一目惚れ婚~美人すぎる御曹司に溺愛されてます~

椿蛍

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17 リセと理世 

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 ――リセのこと、なんて説明したらいいんだろう。

 リセを知らない人なんていない。
 わかってるはずなのに、リセはためらうことなく、事務所へ入っていった。
 事務所に入ると、私が先に入ったのに、視線を奪ったのは、リセだった。

「おはようございます。あの、遅れてすみませ……」
「ぎゃー! リセ!?」
「やっ、やばぁっー! マジで美人なんだけどっ!」
「生? 生よね」

 ドドドドッと先輩達が寄ってきて、紡生つむぎさんなんて、ペタペタと体に触り、実体をたしかめる。
 そして、自分の手をジッと見つめた。

「幻影じゃない……」
「ホログラムでもないわね」

 恩未めぐみさんでさえ、疑っていたようだ。

「ほ、ほんものだー! モデルのリセだあぁぁー!」
「ひぃぃぃっ! まぶしっー! 目がつぶれるっ!」

 リセの前に出て、私が出勤してきたことを一生懸命アピールしているにも関わらず、まったく気づいていなかった。
 こうなるってわかっていた。
 わかってたけど、こんなの悲しすぎる。

「もういいかな」

 私がしょんぼりして、ホワイトボードの退社の文字を消し、新しく書いていると、リセが猫みたいにするりと人の輪を抜けた。

「いやいや!? いいとか悪いとかじゃなくて、どうしてここにリセが?」

 広いテーブルの横に置かれた椅子にリセが座った。
 そのテーブルの上には、先輩達が描いたデザイン画が散らばっている。
 でも、誰もリセを止めなかった。

「ど、どうしよ。我が事務所がオフィスに見える」
「リセがいるだけで、事務所が撮影スタジオに……」

 正しくは、誰も止められなかった。
 リセは騒がれることに慣れているのか、気にする様子もなく、デザイン画を手にする。
 足を組み、デザイン画を真剣な顔で眺めるリセの姿はファッション雑誌の一ページを飾れそうなくらい神々しい。

「美しい……。美しいね……」

 紡生さんのつぶやきが聞こえる。
 慣れ親しんだ事務所の空間が、パリのアトリエになったんじゃないかと錯覚するほどだった。
 全員がリセの姿に見惚れていた。

「な、なんなの。あの美しい世界は」
「完璧な美ね」

 勝手にデザイン画を見られているにも関わらず、紡生さんも恩未さんもいつもの勢いを失って、なにも言えなかった。
 他の人達も同じで遠巻きにリセを眺め、近寄ることすらできずにいた。
 きっと私もランウェイを歩くリセを見た時、みんなと同じ顔をしていたに違いない。
 私は耐性がついたのか、周りよりは冷静だった。

「リセ。紅茶とコーヒー、どっちがいい?」
「コーヒーかな」
「ミルクと砂糖は?」
「なしで」

 私はうなずき、事務所のみんなのお茶も用意する。
 そんな会話を聞いていた恩未さんが、混乱していた。

「待って!? 二人は知り合い!? それも親しそうだけど」
「親しいに決まってる。琉永るなは俺の妻だ」
「へ? お、俺?」

 紡生さんはきょろきょろと周囲を見回す。

「紡生さん。リセです。今、リセが話しました」

 気持ちはわかるけど、受け入れがたい現実から目を逸らすのはやめてほしい。

「妻が働いている職場だから見学にきた。それと、『Fillフィル』に興味があった」
「やっぱり妻って言った!?」
「妻って刺身についているアレ?」
「つまようじの略称かもよ」

 ツマで大喜利が始まりそうだったのを私が止めた。

「私、結婚しました」

 先輩たちがやっと私を見た。
 ようやく私という存在が認識されて、ホッとしていると、恩未さんが近寄ってきて、私の額に手をあてた。

「熱はないわね」
「ありませんっ!」

 リセがデザイン画をテーブルに投げた。

「琉永と結婚した。そんなことより、『Fillフィル』のことだ」

 サングラスをはずし、リセは手の中でそれをもてあそぶ。

「待って。私たちのブランドが、モデルのリセとどう関係してくるのかしら? まったく理解が追いついていないのだけど?」
「そっ、そうだよ~!」

 さすがに恩未さんと紡生さんは、『Fillフィル』の名前を出されたら、リセのことより気になるようだ。

「『Fillフィル』の今後は?」
「えっと、展示会をやって、取引先から注文を受けるとこかな」
「夏のセールでしょ。新作の秋物を出して、その後はアウター類の売り出し、プレセール。春夏の展示会の準備と正月の初売り……」

 ――考えただけでも忙しい。
 
 事務所のみんなは想像しただけで、忙しい気分を味わったらしく、ぐったりしていた。
 リセの目が鋭く紡生さんを見た。

「スケジュールを聞いているんじゃないとわかってるだろう? このままだと、普通のカジュアルブランドになって、大量生産される価格の安い服に負けて終わるぞ」

 紡生さんと恩未さんの顔色が変わった。
 いつもふざけている紡生さんなのに、今は違う。

「それは……」
「気づいているなら、経営者として対策をするべきだ。ほそぼそと趣味でやるというのならいいが、アパレル大手のINUIグループが『Fillフィル』に目をつけている」

 ――もしかして、私のせいで?

 リセを見たけれど、私のほうを見ていない。

「すでにINUIグループから声をかけられていたか」
「もちろん。断ったよ? あんな馬鹿な取引はないからね……!」
「紡生さん、なんて言われたんですか?」

 啓雅けいがさんが私に差し出した契約書は理不尽なものだった。
 それが仕事でも同じなら――

「ブランド名はなくなり、私をINUIグループの企業デザイナーとして働かせて、そのデザインを大量生産するって話だ」
「事務所スタッフは全員解雇。そのかわり、INUIグループの契約社員として働かせてやるって言われたわ」

 紡生さんと恩未さんの言葉に事務所内がざわついた。

「今の実力だとそうなるだろうな」

 リセはデザイン画を見ながら、笑って言った。

麻王あさおグループの御曹司様ともなると、先の先までわかってしまうってわけですか」

 紡生さんは皮肉たっぷりに――え? 御曹司?
 今、御曹司って聞こえたような……

「紡生さん、誰のことを言ってるんですか?」
「なにをいまさら。婚姻届の時に俺の名前を見ただろ? 麻王あさお理世りせって書いてあったはずだが? 俺が自分の名前を間違えてなければな」 

 リセはご丁寧にホワイトボートの空いている場所に名前を書いてくれた。

「祖父が会長、父が社長。二人はほとんどお飾りで、実権は俺が持っている」

 リセの姿なのにリセじゃない。
 麻王グループの名前を語るその顔は理世だった。

「つまり私は……」
「専務夫人で将来の社長夫人ってところかな」

 理世は誰もが見惚れる極上の笑みを浮かべて、私に告げたのだった。       
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