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24 暴かれた正体
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クリスティナの仮面の下には、レクスを襲った者と同じ傷があった。
私の反撃魔法が作った同じ傷。
クリスティナが悪意を持って、誰かを攻撃した証拠である。
その誰かとは、皇宮においてクリスティナの敵になるような存在――皇妃のみ。
大広間が静まり返った。
「おやおや」
性悪な本性をちらつかせたリュドが、クリスティナの傷を眺めて、くすりと笑った。
「リュド神官長、これは……これは違うんです! 肌荒れです!」
「へえ? ひどい肌荒れですね。ならば、それが本当かどうか、僕が調べてあげますよ」
クリスティナの顔が恐怖で歪んだ。
リュドは【神の剣】神官長の地位にいるだけあって、特殊な魔法を使う。
その魔法で、二百年の間、神殿に反逆する者たちを捕まえてきた。
「さて。どんな魔法を使い、なにをしようとしたのかな?」
リュドが魔法を構築していくのが見える。
【目標】、【過去視】――魔力の塊が形になって、ひとつの魔法を完成させる。
「【追跡】」
神殿の【神の剣】を名乗る神官たちが使える特殊魔法だ。
過去に使用した魔法を遡ることができる。
あの魔法で、どれだけの人間が捕まり、牢屋に放りこまれたか。
私が動揺することはなかった。
なぜなら、これまで何度も見た光景だったから。
大魔女ヘルトルーデにとって、神官はめんどくさい相手ではあるけど、レクスほど危険ではない。
あくまで、リュドは対魔法使いと魔女相手に戦う存在なのである。
魔法を中心にして戦う相手は、大魔女たる私の敵にならない。
むしろ、戦の天才と呼ばれるレクスのほうが、危険な相手だった。
「へぇ。君の正体は【魅了の魔女】か。死んだはずだけど、しぶとく魂だけ残って、令嬢の体を喰ったみたいだね」
使用した魔法を探知したリュドは、おもちゃを見つけた子供のように笑った。
猫かぶっていた丁寧な態度が消え、本当の性格が表に出てくる。
「違います! 私は伯爵令嬢クリスティナです!」
「そう思っているのは君だけだ。もう君はクリスティナじゃない。【魅了の魔女】だよ」
「わ、私はクリスティナ! クリスティナなのよ!」
クリスティナは懸命に否定するも、リュドは取り合わない。
「神殿に逆らう卑しき魔女。お前が吐く言葉は穢れている。口を閉じ沈黙せよ。【鎖】」
リュドは容赦なく、魔法の鎖でクリスティナを封じ、捕らえる。
あれは魔力だけでなく、声を封じて完全に魔法を使用できなくするためのものだ。
「これで、ルスキニア帝国に害なす魔女はいなくなりました」
――クリスティナはリュドの後ろで、もがいているけど。
それに貴族たちが恐怖で固まっている。
「クリスティナ様が魔女ですって?」
「我々は伯爵令嬢に騙されていたのか!?」
「もしや、ルスキニア帝国は魔女に乗っ取られるところだったのでは……」
貴族たちは状況を少しずつ理解してきたようだ。
それと同時にクリスティナが使った【魅了】魔法も解けていく。
レクスが私の手をとり、手の甲に口づけた。
――ぎゃああああ!
私が最後を迎える時、自分の断末魔の悲鳴って、きっとこんな感じだと思う。
「ルスキニア帝国の危機を救ったのは、ユリアナだ」
レクスに絡まっていた【魅了】魔法がほどけ、糸が消えていくのが見えた。
それは嬉しいけど、手が……手があぁぁぁ!
「ユリアナが異変に気づかなければ、ルスキニア皇宮は魔女に乗っ取られていただろう」
ユリアナに対して否定的だった貴族や皇宮の人々が、私を一斉に見る。
「皇妃さまが救ってくださったのか?」
「我々、ルスキニア人を嫌っていたと思っていたが、誤解していたようだ」
「皇妃様。ありがとうございます」
「ルスキニアを救ってくださり、感謝します」
そんな感謝されるとは思っていなかったため、慌ててしまった。
「私はなにもしておりません。昔から親しくさせていただいている神殿に、調査をお願いする手紙を書いただけです!」
私が恐縮していると、どさくさに紛れてリュドが口を挟んだ。
「信心深いグラーティア神聖国の王女を妻に迎えて、正解でしたね。神殿の栄光によって、ルスキニアは救われたのです」
リュドはすかさず、信心深さを強調し、ルスキニア帝国にも神殿の権力を浸透させようとさせた。
――相変わらず、腹黒い神官ね!
もちろん、そんなもの阻止である。
「私と神殿だけの力ではありませんわ。皇帝であるレクス様が【魅了】に屈することなく、私を信じてくださったからです」
神殿ではなく、レクスが強かった――そういうことにしておこうと決めた。
リュドは不満そうな顔をしたけど、手柄を神殿が独占しようとしても、そうはさせない。
「皇妃様は母になられ、お強くなりましたね」
以前のユリアナをリュドは知っている。
だから、なおさら変化には敏感だ。
――気を付けないと、おかしく思われてしまうわね。
「神官長様。ありがとうございます」
リュドにうやうやしい態度を見せた。
「いえ。お礼を言うのはこちらのほうです。元神官が魔女となり、ルスキニア帝国を混乱させてしまい、神殿長に代わり、お詫び申し上げます」
「これから、クリスティナはどうなるのですか?」
「神殿に連れ帰ってから、罪状を調べあげ、神殿長によって裁かれます」
クリスティナ取り押さえられ、リュドの魔法の【鎖】だけでなく、駆けつけた兵士によって本物の鎖でぐるぐる巻きにされている。
厳重に縛らなくても、魔力を封じられ、魔法が使えなくなった魔女は無力だ。
「アーレント、フィンセント。クリスティナをよく見ておきなさい。あんなふうになりたくないなら、二人はいい子にしてないとだめよ?」
「う、うん……あーれ、いいこ!」
「ふぃん、いいこ、なる!」
二人は怖かったのか、ぎゅっと私のドレスのスカートをつかみ、リュドから顔を隠した。
「ユリアナ様。皇子たちには魔法の才能があるようですね」
仮面を砕いたのをリュドが見て、才能があると判断したようだ。
アーレントとフィンセントが褒められ、嬉しいはずが、私は喜べなかった。
「神殿に預けてはどうでしょう? 魔法の才能を伸ばしてあげられます」
魔法の才能を持った子供は、神殿に集められ、教育を受ける。
一人前の神官になるまで、神殿から出られず、親の顔を忘れてしまう子供もいる。
「皇子たちの力は、人々のために正しく使うべきかと。神殿は歓迎しますよ」
神殿に子供たちを預けたなら、残虐皇帝一家と呼ばれないだろう。
才能を伸ばせるとわかっていても、未来を回避できると知っていても――家族として過ごせなくなることを考えたら、私は二人を神殿にやりたくなかった。
私は親の顔を覚えていない。
神官に連れられて家を出てから、一度も帰れないまま、気づけば私は家族を忘れていた。
――レクスはなんて答えるだろう。
「神殿に寄越していただければ、才能を伸ばせますよ。どうですか。どちらか一人だけでも神殿に渡しては?」
神殿と不仲なルスキニア帝国が、友好関係を築くのであれば、それも悪くない話だ。
アーレントとフィンセントの手をぎゅっと握っていた。
「断る」
レクスの答えに、私は思わず、微笑んだ。
――私も両親にそう言ってほしかった。
それは何百年たっても変わらない思い。
大魔女と呼ばれ、何百年生きようと、忘れられない記憶の傷がある。
「本当にそれでよろしいのですか?」
「くどい。何度も言わせるな」
レクスの態度にリュドはため息をついた。
「ルスキニアの皇子をクソ坊主にしてたまるか。それより、さっさと裏切り者を始末するぞ」
「は? 始末?」
――あ、あれ? 感動していたのに、不穏なことを言わなかった?
そういえば、レクスは裏切り者を見逃すような甘い性格ではないと思い出した。
「俺を殺そうとした貴族と【魅了】魔法を使った魔女か。俺が直々に死を与えてやろう」
レクスはクリスティナを冷たい目で見下ろし、剣先を向ける。
慌ててリュドは、クリスティナの前に立った。
「お待ちを! 魔女の裁きは神殿の役目! いくらルスキニア皇帝であっても許可できません」
「許可? 誰の許可がいる。ここはルスキニア帝国だ。神殿ではない」
裏切り者には厳しいレクス。
それがわかるルスキニア貴族、エルナンド、皇宮の人々はだれも止めようとしなかった。
見せしめとして、ここで殺すつもりなのだ。
「レクス様。クリスティナを殺してはなりません」
ここで、神殿を敵に回すのはまずい。
未来で、レクスたちを倒すよう依頼したのは神殿である。
「ユリアナ。裏切り者をかばうな。一度裏切った者はもう一度裏切る」
裏切られ続けてきたレクスが、そう言いたくなる気持ちもわかる。
けれど、レクスには残虐皇帝ではなく、立派なルスキニア皇帝として生きてほしい。
「魔法使いと魔女を裁くのは神殿の役目です。レクス様は皇帝。皇帝が直接手を下すに値する相手でしょうか?」
「俺に裏切り者を殺すなと?」
「そうは言っておりません。裏切り者は罰を受けるべきです」
「ほう」
周囲はハラハラした顔で、私とレクスを眺めていた。
「皇帝であるレクス様が直接手を下すのであれば、それ相応の相手でなければなりません」
「俺にふさわしい相手か。では、誰なら俺と対等に戦える?」
緊張感が漂う中、私はきっぱりと言った。
「魔女ヘルトルーデ」
リュドがその名を聞いて、息をのんだのがわかった。
「レクス様と対等に戦えるのは、この世界でヘルトルーデだけです」
大魔女ヘルトルーデは最強の魔女。
その魔女と同列にレクスを扱えば、驚くのも無理はない。
レクスはしばらく考え、剣を鞘に戻す。
ハラハラした顔で見守っていたエルナンドが、ほっと胸をなでおろしたのが見えた。
「大魔女ヘルトルーデか。お前がそう言うのであれば、今回は見逃す」
エルナンドが額の汗をぬぐいながら、私に言った。
「皇妃様が自分を強いと認めてくださって、とても喜んでいらっしゃいます」
――あの威圧感で?
長い付き合いのエルナンドが言うのだから、間違いないだろうけど、私じゃなかったら、途中で緊張のあまり倒れていたと思う。
「では、エルナンド。俺の命を奪おうとした不届きな貴族はお前に処理を任せる」
「お任せください」
「魔女は神殿に渡す。それでいいだろう?」
私は黙ってうなずいた。
「ルスキニア皇帝は誰も止められないと思っていましたが、違ってましたね」
リュドが笑顔でレクスに近づく。
そして、なにを言うのかと思ったら――
「安心するのはまだ早いかと。このルスキニア皇宮には、もう一人魔女が隠れています」
リュドもまた見逃すような性格ではなかった。
「ルスキニア皇帝に守護魔法を施した魔女が、どこかにいるはずです」
「俺を守る魔女か」
レクスはじっと手のひらを見つめた。
その手は剣のマメと傷だらけで、王族とは思えない手をしていた。
「……酔狂な魔女だ」
――ちょっ、ちょっと!? 大魔女の守護魔法に対して酔狂とはどういうことよ。
弟子に守護魔法をかけたら、変態的なまでに感激し、泣いて喜ぶのに、それを変わり者みたいに言われてしまった。
「神殿に要請し、他の【神の剣】たちも呼び寄せて、調査しましょうか?」
リュドはとんでもないことを言い出した。
捕まる気はまったくないけど、いなくなった後、アーレントとフィンセントがどうなるか気になる。
それにレクスが、ちゃんとした皇帝でいてくれるかわからない。
――再び戦う未来だけは訪れてほしくない。
無意識にアーレントとフィンセントの手をきつく握りしめていた。
「おかーしゃま?」
「ぎゅう?」
レクスはリュドに答えた。
「魔女はいない」
レクスが魔女をかばった。
「子供たちが遊びで、俺に守護魔法をかけたのだろう」
「そんな馬鹿な……」
リュドがなにか言おうとしたけれど、すかさずエルナンドが横から口を挟んだ。
「神官長殿。自分が言うのもなんですが、皇子たちは天才です! 賢いですし、可愛らしいですし、ちょっと会わない間に、身長も伸びて……」
まだまだ続くエルナンドの皇子自慢に、リュドは嫌そうな顔をした。
「神官長が心配するほどのことではない」
「……それなら、結構ですが。魔女など、かばってもなんの得にもなりませんよ。欲に囚われた汚らわしい存在です」
神殿に対して反抗ばかりの私だけど、汚らわしいまで言わなくてもいいと思う。
大魔女に戻ったら、最初にリュドをボコボコにしようと、心に決めた。
「なるほど。俺には魔女の加護があるということだな」
「は? 加護? 魔女ですが?」
「俺を守っているというのなら、魔女だろうが、悪魔だろうが関係ない」
「なんということを言うんですか」
レクスはリュドを無視して、貴族たちに向かって言った。
「よく聞け。今後、俺の命を狙ったものは魔女の報復にあうだろう!」
傷だらけのクリスティナ、血まみれの貴族の男。
間違いなく、レクスには加護がある。
それも大魔女ヘルトルーデの加護が――貴族たちは全員、跪き、エルナンドは胸に手を添え、頭を垂れたのだった。
偉大なるルスキニア皇帝一家に。
私の反撃魔法が作った同じ傷。
クリスティナが悪意を持って、誰かを攻撃した証拠である。
その誰かとは、皇宮においてクリスティナの敵になるような存在――皇妃のみ。
大広間が静まり返った。
「おやおや」
性悪な本性をちらつかせたリュドが、クリスティナの傷を眺めて、くすりと笑った。
「リュド神官長、これは……これは違うんです! 肌荒れです!」
「へえ? ひどい肌荒れですね。ならば、それが本当かどうか、僕が調べてあげますよ」
クリスティナの顔が恐怖で歪んだ。
リュドは【神の剣】神官長の地位にいるだけあって、特殊な魔法を使う。
その魔法で、二百年の間、神殿に反逆する者たちを捕まえてきた。
「さて。どんな魔法を使い、なにをしようとしたのかな?」
リュドが魔法を構築していくのが見える。
【目標】、【過去視】――魔力の塊が形になって、ひとつの魔法を完成させる。
「【追跡】」
神殿の【神の剣】を名乗る神官たちが使える特殊魔法だ。
過去に使用した魔法を遡ることができる。
あの魔法で、どれだけの人間が捕まり、牢屋に放りこまれたか。
私が動揺することはなかった。
なぜなら、これまで何度も見た光景だったから。
大魔女ヘルトルーデにとって、神官はめんどくさい相手ではあるけど、レクスほど危険ではない。
あくまで、リュドは対魔法使いと魔女相手に戦う存在なのである。
魔法を中心にして戦う相手は、大魔女たる私の敵にならない。
むしろ、戦の天才と呼ばれるレクスのほうが、危険な相手だった。
「へぇ。君の正体は【魅了の魔女】か。死んだはずだけど、しぶとく魂だけ残って、令嬢の体を喰ったみたいだね」
使用した魔法を探知したリュドは、おもちゃを見つけた子供のように笑った。
猫かぶっていた丁寧な態度が消え、本当の性格が表に出てくる。
「違います! 私は伯爵令嬢クリスティナです!」
「そう思っているのは君だけだ。もう君はクリスティナじゃない。【魅了の魔女】だよ」
「わ、私はクリスティナ! クリスティナなのよ!」
クリスティナは懸命に否定するも、リュドは取り合わない。
「神殿に逆らう卑しき魔女。お前が吐く言葉は穢れている。口を閉じ沈黙せよ。【鎖】」
リュドは容赦なく、魔法の鎖でクリスティナを封じ、捕らえる。
あれは魔力だけでなく、声を封じて完全に魔法を使用できなくするためのものだ。
「これで、ルスキニア帝国に害なす魔女はいなくなりました」
――クリスティナはリュドの後ろで、もがいているけど。
それに貴族たちが恐怖で固まっている。
「クリスティナ様が魔女ですって?」
「我々は伯爵令嬢に騙されていたのか!?」
「もしや、ルスキニア帝国は魔女に乗っ取られるところだったのでは……」
貴族たちは状況を少しずつ理解してきたようだ。
それと同時にクリスティナが使った【魅了】魔法も解けていく。
レクスが私の手をとり、手の甲に口づけた。
――ぎゃああああ!
私が最後を迎える時、自分の断末魔の悲鳴って、きっとこんな感じだと思う。
「ルスキニア帝国の危機を救ったのは、ユリアナだ」
レクスに絡まっていた【魅了】魔法がほどけ、糸が消えていくのが見えた。
それは嬉しいけど、手が……手があぁぁぁ!
「ユリアナが異変に気づかなければ、ルスキニア皇宮は魔女に乗っ取られていただろう」
ユリアナに対して否定的だった貴族や皇宮の人々が、私を一斉に見る。
「皇妃さまが救ってくださったのか?」
「我々、ルスキニア人を嫌っていたと思っていたが、誤解していたようだ」
「皇妃様。ありがとうございます」
「ルスキニアを救ってくださり、感謝します」
そんな感謝されるとは思っていなかったため、慌ててしまった。
「私はなにもしておりません。昔から親しくさせていただいている神殿に、調査をお願いする手紙を書いただけです!」
私が恐縮していると、どさくさに紛れてリュドが口を挟んだ。
「信心深いグラーティア神聖国の王女を妻に迎えて、正解でしたね。神殿の栄光によって、ルスキニアは救われたのです」
リュドはすかさず、信心深さを強調し、ルスキニア帝国にも神殿の権力を浸透させようとさせた。
――相変わらず、腹黒い神官ね!
もちろん、そんなもの阻止である。
「私と神殿だけの力ではありませんわ。皇帝であるレクス様が【魅了】に屈することなく、私を信じてくださったからです」
神殿ではなく、レクスが強かった――そういうことにしておこうと決めた。
リュドは不満そうな顔をしたけど、手柄を神殿が独占しようとしても、そうはさせない。
「皇妃様は母になられ、お強くなりましたね」
以前のユリアナをリュドは知っている。
だから、なおさら変化には敏感だ。
――気を付けないと、おかしく思われてしまうわね。
「神官長様。ありがとうございます」
リュドにうやうやしい態度を見せた。
「いえ。お礼を言うのはこちらのほうです。元神官が魔女となり、ルスキニア帝国を混乱させてしまい、神殿長に代わり、お詫び申し上げます」
「これから、クリスティナはどうなるのですか?」
「神殿に連れ帰ってから、罪状を調べあげ、神殿長によって裁かれます」
クリスティナ取り押さえられ、リュドの魔法の【鎖】だけでなく、駆けつけた兵士によって本物の鎖でぐるぐる巻きにされている。
厳重に縛らなくても、魔力を封じられ、魔法が使えなくなった魔女は無力だ。
「アーレント、フィンセント。クリスティナをよく見ておきなさい。あんなふうになりたくないなら、二人はいい子にしてないとだめよ?」
「う、うん……あーれ、いいこ!」
「ふぃん、いいこ、なる!」
二人は怖かったのか、ぎゅっと私のドレスのスカートをつかみ、リュドから顔を隠した。
「ユリアナ様。皇子たちには魔法の才能があるようですね」
仮面を砕いたのをリュドが見て、才能があると判断したようだ。
アーレントとフィンセントが褒められ、嬉しいはずが、私は喜べなかった。
「神殿に預けてはどうでしょう? 魔法の才能を伸ばしてあげられます」
魔法の才能を持った子供は、神殿に集められ、教育を受ける。
一人前の神官になるまで、神殿から出られず、親の顔を忘れてしまう子供もいる。
「皇子たちの力は、人々のために正しく使うべきかと。神殿は歓迎しますよ」
神殿に子供たちを預けたなら、残虐皇帝一家と呼ばれないだろう。
才能を伸ばせるとわかっていても、未来を回避できると知っていても――家族として過ごせなくなることを考えたら、私は二人を神殿にやりたくなかった。
私は親の顔を覚えていない。
神官に連れられて家を出てから、一度も帰れないまま、気づけば私は家族を忘れていた。
――レクスはなんて答えるだろう。
「神殿に寄越していただければ、才能を伸ばせますよ。どうですか。どちらか一人だけでも神殿に渡しては?」
神殿と不仲なルスキニア帝国が、友好関係を築くのであれば、それも悪くない話だ。
アーレントとフィンセントの手をぎゅっと握っていた。
「断る」
レクスの答えに、私は思わず、微笑んだ。
――私も両親にそう言ってほしかった。
それは何百年たっても変わらない思い。
大魔女と呼ばれ、何百年生きようと、忘れられない記憶の傷がある。
「本当にそれでよろしいのですか?」
「くどい。何度も言わせるな」
レクスの態度にリュドはため息をついた。
「ルスキニアの皇子をクソ坊主にしてたまるか。それより、さっさと裏切り者を始末するぞ」
「は? 始末?」
――あ、あれ? 感動していたのに、不穏なことを言わなかった?
そういえば、レクスは裏切り者を見逃すような甘い性格ではないと思い出した。
「俺を殺そうとした貴族と【魅了】魔法を使った魔女か。俺が直々に死を与えてやろう」
レクスはクリスティナを冷たい目で見下ろし、剣先を向ける。
慌ててリュドは、クリスティナの前に立った。
「お待ちを! 魔女の裁きは神殿の役目! いくらルスキニア皇帝であっても許可できません」
「許可? 誰の許可がいる。ここはルスキニア帝国だ。神殿ではない」
裏切り者には厳しいレクス。
それがわかるルスキニア貴族、エルナンド、皇宮の人々はだれも止めようとしなかった。
見せしめとして、ここで殺すつもりなのだ。
「レクス様。クリスティナを殺してはなりません」
ここで、神殿を敵に回すのはまずい。
未来で、レクスたちを倒すよう依頼したのは神殿である。
「ユリアナ。裏切り者をかばうな。一度裏切った者はもう一度裏切る」
裏切られ続けてきたレクスが、そう言いたくなる気持ちもわかる。
けれど、レクスには残虐皇帝ではなく、立派なルスキニア皇帝として生きてほしい。
「魔法使いと魔女を裁くのは神殿の役目です。レクス様は皇帝。皇帝が直接手を下すに値する相手でしょうか?」
「俺に裏切り者を殺すなと?」
「そうは言っておりません。裏切り者は罰を受けるべきです」
「ほう」
周囲はハラハラした顔で、私とレクスを眺めていた。
「皇帝であるレクス様が直接手を下すのであれば、それ相応の相手でなければなりません」
「俺にふさわしい相手か。では、誰なら俺と対等に戦える?」
緊張感が漂う中、私はきっぱりと言った。
「魔女ヘルトルーデ」
リュドがその名を聞いて、息をのんだのがわかった。
「レクス様と対等に戦えるのは、この世界でヘルトルーデだけです」
大魔女ヘルトルーデは最強の魔女。
その魔女と同列にレクスを扱えば、驚くのも無理はない。
レクスはしばらく考え、剣を鞘に戻す。
ハラハラした顔で見守っていたエルナンドが、ほっと胸をなでおろしたのが見えた。
「大魔女ヘルトルーデか。お前がそう言うのであれば、今回は見逃す」
エルナンドが額の汗をぬぐいながら、私に言った。
「皇妃様が自分を強いと認めてくださって、とても喜んでいらっしゃいます」
――あの威圧感で?
長い付き合いのエルナンドが言うのだから、間違いないだろうけど、私じゃなかったら、途中で緊張のあまり倒れていたと思う。
「では、エルナンド。俺の命を奪おうとした不届きな貴族はお前に処理を任せる」
「お任せください」
「魔女は神殿に渡す。それでいいだろう?」
私は黙ってうなずいた。
「ルスキニア皇帝は誰も止められないと思っていましたが、違ってましたね」
リュドが笑顔でレクスに近づく。
そして、なにを言うのかと思ったら――
「安心するのはまだ早いかと。このルスキニア皇宮には、もう一人魔女が隠れています」
リュドもまた見逃すような性格ではなかった。
「ルスキニア皇帝に守護魔法を施した魔女が、どこかにいるはずです」
「俺を守る魔女か」
レクスはじっと手のひらを見つめた。
その手は剣のマメと傷だらけで、王族とは思えない手をしていた。
「……酔狂な魔女だ」
――ちょっ、ちょっと!? 大魔女の守護魔法に対して酔狂とはどういうことよ。
弟子に守護魔法をかけたら、変態的なまでに感激し、泣いて喜ぶのに、それを変わり者みたいに言われてしまった。
「神殿に要請し、他の【神の剣】たちも呼び寄せて、調査しましょうか?」
リュドはとんでもないことを言い出した。
捕まる気はまったくないけど、いなくなった後、アーレントとフィンセントがどうなるか気になる。
それにレクスが、ちゃんとした皇帝でいてくれるかわからない。
――再び戦う未来だけは訪れてほしくない。
無意識にアーレントとフィンセントの手をきつく握りしめていた。
「おかーしゃま?」
「ぎゅう?」
レクスはリュドに答えた。
「魔女はいない」
レクスが魔女をかばった。
「子供たちが遊びで、俺に守護魔法をかけたのだろう」
「そんな馬鹿な……」
リュドがなにか言おうとしたけれど、すかさずエルナンドが横から口を挟んだ。
「神官長殿。自分が言うのもなんですが、皇子たちは天才です! 賢いですし、可愛らしいですし、ちょっと会わない間に、身長も伸びて……」
まだまだ続くエルナンドの皇子自慢に、リュドは嫌そうな顔をした。
「神官長が心配するほどのことではない」
「……それなら、結構ですが。魔女など、かばってもなんの得にもなりませんよ。欲に囚われた汚らわしい存在です」
神殿に対して反抗ばかりの私だけど、汚らわしいまで言わなくてもいいと思う。
大魔女に戻ったら、最初にリュドをボコボコにしようと、心に決めた。
「なるほど。俺には魔女の加護があるということだな」
「は? 加護? 魔女ですが?」
「俺を守っているというのなら、魔女だろうが、悪魔だろうが関係ない」
「なんということを言うんですか」
レクスはリュドを無視して、貴族たちに向かって言った。
「よく聞け。今後、俺の命を狙ったものは魔女の報復にあうだろう!」
傷だらけのクリスティナ、血まみれの貴族の男。
間違いなく、レクスには加護がある。
それも大魔女ヘルトルーデの加護が――貴族たちは全員、跪き、エルナンドは胸に手を添え、頭を垂れたのだった。
偉大なるルスキニア皇帝一家に。
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