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流されるな(12)
しおりを挟む……そう思っていたが、時間が経つにつれて、徐々にムズムズしてくる。
英司にくたりともたれ掛かり、完全に力は抜けている。お腹、撫でられてるだけなのに……なんだか変な感じがする。
「……は……」
バレないように小さく吐息を漏らすと、聞こえてしまっていたらしい、英司に「お腹も気持ちいいんだ?」とからかうように囁かれる。
「違いますっ……ちょっとくすぐったいだけで」
「ふぅん」
それもこれも、英司が妙な触り方をするせいだ。
どこに手が触れるかわからないから、感覚が過敏になって、だからといって手に意識をやると余計に反応してしまう。
たまらなくなって、ふうふうと小さく息を漏らしていると、今度は英司の手が上昇しようとしてくる。
そして、
「んやっ……!」
そこに触れられた途端、千秋は脳をたたき起こされたような感覚に陥る。
今までに経験のない、ビリッとした刺激に、思わず体を仰け反らせた。
「千秋、かわいい……」
「はぁっ、なに、な……」
この男、乳首つまみやがった。今まで触られたことも、自分で触ったこともないのに。信じられない。
男の乳首くらい、って思われるかもしれないが、相手がこの人で……しかも、偶然ならまだしも、この人明らかに……!
後ろからぎゅうっと抱きしめてくる腕を今度こそ振り解くと、ベッドから降りて距離をとった。
そして、息を荒らげながら、千秋はビシィ!と部屋の出入口を指す。
「もう満足しましたよね。じゃあおかえりください!」
「まあ、今日のところは満足したけど……怒ってんの?」
英司は悪びれる様子もなく、つまらなそうな顔をして千秋に聞く。
「あ、当たり前でしょ……もうそんな気力無いだけで、あんな、あんなとこ」
「お前って感じやすいよな。どこもかしこも撫でるだけで気持ちよがって」
「はあ!?」
ベッドを降りながら、淡々ととんでもないことを言う。
そして、相変わらず距離をとっている千秋にチラリと目をやると、
「でも、そこがかわいい」
と、わざと千秋を困らせようとしているのか、そう言ってみせた。
「ぐぅ……」
「じゃあ、俺帰るわ」
「……はい」
スマホ以外に荷物はないのか、それをポケットにしまうと、あっさりと告げる。
……今日の俺は、振り回されすぎだ。
英司が部屋を出て玄関に向かっていくので、見送るために千秋も後ろからついていく。
靴を履いている間に、改めてもう一度、今日のことについて礼を言うと、
「気にすんな。別のお礼もたっぷりしてもらったしな」
と例のからかい顔で言われて、千秋はカチンとなる。何か言ってやろうにも、例えあんなのでもお礼というのは嘘ではないため、悔しげに唸るだけだった。
「そういえばだけど」
「はい?」
靴が履き終わると、英司が千秋の方に振り向いた。
てっきり、じゃあなと出ていくのかと思ったが、何か言いたいことがあったらしい。またくだらないことを言うなら、今度こそ問答無用力技で追い出すが。
「俺のせいで引越しするつもりなら、俺が引っ越すから」
「……え」
……まさか、ここでその話を出されるとは思わなかった。
路地の時もそんなことを英司は言っていたけど、千秋は元々引越しのことを一切言っていない。でも、あの時とは違って、今回は確信があるようだった。
もしかして、カバンにしまった物件資料が見えてしまったのか。そういえば、適当にしまった後に英司が来て、存在を忘れていた。
「するとしても、それは俺が勝手にやることなんで……」
「じゃあ、する時言って」
「え?」
「もし言わずにしたら、俺も引越しするから」
…………なんだそれ。
英司は言うだけ言うと、千秋の反応を待つことなく「じゃあな」と帰っていってしまった。
パタンとドアがしまって、千秋は英司に言われたことを頭の中で繰り返した。そして、噛み砕けば噛み砕くほど、自分が追い込まれていることに気づく。
……あの人はずるい。ずるい。こんな、脅しみたいな真似、卑怯だ。
千秋はフラフラと廊下を戻っていく。
つまりは、こういうことだ。
もし千秋が引越すと告げたなら、英司が代わりに引越しをすると言い出すだろう。
そして、告げずに引っ越した場合、後に自分も千秋のせいで引越すことになるというのだ。
千秋がそんなことをできるはずがない。俺はそんなことをさせたいんじゃない。英司はわかって言ったのだ。
八方塞がり。まさにそれだった。
「はは……」
千秋はいとも簡単に罠にハマってしまった自分に呆れて、乾いた笑いをこぼした。
それだけじゃない。
実際は迷っていた引越し。とはいえ、すでに答えは出ていたようなものだった。
痛い頭を手で押さえる。
千秋は、自分を思いきり「バカだな」と、笑い飛ばしてやりたい気持ちになった。
それは、退路を経たれて、どこかホッとしている──そんな自分がいたからだ。
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