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第4章
23 一晩を共に!?(1)
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嫌な予感がして、扉のほうを慌てて見た。
リアムはユディンに背を向けていて、彼の顔は見えない。
私に向かって、ユディンが手をひらひらと振り、からかうように笑っている。
――これは罠!
「リアム! ユディンお兄様を止めてください!」
リアムがユディンを気にするよりも先に、扉を閉められてしまった。
「どういうことだ?」
「これは罠です! 私たち、閉じ込められたんですよ!」
私は『見ててくださいよ?』というように、イノシシのごとく扉に突進した。
そこに見えない壁があるみたいに、私の体は扉に弾かれた。
弾かれた反動で、倒れかけたところをリアムが受け止めた。
「遊んでいるのか?」
「違います! これでわかりましたよね!?」
「なにがだ? わかりやすく説明しろ。なぜ、サーラが俺の部屋にいる?」
わかりやすく説明するため、体を張ったのに、リアムには伝わらなかったようである。
「私はエリサさんから、この部屋を使ってくださいと言われたんです。フランは隣の部屋です」
「つまり、俺だけの部屋ではないということか」
「そうです! 私とリアムを閉じ込めるための罠ですよ!」
リアムはようやく理解したのか、閉まった扉のほうへ目をやった。
「ユディン。そこにいるんだろう?」
リアムは扉に向かって話しかけた。
「いますよ。リアム様に屋敷を吹き飛ばされたくないですからね」
扉越しからユディンの声が返ってくる。
「それに、こうでもしないと、リアム様は俺と取引してくれませんしね」
「なにが取引だ。聞く前からわかる。どうせ、ろくでもない提案だ」
「一生懸命考えたのにろくでもないとか、ひどいな~」
リアムと取引だなんて穏やかな話ではなさそうだ。
きっと高度な政治絡みの話に違いない。
「それで、取引の内容は?」
「難しい話ではありません。リアム様にサーラと一晩過ごしていただくだけですよ」
「なっ!? リアムと私が一晩過ごす!? 同じ部屋で?」
私が動揺しているというのに、リアムのほうは胸の前で腕を組み、顔色ひとつ変えずにユディンの話を聞いていた。
「おとなしく一晩過ごしてもらえれば、獣人の子供の身の安全は保証しますよ」
「フランを人質にとるなんて卑怯です!」
「サーラ、うるさいよ。これは政治的な取引だ」
「私とリアムが一晩過ごすことの政治的な意味ってなんですか?」
ユディンはわざとらしいため息をついた。
「無理やり婚約破棄された二人は駆け落ちし、アールグレーン公爵領へ逃げ込んだ。けれど、俺はルーカスと親友で仲良し……」
「え? ルーカス様と親友なんですか?」
いちおう、呼び捨てにする関係ではあるみたいだけど、リアムのほうを見ると首をかしげていた。
どうやら、親友と思っているのはユディンだけのようだ。
「俺は親友を裏切れない! しかし! 最強の魔術師リアム様には対抗できず、一族を人質に取られて脅され、言いなりになるしかなかった!」
突然、ユディンが小芝居を始め出した。
「勝手にストーリーを作るな」
リアムに脅されたという部分だけ一致している。
でも、私とリアムは駆け落ちではない。
それを無理矢理、駆け落ち設定にしようとしているのだ。
アールグレーン公爵家側は、私が到着する前にリアムを同行していることをすでに把握し、策略をめぐらせていたというわけだ。
――宿屋を使っているし、領内を移動していたら、バレバレですよね……
つまり、火種を招き入れたというより、鴨が葱を背負ってやってきたようなもの。
政治的に火種となるリアムをあっさり招き入れた理由は、ルーカス様とリアム、どちらに王位が転がってもうまく立ち回れるようにするため。
これぞアールグレーン公爵家といったところなのだろうけど――いったいどんな策略を?
「一晩過ごせば、二人の恋人説も定着するってものだよ」
「こっ、こっ、恋人!? そんな勝手なこと言われても困ります!」
「俺に感謝してほしいな~」
「え? 感謝?」
ユディンは扉の向こうで、私を笑っている気がした。
「リアム様とサーラは婚約者だったんだろう?」
――そういえばそうだった。
ちらりとリアムを見る。
リアムは私に『なにも言うな』と目で合図してきた。
女優にはなれない私。
ここはリアムに任せたほうがよさそうだ。
「兄上が俺たちの婚約を無効にした。今は婚約者ではない」
「うんうん。そうだよね~。婚約が偽装じゃないかぎり、愛し合う二人が駆け落ちしてもおかしくないよね~?」
「ああ」
淡々と話すリアムに、『さすが、冷静な宮廷魔術師長!』だと思っていたのに、リアムはあっさりユディンの駆け落ち設定を受け入れた。
――リ、リアム~!? どうして、ユディンの策略に乗っかっているんですか?
まさかリアムが、ユディンの駆け落ち設定をのむとは思わなかった。
「俺は駆け落ちした二人を応援してあげてるだけだよ? いわば、恋のキューピット!」
ユディンの楽しげな声にイラッとして、とうとう黙っていられなくなった。
「なにがキューピットですか! 恋人たちを弓矢で射殺すキューピットなんて、お断りです……むがっ!」
リアムの手で口を塞がれ、私の抗議の声は消されてしまった。
「ユディン。最初から、俺をに閉じ込めるなど不可能だとわかっているはずだ。本気で俺を閉じ込めたいのなら、建国の魔道具師を連れてくるんだな」
リアムとユディン――どっちが悪人がわからないセリフである。
「リアム様はやっぱり怖いなぁ~。一応、その扉は簡単に破壊できないよう宮廷魔道具師に頼んだ特注の扉なんだけど」
「扉以外を壊す。壁がだめなら窓。窓がだめなら天井を壊そう」
――リアムは容赦がない。
扉の前で、ユディンが苦笑する姿が目に浮かぶ。
「壊されるのは困るな。俺はね、何度も言うようだけど、二人が夜を共にしたっていう事実がほしいだけなんだ。ちょうど今、アールグレーン公爵家には親族が大勢いるから、証人には困らないしさ~」
――ユディンはルーカス様じゃなく、リアムの味方?
でも、リアムに味方すれば、ルーカス様とサンダール公爵を敵に回してしまう。
「ユディンお兄様はルーカス様じゃなく、リアムの味方になるってことですか?」
「やだな~。ルーカスとは仲良しだし、リアム様のことは尊敬してるから、俺はどっちの味方にもならないよ~?」
アールグレーン公爵家のお得意の風見鶏のような態度。
ユディンはアールグレーン一族の日和見な性質をしっかり受け継いでいた。
「つまり、私とリアムが一夜を共にしたという事実を作らせて、ルーカス様への言い訳にするってことですか?」
「それだけじゃないよ? リアム様のために、俺はサーラをルーカスに渡さないで済むようお膳立てをしてあげたんだ」
ユディンはルーカス様にこう言うつもりだろう。
『リアム様に脅されて、公爵家に滞在させたんだ』
『自分は止めたけど、リアムとサーラが同じ部屋で過ごし、一晩をともにしちゃってさ~』
『妃にするのはさすがに無理じゃないかな?』
ユディンのいい笑顔とルーカス様の冷たい表情が想像できた。
「ルーカス様は激怒しますよ……」
「すごく怒るだろうね~」
なにが面白いのか、ユディンの笑う声が聞こえてくる。
「ルーカス様の怒りの矛先が、リアムに向いて危険じゃないですか!」
「うん。俺は『愛し合う二人を止められなかったんだ……。ごめんね!』って言うつもりだから、俺のことは心配しないで?」
「ユディンお兄様のことは、少しも心配してません」
私が心配しているのはリアムだ。
ユディンはそれで済むかもしれないけど、きっとルーカス様はリアムを許さない。
しかも、リアムは無許可で王都を出てきているのだ。
――アールグレーン公爵は未来を読むのがうまいというけど……
アールグレーン一族は時代の流れをいち早く読み、うまく流れに乗る一族であると言われている。
そんな一族を率いるユディンは、ルーカス様とリアムのどちらも選ばないという選択をした。
優遇もされなければ、冷遇もされない。
けれど、一族は安泰だ。
「私は反対です。リアムの立場が悪くなります」
「俺はそれでいい」
「リアム!」
「交渉成立だね!」
ユディンがパチンと指を鳴らす。
「悪い案ではない。これで、お前は兄上から逃れられる。俺の恋人だと認められたら、誰も簡単に手出しできないだろう」
「私のことはともかく、リアムはどうなるんですか! 私はリアムを心配しています!」
私が怒ると、リアムは驚いていた。
「サーラがリアム様を心配する? 無力な【魔力なし】に心配されるほど、リアム様は弱くないって!」
ユディンに笑われてしまった。
「それじゃあ、二人とも良い夜を」
ユディンの足音が扉の前から遠ざかっていく――私はリアムと一晩、二人きりで過ごすことになってしまった。
リアムはユディンに背を向けていて、彼の顔は見えない。
私に向かって、ユディンが手をひらひらと振り、からかうように笑っている。
――これは罠!
「リアム! ユディンお兄様を止めてください!」
リアムがユディンを気にするよりも先に、扉を閉められてしまった。
「どういうことだ?」
「これは罠です! 私たち、閉じ込められたんですよ!」
私は『見ててくださいよ?』というように、イノシシのごとく扉に突進した。
そこに見えない壁があるみたいに、私の体は扉に弾かれた。
弾かれた反動で、倒れかけたところをリアムが受け止めた。
「遊んでいるのか?」
「違います! これでわかりましたよね!?」
「なにがだ? わかりやすく説明しろ。なぜ、サーラが俺の部屋にいる?」
わかりやすく説明するため、体を張ったのに、リアムには伝わらなかったようである。
「私はエリサさんから、この部屋を使ってくださいと言われたんです。フランは隣の部屋です」
「つまり、俺だけの部屋ではないということか」
「そうです! 私とリアムを閉じ込めるための罠ですよ!」
リアムはようやく理解したのか、閉まった扉のほうへ目をやった。
「ユディン。そこにいるんだろう?」
リアムは扉に向かって話しかけた。
「いますよ。リアム様に屋敷を吹き飛ばされたくないですからね」
扉越しからユディンの声が返ってくる。
「それに、こうでもしないと、リアム様は俺と取引してくれませんしね」
「なにが取引だ。聞く前からわかる。どうせ、ろくでもない提案だ」
「一生懸命考えたのにろくでもないとか、ひどいな~」
リアムと取引だなんて穏やかな話ではなさそうだ。
きっと高度な政治絡みの話に違いない。
「それで、取引の内容は?」
「難しい話ではありません。リアム様にサーラと一晩過ごしていただくだけですよ」
「なっ!? リアムと私が一晩過ごす!? 同じ部屋で?」
私が動揺しているというのに、リアムのほうは胸の前で腕を組み、顔色ひとつ変えずにユディンの話を聞いていた。
「おとなしく一晩過ごしてもらえれば、獣人の子供の身の安全は保証しますよ」
「フランを人質にとるなんて卑怯です!」
「サーラ、うるさいよ。これは政治的な取引だ」
「私とリアムが一晩過ごすことの政治的な意味ってなんですか?」
ユディンはわざとらしいため息をついた。
「無理やり婚約破棄された二人は駆け落ちし、アールグレーン公爵領へ逃げ込んだ。けれど、俺はルーカスと親友で仲良し……」
「え? ルーカス様と親友なんですか?」
いちおう、呼び捨てにする関係ではあるみたいだけど、リアムのほうを見ると首をかしげていた。
どうやら、親友と思っているのはユディンだけのようだ。
「俺は親友を裏切れない! しかし! 最強の魔術師リアム様には対抗できず、一族を人質に取られて脅され、言いなりになるしかなかった!」
突然、ユディンが小芝居を始め出した。
「勝手にストーリーを作るな」
リアムに脅されたという部分だけ一致している。
でも、私とリアムは駆け落ちではない。
それを無理矢理、駆け落ち設定にしようとしているのだ。
アールグレーン公爵家側は、私が到着する前にリアムを同行していることをすでに把握し、策略をめぐらせていたというわけだ。
――宿屋を使っているし、領内を移動していたら、バレバレですよね……
つまり、火種を招き入れたというより、鴨が葱を背負ってやってきたようなもの。
政治的に火種となるリアムをあっさり招き入れた理由は、ルーカス様とリアム、どちらに王位が転がってもうまく立ち回れるようにするため。
これぞアールグレーン公爵家といったところなのだろうけど――いったいどんな策略を?
「一晩過ごせば、二人の恋人説も定着するってものだよ」
「こっ、こっ、恋人!? そんな勝手なこと言われても困ります!」
「俺に感謝してほしいな~」
「え? 感謝?」
ユディンは扉の向こうで、私を笑っている気がした。
「リアム様とサーラは婚約者だったんだろう?」
――そういえばそうだった。
ちらりとリアムを見る。
リアムは私に『なにも言うな』と目で合図してきた。
女優にはなれない私。
ここはリアムに任せたほうがよさそうだ。
「兄上が俺たちの婚約を無効にした。今は婚約者ではない」
「うんうん。そうだよね~。婚約が偽装じゃないかぎり、愛し合う二人が駆け落ちしてもおかしくないよね~?」
「ああ」
淡々と話すリアムに、『さすが、冷静な宮廷魔術師長!』だと思っていたのに、リアムはあっさりユディンの駆け落ち設定を受け入れた。
――リ、リアム~!? どうして、ユディンの策略に乗っかっているんですか?
まさかリアムが、ユディンの駆け落ち設定をのむとは思わなかった。
「俺は駆け落ちした二人を応援してあげてるだけだよ? いわば、恋のキューピット!」
ユディンの楽しげな声にイラッとして、とうとう黙っていられなくなった。
「なにがキューピットですか! 恋人たちを弓矢で射殺すキューピットなんて、お断りです……むがっ!」
リアムの手で口を塞がれ、私の抗議の声は消されてしまった。
「ユディン。最初から、俺をに閉じ込めるなど不可能だとわかっているはずだ。本気で俺を閉じ込めたいのなら、建国の魔道具師を連れてくるんだな」
リアムとユディン――どっちが悪人がわからないセリフである。
「リアム様はやっぱり怖いなぁ~。一応、その扉は簡単に破壊できないよう宮廷魔道具師に頼んだ特注の扉なんだけど」
「扉以外を壊す。壁がだめなら窓。窓がだめなら天井を壊そう」
――リアムは容赦がない。
扉の前で、ユディンが苦笑する姿が目に浮かぶ。
「壊されるのは困るな。俺はね、何度も言うようだけど、二人が夜を共にしたっていう事実がほしいだけなんだ。ちょうど今、アールグレーン公爵家には親族が大勢いるから、証人には困らないしさ~」
――ユディンはルーカス様じゃなく、リアムの味方?
でも、リアムに味方すれば、ルーカス様とサンダール公爵を敵に回してしまう。
「ユディンお兄様はルーカス様じゃなく、リアムの味方になるってことですか?」
「やだな~。ルーカスとは仲良しだし、リアム様のことは尊敬してるから、俺はどっちの味方にもならないよ~?」
アールグレーン公爵家のお得意の風見鶏のような態度。
ユディンはアールグレーン一族の日和見な性質をしっかり受け継いでいた。
「つまり、私とリアムが一夜を共にしたという事実を作らせて、ルーカス様への言い訳にするってことですか?」
「それだけじゃないよ? リアム様のために、俺はサーラをルーカスに渡さないで済むようお膳立てをしてあげたんだ」
ユディンはルーカス様にこう言うつもりだろう。
『リアム様に脅されて、公爵家に滞在させたんだ』
『自分は止めたけど、リアムとサーラが同じ部屋で過ごし、一晩をともにしちゃってさ~』
『妃にするのはさすがに無理じゃないかな?』
ユディンのいい笑顔とルーカス様の冷たい表情が想像できた。
「ルーカス様は激怒しますよ……」
「すごく怒るだろうね~」
なにが面白いのか、ユディンの笑う声が聞こえてくる。
「ルーカス様の怒りの矛先が、リアムに向いて危険じゃないですか!」
「うん。俺は『愛し合う二人を止められなかったんだ……。ごめんね!』って言うつもりだから、俺のことは心配しないで?」
「ユディンお兄様のことは、少しも心配してません」
私が心配しているのはリアムだ。
ユディンはそれで済むかもしれないけど、きっとルーカス様はリアムを許さない。
しかも、リアムは無許可で王都を出てきているのだ。
――アールグレーン公爵は未来を読むのがうまいというけど……
アールグレーン一族は時代の流れをいち早く読み、うまく流れに乗る一族であると言われている。
そんな一族を率いるユディンは、ルーカス様とリアムのどちらも選ばないという選択をした。
優遇もされなければ、冷遇もされない。
けれど、一族は安泰だ。
「私は反対です。リアムの立場が悪くなります」
「俺はそれでいい」
「リアム!」
「交渉成立だね!」
ユディンがパチンと指を鳴らす。
「悪い案ではない。これで、お前は兄上から逃れられる。俺の恋人だと認められたら、誰も簡単に手出しできないだろう」
「私のことはともかく、リアムはどうなるんですか! 私はリアムを心配しています!」
私が怒ると、リアムは驚いていた。
「サーラがリアム様を心配する? 無力な【魔力なし】に心配されるほど、リアム様は弱くないって!」
ユディンに笑われてしまった。
「それじゃあ、二人とも良い夜を」
ユディンの足音が扉の前から遠ざかっていく――私はリアムと一晩、二人きりで過ごすことになってしまった。
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