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隣人を回避せよ(1)
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高梨千秋はついさっき、人生で初めての三度見をした。
落ち着け、落ち着け。絶対見間違いだ。三回も見てしまったけど、あれは完全に別人だ。
*
大学二年生になった千秋は、春休み中に実家を出て大学近くのアパートに引っ越した。
一人で住むには十分広く綺麗で、角部屋だし、家賃のわりにいい部屋を見つけることができたと満足している。日当たりもいいしな。
千秋は引っ越し早々、隣の部屋の住人に挨拶をしようと手土産を片手に部屋に尋ねたが、あいにく隣人はそのとき不在だったのだ。挨拶はできず、なんなら未だ顔を合わせたことがない。
今度会った時にすればいい。真夜中に小さく扉の閉まる音が聞こえたから、帰ってきてはいるが忙しい人なのだろう。
それから引っ越し後一ヶ月にして、ようやくその機会はやってきた。
日曜、珍しく昼頃に隣から扉の閉じる音がして、外の廊下を歩く足音が聞こえてくる。ちょうどバイトに出かけるところだった千秋は、挨拶するなら今だと急ぎ目に玄関を出た。
出て左を見ると、隣人らしき男はエレベーターの方へと向かう途中らしく、その後ろ姿は通路の曲がり角を曲がるところであった。
そういえば、隣人が男か女かも知らなかった。それにあれは大学生くらいだろうか。なんとなく若い社会人だと思っていたから意外だ。
少し早足で、ついに見えなくなってしまったその姿を追いかける。
そして、自分もエレベーターに乗ろうとその角を曲がりかけた、その時。
先に目に入った引っ越して初めて見るその顔に、千秋の体は考えるよりも先に硬直してしまった。
──そして、冒頭に戻る。
三度見とはいえ、見ては目をこすり、じっくり見ては目をこすり、そしてガン見、とかなり濃いめの三度見だ。角からこっそり息を殺して覗いている自分はさぞかし怪しいことだろう。
でも嘘だろ、こんなことって。
顔といっても、エレベーターを待っているのかこちらに背を向けていて横顔しか見えない。それに、最後に見た時よりかなり背が伸びていて後ろ姿だけではわからなかった。
しかし、あの形のいい少し切長の目に、スッと通った鼻。傷みのない黒い髪の毛はサラサラと、目に少しかかるほどの長さだ。そして冷たさと柔らかさ、どちらも孕む印象的な瞳は、昔と変わらない。
本物……。本格的に実感が湧いてきた千秋は絶句して、息を飲んだ。
見間違いだと、別人だと思いたいのに、どうしようとも見間違えるはずがない。
当の隣人はやってきたエレベーターにそのまま乗り込み、とっさに身を隠した千秋に気づくことなく行ってしまう。
いつの間にか息を止めていたらしい、一度深呼吸をした。
さっきまで、まさかの人物との遭遇に驚くばかりだったが、今度は思い出されたように怒りがフツフツと湧いてくる。
それは一番忘れたい記憶をむりやり引っ張り出してきて、苦い思い出たちを順に思い起こしていく。
千秋は痛い頭を手で押さえた。
「あいつ……」
なぜならあの男、千秋の元先輩であり元恋人、そして生涯許さないと決めた相手である。
いつの日か、あの人の瞳が俺を捕らえて、目が離せなくなったことを思い出した。
それはずっと忘れたいと思っていた、今の今まで動くことなく止まっていた記憶。
落ち着け、落ち着け。絶対見間違いだ。三回も見てしまったけど、あれは完全に別人だ。
*
大学二年生になった千秋は、春休み中に実家を出て大学近くのアパートに引っ越した。
一人で住むには十分広く綺麗で、角部屋だし、家賃のわりにいい部屋を見つけることができたと満足している。日当たりもいいしな。
千秋は引っ越し早々、隣の部屋の住人に挨拶をしようと手土産を片手に部屋に尋ねたが、あいにく隣人はそのとき不在だったのだ。挨拶はできず、なんなら未だ顔を合わせたことがない。
今度会った時にすればいい。真夜中に小さく扉の閉まる音が聞こえたから、帰ってきてはいるが忙しい人なのだろう。
それから引っ越し後一ヶ月にして、ようやくその機会はやってきた。
日曜、珍しく昼頃に隣から扉の閉じる音がして、外の廊下を歩く足音が聞こえてくる。ちょうどバイトに出かけるところだった千秋は、挨拶するなら今だと急ぎ目に玄関を出た。
出て左を見ると、隣人らしき男はエレベーターの方へと向かう途中らしく、その後ろ姿は通路の曲がり角を曲がるところであった。
そういえば、隣人が男か女かも知らなかった。それにあれは大学生くらいだろうか。なんとなく若い社会人だと思っていたから意外だ。
少し早足で、ついに見えなくなってしまったその姿を追いかける。
そして、自分もエレベーターに乗ろうとその角を曲がりかけた、その時。
先に目に入った引っ越して初めて見るその顔に、千秋の体は考えるよりも先に硬直してしまった。
──そして、冒頭に戻る。
三度見とはいえ、見ては目をこすり、じっくり見ては目をこすり、そしてガン見、とかなり濃いめの三度見だ。角からこっそり息を殺して覗いている自分はさぞかし怪しいことだろう。
でも嘘だろ、こんなことって。
顔といっても、エレベーターを待っているのかこちらに背を向けていて横顔しか見えない。それに、最後に見た時よりかなり背が伸びていて後ろ姿だけではわからなかった。
しかし、あの形のいい少し切長の目に、スッと通った鼻。傷みのない黒い髪の毛はサラサラと、目に少しかかるほどの長さだ。そして冷たさと柔らかさ、どちらも孕む印象的な瞳は、昔と変わらない。
本物……。本格的に実感が湧いてきた千秋は絶句して、息を飲んだ。
見間違いだと、別人だと思いたいのに、どうしようとも見間違えるはずがない。
当の隣人はやってきたエレベーターにそのまま乗り込み、とっさに身を隠した千秋に気づくことなく行ってしまう。
いつの間にか息を止めていたらしい、一度深呼吸をした。
さっきまで、まさかの人物との遭遇に驚くばかりだったが、今度は思い出されたように怒りがフツフツと湧いてくる。
それは一番忘れたい記憶をむりやり引っ張り出してきて、苦い思い出たちを順に思い起こしていく。
千秋は痛い頭を手で押さえた。
「あいつ……」
なぜならあの男、千秋の元先輩であり元恋人、そして生涯許さないと決めた相手である。
いつの日か、あの人の瞳が俺を捕らえて、目が離せなくなったことを思い出した。
それはずっと忘れたいと思っていた、今の今まで動くことなく止まっていた記憶。
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