さようなら、お別れしましょう

椿蛍

文字の大きさ
20 / 54
第1章

20 別居後、初めて会う妻(3) ※イーザック

しおりを挟む
 レフィカと兄上は同時に俺を見た。
 分厚い本をテーブルに置き、真剣な顔をしていた。
 甘い雰囲気とは違い、どこか重々しい。

 ――浮気では……ない……?

 二人の視線に気づき、我に返った。
 しかも、レフィカの目は語っていた。

『なにしにきたの?』

 慌てた自分が恥ずかしい。
 浮気だと言ったのは誰だ!
 ここまで、俺は慌てる必要はなかった。
 レフィカは別居中で、俺が『興味が持てない』と言った妻だ。
 これではまるで、興味があるようではないか。
 そもそも、浮気でレフィカが命を落としたところで、俺に非はない。
 
 ――そうだ。俺は同盟を消滅させないために、急いだだけだ。別にレフィカのことなどなんとも思っていない!

「イーザック、どうした? 今、レフィカと話をしていたところなんだが、なにかあったのか?」
「レフィカ? ずいぶん親しげですね」
「なんだ。別居中の妻が、他の男と話しているのが面白くないのか?」
「違うっ! ……いや、それは兄上の勘違いです」

 レフィカはキョトンとした顔で、俺を見ていた。
 兄上は焦る俺を見て、おかしそうに笑っていた。

「レフィカは俺の配下を助けてくれた。その礼に屋敷に招いただけだ」
「助けた……?」

 レフィカはにっこり微笑み、うなずいた。

「イーザック様。旅行を許可してくださり、ありがとうございます。町を観光していたところ、揉め事に遭遇いたしまして」
「のんきなものだな」
「ええ。のんびり旅行させていただいております」

 嫌みを言ったつもりが、レフィカに軽くかわされた。

「ジグルズ様っ!」
「陛下っ! 落ち着いてくだされ!」

 追いついたゼリヤと侍従が、俺の背後で『あれ?』という顔をしている。
 どうやら、ゼリヤと侍従も、俺と同じ勘違いをしていたらしい。

「ジグルズ様と陛下が、レフィカ様をめぐって、決闘するのかと思いました……」
 
 ゼリヤは胸に手を置き、ホッと息を吐いた。

「ふん、決闘などするか。俺にはメリアがいる。俺の正妃だとしても、レフィカに愛情はない」
「イーザック。お前はもっと女性の扱いを学んだほうがいいな」
 
 くすりと兄上が笑ったのを見て、カッとなった。
 
「王の俺には政務がある! 妻に構っている暇はない!」
「王なら、なにをしてもいいわけではないぞ」

 兄上の顔から笑みが消えた。
 怒った兄上は恐ろしい――俺と違い、戦場で戦っていただけあって、その威圧感は父上以上だ。
 
「俺はドーヴハルク王国と同盟するなら、【契約】を断れと言ったな?」
「王位を捨てた兄上に言われたくはない!」
「ジグルズ様が王位を捨てた……?」

 レフィカが驚いて、兄上を見る。
 きっと意外だったのだろう。
 
 ――わかっている。兄上は俺より王にふさわしい人間だと。

「兄ではなくベルクヴァイン公爵として、王に忠告しただけだ」

 王女の命を担保にした【契約】は、強固で破られることがない。
 兄上はそれを必要ないと言いきった。

「他の国とは、【契約】がなくとも、信頼関係を築けている。犠牲による力は、今の時代にそぐわない。それをドーヴハルク王も理解するべきだ」

 ――兄上が怒っている……

 兄上が止めるのを無視し、俺は【契約】による同盟を選んだ。
 だが、俺の選択は間違っていない!

「俺は妻を迎え、王としての責任を果たしています。まだ結婚もしないで、のうのうと自由を満喫している兄上が、俺に説教できる立場ですか?」

 兄上は苦笑した。
 まるで、駄々っ子の言い分を聞いているような顔だ。

「ドーヴハルク王の策略にはまり、同盟を結ぶしかなくなったのは、お前の失策だ。俺は他国と争うなと忠告したぞ」
「ぐっ……! そ、それは……」
「お前が思っているより、ドーヴハルク王は野心家だ。気を抜けば、他国と手を組み、攻めてくる」
「言われずともわかっています!」
「わかっているなら、レフィカを大切にしろ。彼女がいるから、お前は領土を失わずに済んだんだぞ」

 兄上に説教されてしまった。
 レフィカがいる限り、こちらも領土を奪えないが、ドーヴハルク側も奪えない。
【契約】は絶対だ。
 なぜなら、一度でもドーヴハルク王が【契約】を破ったなら、各国は信用しなくなる。
 二度と【契約】に応じないだろう。
 さらに、歴代のドーヴハルク王が【契約】を破ったことがないという事実がある。
 その事実があるからこそ、【契約】による同盟は強いのだ。

「ジグルズ様。私に不満はありませんわ。イーザック様には、私が暮らすに困らないだけのことをしていただいております」

 レフィカは微笑み、とても満足そうだ。

「でも、別居中とはいえ、私の身分は妃。なにかできたらと思っております」
「なにかとは? お前になにができる?」

 メリアがお茶会を開くと言っていたが、レフィカはどうだろう。
 そう思っていると、兄上が口を挟んだ。

「暇なら町の管理を手伝ってもらおうか」 
「兄上!? 俺の妃を働かせるつもりですか?」
「人手不足だからな」
「そうですね。仕事が滞って、町で揉め事も起きていますし……」

 レフィカは俺の妃のくせに、兄上の元で働くことをなんとも思っていないようだ。

「別居したが、お前は仮にも俺の妃だぞ!」
「そうですね。妃として生活費をいただいております」
「金!?」
「そのぶん、なにか人々のためになるような仕事をしなくてはいけませんね」
「なにができる!」
「私にできることがあれば、お手伝いしたいと思っています」

 兄上は止めるどころか、レフィカを優しげなまなざしで見つめている。
 あの顔はレフィカを気に入った証拠だ。
 レフィカが俺を見て笑っていた。

 ――まさか、俺が嫉妬したと勘違いしたんじゃないだろうな!?

「おい、なにを笑っている?」
「いえ、イーザック様とちゃんと話をする機会がなかったので、会話ができてよかったと思っていました」
「……それくらいで喜ぶのか」
「え?」
「いや、なんでもない。兄上の手伝いでもなんでもやればいいだろう。お前がなにをしていようが、俺には関係ないことだ」 
 
 これ以上、ここにいると調子が狂う。
 いつもの冷静な俺でいられない――そんな気がした。

「侍従!」
「は、はいっ!」
「王都へ戻るぞ」
「待て、イーザック」

 兄上が俺を止めた。

「なにかあれば、いつでも相談に乗る。王都まで気をつけて戻れよ」

 ――兄上。兄上に頼ることができれば、楽だろう。

 だが、それはできない。
 兄上にとって弟だろうが、俺は大国グランツエルデの王なのだ。
 頼りない弟だと言われているような気がして、兄上の言葉を無視した。
 そして、立ち去る前にレフィカに告げた。

「レフィカ。【契約】を忘れるな。一つでも破れば、お前は死ぬ」 
「……心得ております」

 先ほどまで、明るかったレフィカの表情が陰り、視線を落としてうつむいた。
 どうやら、レフィカは【契約】をまったく知らないわけでもなさそうだ。

「わかっているならいい」 
 
 レフィカは【契約】があるかぎり、俺を裏切ることはできない。
 死にたくないのであれば、レフィカは【契約】を守るしかないのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

砕けた愛

篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。 あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

白い結婚を終えて自由に生きてまいります

なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。  忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。  「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」 「白い結婚ですか?」 「実は俺には……他に愛する女性がいる」   それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。 私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた ――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。 ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。 「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」 アロルド、貴方は何を言い出すの? なにを言っているか、分かっているの? 「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」 私の答えは決まっていた。 受け入れられるはずがない。  自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。    ◇◇◇ 設定はゆるめです。 とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。 もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】王妃はもうここにいられません

なか
恋愛
「受け入れろ、ラツィア。側妃となって僕をこれからも支えてくれればいいだろう?」  長年王妃として支え続け、貴方の立場を守ってきた。  だけど国王であり、私の伴侶であるクドスは、私ではない女性を王妃とする。  私––ラツィアは、貴方を心から愛していた。  だからずっと、支えてきたのだ。  貴方に被せられた汚名も、寝る間も惜しんで捧げてきた苦労も全て無視をして……  もう振り向いてくれない貴方のため、人生を捧げていたのに。 「君は王妃に相応しくはない」と一蹴して、貴方は私を捨てる。  胸を穿つ悲しみ、耐え切れぬ悔しさ。  周囲の貴族は私を嘲笑している中で……私は思い出す。  自らの前世と、感覚を。 「うそでしょ…………」  取り戻した感覚が、全力でクドスを拒否する。  ある強烈な苦痛が……前世の感覚によって感じるのだ。 「むしろ、廃妃にしてください!」  長年の愛さえ潰えて、耐え切れず、そう言ってしまう程に…………    ◇◇◇  強く、前世の知識を活かして成り上がっていく女性の物語です。  ぜひ読んでくださると嬉しいです!

処理中です...