さようなら、お別れしましょう

椿蛍

文字の大きさ
29 / 54
第2章

29 家族のように(1)

しおりを挟む
 王都から戻り、商業都市シャルク・ホジャでの生活が本格的に始まった。
 王宮の食事と違って、ジグルズ様の屋敷では異国の食べ物も出てくる。
 スパイスが利いたスープや平たいパン、野菜に羊の挽き肉を詰めて焼いたものなど、初めて口にするものが多かった。
 デザートも変わっていて、バターシロップがかかったパイは、ナッツがたっぷり使用されている。
 甘くパリッとしたパイは、とても美味しい。
 食事からして、シャルク・ホジャでの生活は、毎日が目新しくて楽しかった。
 そんなシャルク・ホジャでは、現在、新しい市庁舎の建設に関わっている人々の間で、ある噂が流れていた。

『大工が言うには、市庁舎の中に議会場らしき部屋が追加されたらしい』
『もしや、公爵はシャルク・ホジャに自治権を与えるのでは?』

 ジグルズ様は町の有力者と会って、話をしているようだった。
 すぐにやれることではないから、慎重に準備していくのだろう。
 そんな中、町の人々の相談役に任命された私は――

「私の仕事は机を守ることじゃありません!」

 机を守ることに飽きた私は、与えられた町役場の部屋から飛び出した。
 部屋から出た私を待っていたのは、赤髪の男の子――ハリルだった。

「レフィカ様、しかたないですよ。だって、相談者が来ないし……」

 私の護衛を任されているハリルは、町役場の中庭で、剣の稽古をしていた。
 毎日一緒にいて話しやすく、明るい性格のハリルとは、あっという間に仲良くなった。
 侍女のジェレンも一緒に町役場へ通っているけど、今のところ、私よりジェレンのほうが活躍している。
 元々、私の教育係として選ばれたジェレンは、賢くて機転が利く。
 お茶を用意したり、窓口の受付係をしたりと、町役場の人たちの仕事をあっという間に覚え、軽やかに業務をこなしていた。
 ジェレンが淹れた香りのいい花のお茶が、町役場の空気を華やかにし、人々の心を癒す。
 
「私のなにが悪いんでしょうか……? 親しみやすさがないとか?」
「う、うーん……。それは大丈夫だと思うけど……」
!?」
「レフィカ様は王妃様だから、話しにくいんじゃないかなって思います」

 ――私が王妃だから?
 
 地位がハンデになるとは……がっくり壁に手をついた。

「レフィカ様がまた、ハリルに相談しているぞ」
「何度目だ。おい、誰かレフィカ様に相談できる案件はないのか?」
「猫でも犬でも鳥でもいい。誰かペットに名前を付けてもらったどうだ?」
「うーん。最近、子猫や子犬が産まれた話は聞きませんねぇ……」

 町役場の人が、私とハリルのやり取りを見て、ひそひそと話していた。
 
 ――違う、違うんですっ! 私はそんな気遣いと同情で作られた相談じゃなくて、困ってる人の相談を乗るために、ここにいるんですよ!
 
「ジグルズ様は公爵ですよね。それでも、みんなから親しげに話しかけてもらえていましたよね?」
「う、うーん……レフィカ様とジグルズ様は違います。ジグルズ様は特別だから、しかたないですよ」
 
 私のライバルは強すぎる。
 ジグルズ様という存在が、人々の心に大きく占めている。
 自治権の話がなかなか進まないのも、ジグルズ様に代わって、町を治めるのを誰もが尻込みしてしまっているからだ。

「地道に相談に来る人を待つしかないですって! じゃ、そういうことで、おれは走り込みを……」
「わかりました。ハリル、町の見回りに行きましょう!」
「えーっ!?」
「待っていても相談はやってきません! 自分から相談を取りに行きますよ」

 私が役場の扉を開け、外に出ると、ハリルは慌ててついてきた。
 今日の私は、髪を三つ編みにしてエプロンをつけている。
 豪華なドレスではなく、町娘が着るような地味なもの。
 ドーヴハルク王国の後宮時代から慣れ親しんだ服装だったにも関わず、ジェレンからは『王妃らしくない』と不評だった。
 でも、町の見回りをするのに、重くて動きにくいドレスはいらないとジェレンもわかっていて、不承不承ながら認めてくれた。

「レフィカ様は外見は王族なのに、中身はうちの母さんと同じくらい強いと思う……」

 ハリルの『母さん』とはゼリヤのことである。
 ゼリヤから聞いた話によると、戦争で夫を亡くし、身重のゼリヤを戦場で助けてくれたのが、ジグルズ様だったのだとか――それ以来、ゼリヤはジグルズ様に忠誠を誓い、行動を共にしている。
 ベルクヴァイン公爵家の配下は、ゼリヤのようにジグルズ様に命を救われた人がほとんどだ。
 
「ゼリヤはすごいですよね。剣の腕だけでなく、商人としての立ち回りもうまいですし、王宮に現れた時は、男装の麗人でした。かっこよくて、令嬢たちはうっとりしてましたよ」

 劇場の役者よりも人気があると思った。
 ジグルズ様の配下でも、一番信頼されているのは、ゼリヤではないだろうか。

「母さんは最初から、なんでもできたわけじゃないんだって、おれに言ってました。だから、ちゃんと体を鍛えて、食べ物の好き嫌いをするなって言われてます」
「それは大事な教えですね」

 ハリルは匂いの強い野菜が苦手なようだけど、頑張って食べているのを見たことがある。

「ゼリヤがジグルズ様と出会ったのは、ハリルが生まれる前だったんですね」
「うん。子供はおれ一人だよ。ジグルズ様と会った時、おれはまだ母さんのお腹の中だったから……」

 ハリルは運河を眺めた。
 運河には船が多く行き来し、その流れは海へ続いている。
 
「その時の戦争で、おれの父さんは死んだんです」
「そうだったんですか……」
「でも、救われずに死んでいく人もたくさん見てきたから、おれも母さんもジグルズ様に助けられて、幸運だったと思います」
「ハリルは戦場に行ったことがあるんですか?」

 ハリルは小さくうなずいた。

「ジグルズ様はイーザック様が王様になるまで、戦場にほとんどいて、おれは後方の拠点で育てられたんです」
「前の王は、ジグルズ様にとったら、実のお父様ですよね?」
「そうです。おれはまだ小さかったから、どうしてなのかわからなかったけど、仲良くなかったみたいです」

 ――第一王子のジグルズ様を戦場へやっていた? 王位を捨てたこととなにか関係があるの?

 国王の命令ならば、逆らえない。
 ジグルズ様の境遇は、父に【契約】を刻まれ、命を握られた私たちと似ているような気がした。

「だから、ジグルズ様を守るため、母さんはなんでもできるんです!」
「なんでも……」

 そういえば、ゼリヤは商人を装い、他国に出入りしていた。
 ゼリヤはジグルズ様が、他国の情報を得るためのスパイでもあったのではないだろうか。

「ゼリヤが商人として、ドーヴハルク王国の後宮に出入りしていたのは、そういうことだったんですね……」

 ゼリヤのことも気になったけど、ジグルズ様が父親から嫌われていたことを知り、驚いた。
 あれほど優秀で人望の厚い息子を嫌う理由がわからない。
 ジグルズ様が王位を捨てた理由に、父親との不仲が関係しているのかもしれない。
 優秀な息子を殺したいと思うほどの憎しみを抱かせた理由はいったい――

「お父さーん、お母さーん。どこぉ~!」

 考えながら運河沿いを歩いていた私の耳に、子供の泣き声が飛び込んできた。
 
 ――これはっ! 困りごとの気配!

「もしかして、仕事じゃないですか!?」
「え? 子供が泣いてるだけじゃ……」
「困っている人です。これは仕事ですね。間違いありません!」
「あっ! レフィカ様、待って! 待ってください~!」

 今日一番の張りきりを見せる私に、ハリルは追いつけなかった。
 泣いている子供を捜し、見つけるとすばやく駆け寄って、話しかけた。

「どうしました!? なにかお困りごとですか?」
 
 私の勢いに子供は驚き、涙が止まり、目を瞬かせて私を見上げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

砕けた愛

篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。 あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

白い結婚を終えて自由に生きてまいります

なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。  忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。  「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」 「白い結婚ですか?」 「実は俺には……他に愛する女性がいる」   それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。 私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた ――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。 ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。 「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」 アロルド、貴方は何を言い出すの? なにを言っているか、分かっているの? 「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」 私の答えは決まっていた。 受け入れられるはずがない。  自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。    ◇◇◇ 設定はゆるめです。 とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。 もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】王妃はもうここにいられません

なか
恋愛
「受け入れろ、ラツィア。側妃となって僕をこれからも支えてくれればいいだろう?」  長年王妃として支え続け、貴方の立場を守ってきた。  だけど国王であり、私の伴侶であるクドスは、私ではない女性を王妃とする。  私––ラツィアは、貴方を心から愛していた。  だからずっと、支えてきたのだ。  貴方に被せられた汚名も、寝る間も惜しんで捧げてきた苦労も全て無視をして……  もう振り向いてくれない貴方のため、人生を捧げていたのに。 「君は王妃に相応しくはない」と一蹴して、貴方は私を捨てる。  胸を穿つ悲しみ、耐え切れぬ悔しさ。  周囲の貴族は私を嘲笑している中で……私は思い出す。  自らの前世と、感覚を。 「うそでしょ…………」  取り戻した感覚が、全力でクドスを拒否する。  ある強烈な苦痛が……前世の感覚によって感じるのだ。 「むしろ、廃妃にしてください!」  長年の愛さえ潰えて、耐え切れず、そう言ってしまう程に…………    ◇◇◇  強く、前世の知識を活かして成り上がっていく女性の物語です。  ぜひ読んでくださると嬉しいです!

処理中です...