通りの家と土地。簡単に手に入るものじゃない。
貴族しか所有できない表通りの土地。
その土地を領地に行くだけで、私に譲ってくれるという。
こんなチャンスは二度と巡ってこないだろう。
ユディンは交渉がうまい。
素材や珍品程度だったら、リアムが介入すれば、どうにでもなる。
でも、土地と屋敷は違う。
リアムから購入するとしても高額だし、土地は王家のもので国王代行となったルーカス様に、いつ没収されるかわからない。
それに、私には王宮を出る時の条件として、リアムの助けを借りないという約束をルーカス様とした。
「できたら、引き受けたいところですが、罠ですよね?」
答えるわけないと思っていたけど、案の定、ユディンはにこにこ笑っていて否定しなかった。
「罠とは限らない。四大公爵が代替わりを行う理由として、もっとも多いのは、直系一族の支配力が弱まり、傍系一族を抑えられなくなった時だ」
「さすが、リアム様。よくご存じで」
「当主に失態が続き、一族を率いる能力がないと判断された場合が多い。ノルデン公爵がそうだったように」
私の暗殺に失敗したノルデン公爵の一族は、比較的温暖だった土地を没収され、ほとんど作物も採れない凍土に閉じ込められた。
ノルデン一族は傍系の男性を当主に据え、処罰を受け入れて静かに暮らしている。
「もしかして、サーラが商人になったり、ルーカス様の妃にならなかったりしたから?」
フランがリアムに尋ねると、『そうだ』というように、首を縦に振った。
どうやら、私の存在が両親を破滅に追いやり、代替わりを早めた原因のようである。
「はい、契約書。契約の証人はリアム様がいるし、誤魔化すことはできないから安心だよ~」
ユディンは私に土地の権利と屋敷の権利を譲渡するという契約書を差し出した。
私とリアムで、契約書を確認し合う。
「おかしなところはないな」
「本当ですか?」
譲渡する条件として、領地に行くことだけが書かれている。
さらに、契約書は商人ギルドの承認印が入っていて、契約違反があれば、商人ギルドが介入してくれる保証付き。
「ああ。これなら、サインしてもいいだろう」
契約書をリアムが確認し、問題ないと判断したようで、私に手渡す。
でも、アールグレーン公爵家が私の勘当を解いたら、ルーカス様は私を妃にする。
リアムはサインしてもいいと言ったけど、なにも思わないのだろうか。
――そうですよね……。私とリアムは仮の婚約者同士で、特別な感情なんてないですし。
心なしか、胸がモヤモヤした。
リアムを証人に、私が契約書にサインをすると、ユディンがパチンと指を鳴らした。
複写式の紙が、ユディンの風魔法によって三枚に分かれ、それぞれの手元へ配られた。
「証人のリアム様には、お手数ですが商人ギルドへ提出いただけますか?」
「わかった」
私の気のせいでなければ、ユディンはリアムにだけ敬意を払っている。
それは、態度や口調、敬称などで察することができた。
ルーカス様の名前を呼ぶ時と違う。
――でも、国王代行のルーカス様の味方よね?
「じゃあ、サーラ。領地で待ってるよ!」
ユディンはとてもいい笑顔で椅子から立ち上がった。
侍従も私とアールグレーン公爵家が、和解すると知って機嫌がいい。
勘当を解かれたら、私の身分はアールグレーン公爵令嬢に戻るのだから――
「領地からお戻りになられたら、王宮入りするとルーカス様にお伝えしておきましょう。では!」
ユディンと侍従は軽やかな足取りで去っていった。
アールグレーン商会の戦略会議は、サーラの兄ユディンの登場によって、なんの戦略も練られることなく終わったのだった……
納得したのか、リアムはブレスレットから手を離した。
魔石の輝きが消え、ユディンはホッと息を吐いた。
「まったく、もう……。リアム様は怖いな~。アールグレーン家のしきたりで、代替わりには親族全員の承認サインが必要なんですよ」
「紙切れにサインするだけだ。この場で終わらせたらどうだ?」
「親族を集めた場でサインすることになっているんです」
嘘でもなさそうだけど、ユディンにはきっとなにか思惑がある。
リアムもそれを察し、この場でサインしたらいいのではと言ったのだ。
「もちろん、タダで領地に来いとは言わないよ。今の君は商人だし、店を休業する分と旅費を含む報酬を支払おう」
「報酬ですか!?」
思わず、前のめりになってしまった。
旅ができる上に、報酬まであるなんて、オイシイ話だ。
心なしかリアムが冷たい目をしている気がしたけど、こっちは裏通りの店主。
がっつり稼いでいる宮廷魔術師長に、私の気持ちはわかるまい!
「サーラが幼い頃から暮らしていた王都の屋敷をあげるよ。アールグレーン公爵家が王都で所有している本邸は別にあるしね」
「え? 本邸……?」
――まさか、サーラが暮らしていた王都の屋敷は本邸ではない?
領地へ一度も連れていってもらえなかったばかりか、サーラだけ王都での住まいも別だったようだ。
「あれ? もしかして、気づいてなかった?」
「いえ、その……」
ユディンは私に哀れみの目を向けた。
そう言われたら、王宮へ向かう時、アールグレーン公爵家の大きな屋敷を目にした。
あそこはサーラが暮らしていた場所ではない……
「サーラが住んでいた屋敷は表通りにあるけど、王宮から遠い。四大公爵家の屋敷なら、王宮のそばにあるものだよ。そうだよね、リアム様?」
リアムはサーラが暮らしていた場所が、アールグレーン公爵家の別邸だと知っていたらしく、険しい顔をしただけで答えなかった。
「まあ、いいや。俺はね、両親とは違うよ。仮にも公爵になる俺の妹を裏通りの小屋に住まわせるなんてことはしない」
「小屋じゃありません!」
「あれ? 違った? アールグレーン公爵家の馬小屋より小さいけど?」
「ここは私の大切な店です。あまり失礼なことを言うなら、出ていってもらいます。失礼な人間は出入り禁止。それが私の店のルールです」
「気に障ったなら、ごめんね? 領地に来ればわかると思うけど、環境が違いすぎるから、仕方ないと思うんだ」
口では謝っていても、口元には笑みを浮かべ、少しも悪いと思ってない態度だ。
「アールグレーン公爵家の美しい領地を見れば納得すると思うよ。君のセンスも磨かれると思うしね?」
――またセンスって言われた!
ファルクさんに続き、名画『ポチ』を駄目だしされた挙句、ユディンにまでセンスを指摘された。
確かに私の店は可愛いと評判だけど、魔道具が可愛いと言われたことはない。
言い返せず、口ごもった。
「来るだろう?」
「返事をする前に聞かせてください。ユディンお兄様は、私の勘当を解いて、ルーカス様の妃にするつもりですか?」
ユディンは侍従を横目でちらりと見た。
そして、リアムを見る。
リアムの表情はミリも変わってない。
相変わらずの無表情だった。
「そうだね~。今のところ、君をルーカスの妃にするのが、一番いいかなって思ってるよ」
「ユディン様! さすがルーカス様のご友人!」
侍従が賛同とばかりに、大きな拍手を送る。
アールグレーン公爵家は私をルーカス様の妃にする方向で動いているようだ。
国王代行となったルーカス様。
そのルーカス様の妃にさせたいのは、当然のように思えた。
しかも、ユディンはルーカス様の友人だという。
でも、私は――
「私はルーカス様の妃にはなりません!」
きっぱり断った私に、ユディンは嫌な顔をするはずだと思った。
でも違っていた。
「兄から妹へ人生のアドバイスをしてあげよう。正直に生きるだけがすべてじゃない。時には嘘も必要だ」
「嘘をつけば、どこかに無理が出て歪みができます。私は商売をする上で、心がけているのは正直であることです」
「本当にサーラは馬鹿正直だね~」
「ば、馬鹿!? 馬鹿って言いましたね!」
私とユディンが火花を散らしていると、リアムが割ってはいった。
「ユディン。兄妹喧嘩をするためにここに来たわけじゃないだろう。サーラ、領地へ行くつもりか?」
「それは……」
――罠だとわかっていても行きたい。だって、報酬は表通りの家と土地。簡単に手に入るものじゃない。
貴族しか所有できない表通りの土地。
その土地を領地に行くだけで、私に譲ってくれるという。
こんなチャンスは二度と巡ってこないだろう。
ユディンは交渉がうまい。
素材や珍品程度だったら、リアムが介入すれば、どうにでもなる。
でも、土地と屋敷は違う。
リアムから購入するとしても高額だし、土地は王家のもので国王代行となったルーカス様に、いつ没収されるかわからない。
それに、私には王宮を出る時の条件として、リアムの助けを借りないという約束をルーカス様とした。
「できたら、引き受けたいところですが、罠ですよね?」
答えるわけないと思っていたけど、案の定、ユディンはにこにこ笑っていて否定しなかった。
「罠とは限らない。四大公爵が代替わりを行う理由として、もっとも多いのは、直系一族の支配力が弱まり、傍系一族を抑えられなくなった時だ」
「さすが、リアム様。よくご存じで」
「当主に失態が続き、一族を率いる能力がないと判断された場合が多い。ノルデン公爵がそうだったように」
私の暗殺に失敗したノルデン公爵の一族は、比較的温暖だった土地を没収され、ほとんど作物も採れない凍土に閉じ込められた。
ノルデン一族は傍系の男性を当主に据え、処罰を受け入れて静かに暮らしている。
「もしかして、サーラが商人になったり、ルーカス様の妃にならなかったりしたから?」
フランがリアムに尋ねると、『そうだ』というように、首を縦に振った。
どうやら、私の存在が両親を破滅に追いやり、代替わりを早めた原因のようである。
「はい、契約書。契約の証人はリアム様がいるし、誤魔化すことはできないから安心だよ~」
ユディンは私に土地の権利と屋敷の権利を譲渡するという契約書を差し出した。
私とリアムで、契約書を確認し合う。
「おかしなところはないな」
「本当ですか?」
譲渡する条件として、領地に行くことだけが書かれている。
さらに、契約書は商人ギルドの承認印が入っていて、契約違反があれば、商人ギルドが介入してくれる保証付き。
「ああ。これなら、サインしてもいいだろう」
契約書をリアムが確認し、問題ないと判断したようで、私に手渡す。
でも、アールグレーン公爵家が私の勘当を解いたら、ルーカス様は私を妃にする。
リアムはサインしてもいいと言ったけど、なにも思わないのだろうか。
――そうですよね……。私とリアムは仮の婚約者同士で、特別な感情なんてないですし。
心なしか、胸がモヤモヤした。
リアムを証人に、私が契約書にサインをすると、ユディンがパチンと指を鳴らした。
複写式の紙が、ユディンの風魔法によって三枚に分かれ、それぞれの手元へ配られた。
「証人のリアム様には、お手数ですが商人ギルドへ提出いただけますか?」
「わかった」
私の気のせいでなければ、ユディンはリアムにだけ敬意を払っている。
それは、態度や口調、敬称などで察することができた。
ルーカス様の名前を呼ぶ時と違う。
――でも、国王代行のルーカス様の味方よね?
「じゃあ、サーラ。領地で待ってるよ!」
ユディンはとてもいい笑顔で椅子から立ち上がった。
侍従も私とアールグレーン公爵家が、和解すると知って機嫌がいい。
勘当を解かれたら、私の身分はアールグレーン公爵令嬢に戻るのだから――
「領地からお戻りになられたら、王宮入りするとルーカス様にお伝えしておきましょう。では!」
ユディンと侍従は軽やかな足取りで去っていった。
アールグレーン商会の戦略会議は、サーラの兄ユディンの登場によって、なんの戦略も練られることなく終わったのだった……
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