Millennium226 【軍神マルスの娘と呼ばれた女 6】 ― 皇帝のいない如月 ―

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第十二章 蹶起二日目

112 『軍神マルスの娘』、帝国救援に向け、発つ!

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 ドレスデン、ブレーメンと言えば、旧文明ドイツの主要都市の名前である。
 片や、ザクセン王国成立時にその首都となり、片や、中世のハンザ同盟の一員として繁栄した商業都市を祖とする古都である。

    1750年のドレスデン市街図。
    旧市街 (エルベ左岸)が水堀、
    新市街 (同右岸)が星型要塞に周囲を囲まれている


    1641年のブレーメン絵図。画面下がヴェーザー川左岸に建設された新市街。
    防衛施設が築かれているのが分かる。

 しかし、千年の時を経て命名されたその街は、ドレスデンが東のノール王国に対する防衛の後詰を担う第二十軍団の衛戍地であり、ブレーメンが西のドン王国に対する後詰である第十九軍団のそれになっていた。 


 最も早く行動を起こしていたブレーメンの第十九軍団に続いて、ドレスデンの第二十軍団も、その司令部は帝都北東約100キロほどの地に先行していた。
 加えて、帝国海軍の最重要軍港であるターラントを衛戍地とする第二十二軍団も、鉄道と機械化部隊とを併用し、司令部などが徒歩行軍の本隊に先行して南駅から10駅ほど南のシュトゥットガルトにその本部を開設しようとしていた。


     南イタリア、プーリア州にあるターラント・アラゴン城
     古くは紀元前1000年の昔のギリシアの植民都市時代。
     その遺跡の上に、15世紀の末、運河を守る要塞が築かれた。


     1634年のシュトゥットガルト市街の銅版画
     古代ローマ時代にすでに城塞が設けられ、その後紆余曲折を経て、
     ヴュルテンベルク公領、ヴュルテンベルク王国となり、
     旧文明末期には一大自動車産業の地となった。


 反乱勃発一日目にして早くも、帝都包囲網は確実に形成されつつあった。



「摂政ブランケンハイム侯爵」の名を借りた「戒厳司令官」ベッカー中将の指示は、さらに的確で微に入り細を穿っていた。
 帝都南の航空工廠に指示し、そこに駐機されていた陸軍にとって「虎の子」とも言える飛行船3隻もすぐさま離陸させ、帝都東の落下傘連隊の格納庫に移動させた。
 まだ雪は降り続いていたし、雲の中は乱気流があって危険なことは承知の上だ。 
 飛行船は図体がバカでかいうえに風船のバケモノのようなものだ。万が一、反乱部隊の一個分隊でも来襲し、グラナトヴェルファー一発撃たれればそれでおしまいである。航空工廠には守備兵力がなかった。
 ヴェリンガーの部隊に裏をかかれた形となり、面目丸潰れの第一軍団が警備の一個中隊を割いてくれてはいたが、「転ばぬ先の杖」というヤツである。
 それに、落下傘連隊にはすでに緊急展開用の2隻の飛行船が常駐されていたし、飛行船の管理に必要な機材も燃料も揃っていたからでもある。
 戒厳司令官ベッカー中将は慎重に事を運んだ。
 
 そしてさらに、滑走路に駐機していた十数機の偵察機、単発R1の全機、双発R2の2/3をも全て空に上げた。
 一部は疎開する飛行船に伴わせて落下傘連隊に向かわせ、一部は帝都周辺のいくつかの軍団に送った。各軍団に滑走路はなかったが、帝国の主要な道路の積雪は軍団兵総出で2時間もあれば除雪できる程度だったし、道路は全て石で舗装されていた。燃料はトラックと同じガソリンだ。旧文明の第一次、第二次世界大戦でも、しばしば被弾した軍用機が幹道に着陸するケースはあった。
 そして、残った数機が一機ずつ、帝都上空に向かった。
 雲の高度は約1500ほど。1000メートル以上の上空では翼に着いた雪が氷に変わりやすく、危険なのである。そのため、一時間おきに代わりの機体を飛ばして入れ替えるという念の入れようだった。ヤヨイの弟子たちのうち、特に優秀な者が選ばれ、帝都上空で偵察任務に就いた。
 26日の昼頃から日没まで。数機のR2がローテーションを組み、間断なく帝都上空を飛び回り、反乱部隊の動向を打電し続け、写真を撮りまくった。

「反乱部隊の一部、約1個中隊が皇宮前広場に展開! 」
「都心西部憲兵隊本部は占拠された模様! 」
「帝都南部各丘の都心寄りに歩兵砲陣地発見! 」
「皇宮よりフォルム街を経てスブッラクーロン飯店までのメイン通りは約2個中隊ほどの歩兵部隊が占拠しあり! 」

 これらの偵察結果は機上より簡易の暗号で打電され、第十九軍団の司令部で逐一解読された。
 おかげで、ベッカー中将率いる戒厳司令部は、その日のうちに反乱部隊の動向を半ば以上、把握することができた。皇宮や議場内の様子以外は、ほぼすべて、である。




「中尉殿! 」
 クィリナリスを襲ってきた反乱部隊を撃退し終えたリヨンは、壊れたエントランスの扉の陰から警備の憲兵隊曹長が指す上空を見上げた。

      下志津陸軍飛行学校所属の一〇〇式司令部偵察機二型 (キ46-II)

 機体下部を灰色に塗装した双発機R2が思いっきり低空でさらに機首を下げつつ、向かって来るのが見えた。
「おい! 誰か手旗信号を送ってやれ! クィリナリスは健在なり! やつらの戦車を分捕った、と! 」
 先の反乱部隊の撃退で大手柄を挙げた「門番」伍長が旗を取り出してきて信号を送った。他の者たちもみな大きく手を振った。
 爆音を響かせ、頭の上を掠めるようにして飛来したR2は、しばしクィリナリス上空を旋回したのち、右に左に翼を振る「Rocking Wings」を残し、帝都中心部に向かって去っていった。
「どうやら、伝わったようだな」
 リヨンの傍にいたシェンカーが呟いた。
「ねえ、ところで、あのバカロレアのバカからの返事はまだなの? 」
 もう一人。傍らで「お局様」が悪口を利いた。
 リヨンがそれに応えようと口を開きかけたとき。
「中尉殿! 」
 ラルフという通信兵が地下から階段を駆け上ってきた。
「『マルス』より入電! 
『我、帝都に向け帰還せんとす。到着は、日没ごろの予定』! 」
「やっと帰ってくるのね、あのバカ。いつまで待たすのよ! 」
 リヨンも、シェンカーも、ヤヨイの手並みと技量をつぶさに見て知っているだけに、「お局様」の酷評には安易に同意しかねた。しかし、口は思いっきり悪いものの、「お局様」もまた『帝国の生きた守護神』の帰還を待ちわびているのはふたりにもよくわかった。
 マルス帰還の知らせを漏れ聞いた憲兵隊員たちもみな、おしなべて胸をなでおろし、安堵の吐息を吐いた。

 やっと、『軍神マルスの娘』が来てくれる! と。



 

 なんだか、鼻がムズムズした。
 でも、もうくしゃみは出なかった。
 ヤヨイの意識は一点に集中していた。

 帝国に仇(あだ)なす者は、誰であろうと、斃す!

「少尉、マジですか? ほん・・・・・っとに、行くんですね? 」
「無論よ」
 ヤヨイは短く、言った。
「今ここにW1を操縦できるのはわたしとあなたしかいないの、フィル。ハラ括って! 」
 年齢ではフィルよりもいっこ上なだけである。
 しかし、自分の目の前の操縦席に着いている、飛行機の教官であるだけでなく、多くの戦場を渡り歩き、幾人もの敵の屍を乗り越えてきた『帝国の軍神』の存在は、並みの男を十人以上束ねたのよりも、はるかにたくましく、フィルにとってあまりにも大きすぎて、そして頼もしく見えた。彼女の飛行帽から流れて風を孕んでいる美しいブルネットが、眩し過ぎた。

 ふたりは、ターラントの港に注ぎ込む大河の河口、そこに係留されたW1の機内にいた。
 すでにエンジンは回っている。
 風はおあつらえ向きに北風。フロートの後ろに結わえたロープを外せば、機体は川を遡って滑り出し、やがて北の空に舞い上がる。
― 少尉、時間です ―
 飛行帽の上から着けたヘッドセットに設計主任の声が響いた。
「では行きます! いろいろありがとうございました! 」
― 帝国の未来が、貴女にかかっています! 神々の御加護、そして、ご武運を祈ります! ―
 ヤヨイは右手を軽く上げて応えた。
 舫が解かれ、W1はゆっくりと川面を滑り出した。
「フィル、行くわよ! 」
「はいっ! 」
 もう、ヤケだった。

 スロットルがいっぱいに倒され、二枚羽の小さな飛行機はグングンとスピードを上げた。
 向かい風が幸いし、機体はいつもよりも早めに浮き始めた。
 じわっ・・・。
 ヤヨイは操縦桿を引いた。
 フロートが、軽くなった。
 W1は、水の束縛から離れ、空へと上昇を始めた。

 川岸に残ったスタッフと設計主任は、晴れ上がった真冬の空を北に向かって駆けあがってゆく機影をみつめ続けた。

「少尉。どうか、ご無事で・・・」
  
 
 
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