18 / 26
18 最悪な出会い
しおりを挟む
――私、大魔女ヘルトルーデとルスキニア帝国皇帝レクスの出会いは、最悪なものだった。
「お前が大魔女ヘルトルーデか」
金色の髪と氷のように冷たいサファイアの瞳。
その両側には、皇帝レクスに似た双子の皇子が『虫けらども』という目でこちらを見ている。
「大魔女とか、ヨボヨボのばあさんかと思ったら、まあまあの美人じゃん?」
「本当だねぇ。魔女のくせに正義の味方きどりで、俺たちを殺しにきたんだって!」
残忍な双子の皇子として有名なアーレントとフィンセント。
「神殿が魔女を頼るなんて、笑っちゃうなぁ~。でも、しょーがないか。もう何人の神官を殺したか忘れちゃったし?」
「大魔女っていうからには、楽しませてくれるはずだよね。あのクソ弱い神官たちよりはさ!」
子供たちがなにを言ってもレクスは興味がなく、どうでもよさそうな顔をしていた。
彼は玉座に座って肘をつき、私を前にしても挨拶どころか、立つ気配もない。
話には聞いていたけど、態度のデカイ不遜な男である。
「新しい武器が手に入ったところで、やってきてくれるとか、大魔女さんたちは親切だね」
「強い相手と戦ってみたかったんだ~」
皇子たちは私たち、魔女と魔法使いを侮り、おもちゃのように剣を振り回して笑っている。
「私が大魔女ヘルトルーデと知りながら、暴言を吐く勇気だけは褒めてあげましょう。でも、年長者に対しての礼儀がまったくなってないわね」
「俺たちに説教? 年長者だから、無条件で敬えって?」
「大魔女っていうから、もっとイイコト言うのかと思ったのにがっかりだよ」
――うわ、殴り飛ばしたい。
二人の失礼な態度に、私が怒るより先に弟子たちのほうが怒りだした。
「ヘルトルーデ様。我らがあの生意気な赤ん坊どもを教育いたします」
「いやいや、教育なんて甘い。骨すら残さず土に還してやる。せめて土の養分となって、人の役に立て。クソ皇子」
戦う気はなく、皇帝一家の顔を見にきた(宣戦布告)だけなのに、弟子たちは戦闘態勢になりつつある。
「今日は挨拶だけって言ったでしょ! どうして、そんなに血の気が多いのよ!」
攻撃しようとした弟子たちを止めた。
まったく誰が教育したのか……私だけど。
「失礼な。ところ構わず魔法をぶちかますヘルトルーデ様に、血の気が多いなどと、言われたくありません」
「お師匠様が一番ひどいと思う。寝ぼけて魔法使って吹き飛ばすし……」
「あなたたち、どっちの味方よ!?」
弟子たちの反応に頬がひきつった。
「とにかく! 私が攻撃していいと言うまで動かないで!」
そう言うと、弟子たちは不満そうな顔をしつつも、おとなしくなった。
弟子たちを信用していないわけではない。
長く私と共に魔法を極めてきたから、腕はたしかだ。
――でも、皇帝レクスは強い。
彼の魔法の才能は私より劣る。
けれど、世界を支配するだけあって剣や弓矢の腕、知略は相当のものだ。
弟子たちが魔法を使う前に殺される可能性がある。
私は大切な弟子を犠牲にしてまで、レクスを倒そうなんて思っていなかった。
ひと癖もふた癖もある弟子だけど、彼らは私にとって、我が子同然である。
「皇帝レクスと戦うのは私よ」
「伝説の大魔女ヘルトルーデが直々に俺を殺すのか」
まだ決まったわけではないけど、その予定である。
「気に入らんな」
私の挑発的な態度に気分を害したようだ。
こっちは、その百倍不快な気分だということを教えてあげなくてはならない。
「数百年生きてきて、子供の癇癪に付き合うのは、これが始めてだわ」
「俺が子供か」
レクスは退屈そうな顔をしていて、私と話すのも面倒そうにしている。
――なんのために世界を支配したのかしら?
世界を支配するという目的を達成し、恐れるものはなにひとつない皇帝レクス。
てっきり、もっと調子に乗っていて、ご機嫌なのかと思っていたのに、そうではなかった。
残虐皇帝一家がなにを考えているかなんて、私にはわからない。
だから、戦う前に話をしてみようと思ったのは、彼らの考えを理解するためでもあった。
「レクス。私は魔女で殺し屋ではないの。だから、まずは話をしたくて、ここへ来たのよ」
「ふん。神殿が俺を殺せと命じたからか」
「命令ではなく依頼ね。私は魔女よ。神殿から命令される覚えはないわ」
神殿からの依頼内容は端的で、『身柄の拘束』などという優しいものではなく、『死』のみだった――
長い説教が大好きな神殿が、今までで一番短い依頼文を書いてきたのには驚いた。
いつも、暖炉の燃料になるくらいの長さで、手紙を書いてくる。
一文で終わるなら、毎回そうしてほしいものだ。
「神殿は俺を殺すためだけに、忌み嫌う魔女と手を組んだか」
「ええ。そのとおりよ」
隠す気はなかったから、堂々と答えた。
私の返事を聞いたアーレントとフィンセントが殺気立つ。
「父上。新しい剣を試してもよろしいでしょうか?」
「俺も切れ味を試したいな~」
アーレントとフィンセントの二人が持っているのは魔法剣だ。
自分が持つ魔力を剣に付与し、魔法と剣の両方の力を使って戦えるというメリットがある。
ただし、近距離では有効だけど遠距離では役に立たない。
二人が持つ剣もどこから探してきたのか、魔物を何千と斬った伝説級の剣だ。
もちろん、レクスの剣も多く血を吸わせて強化した魔剣である。
忌まわしい魔剣を手に入れ、さらに強くなったルスキニア帝国。
――滅ぼした王国の宝物庫で見つけたのかもね。
剣の封印がレクスたちによって放たれたようだ。
剣からも禍々しいオーラを感じるけど、それ以上に皇帝一家の空気のほうが禍々しい。
アーレントとフィンセントが剣を鞘から抜いても、レクスは戦うなとは言わなかった。
「アーレントが水属性、フィンセントが火属性。似ていても属性は別ね」
二人は驚いて、私を見る。
「見分けた?」
「俺とたちを?」
そっくりな二人を見分けられるのは珍しいことのようだ。
父親のレクスと違い、彼らはまだ感情がある。
慈悲深さや優しさのカケラも感じられない感情であっても、レクスよりマシだ。
「俺たちを見分ける人間はいらないよ」
「そうそう。わかったような顔で理解なんかされたくない」
剣を鞘から抜いた二人を見て、今まで黙っていた私の一番弟子が笑った。
「若く無知な者を教育するのは、ヘルトルーデ様の一番弟子である自分の役目。あのクソガキどものしつけは、自分にお任せいただけませんか?」
私に次いでの年長者の一番弟子は、完全にブチギレでいた。
今すぐにでも殴りかかりそうな勢いだ。
けれど、他の弟子たちから待ったの声が上がる。
「待てよ」
「よく考えようぜ」
――私の弟子たちは落ち着いたものね。一番弟子の暴走をみんなで止めるなんて、素晴らしいわ。
育ててきてよかった!
弟子たちの成長の軌跡が頭の中で駆け巡る。
「俺が殺る!」
「いーや、俺だね! 自分だけ師匠から褒めてもらおうとしてるだろ」
――私の感動を返して。
奪い合いのいがみ合いが始まった。
「やめなさい! 今日は戦わないって言ってるでしょ!」
仲間割れしている場合じゃない。
私の目から見た双子の魔力量は、弟子たちより多い。
――戦うなら、弟子たち全員で、あの双子を倒すしかない。
暴言を吐き、自信たっぷりなだけあって、弱くなかった。
「剣に大魔女の血を吸わせたら、もっと強くなるかな?」
「アーレント、頭いいなぁ~。魔法使いたちの血も加えてやろうよ!」
双子は私の弟子たちから、さらなる反感を買い、じろりとにらまれる。
それでも平気な顔をしている双子。
「身の程を知らないクソガキは嫌いなんですよ」
「まさか勝てるとでも思ってるんじゃねえだろうなぁ?」
今にも戦いが始まりそうな空気の中、たった一人だけ退屈そうな顔の人間がいた。
「話は終わったか?」
レクスは玉座の肘置きに肘をつき、気だるげな態度を崩さず、私たちを見下ろしている。
――大魔女の私を前にして、こんな態度をとった人間は初めてだわ。
私に媚びることも取り繕うこともなかった。
よほど、自分に自信がない限り、そうはならない。
違和感があったのに、それを考えるヒマもなく、アーレントとフィンセントが剣を構え、攻撃しようとする。
憐れみの目を弟子たちは向ける。
――私がなぜ大魔女と呼ばれるか。
剣に付与されていた彼らの魔力が散り、魔法剣は普通の剣に戻る。
攻撃しようとした双子は動きを止め、不思議そうに剣を眺めた。
「魔法が消えた?」
「魔女がやったのか?」
さっきまで子供みたいに大騒ぎしていた弟子たちも、魔法が消滅したのを目にして、静かになった。
「敬愛すべき最強の魔女」
「大魔女の名にふさわしい方だ」
「我々を罵倒できるのはヘルトルーデ様だけ!」
「むしろ、ヘルトルーデ様から構われてニヤニヤしたい!」
「叱ってください! ヘルトルーデ様!」
育ててきた弟子たちから向けられる尊敬のまなざしと……なにか特殊な感情。
嬉しいはずだけど、ちょっと変態じみているところがあって、素直に喜べない。
双子はなにが起きたかわからず、信じられないという顔をしていた。
「ふむ。今のはなんだ?」
退屈にしていたレクス。
だけど、魔法が消え、私に興味がわいたらしい。
「魔法は複数の要素によって構築され、空間に具現化される完成品。完成品を分解し、要素に戻して消滅させただけ」
「簡単に説明すると、出来上がったばかりのシチューを野菜と肉、水、調味料に戻してから消すということですよ」
弟子が私の説明を補足する。
「なるほど。わかった」
「わかったなら、諦めて降伏してほしいところだけど……そうはいかないみたいね?」
説明を受けて驚きもせず、玉座から立ち上がったレクスは剣の柄に手をやる。
「アーレントとフィンセントでは手に余る」
――わかったって、そういうこと?
空気がより一層重くなり、弟子たちが身構えた。
レクスがただ者でないことくらい弟子たちも気づいている。
「大魔女ヘルトルーデ。俺が貴様を殺してやる」
初めて会ったレクスは、堂々と私に殺すと言った。
殺意という感情を灯した目で――
「お前が大魔女ヘルトルーデか」
金色の髪と氷のように冷たいサファイアの瞳。
その両側には、皇帝レクスに似た双子の皇子が『虫けらども』という目でこちらを見ている。
「大魔女とか、ヨボヨボのばあさんかと思ったら、まあまあの美人じゃん?」
「本当だねぇ。魔女のくせに正義の味方きどりで、俺たちを殺しにきたんだって!」
残忍な双子の皇子として有名なアーレントとフィンセント。
「神殿が魔女を頼るなんて、笑っちゃうなぁ~。でも、しょーがないか。もう何人の神官を殺したか忘れちゃったし?」
「大魔女っていうからには、楽しませてくれるはずだよね。あのクソ弱い神官たちよりはさ!」
子供たちがなにを言ってもレクスは興味がなく、どうでもよさそうな顔をしていた。
彼は玉座に座って肘をつき、私を前にしても挨拶どころか、立つ気配もない。
話には聞いていたけど、態度のデカイ不遜な男である。
「新しい武器が手に入ったところで、やってきてくれるとか、大魔女さんたちは親切だね」
「強い相手と戦ってみたかったんだ~」
皇子たちは私たち、魔女と魔法使いを侮り、おもちゃのように剣を振り回して笑っている。
「私が大魔女ヘルトルーデと知りながら、暴言を吐く勇気だけは褒めてあげましょう。でも、年長者に対しての礼儀がまったくなってないわね」
「俺たちに説教? 年長者だから、無条件で敬えって?」
「大魔女っていうから、もっとイイコト言うのかと思ったのにがっかりだよ」
――うわ、殴り飛ばしたい。
二人の失礼な態度に、私が怒るより先に弟子たちのほうが怒りだした。
「ヘルトルーデ様。我らがあの生意気な赤ん坊どもを教育いたします」
「いやいや、教育なんて甘い。骨すら残さず土に還してやる。せめて土の養分となって、人の役に立て。クソ皇子」
戦う気はなく、皇帝一家の顔を見にきた(宣戦布告)だけなのに、弟子たちは戦闘態勢になりつつある。
「今日は挨拶だけって言ったでしょ! どうして、そんなに血の気が多いのよ!」
攻撃しようとした弟子たちを止めた。
まったく誰が教育したのか……私だけど。
「失礼な。ところ構わず魔法をぶちかますヘルトルーデ様に、血の気が多いなどと、言われたくありません」
「お師匠様が一番ひどいと思う。寝ぼけて魔法使って吹き飛ばすし……」
「あなたたち、どっちの味方よ!?」
弟子たちの反応に頬がひきつった。
「とにかく! 私が攻撃していいと言うまで動かないで!」
そう言うと、弟子たちは不満そうな顔をしつつも、おとなしくなった。
弟子たちを信用していないわけではない。
長く私と共に魔法を極めてきたから、腕はたしかだ。
――でも、皇帝レクスは強い。
彼の魔法の才能は私より劣る。
けれど、世界を支配するだけあって剣や弓矢の腕、知略は相当のものだ。
弟子たちが魔法を使う前に殺される可能性がある。
私は大切な弟子を犠牲にしてまで、レクスを倒そうなんて思っていなかった。
ひと癖もふた癖もある弟子だけど、彼らは私にとって、我が子同然である。
「皇帝レクスと戦うのは私よ」
「伝説の大魔女ヘルトルーデが直々に俺を殺すのか」
まだ決まったわけではないけど、その予定である。
「気に入らんな」
私の挑発的な態度に気分を害したようだ。
こっちは、その百倍不快な気分だということを教えてあげなくてはならない。
「数百年生きてきて、子供の癇癪に付き合うのは、これが始めてだわ」
「俺が子供か」
レクスは退屈そうな顔をしていて、私と話すのも面倒そうにしている。
――なんのために世界を支配したのかしら?
世界を支配するという目的を達成し、恐れるものはなにひとつない皇帝レクス。
てっきり、もっと調子に乗っていて、ご機嫌なのかと思っていたのに、そうではなかった。
残虐皇帝一家がなにを考えているかなんて、私にはわからない。
だから、戦う前に話をしてみようと思ったのは、彼らの考えを理解するためでもあった。
「レクス。私は魔女で殺し屋ではないの。だから、まずは話をしたくて、ここへ来たのよ」
「ふん。神殿が俺を殺せと命じたからか」
「命令ではなく依頼ね。私は魔女よ。神殿から命令される覚えはないわ」
神殿からの依頼内容は端的で、『身柄の拘束』などという優しいものではなく、『死』のみだった――
長い説教が大好きな神殿が、今までで一番短い依頼文を書いてきたのには驚いた。
いつも、暖炉の燃料になるくらいの長さで、手紙を書いてくる。
一文で終わるなら、毎回そうしてほしいものだ。
「神殿は俺を殺すためだけに、忌み嫌う魔女と手を組んだか」
「ええ。そのとおりよ」
隠す気はなかったから、堂々と答えた。
私の返事を聞いたアーレントとフィンセントが殺気立つ。
「父上。新しい剣を試してもよろしいでしょうか?」
「俺も切れ味を試したいな~」
アーレントとフィンセントの二人が持っているのは魔法剣だ。
自分が持つ魔力を剣に付与し、魔法と剣の両方の力を使って戦えるというメリットがある。
ただし、近距離では有効だけど遠距離では役に立たない。
二人が持つ剣もどこから探してきたのか、魔物を何千と斬った伝説級の剣だ。
もちろん、レクスの剣も多く血を吸わせて強化した魔剣である。
忌まわしい魔剣を手に入れ、さらに強くなったルスキニア帝国。
――滅ぼした王国の宝物庫で見つけたのかもね。
剣の封印がレクスたちによって放たれたようだ。
剣からも禍々しいオーラを感じるけど、それ以上に皇帝一家の空気のほうが禍々しい。
アーレントとフィンセントが剣を鞘から抜いても、レクスは戦うなとは言わなかった。
「アーレントが水属性、フィンセントが火属性。似ていても属性は別ね」
二人は驚いて、私を見る。
「見分けた?」
「俺とたちを?」
そっくりな二人を見分けられるのは珍しいことのようだ。
父親のレクスと違い、彼らはまだ感情がある。
慈悲深さや優しさのカケラも感じられない感情であっても、レクスよりマシだ。
「俺たちを見分ける人間はいらないよ」
「そうそう。わかったような顔で理解なんかされたくない」
剣を鞘から抜いた二人を見て、今まで黙っていた私の一番弟子が笑った。
「若く無知な者を教育するのは、ヘルトルーデ様の一番弟子である自分の役目。あのクソガキどものしつけは、自分にお任せいただけませんか?」
私に次いでの年長者の一番弟子は、完全にブチギレでいた。
今すぐにでも殴りかかりそうな勢いだ。
けれど、他の弟子たちから待ったの声が上がる。
「待てよ」
「よく考えようぜ」
――私の弟子たちは落ち着いたものね。一番弟子の暴走をみんなで止めるなんて、素晴らしいわ。
育ててきてよかった!
弟子たちの成長の軌跡が頭の中で駆け巡る。
「俺が殺る!」
「いーや、俺だね! 自分だけ師匠から褒めてもらおうとしてるだろ」
――私の感動を返して。
奪い合いのいがみ合いが始まった。
「やめなさい! 今日は戦わないって言ってるでしょ!」
仲間割れしている場合じゃない。
私の目から見た双子の魔力量は、弟子たちより多い。
――戦うなら、弟子たち全員で、あの双子を倒すしかない。
暴言を吐き、自信たっぷりなだけあって、弱くなかった。
「剣に大魔女の血を吸わせたら、もっと強くなるかな?」
「アーレント、頭いいなぁ~。魔法使いたちの血も加えてやろうよ!」
双子は私の弟子たちから、さらなる反感を買い、じろりとにらまれる。
それでも平気な顔をしている双子。
「身の程を知らないクソガキは嫌いなんですよ」
「まさか勝てるとでも思ってるんじゃねえだろうなぁ?」
今にも戦いが始まりそうな空気の中、たった一人だけ退屈そうな顔の人間がいた。
「話は終わったか?」
レクスは玉座の肘置きに肘をつき、気だるげな態度を崩さず、私たちを見下ろしている。
――大魔女の私を前にして、こんな態度をとった人間は初めてだわ。
私に媚びることも取り繕うこともなかった。
よほど、自分に自信がない限り、そうはならない。
違和感があったのに、それを考えるヒマもなく、アーレントとフィンセントが剣を構え、攻撃しようとする。
憐れみの目を弟子たちは向ける。
――私がなぜ大魔女と呼ばれるか。
剣に付与されていた彼らの魔力が散り、魔法剣は普通の剣に戻る。
攻撃しようとした双子は動きを止め、不思議そうに剣を眺めた。
「魔法が消えた?」
「魔女がやったのか?」
さっきまで子供みたいに大騒ぎしていた弟子たちも、魔法が消滅したのを目にして、静かになった。
「敬愛すべき最強の魔女」
「大魔女の名にふさわしい方だ」
「我々を罵倒できるのはヘルトルーデ様だけ!」
「むしろ、ヘルトルーデ様から構われてニヤニヤしたい!」
「叱ってください! ヘルトルーデ様!」
育ててきた弟子たちから向けられる尊敬のまなざしと……なにか特殊な感情。
嬉しいはずだけど、ちょっと変態じみているところがあって、素直に喜べない。
双子はなにが起きたかわからず、信じられないという顔をしていた。
「ふむ。今のはなんだ?」
退屈にしていたレクス。
だけど、魔法が消え、私に興味がわいたらしい。
「魔法は複数の要素によって構築され、空間に具現化される完成品。完成品を分解し、要素に戻して消滅させただけ」
「簡単に説明すると、出来上がったばかりのシチューを野菜と肉、水、調味料に戻してから消すということですよ」
弟子が私の説明を補足する。
「なるほど。わかった」
「わかったなら、諦めて降伏してほしいところだけど……そうはいかないみたいね?」
説明を受けて驚きもせず、玉座から立ち上がったレクスは剣の柄に手をやる。
「アーレントとフィンセントでは手に余る」
――わかったって、そういうこと?
空気がより一層重くなり、弟子たちが身構えた。
レクスがただ者でないことくらい弟子たちも気づいている。
「大魔女ヘルトルーデ。俺が貴様を殺してやる」
初めて会ったレクスは、堂々と私に殺すと言った。
殺意という感情を灯した目で――
962
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
私が生きていたことは秘密にしてください
月山 歩
恋愛
メイベルは婚約者と妹によって、崖に突き落とされ、公爵家の領地に倒れていた。
見つけてくれた彼は一見優しそうだが、行方不明のまま隠れて生きて行こうとする私に驚くような提案をする。
「少年の世話係になってくれ。けれど人に話したら消す。」
悪役令嬢は手加減無しに復讐する
田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。
理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。
婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる